82. 繋がる点
ジョー達から別れたシドとリュウは、再び見晴らしの良い街道を歩く。そして数時間もすればシムノンの街の隔壁が見えてきた。
「大きいね」
「ああ。大きいな」
2人はその街の大きさに声を上げる。
視界を遮る木々もない為、街の大きさが良く分かるのである。
「サトリアーネでは一番大きな街だもんね」
「そうだな」
程なくしてシドとリュウは、街の門前に到着する。
少し寄り道をした割に陽はまだ高いが、闇雲に街中を歩けば直ぐに暗くなってしまうであろう事は、目に見えている。
ここには門前に自警団らしき人が立っている為、その人へ尋ねる事にした。
「すまないが、街の地図は何処で貰えるだろうか」
シドはその在り処を尋ねる。
するとその人物は、シド達を見て一つ頷いた。怪しい者ではないなと、チェックをしたのだろう。
「役場の窓口で貰うと良い。ここからであれば、門を入って左手を進むと直ぐに分かる」
「わかった。助かった」
「いいや。楽しんで行ってくれ」
門番と別れ街の門を潜ると、教えられた通りに左の道を歩けば、直ぐにそれらしい、しっかりとした造りの建物が見えてくる。
「あれだね」
「その様だな」
2人は開いている扉の前へ来ると、中へと入った。
中は冒険者ギルドよりも机や椅子が多く置かれ、花も飾ってある様だが、その割に無駄のない事務的な場所である。
2人は受付まで行って声を掛けた。
「街の地図は、ここで貰えるか?」
シドが受付に居た女性に声を掛ければ、その者は頬に赤みを帯びて返事をする。
「こんにちは。街の地図ですね?はい、こちらになります」
その女性は街の地図を、シドへ手渡す。
「助かる」
シドが受け取った地図をそのままリュウへ渡せば、リュウはそれを繁々と覗き込んでいる。
そしてシドは他の情報も、ついでに尋ねる事にする。
「この街で人員を募集していると聞いたが、何をする仕事なんだ?」
シドの問いに受付の女性は“ああ”という顔をした。
「人員募集の件でいらした方ですか?」
そう言う事ではないが、情報は欲しい。
「今は考え中だ。内容によれば…と思ってな」
シドは、話の流れを止めない様に話す。
「そうでしたか。人員の募集は“男性”で、体を使う仕事になります。ここから王都まで行って頂き、王都で正式な契約となります。業務内容は王都の拡張工事で、大森林地区側を広げる為の作業ですね」
とその者は教えてくれた。
「大森林を、削るのか?」
「ええ、その様ですね。王都を広げて、更に快適な街とするらしいですよ。王太子殿下のご指示の下、推進されている様です」
その言葉にシドとリュウは顔を見合わせる。それはどういう事だと、渋面を作った。
「その募集はいつからだ?」
「3ヶ月位前からですが、1か月前に一度、受付けを締め切っていました。ですが、近日からまた再開された模様です。お二人は運が良かったですね、今なら受け付けてもらえるでしょう」
そう言って受付の女性はニコニコと笑っている。
「そう…だな。助かった」
そう言って会釈すると、シドとリュウは建物を出た。
「ねえ、先に宿を取ろうよ。取れるか不安だし」
リュウは役場から出ると、すぐにシドへ提案をする。
「そうだったな。取ったら宿で少し休憩でもするか」
2人は貰った地図を頼りに、宿のあるエリアに向かう。
このシムノンでは宿屋は3か所に別れて区画がある様で、街の南東側と南西側、北西側にそれぞれ固まっているらしい。
流石に大きな街の為、ここは宿も多そうである。
シド達はシムノンへは東側から入った為、まずは近くの南東側のエリアを当たる事にした。
「う…」
リュウは歩きながら呻き声を出す。
「そう気を落とすな。まだ1区画目だ。次のエリアに行けば見付かるかも知れない」
シドは苦笑しつつも、内心はヒヤヒヤしている。やはりノラの宿屋が言った通り、街には若い女性も目立ち、南東側の宿は満室であったのだ。
2人は南西側のエリアに移動すると、ここにも10軒程の宿が建ち並んでいた。1軒1軒の規模は小さいが、数は多い。だがここでも2人は、扉を開き、直ぐに出てくるという動作を繰り返したのであった。
「うう…」
リュウの声に流石のシドも、返す言葉が見付からなくなってきたのだった。
2人は夕陽の中、足取り重く今度は北西エリアへと向かった。
ここのエリアは商店や飲食店等から少し離れ、住宅街に近い為か閑静な佇まいとなっている。
こちらの宿は少し大きめの建物で、高さもある。雰囲気からすると、先程まで見てきた宿より少々高級感があった。
「こっちの宿はモダンな建物だね」
「ああ。他に比べて高そうだな」
リュウは外観を、シドは値段の話をしている。
2人は顔を見合わせて笑みを交わすと、その中でも小さめの“白鱗閣”という名の宿へと足を踏み入れた。
門を潜り建物に辿り着く為の小径を歩く。足元には小さな灯りが灯されていて、小径の木々が映し出されている。
2人は建物の扉を開けて中へ入った。
その入口付近はゆったりとした空間があり、その奥に受付らしきものが見えた。
「いらっしゃいませ。ご予約ですか?」
受付にいた男性に、そう声を掛けられる。
