81. 情報の授受
翌日、宿を出ようと受付まで行くと、店主が出迎えてくれた。
「また来てくださいね」
と笑う店主に、2人は会釈を返す。
「ああ、そう言えば昨日の話なんですがね」
と話し始めた人物を見て、この人は話好きなのだろうなとシドは苦笑する。
「今年は帰って来ないらしいですよ。あの後、別のお客様から聞いたんですが」
何の事であろうかと、シドは次の言葉を待つ。
「ご領主のご子息は副団長でしょう?何やら王都で大変な事があったらしいんで、それで帰って来れなくなったみたいです。もし見に行こうとされていたらと思って、一応お話したのですけどね」
と店主は言う。
話を聞けば、昨日の“副団長話”の続報であるらしい。
「そうか分かった。世話になったな」
と、シドは無難にそう返事をすると、2人はノラの町を出発したのだった。
「ねぇさっきの話だと、さほど街は賑やかではないのかも知れないね。行ってみる?」
リュウも聞いた話の事を考えていたのかと、返事を返す。
「そうだな…シムノンに行っても良いかも知れないと、俺も考えていたところだ」
「じゃあ今日は、シムノンだね?」
「ああ、そうするか」
こうして今日の行先は、シムノンへと決まったのだった。結構適当な、シドとリュウなのである。
ノラからシムノンの街道は木立が少なく見晴らしが良い、所謂視界の開けた道なのである。だが小さな村は所々で点在し、人の気配は余り途切れない道でもあった。
そして、アンガスからノラへ行くより距離は短く、ノラからシムノン迄は、約5時間の道のりで到着する予定である。
その為2人はのんびりと、村々が続く景色を眺めながら歩いている。
すると道の先にある村から柵を越え、メエが飛び出して来たのを見付けた。
「何か出てきたね」
「その様だな」
2人はそれを景色の一部と捉え、のんびり観察をしている。ある意味、のどかな時間であった。
しかし、その飛び出してきたメエに向かって、村とは逆方向の遠くに見える木々の間から、何かが猛スピードで迫ってきた。
2人は顔を見合わせて頷くと、シドは集中を入れてそれを視た。そしてその視界の先に見えたものは、またしてもヘルハウンドである。
「ヘルハウンドだな…2匹…3匹だ」
シドがスキルを切ってそう言えば、リュウは頷いて剣に手を添えていた。シドが何を言わなくとも、やる気の様である。
幸い今は、周辺には誰もいない。
「では、メエとの間に転移する。掴まってくれ」
そう言って、2人はメエとヘルハウンドの間へ転移すると、剣を抜いてヘルハウンドへ突っ込んで行ったのだった。
程なくして3匹のへルハウンドは、地に倒れる。
シドとリュウは周辺を確認し、他に気配がないと知ると剣を収めた。
「こんな村の傍に出て、危ないね…」
「そうだな」
2人が村の方角へ振り返ると、怯えたメエが途中で固まっていた。
「この魔物は、回収した方が良さそうだな」
シドはヘルハウンドを亜空間保存へ入れると、リュウと並んでメエへ向かって歩き出した。
2人がメエに近付くと『メー』と怯えた声を上げる。
「もう大丈夫だよ。家に帰ろうね」
リュウがそっとメエに近付き、背を撫でてやる。
そして『メー』と返事をする様に鳴くと、2人と一緒に、メエは素直に村の方角へ歩き出した。
村の柵の前までメエを連れて行くと、村の中から誰かが近付いてくるのが見えた。
「こいつ又逃げ出しやがって…すまねぇ、捕まえてくれて助かったよ」
そう話をしている人物は、40代位で動き易そうな服を着た男性で、そばかすのある顔に笑みを浮かべていた。
「急に飛び出して来たので、ビックリしました」
リュウは少し盛って話す。普通の人ならビックリしただろうなぁ、と思っての事である。
「そうかーすまんかったな。じゃあ詫びに、一緒に飯でも食っていかねぇか?今から昼メシなんだ。メエの肉を焼いてるんだよ」
それを言った途端、足元のメエが鳴いた。
『メー!』
一瞬の沈黙から、哄笑が起こる。
「だからお前は食わねえって、何度言やーわかるんだよ…」
いや、人の言葉は通じないので、それもどうかと思うが…と、シドは心の中で突っ込みを入れたのだった。
シドとリュウは男性に促されるまま、村の中へと進む。
隣ではメエが大人しく歩いている。かなり賢いメエであるらしい。
「本当に、ご一緒しても良いんですか?」
「ああ、構わねぇよ。昼はいつも家族揃って、外で食べてるんだ。2人増えたところで変わらねぇから、気にしないでくれ」
