8. 痕跡
そろそろ就寝となった頃、冒険者たちは焚火の前に集まっていた。
焚火から少し離れた場所に、テントが1つ立っている。そこにはマッコリーとデュランが寝て、ロニは馬車の近くで眠るらしい。
集まっている者たちは夜番の予定を話し合っている。
「では、初めはシドとミード、それからテレンスで。4時間後に交代、俺とルナレフで朝まで。でいいか?」
皆が了解の意思を伝えると、各自の場所につく。
テレンスは林に消え、ミードとシドは火の傍に座る。そこから10m位離れた木の下で横になる二人。
焚火の火も既に小さくされており、先程マッコリー達とは就寝の挨拶を済ませ、別行動となっている。
後は、護衛達の見張りの時間である。
ミードとシドは近くに座ってはいるが、会話は無い。
シドは剣を抜き手入れを始め、ミードは書物を読み始めた。
1時間ほど経ったであろう頃、ミードが声を掛けてきた。
「シドの生まれは、どちらですか?」
会話の糸口を見つけていたのか、そう聞いてきた。
「ファイゼル領だ」
ぼそりとシドは答える。
臨時でパーティに入ると、多少はいつもこういった話になる。
その為シドは毎回、同じ様な話をしていた。
「この国の生まれなのですね、王都の北側の領地でしょうか。…私の生まれは、隣国ガルスです。小さい頃に両親とこの国に来まして、神官になる素質があると判り、神殿に従事しながらも冒険者に憧れて…16歳で冒険者になりました」
そう語るミードの眼は、焚火に照らされて瞬いていた。
「そうか」
「シドはいつ頃から冒険者に?」
「8年前だ。俺は15から冒険者になった。多少は剣を使えたから、それからはずっとソロでやっている」
「ソロだと、最初の頃は大変ではありませんでしたか?」
「まぁ……そうだな。小さい魔物だけ出てくれれば良いものを、依頼の途中で大きい奴が出たりもしたな。最初の頃は、逃げ切るのが大変だった…」
ふふふ、とミードが微笑む。
「私は未だ戦闘には向きませんから、大物が出ると威圧に潰されそうですよ。でも頼りになるパーティのお陰で、何とか出来ていますけれど。ペリンはB級なんですよ、私はまだC級ですが…」
本気とも冗談とも取れる言いように、シドも合わせて話す。
「ミードも次はB級に上がるんだろう? 神官はどんな昇格試験をするんだ?」
「私も次が何かは分かりませんが、今までは回復系の筆記だったり、補助魔法の発動だったり、色々とありましたね。…もう少ししたら、私にも昇級試験の案内が出て欲しいなと思っています」
「そうだな…頑張れよ」
「ふふ。ありがとうございます」
シドの月並みな言葉にも、ミードは嬉し気に微笑んだ。
それから少しして、テレンスが戻ってきた。足音を響かせないテレンスは、何かのスキル持ちなのか流石“盗賊”である。
ミードとテレンスは、互いに手を上げて合図を送る。
テレンスが火の傍まで着いたタイミングで、ミードが問いかけた。
「どうですか?」
「問題ない。小動物の気配はあるが、他は何も居ないな。静かなもんだ」
話を聞きつつ、シドは手入れをしていた剣を鞘に収めた。
それを見ていたテレンスが、シドの隣に座り話しかける。
「シドの剣は光を反射しないんだな。普通の剣ではない…?」
「いいや、こいつは特に変わった剣でもない。黒鋼を使って作ってあるから、鉄やミスリルの様な輝きは抑えられているだけだ。だが鉄剣よりは切れるし、灯りのない場所だと刃先が認識され難い利点がある」
シドは冒険者になって8年、依頼の報酬を受け取ってもお金を殆ど使う事も無かったが、唯一、剣だけには金を掛けた。この剣は手に入れて4年になるが、毎日手入れをしながら大事に使っているシドの大切な相棒である。
但し、シドは知らなかった。この剣が何故、高額であったのかという理由を。