「いや。…予約をしていないと、泊まれないか?」
シドはそう返した。
すると受付は謝罪する。
「いいえ、そう言う事ではございません。大変失礼をいたしました。お部屋が空いていれば、当日でもお泊り頂けます」
そう言って頭を下げた。
「そうか。それで部屋は空いているか?」
シドは気にした素振りもなく、それに続けた。
「本日はあと1室のみ、空いております。そちらは最上階となっており、お一人様1泊銀貨10枚となります」
リュウはそれに驚いてシドを見上げた。他の宿をまだ見ていない事でもあるし、もう少し安くても良いのでは?と眉を下げる。
「ああ、それで構わない。1泊で頼む」
リュウの心配をよそに、シドはそう答えた。
「畏まりました。ではこちらへご記入をお願いいたします」
どんどんと話が進む中、リュウは1人オロオロとしている。家族とこういった宿に泊まる事はあれど、冒険者では中々手の出せない宿である。
「いいの?」
「ああ」
2人はそれだけ言葉を交わすと、宿からの説明を受ける。
「夜もお食事をお出しいたします。その際お部屋とお食事処とで場所が選べますが、いかがいたしますか?」
シドはそれをリュウの顔で判断する。
リュウの顔は“宿の中も出歩きたい”と書いてあった。
「食堂で良い」
「畏まりました。後1時間程でご用意ができますので、それ以降でお願いいたします。お部屋に浴室もございますので、それまでごゆっくりとお寛ぎ下さい。それではご案内いたします」
シドとリュウは宿の従業員に案内され、3階へと上る。その階段も広さがあり、人が5人はすれ違えるほどであった。
リュウは目を輝かせて、キョロキョロと周りを見ている。壁にも所々に花や絵が飾られており、花の香りもふわりと感じられた。
「こちらになります」
そう言われて案内されたのは、3階へ上って直ぐにある扉だ。そしてこの階に扉は、ここしか見えなかった。
促され2人は、室内へ入る。
入口すぐは何もない余白の空間になっており、その先に扉が続く。そしてその扉を開けると、広い居室にテーブルとソファーが置かれていて、切り花も添えてある。
その部屋からも扉が4つ見え、そこからもその先に、広々とした部屋が想像できた。
「それではごゆっくりとお寛ぎ下さい」
そう言って頭を下げて、従業員は静かに出て行った。
それを見送った2人は顔を見合わせる。
「やっぱりお高い宿だったね」
「そうみたいだな」
シドとリュウは、そう言って笑った。
「まぁ外で寝るよりは良いだろう。このエリアは高そうな宿ばかりだから、他を見ても同じだろうしな。ここでは気に入らなかったか?」
シドはリュウへ確認をした。するとリュウは頭をブンブンと振って答える。
「そんな訳ないでしょ。家族以外とはこういう宿には泊まらないから、ちょっとびっくりしただけだよ。食事も期待できそうだし、ご褒美みたい」
と言って笑った。
2人はテーブルまで行くとソファーに座り、置いてあるポットから茶を入れてまったりとする。
「はー生き返る…」
リュウの言葉にシドは微笑むと、“それで”と話を切り出す。
「先程の役場の窓口の事だが、気が付いたか?」
「ん…。確か王太子は病気だったよね?」
リュウは眉根を寄せる。
「あっそうか。ここの息子の副団長は、受付けが止まった1ヶ月前から王太子が寝込んでいたから、今年は帰って来れなかったって事?」
「ノラの宿屋が、大変な事があって副団長は帰れなくなった、と言っていた。多分、そう言う事だろう」
「そして、また話が進み始めたという事は…」
「ああ、あの薬が出来たという事だろうな」
「早かったね」
「あの薬屋が早々に手配をしてくれたんだろう。特急便で大金を払えば、数日でやり取りが出来るからな」
「あの素材待ちで、準備万端だったみたいだね…」
「まあ一応、王太子の事だからな。王家も全力で対応したんだろう」
王家の為に、振り回される者達は大変だなと、シドは心の中で苦笑する。
「それで、その王太子が都を広げているんだってね」
「そうらしいな。どうやら大森林を侵食するつもりらしいが…あれは手を出してはいけない物ではなかったか…」
「僕も家庭教師に聞いた事がある。確かこの国の成り立ちで、何か聞いたかも」
聞いたという割に、覚えていないリュウであった。
「この国の建国時に、あの大森林の傍へ街を作り、そこから国が広がって行ったという話だな。確か、大森林に住む森の精霊との契約で、国に安定をもたらす代わりに、森を侵してはならない…と契約を結んだと聞いているな」
「そうそう、そんな感じ」
リュウは適当である。
「だがその話を、王太子が知らないはずはない、よな…」
「そうだよね。ちゃんと勉強していれば、知っている事だもんね」
お前が言うなよという突っ込みは、受付けないリュウなのである。
シドとリュウはそこで思考に埋まる。
するとその時、部屋にある時計が“リーン”と音を鳴らした。
その時計を見れば、夜の6時になっている。
従業員の告げた時間になった為、そこで思考を打ち切ると、一旦それは保留にして、2人は部屋を後にしたのだった。