その返事にリュウは笑みを浮かべると、“ではお言葉に甘えて”と嬉しそうに言う。
そして連れて行かれたところは、メエを放牧している柵が目の前にある家で、その家の前には大きなテーブルが出され、横には3面を石で囲んだ焚火で竈を作っている。
やってきた3人を見た家族は、キョトンとした顔を男性に向けていた。
「又こいつが逃げ出したろ?その時に驚かせちまったみたいでな。詫びに昼メシを一緒にと思って、連れてきたんだ」
男性がそう家族へ話すと、皆ホッとした顔で頷いた。
リュウはこっそり“盛ってしまってごめんなさい”と心の中で呟いたのだった。
「それは済まなかったねぇ」
「こいつは常習犯なんだよ~」
「いつも脱走するんだぜ」
と、男性の妻らしき女性と12~15歳位の男の子2人が、口々にシドとリュウへ話しかけてくれる。
「すいません。突然お邪魔しちゃって…」
リュウが遠慮気味に伝えると、それまで黙っていた年配の男性が話す。
「いいや、構わんよ。賑やかで申し訳ないが、食べて行ってくれ。新鮮な肉は旨いぞ?」
「そうだぞ。おやじが言った通り、旨い肉だ。食って行ってくれな」
と年配に続いて、先程の男性が話した。
どうやらこの年配の人物は、この男性の父親であるらしい。こちらは5人家族の様である。
≪リュウ、お言葉に甘えて頂こう。まずは自己紹介だな≫
シドは声を出さず、そうリュウへ伝える。
シドは自分が話す事で、雰囲気を壊す恐れを考慮し会話を遠慮している。シドの言葉使いは淡泊であるが故に、ここは会話を任せたシドである。
それにリュウが頷くと、皆に向かって話す。
「ありがとうございます。僕はリュウと言います。こちらは兄のシドです」
すると皆がそれぞれ自己紹介をして、メエの肉を頂く事となった。
大き目の肉に棒を差し入れ、それを直火で焼きながら、焼けた所をそぎ落とし皿に盛る。
それを皆で取り合って、タレに付けて食べる。
「おいひー!」
リュウは熱さにハフハフしながら、余りの旨さに声を上げる。
「この前食べた“ジンギス”と少し違って、肉がとっても柔らかくて、肉の香りも全くしないですね」
頬を高揚させたリュウが、そう感想をもらす。
シドも“旨いな”と小声で言いながら、手を止める事無く食べていた。
「そうだろう、そうだろう。希少な部位だからな」
と、それを嬉しそうに見ている家族も、手を止める事無く焼けた肉を消費していったのだった。
「お前さん達は、シムノンへ向かっているのかい?」
先程の男性“ジョー”が、シド達に尋ねる。
「はい。シムノンに行く予定です」
口を動かしつつも、リュウが返答する。
「シムノンで人員を募集しているっていうのは、知ってるかい?」
シドとリュウはその話に、食事する手を止めた。
「いいえ、知りません。何の募集ですか?」
「俺も詳しくは知らねぇが、王都で働く人員を募っているらしいんだと」
「へえ随分と沢山、王都は人が必要なんですね」
「何でも、都の工事をするらしいから、人手が要るみたいだな。この辺りでも出稼ぎに出る奴がいてな」
シドとリュウは話を聴き、“そんな事があるのか”と心に書き留めたのだった。
「仕事を探してるなら、シムノンで聴いてみるといいよ」
ジョーは笑って話す。
「そうですね、ありがとうございます」
シドとリュウは顔を見合わせて、こっそり苦笑したのだった。
たらふく昼メシをご馳走になった2人は、家族にお礼を伝え、ジョーに村の外れまで送ってもらっている。
「じゃあな。気をつけてな」
ジョーが別れの挨拶をすれば、シドはそこで声を出した。
「メエは外に出さない方が良い。近くまで魔物が来ていたから、子供達も気を付けた方が良いだろう」
それを聞いたジョーの顔色が変わる。
「何だって…さっきはもしかして…」
「一応近くに来たものは、排除しておいたから問題はないが、今まで以上に注意をした方が良いだろう」
「…あぁ分かった。ありがとう…」
「皆の前で言うのも気が引けてな。伝えるのが遅くなってすまないが、そういう事だ」
「そうだな。気遣いに感謝するよ。気を引き締めておく」
「ああ。村の皆にもよろしく伝えてくれ。世話になった」
「ごちそうさまでした」
リュウもお礼を伝える。
「いいや、こちらこそありがとうな。道中、気を付けてくれ」
ジョーの言葉にシドとリュウは会釈で返すと、シムノンへ向けて再び歩き出したのであった。




