79. 査定額
シドとリュウは、冒険者ギルドの扉を開けて中を見る。
すると中にいる多数の者が一斉に、こちらへ視線を向けたのだった。
依頼受付の為かギルドの中は冒険者達で溢れ、その他にも冒険者ではなさそうな者も混じっていた。
「良かった…お戻りになって…」
受付の職員が、泣きそうな顔で2人を見た。
「すまない。遅くなった」
シドはそう言ってリュウと並んで受付へと向かう。
冒険者達は2人の為に道を空け、皆心配そうにシドとリュウを見ている。
2人が受付に着くと、リュウの腕の中で眠っていた赤子が目を開けた。
「んま…」
その声に、ギルド内が静まり返る。
「“セドナ”?」
そう言って1人の女性がリュウの隣へと出てきた。
リュウは赤子の顔をその人に見せる様に、体を傾ける。
「ああ!セドナ!!」
そう言った女性は、リュウの腕からその子を受け取ると、顔を寄せて泣き出した。
「ああ…良かった…セドナ…」
部屋に居る者全員が、その様子をじっと見守っている。
「良かったですね、お母さん」
そう言ってリュウは、その女性にニッコリと微笑みかけた。
その時ギルドの奥の扉がガチャリと開き、そこから2人の職員らしき男性が出てきた。
受付の職員は、そちらに顔を向けると呟く。
「ギルマス…」
「乳飲み子の捜索願いが出たと聞きました。そちらの方ですか?…おや?」
出てきた職員の内、ギルマスと呼ばれた男性がそう声を発すると、目線を赤子に向けて止まった。
「はい。ですがたった今、無事に戻ってきました」
そう言って受付職員は、ギルマスに笑みを向ける。
しかしその時、静かだった赤ん坊が泣き出した。
「おぎゃーおぎゃあ!」
一気に賑やかになったギルド内に、安堵の声が一緒に溢れた事で、それは大きな声と重なり室内に響く。
今まで静かだった赤ん坊が本当に無事であった事が、ここで皆に分かったのである。
「んぎゃーおぎゃー!」
泣き止まない赤子に、一斉に視線がギルマスへ刺さる。
「私のせいではないでしょう…?」
そう言ってギルマスは、困った顔を赤子に向ける。
「お腹が空いているのかも知れませんね。応接室をその方達に貸してあげて下さい」
別の職員にそう指示を出すとギルマスは受付職員の隣へ並び、冒険者達を見渡して片眉を上げた。
皆一斉に視線を逸らす…。
それを見てギルマスは一つ頷くと、赤子が奥へ入るのを見送ってから問う。
「それで、貴方達が偵察に出たパーティですか?」
そう言ってシドとリュウを見る。
「ああ」
とシドはそう返事をする。
「………」
それ以上の返事が返って来ない事を悟ったギルマスは、諦める。
「では、奥で詳しく話を聴きましょう。一緒に来て下さい」
室内の者全員が聴いていると気付いた事もあり、ギルマスはシドとリュウを奥の執務室へと案内した。
「どうぞ、掛けてください」
ソファーに促された2人は、受付の女性からお茶を出してもらい、有り難く受け取る。そしてその職員が退出すると、ギルマスは話し出す。
「私はアンガスの冒険者ギルド、ギルドマスターをしている“フリップ”です。貴方達の事は職員から聞いていますが、一応自己紹介をお願いします」
そう言った人物の歳の頃は40代半ばで、淡藤色の髪に灰色の眼をした、ギルマスと言うよりは事務方の風貌をした180cm位の男性である。
言われたシドは、軽く自己紹介をする。
「俺達はD級“グリフォンの嘴”で、俺はシドでC級。隣は弟のリュウ、D級だ」
「ありがとうございます。それで昨日の昼過ぎに受けてくれた“ハーピーの偵察”で、赤子を見付けてくれたのですか?ロペスの森の中にでも、置き去りにされていたのでしょうか?」
ギルマスにそう聞かれ、シドは少々つじつまを合わせる様にして答える。
「偵察は山まで行ってきた。巣穴を見付けてそこに赤子が居たので、そのまま戦闘を開始した」
シド達が巣穴へ到着した時に赤子が持ち込まれたと言えば、夕方には巣穴へシド達が到着していた事になる。それでは仮令馬を借りたと付け加えても、移動時間が足りずに疑問を露呈させてしまうからである。
「はい?巣穴まで見付けたのですか?」
「ああ。北の山の崖に巣を作っていた」
「それで…貴方達が戻ってきたという事は?」
「討伐は完了した」
シドの言葉にギルマスは固まった。その顔を見てシドは言う。
「赤子が居たのに、そのままと言う訳にも行かないだろう…」
「そうですが…」
そう言ってギルマスは、2人の姿を確認している。多少服の破損や汚れはあるが、大きな怪我も見えない為か、ギルマスは安堵の息を吐く。
「無茶をしますね…」
「自覚はしている。だが人命優先だろう?」
「ははは…そうですね」
ギルマスはこれで、納得してくれたらしい。
「それで討伐したハーピーは、焼却ですか?持って帰ってきましたか?」
