80. 成り行き
シドとリュウはハーピーの件を終了させると、道へ出ようと歩き出した時、ギルド裏の扉が開いた。
そしてそこから赤子を連れた女性と、その肩を抱く男性が出てきて、こちらへ近付いて来るのが見えた。シドとリュウは、その場に立ち止まる。
近くに来た者達を見れば、穏やかな笑顔をシド達へ向けている。
「先程はちゃんとお礼も伝えずに、失礼しました」
女性がそう言うと、2人は深々と頭を下げた。
先程しっかりと顔を見た訳では無いが、あの赤子を抱いている所を見ると、2人はこの子の両親であろうと想像する。
女性の言に、リュウが答える。
「いいえ。自分達にできる事をした迄です。赤ちゃんが無事に戻って、良かったですね」
そう言って微笑みを返した。
「攫われたのも昨日の夕暮れでしたし、お二人が間に合っていなければこの子は戻ってこなかっただろうと、ギルドマスターから伺いました…本当に有難うございました」
そう更に言われ、リュウはシドを見上げてはにかむと、シドは“良かったな”と頷いた。
「それで…」
と女性が声を掛ける。
シドとリュウは再びそちらへ顔を戻すと、その女性の手元に視線を向けた。
赤子を父親に預けた女性の手には、シドが買ったシャツが乗せられている。
「これは、別の物になりますが…」
と言って、そのシャツをシドへ差し出した。
「お借りしていた物を、お返し出来ずに申し訳ありませんが、同じ品をお返し出来ればと思いまして、先程店に都合してもらいました」
そう言って申し訳なさそうに、女性は話す。
「いや、別に返してもらわなくても良かったのだが…」
「いいえ。こちらはまだ新しい物でしたし、お店の人からも、こちらは昨日お買いになったばかりの物と伺いました」
女性にそう言われ、シドは少々バツが悪い。
この街で買った物は、この街を知る者には出所がばれているという事になる。
「そうか、わかった。では有難く受け取らせてもらう」
そう言ってシドは、女性からシャツを受け取った。
「暖かいシャツでこの子を守って下さって、有難うございました」
そう言って再度、両親は頭を下げた。
シドとリュウは、それに困惑した笑みを向ける。そして頭を上げた2人は、話を続けた。
「先程ギルドマスターとお話しまして、お礼をことづけて参りました。大した額ではございませんが、報酬と一緒に、お受け取り下さい」
と今度は、赤子を抱いている父親から声がした。随分と気を遣ってくれている様である。
「そうなのか…そこまで気にかけて貰って、却って申し訳ないな」
「いいえ。気持ちばかりですので、どうぞお納め下さい」
父親の言葉に、シドとリュウは顔を見合わせる。そしてリュウは満面の笑みを浮かべ、父親と視線を合わせると、お礼を述べた。
「ありがとうございます」
その笑顔を見た父親は、顔を赤くして“いいえ…”と口ごもる。
シドはリュウの肩に腕を回し“では行こう”と、踵を返し歩き出した。
リュウは振り返りながら“お元気で”と手を振っている。
シドは黙々とギルドの表通りまで出ると、そのまま街の南門へ向けて歩き、アンガスの街を出たのであった。
「随分と急いで、街を出たんだね?」
キョトンとリュウはシドを見上げる。シドは言葉を探しつつ、答えを返す。
「……今日は早目に隣の町へ行って、宿でのんびりしようと思ってな。2人共寝ていないだろう?」
「そうだね。そうしよう」
少々強引な話ではあるが、それでリュウは納得してくれたらしい。
こうして成り行きでアンガスの南にある町、“ノラ”へ寄る事にしたシドである。
2人はアンガスの南門から、南下する道を歩く。実はアンガスの街に出入りしていたものの、この道を歩くのは初めてである。
最初はダンジョンから森を通り街へと来て、その後は転移での移動であった為だ。
シドとリュウはその道にある橋梁へ差し掛かると、足を止めた。
「綺麗な川だね」
リュウは目を輝かせながら、川を眺めている。
その川へ白い鳥が舞い降りてきて、川の中を突いているのが見える。長い脚と長い嘴を器用に使い、川の中を突きながら歩いている。後から、もう1羽がそれの近くに飛んできて、川の中に舞い降りた。
