78. 巣穴
シドとリュウは足音を響かせ、ハーピーの巣へ近付いた。
すると崖上の穴から1羽のハーピーが姿を現す。
『キュイーッ!』
ハーピーの警告音であろうか、大声を出しこちらを注視する目と視線がぶつかる。
「来るぞ」
「了解」
2人はそこから駆け出して、穴の下へ出る。穴からは更にもう1羽が出て来て、空に舞い上がった。
「風の刃」
シドは先制で魔法を放つも、それが到達する前にひらりと回避されてしまう。
「むぅ…」
それを見ていたリュウも、その動きに渋い顔をした。
「速いね…」
「思ったより、な」
上空で旋回しながら、2羽の魔物がこちらの様子を見ている。
「距離を取られると、魔法が回避されるな。では…」
そう言ったシドはその場から消えると、上空のハーピーの前に転移し、剣を振う。
―― ザクッ ――
『ピキィィー!』
シドの剣は1羽のハーピーの肩に当たり、それが悲鳴を上げた。
シドはそこから消えると、地面へと戻る。
「上は俺が対応する。援護を頼む」
「了解」
シドが転移し剣を振って、戻り際にリュウが魔法を放つというサイクルを繰り返し、攻撃を仕掛ける。
だが、魔物も同じ動作では対応し始め、シドの転移先からスルリと距離を取ると、大きな爪のある足で、シドを掴まえようとする。
それをシドは剣で往なし、至近距離から魔法を打ち込む。
―― ドンッ!! ――
『ヒキャウ!』
顔面に当たった魔法に怯み、1羽が降下を始めた。
「リュウ!」
そこへシドが声を掛けると、リュウがそれに向けて魔法を放つ。
「氷針筵」
リュウの放った魔法は、広げているハーピーの翼に穴を開け、落下しつつも魔物は体に刺さる氷柱に、身をよじって悶えている。
「落ちるぞ、そっちは任せる!」
シドはそう声を掛けると、リュウと離れた場所へ降り立つ。落下する魔物をリュウへ任せ、シドは上空に居る魔物へと狙いを定めた。
シドは又上空へ転移し、一太刀を浴びせる。ハーピーもそれを足で往なして距離を取ろうとするが、シドもそこは魔法で追い詰める。
「風の刃」
至近距離からの魔法をもろに受けたハーピーは、胸元に大きな傷を作る。
『ピキィィー!』
血を流しながら後退する魔物に、シドは地面へと戻る。
「キャー!」
リュウの声にそちらを向けば、ボロボロな翼を羽ばたいて上昇する魔物の足に、リュウの姿を捉えた。
そこへ視線を向けたシドへ、もう1羽が急降下してシドを捕捉しようと足を向ける。
それに剣で応えて間合いを取ると、リュウを捕まえている魔物の足元へ転移し、リュウを掴んでいる脚の付け根へ向け、大きく剣を薙ぐ。
―― ズバッ! ――
その片足が飛び、リュウが落下を始めると、シドは浮遊を使いそこでリュウを受け止めて地上へ転移する。今の一刀は一撃だった様だ。
ハーピーの太い脚が地面に落ちた。
―― ドサッ ――
『ピギャー!』
足を切られた物も、血をまき散らしながら落下を始めた。
「ごめん!油断した!」
シドから地に下ろされたリュウは、ひどい怪我も無さそうで体勢を立て直す。
「そいつは頼む」
「はい!」
片足の無くなった魔物に、リュウは魔法を放つ。
「水槍」
その槍はハーピーの胸へと吸い込まれると、それは一声鳴いて落ちてきた。
―― ドンッ! ――
シドは視線の隅でそれを見届けると、上空の魔物の前に転移して両手を右上から振り下ろす。
『ギャピー!』
シドの剣は魔物の胸を切り裂き、続けざまにそこへ突き立てた。
『ピギィィー!!』
魔物とシドは一緒に落下し始めると、シドは転移で地に降り立つ。そして一拍遅れてハーピーも地に沈む。
―― ドーンッ!! ――
シドとリュウはそれを見届けるが、まだ剣は握ったままである。
土煙が収まり周りが見える様になってから、そっと気配を探る。
「もう…出てこない?」
「2匹だったみたいだな…」
2人は顔を見合わせ、息を吐いた。
そして倒れているハーピーへ近付くと、それらを早々に亜空間保存へ放り込んだ。ここに放置するには大きすぎる魔物だった為である。
「巣穴も確認するんでしょう?」
「ああ。転移するから掴まってくれ」
シドとリュウは5m程の高さにある巣穴の入口へ転移する。外もすっかり薄暗くなっている為、中は更に真っ暗であった。
シドは小さく亜空間保存を開くとカンテラを取り出す。
そして一歩ずつ、中へと入って行った。
「少し籠ってるね」
「ああ、魔物だからな」
オーク程ではないが、巣穴には動物の様な匂いが籠っている。だが冒険者ならば耐えられる程度なので、問題はない。