この剣は黒鋼で輝きを抑えている訳でなく錬金術で艶を抑え、魔法との相性が良くなるよう様々な試行錯誤をして作り出された、作った職人の傑作とも言える品だった。
この剣も遣う者を選び、相性が悪いと取り回しも悪く切れ味も鈍る。
この剣に目を付けたシドを、武器屋から持主に値するかを見極め試されていたなどとはシドの知らぬ事である。その上、“普通の剣”として購入させられていたのだが、本当は、実はちょっぴり凄い剣なのである。
「テレンスの武器は何だ?」
「俺はナイフだな。近距離には向かないが、軽くて扱い易い。あとは弓も使うぞ」
「そうなのか。…冒険者に盗賊は、余り見掛けないよな?」
シドは、今まで巡った冒険者ギルドで会った者達を思い出す。剣士が一番多く、盗賊は余り居なかったなと。
「そうだな。だからダンジョンに潜る街では罠感知や偵察やらで、パーティからは引く手数多だぞ?」
そう言ってテレンスは口角を上げる。
「なるほどな」
シドも納得して頷いたのだった。
「“竜の翼”は結成してからどれ位なんだ?」
「今のメンバーでは4年ですね」
答えたのはミードだった。
「その前はルナレフが居ませんでした。3人で組んでからだと5年になります」
「やはりな。みんな自分の役割が見えて行動している様だったから、永そうだな、と思ったんだ」
シドの言葉に、ミードもテレンスも少し嬉しそうに笑む。
「ペリンが上手く纏めてくれているから、みな安心して役割分担出来ているんだと思う」
「そうだな」
そう伝えるテレンスに、シドも首肯するのだった。
その後4時間程して、ペリンとルナレフが起きてきた。
「交代だ」
「問題なし」
端的に報告し、入れ替わる。
シドも焚火から離れ、暫し目を瞑るのだった。
-----
2時間ほどでシドは目を覚ました。
辺りはまだ日の出る前の様だ。少し湿り気のある涼しい空気を感じつつ、ゆっくりと起き上がった。
「シド、まだ早いぞ?」
火の傍にいたペリンがシドに気付いたらしい。
「ああ。でも眼が覚めたから、川の辺りで素振りでもしてくる」
そう言って手を上げると、一人川へと向う。
少しだけ拓けた川辺で、シドは剣を抜き素振りを始めた。
そして汗で剣の握りが滑り始めた頃、一度手を止め、徐に川で顔を洗い手拭きで拭う。
ふと対岸を見ると、昨夜水汲みに来た時とは少し違和感を覚えた。
再び剣を手に取ると、浅い川を渡って対岸へ行く。すると木々の下草が折れ、踏み潰された箇所があった。
(人が居た…か?)
そこから瞬時、警戒し気配を窺うも既に誰も居ないようだ。
(これは報告した方が良いな)
そう判断し、シドは川を渡り対岸へ戻る。すると、向こうからルナレフとテレンスがやってきた。
「おはよう」
ルナレフが手を上げて声を掛けてきた。
「おはよう。もう皆は起きたのか?」
「いいや、まだデュランは寝ているな。マッコリーさんとロニさんは、もう起きていたぞ」
そうルナレフが言うと、続けてテレンスが問いかけてきた。
「シド、何かあったのか?」
「…テレンス、昨夜こっちの方向で見回りをしていた様だが、対岸までは行ったか?」
「いや、川のこちら側だけだな。少し川上には行ってみたが。…どうした?」
テレンスが訝しがる。
「ここの対岸に何か居た様な形跡があった」
シドの言に、3人で川を渡る。
「本当だな…俺が見回った時には、こう成っていなかったはずだ」
「俺も、夜中に交代してから川には来たが、ここには異常は無かったと思う…。という事は、その後か」
「これは人の足跡だろうな」
少し先を見渡して、テレンスがそう告げる。
「向こうへ続いている様だ。水を汲みに来た?…訳ではないのだろうな。3人だ」
「3人か……。俺たちを偵察していたのかも知れないな」
テレンスとシドが言い、ルナレフが頷いた。
「ペリンを呼んでくる。俺は向こうへ戻るわ」
そう言うとルナレフは走り出し、戻って行ったのだった。
2023.9.29-誤字の修正をしました。