83. 席に着く者達
夕食を摂る為のお食事処は、1階の入口奥、広い廊下を抜けた先にあった。
部屋に置いてあった館内図を確認し、それを頼りに2人でゆっくりと歩いてきたのである。
その間リュウは、壁にある絵や調度品等を繁々と見ては、感想を言っていた。どうやらここの宿の品は、彼女のお眼鏡にかなった様である。
お食事処の入口まで来たシドとリュウへ、従業員が近付く。
「お待ちしておりました。お席へご案内いたします」
背筋の伸びた姿の後を追って、2人は席に着く。既にメニューは決まっている様で、飲み物を聞かれただけである。
「僕は、果実飲料をお願いします」
「俺はカフェスで頼む」
「畏まりました。食後にお持ちいたします」
従業員が離れれば、2人は顔を見合わせる。
リュウはソワソワしつつも“デザートは何かな”と言っている。まだ食事も始まっていないのに、既にそちらに気持ちが傾いているらしい。
少しすれば、シド達の席の近くに2人の客が案内されてきた。その2人は体格も良く、王都の騎士団員の制服を纏っている。
シドがチラリとそれだけを確認した時、シド達の前に料理が運ばれてきた。
2人の目の前には、小さなグラスに入れられたピンク色の飲み物と、皿の中央に綺麗に盛り付けられた、緑色の浅い筒形をしたものが置かれた。
「こちらのグラスは少量のアルコールが入った果実酒となります。お食事の前にお召し上がり下さい。そしてこちらのお皿は、緑豆をすり潰し卵と一緒に泡立てて形成したものとなっております。クリーミーな口当たりをお楽しみください」
そう言って従業員は一礼して下がって行った。
リュウはテーブルに目が釘付けの様で、多分説明は聞いていなかっただろうと、シドは笑みを作った。
それからその皿を食べ終える頃、次の料理へと繋がっていく。次々に出てくる物も色とりどりで、目にも舌にも楽しめる料理であった為、リュウは一言も話さない位夢中になっていた。
シドとリュウが食事をしていると、近くの席に来た2人も食べ始め、会話も弾んでいる様である。
そこから聴こえてくる声を、シドは拾った。
「サトリアーネ伯は、お喜びだったな」
「ああ。副団長からの手紙に、大層喜んでおられたな。俺達も運んできた甲斐があったという物だ」
「それにしても今回は里帰りが出来なくて、副団長も残念そうだったな」
「でも仕方がなかっただろう…殿下があんなことになったんだから…」
「そうだよな。だがあれは“呪い”だと言う噂ではなかったか?契約違反の代償ではないかと」
「おい、それは余り外で言ってはまずいだろう…」
「そうだったな。だが聞いている者はいないさ」
「そうかも知れないが…。しかし、あの薬が出来て本当に良かったよな。殿下もすっかりお元気になって、中断していた計画もまた精力的に行うという話だ」
「だが再開して、又呪いが出ないといいがな…」
「おい、だからそれは……」
2人の会話が聴こえているシドは、熟考する。
どうやらこの2人は、王都から副団長の手紙をサトリアーネ伯へ届ける為に、派遣されてきた者達の様だ。
王太子の体調不良も、呪いだとの噂すらあるらしい。
シドは黙々と料理を口へ運びつつも、その思考を続けたのだった。
シド達の食事もデザートとなり、可愛らしい小さな半球型で、白くて果実の添えてある物が出てきた。
これは“フレジェ”と言う物らしく、香ばしい香りのサクサクとした物の上に、ふんだんにストベリが乗せられ、それを覆う様に白いクリームが全体を包んでいる物であった。
シドは、最後のフレジェを口に入れると、一緒に出てきたカフェスを飲んで息を吐いた。
“全てが旨かった”である。
リュウはお腹をさすりながら、果実飲料を飲んでいる。2人共大満足の様子であった。
「俺達は2日休みをもらったから、この街で羽を伸ばせるな」
「副団長、さまさまだ」
先程の2人の会話はまだ続いている様であるが、シドとリュウはそれで席を立った。