奥へ進むと突き当りは少し広くなっており、そこには枝や葉が積まれた寝床の様な物があって、そこにカンテラの灯りを受けて小さく動く影があった。
シドとリュウはその動く物を見付けると、剣に手を添えてゆっくりと近付く。
するとそこには、人間の赤ん坊の様な姿をしたものが、手足を動かしているのが見えた。
「え?魔物?」
「いやこれは…人間だろうな…」
ゆっくりとそこへ近付いて光を当てれば、赤子が目を瞬かせてカンテラの灯りを追っていた。
「何てこと…」
「さっき戻ってきた物が、連れ帰ったのかも知れないな。まだ衰弱している様子も見られない…」
シドが言えば、リュウはその赤子にそっと手を伸ばして抱き上げる。その赤子には、破れた布が巻き付いていた。
「完全に人間の赤ちゃんよ…」
「んま…」
その子が声を上げる。
「お腹が空いているのかしら…」
「確かモウの乳が少しあるが…」
先日のカフェスに入れる為、少しミルクを買ってあったのである。
「だが、飲ませる入れ物がないぞ…」
「う…確かに…」
と2人は苦笑する。
取り敢えずは赤子に新しく布を纏わせ、リュウが抱いている。
「布にミルクを吸わせて、それを含ませれば飲ませられるかも知れないな…」
「やってみる」
亜空間保存から清潔な布とミルクを出し、布の角にミルクを浸すと口元へ持って行く。
すると赤子はそれをしゃぶる様にして口に含んだ。
2人はホッとしてそれを数回繰り返してやれば、赤子も落ち着いた様で瞼を閉じた。
「眠ったね」
「そうだな。では今日はもう外も暗いし、ここで一泊しよう。ここであれば中までは風も入らず、寒さも凌げる」
そう言ってシドは、リュウと赤子を見る。
「俺は見張りをする。まだ他にも個体が来ないとも限らないからな。赤子はリュウへ任せるが、良いか?」
「うん。赤ちゃんは任せて」
そう言って2人は、巣の確認を終えると入口近くまで戻り、そこで火を熾す。
そして買ったばかりの厚手のシャツで更に赤子を包むと、敷物を広げ野営の準備をする。
リュウは水を出し、火にかけておく。そうすればいつでも赤子の為に、温かい湯が使えるからである。
「早く戻らなくても大丈夫?」
「戻りたいのはやまやまだが、“巣へ戻る個体がない”事の確認と、それに早く戻れば、戻りが早い事を街の者に怪しまれるかも知れない」
「そうだね。偵察だけだったらまだしも、巣迄行って赤ん坊を連れ帰ったと言ったら、変に思われるかもね」
リュウがそう言えば、隣で赤子がモゾモゾと動き出した。
「んま…」
赤子は目を開けて、灯りの方を見ている。
「リュウは今夜、大変そうだが頼んだぞ…」
「…そうだね。ミルクを出しておいてくれる?それから、布も沢山欲しいかな…」
リュウがそう言えば、シドが頷いてそれらを用意する。
今日は2人共眠る事は出来ないなと、気を引き締めたシドとリュウであった。
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翌朝2人は、陽が昇り始めてからもう一度巣穴の中を確認して、入口に立つ。
明るくなってきた空に眼下に広がる街は、今日の訪れを歓迎している様にキラキラと瞬いていた。
「綺麗だね」
「ああ。見晴らしが良いから、これなら距離感も掴みやすいな」
リュウは、綺麗な景色の感想を言ったはずだが、シドは目標地点が見易い事に、感心している様だ。
リュウは何とも言えない顔をして、そっと息を吐いた。
それに気付かぬシドは、リュウへ声を掛ける。
「では転移するが良いか?赤子はしっかりと抱いていてくれ」
「了解。準備は出来てるよ」
リュウがそう話すと、3人はハーピーの巣穴から消えたのであった。
シドとリュウが移動した場所は、街から転移をした地点、アンガスの南門近くの林である。
2人は辺りの様子を窺うと、ゆっくりと街の門へ向けて歩き出した。
「赤ちゃんって、見た目より重たいんだね」
ぐっすりと眠っている赤子を見ながら、リュウは感慨深げにそう言った。
「腕が疲れたなら、変わるぞ?」
「兄さんは、抱っこができるの?」
リュウが上目遣いにニッコリと笑う。
「う…抱いたことはないが…」
「じゃあ、このままで大丈夫。赤ちゃんって抱き方にコツがあるからね」
リュウはそう言って、前を向いて歩いて行く。
「では任せた。落とすなよ?」
「兄さんじゃないから、大丈夫だよ」
2人は気軽な会話を続け冒険者ギルドの前に来ると、颯爽と扉を開けたのだった。
ご注意:現実では乳児へ、牛乳を飲ませてはいけないらしいです。
これはお話の中での事であり、実際にはまねをしない様ご注意下さい。