リュウはそれを楽しそうに、目を細めて眺めていたのだった。
シドはそのリュウに目を細めると、ゆっくりと1人、先に歩き出した。それに気が付いたリュウが小走りで追いかける。2人は澄んだ空の下、黙々と景色を楽しみながら南へと歩いて行った。
次の町“ノラ”は、地図上で見れば大よそ7時間程度歩く事になる。アンガスを午前中に出た2人ではあるが、ノラには夕方に到着する予定である。
「眠気は大丈夫か?」
シドは昼休憩を取った後、リュウに尋ねる。
「うん。風が少し冷たい事もあって、頭は起きてるよ」
そう言ってリュウは苦笑した。確かに少々、体の動きが鈍くなってきている事は、リュウも自覚していた。
そして外套にくるまってはいるが、やはり風は冷たい。
「“アレ”が行った事がない場所でも、使えたら良かったんだがな…」
シドはポツリと呟く。
その呟きはリュウにも聴こえていて、それはリュウを気遣っての事だと判った。
「歩くのも楽しいし、新しい場所には自分達の目で確かめながら進むのも、又オツなものでしょ?」
リュウはシドへ、そう笑いかける。
「…そうだな。では、もう少し頑張ってくれると有難い」
「勿論だよ」
こうして2人は夕方、アンガスの南の町“ノラ”へと到着した。
2人は夕陽を浴びながら、町の北門を潜る。
このノラの町は、アンガスに比べ小規模な町となっている様である。
町には北門・西門・南門と入口が3つあり、町を通る道は、その門に合わせて3か所から町の中央へ向かって伸び、その中心付近で繋がっている。
それらから蜘蛛の巣の様に道が繋がり、細々とした印象を受けるが、人はさほど多い訳ではないらしく、皆ゆったりと道を歩いていた。
そしてノラの町で宿を取った2人は、今日は各々1人部屋であった。
このノラの町は宿屋の数が少ない為、この宿の1人部屋しか空いておらず、別々に部屋を取る事になったのである。
そしてリュウは、シドの部屋に来ている。
コンッ コンッ
部屋の扉がノックされて、店主が夕食を運んできてくれた。
「悪いね。別々の部屋になって」
宿屋の店主はそう言うと、苦笑する。
「いいえ、部屋が空いていただけでも良かったです」
とリュウは返す。
「この町の宿は3軒しかないからね。今日は特に“シムノン”に行く人が多く来ているから、宿も埋まっているみたいだしね」
店主はそう言ってからテーブルの上に、2人分の夕食を置いた。
「シムノンは隣の大きな街ですよね?」
リュウがその名前の元を尋ねる。
「そうだよ。シムノンはこのサトリアーネ領の都でね、領主様がいる街なんだよ」
店主は2人の旅人に、そう教えてくれる。
「何で皆そこへ行くんですか?」
リュウが問えば、心得た様に店主は言う。
「今の時期は毎年、領主様のご子息が王都から戻って来るんだよ。そのご子息は王都の騎士団の副団長でね、皆その人が帰ってくると一目でも良いから会いたいらしくて、シムノンに行く人が増えるんだ。一種の恒例行事みたいな物だね」
そう言って店主は、自分の息子を自慢するように嬉しそうに話す。
「そんなに有名な人なんですか?」
「ああ、王都でも知らない人がいない位、有名人なんだよ。そんな人と会えて御近付になれたら凄い事だね」
と笑って話している。
シドはそれを黙って聞いていたが、そこで口を挟む。
「皆会いに行って、その人が街中を歩いている訳でも無いのだろう?」
「ああ、そうなんだがね。しかしそう言う事は、世の中の女性には関係ないんだろうね」
と言って笑う。
「まだ独身なんですか?」
「そうそう。30歳で独身、身分もしっかりしていてこの先、騎士団長になるかも知れない出世株。皆目を輝かせて見ているよ。女性は夢があって良いねぇ」
と、ひとしきり話した店主は“ごゆっくり”と言って、部屋を出て行った。
その後テーブルに並んだ夕食を、2人は黙って食べている。シドとリュウは各自、先程の店主の話を整理していた。
「ここの次はどうするの?」
リュウが口火を切る。
「シムノンに行こうかと思っていたが、街が賑やかになるのでは考えてしまうな…」
「そうだね…」
そう言ってシドとリュウは又、黙々と食事を続けたのだった。