シドとリュウが入口まで行くと、リュウはそこに立っている従業員へ“とっても美味しかったです!”と伝えている。
「ありがとうございます。料理長へ申し伝えます」
と嬉しそうに、従業員はリュウへ答えていた。
2人はその後部屋へ戻ると、シドはソファーへ座り、リュウは部屋の中のあちこちを開け、確認作業に勤しんでいる。
「こっちの部屋にも大きなベッドがあるよ」
リュウは3つの部屋にそれぞれ、大きなベッドがあると確認したらしく、シドへ報告をする。
「では、1人ずつデカイ所で眠れるな。リュウは寝相が悪いから、落下しなくてすみそうだ」
シドはその報告に、ニヤリと冗談を交えて返す。
「もー。そんなにしょっちゅうは落ちないよぉ」
リュウはプクリと、柔らかな頬を膨らませて反論をした。
そしてリュウが部屋のチェックを一通り済ませると、シドの隣へ座った。
「茶は飲むか?」
「今は何も入らないよ…」
シドの気遣いにも、リュウから苦笑が帰って来る。
と、リュウが落ち着いたところで、シドは先程の話をする。
「食堂にいた時、王都の騎士団員らしき者達の、会話が聴こえてきた」
そう言ってシドはリュウを見た。
「え?誰か近くにいた?」
やはりリュウは料理以外、全く気にしていなかった事が判明する。
それに一つ笑い、シドは話す。
「王太子は、あの薬で完治できたらしい。その為、また工事が始まるそうだ」
「やっぱり、そうなんだね」
「ああ。それで王太子の不調は、以前リュウが言った様に“呪いだ”と噂されている様だな。大きな声では言えないらしいが」
といって、聴こえていたシドは苦笑して続ける。
「噂も尤もだ。契約を破った王家に、森の精霊が呪いを掛けた…と考えられるな」
「それは、“お話の上での事”ではないの?」
「本当に精霊がいるのかは知らないが、そう考えると辻褄があう。ただ、王太子がその伝承を知らずとも、国王ならばそれに辿り着くはずだが…」
「じゃあ国王も、その伝承を無視しているって事?」
「俺達の立場では、全くわからない話だな…」
「嫌な感じだね…」
「王太子の体調が戻ったとしても、それが原因とすれば、工事が再開すると又何かあるかも知れないな」
「そうかもね…」
シドとリュウはそこでまた、黙り込む。だが考え込んでも何も変わらない為、シドはその先へ進める。
「明日からは、南に進もうかと思っている」
その声に、リュウは顔を上げてシドを見る。
「じゃあ“スチュワート領”に入るって事だね?」
「ああ。王都まで行くつもりはないが、少々気になるからな。近くまで南下するつもりだが、良いか?」
「それは良いけど…」
とリュウは心配そうな顔で、シドを見ている。
その顔にシドは苦笑する。
「一応変装もしているし、まぁその辺りは大丈夫だろう」
そう言って、シドはリュウの頭を撫でる。
「わかったよ。でも本当に気を付けてね」
「ああ。“リュシアンも”だぞ?」
「そうだったね…」
2人は苦笑すると、改めて茶を入れて一息吐いたのだった。
-----
シドとリュウは豪華な宿で快適な夜を過ごすと、翌日も宿の朝食に舌鼓を打った後、のんびりと宿をでる。
「ご利用いただき、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
従業員に見送られ、2人は街の北西から南門へ向かい、街中を歩く。
シムノンには門が4か所あり、一つは北の町へ続く門、ノラから続く東門、西門は<ハノイ>のあるシュナイ領へ、南門はスチュワート領へと続く道がある。
その南門まではいつもの様に、食料を買い込みつつ歩く。
こうして変わらない日々の中、2人は新たな疑問を抱え、それに導かれる様にして、辺境から王都エウロパ付近までの途を、進む事にしたのであった。
【第四章】終了
◇◇◇◇◇◇◇
ここで第四章は終了し、明日からは第五章へ突入いたします。
引き続き、最後までお付合いの程、宜しくお願いいたします。
盛嵜 柊