「持って帰った。今は街の外に置いてある」
「そうですか…では後でギルド裏の倉庫まで、持ってきてもらえますか?買い取りをさせて頂きます」
ギルマスの言葉に、シドとリュウは顔を見合わせて頷いた。
「それで、巣にはもう残っていませんか?」
「巣穴の中まで確認はした。討伐は2匹、それ以上はいなかった」
「そうですか。確認していただきありがとうございます」
ギルマスはそこで話を切ると、書類をテーブルへ置いた。
「これはそのハーピー討伐の依頼書です。こちらを受けて頂いた形を取りますので、書類に記入していただけますか?」
シドとリュウがその出された紙を見れば、ロペスから出された討伐依頼の内容が書かれていた。
『ハーピー討伐の依頼。C級以上のパーティへ依頼するものとする。ハーピーの巣も同時に全滅を希望。ハーピー1羽につき銀貨5枚を支払う。ロペス町長』
それを読んだシドが、問いかける。
「俺達はD級だが、良いのか?」
「ええ。問題はないですよ。既に討伐を終えていますし巣穴の確認も済んでいます。内容をクリアしているので、支障はありません」
ギルマスはそう説明する。
「そうか」
「それから後で持って来て頂くハーピーの買取も、こちらに加算させていただきます。買取額は状態を確認してから、追記いたします」
「ああ、それで頼む」
そしてシドは、書類に記入するとギルマスを見た。
「ではこれで以上となりますので、後で裏の倉庫までお越しください。買取の件は、職員に伝えておきますので」
「了解した」
こうしてギルマスとの話を終えて執務室を出た2人は、受付けへと戻った。
2人が戻ると既に、ギルドの中の者達は出掛けた様で、それ程人は残っていなかった。
2人を見付けた受付職員は、声を掛けた。
「お疲れさまでした。色々とありがとうございます」
そう言って、疲れた顔に笑顔を見せる。どうやらギルドの職員達も徹夜だったらしい。
「お疲れ様です」
リュウもそれに気付き、労いの言葉を掛けた。
「僕達一度出て、裏の倉庫へ素材の持ち込みに行きますので、後でよろしくお願いします」
「はい。承知いたしました。お待ちしております」
その言葉を受け、シドとリュウはギルドの扉を潜り、そこから脇道に入ると、ギルドを回り込む様に裏へと出る。
その倉庫側は街の端になっているらしく、それより先に民家らしき建物はない。
広いスペースに倉庫が建ち、それがギルドの敷地となっている様で、思いの外広いなという印象である。
シドは周りの気配を探り人がいない事を確認すると、倉庫前のスペースにハーピーを出す。
流石に街中でこれを持って歩くのは、皆を驚かせてしまうので止めたのであった。
10分程待てば、男性職員がギルドの裏扉から出て、倉庫へやってきた。
「お待たせしました」
そう言って2人の下へ来ると、笑顔を向けた。
「今回の件で討伐した物と伺っています。そこも考慮させていただき、買取をいたしますが…」
そう言って職員は、言葉を切って眉を下げた。
「何かあったか?」
職員の顔を見て、シドは困惑気味に尋ねる。
「いえ…ハーピーの素材は“羽根”になるのですが、これは少々ボロボロだなと思いまして…」
シドとリュウはその言葉を聞き、苦笑する。シドは職員へ尋ねた。
「これはいつも、どうやって倒すんだ?」
シドからの問いで、2人が初めて対峙した事に気付いたのだろう。職員は説明を始める。
「ハーピーはこの翼に、素材価値があります。その為、戦闘する場合はなるべく、翼を傷つけない様にしますね。元々売るつもりがなければ別ですが、そうでなければ翼の根元を切り落とし、飛べなくしてから地上戦に持ち込むのです」
2人はその話に“なるほど”と思う。飛翔する魔物との戦闘も滅多にない事なので、今後の参考にしようと心に刻んだシドとリュウなのである。
「そうなのか。勉強になった」
「教えて頂いて、ありがとうございます」
2人がそう言うと、職員は照れたように笑う。
「僕も、ギルマスからの受け売りなので…」
そう言って頭を掻いている。
結局2人が持ち込んだハーピーは、羽根の損傷が目立ち、2羽で銀貨3枚での買取となる。
これがもし綺麗なままであれば1羽当たり銀貨5枚と言うから、ボロボロ加減が凄かったであろう事は、想像に難くないのである。
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。
誤字報告も、重ねて感謝申し上げます。
また、“ブックマーク・☆☆☆☆☆・いいね”を頂きます事、モチベーション維持に繋がりとても感謝しております。
いつも皆さまが応援して下さって、こうして続ける事が出来ております。
まだまだ未熟な筆者ではございますが、引き続きシドにお付合い下さいますと幸いです。
盛嵜 柊




