77. 北の山岳
先程の職員が、そう言って2人に声を掛けた。
その様子から2人がギルドを出た後に、何かの知らせがあったのだろうと知る。シドとリュウは受付まで近付くと、リュウがその職員へ話しかけた。
「何かあったのですか?」
職員の2人は、リュウの言葉に顔を見合わせ頷いた。
「お二人がギルドを出た後、隣町のロペスから使いの者が来まして、冒険者ギルドへ依頼が出されました」
そう言って先程リュウを対応してくれた職員は、掲示板に貼ってある紙をチラリと見た。
「ロペスの町で昨日の夕方、放牧しているメエが魔物に襲われ、何頭か連れて行かれたそうです。そして、またその魔物が家畜や人を襲いに来る事を危惧して、この街に討伐依頼を持ってきました。ロペスの町には、冒険者ギルドがありませんので…」
「それで、その魔物を見た人はいるのですか?」
「ええ。丁度メエを連れ帰る為に迎えに行った人が、襲われている処を目撃した様です。その魔物には翼があって、空を飛んでメエを連れて行ったと…」
その話を聴いたシドとリュウは“まさか”と顔を見合わせた。だが職員の次の言葉に、それは杞憂であった事を知る。
「その魔物の様子を聞いた限り、どうやら“ハーピー”ではないかと…」
「ハーピー…」
リュウの繰り返した言葉に、職員も同意する。
「ええ。厄介ですね…」
そんな飛翔する魔物がでたという噂で、この街の者達も不安に思っていたのであろうと、先程見た街の様子に納得する。
ハーピーとは、人に近い姿であるが腕の代わりに翼を付けた魔物である。その体は裸体に近いが、尾があり足も鳥の脚となっていて、“鳥人”とも呼ばれている。
しかし特に人語を話す訳でなく、冬になる頃には繁殖や冬眠の前に獣や人を襲う事もあり、人里で目撃される事もあった。だが常には山岳や森の奥に巣穴を作り、人里から離れて生息しているのである。
そして偶に出るその討伐依頼はC~B級で、魔法を使える者がいるパーティに限られる。それは、飛翔する魔物である為、武器では間合いが詰められない事が理由である。
シドとリュウは、“ハーピー”という名は知っているが、南部では余り見掛ける事のない魔物であった為、まだ戦った事はない。2人は顔を見合わせ、互いの胸の内を探る。
そして職員の困っている様子から、出られる者が今はいないのだろうと、推測する事も出来た。
「行くか?」
シドがリュウへ、そう声を掛ける。
「うん…」
そこへ2人の会話を聞いたもう一人の職員が、声を割り込ませた。
「ですが、これはC級以上の依頼ですので…」
その言に、先程の受付の職員が、言葉を入れた。
「C級への依頼だけど、彼等なら様子を見に行ってもらう位なら、お願いしても大丈夫だと思うの。オークの討伐をしてくれたのは、彼らだもの…」
「ええ?この2人が、オークを討伐して下さったの?であれば、偵察に行ってもらう事も出来るかも知れないわね」
職員の2人は、シド達を前にして話をしている。が、それはそうと。
「あの…誰か隣街へ、確認をしに行っている人はいないのですか?」
リュウの言葉に、2人へと顔を向けた職員達は、苦笑して答えてくれる。
「今、隣町にはギルマスが行っています。頼める冒険者が皆出払ってしまっていて、ギルマスが動いているのですよ」
「ぅ…」
職員の言葉を聞いたシドは、自分が皆を外へ出してしまった事を反省していたのだった。
「これは通常ですよ。昼間に冒険者が街に居ないのは、当たり前ですね。オークの騒ぎが収まっただけでも、有難い事です」
そう言って受付職員は、シドに微笑みかける。
どうやら、シドの考えていた事に気遣ってくれたらしい。
シドは苦笑した。
「では俺達が、ハーピーの偵察に行っても良いんだな?」
「ええ。行ってもらえますか?一応、討伐でなくとも報酬は出ます。因みにそのハーピーは、バーネット領の北西にある山へ飛んで行った様です。ここからだと北に当たる所ですね」
そう言って職員は地図を広げて、その場所を示してくれる。領地はバーネットであるが、その山はサトリアーネ領に張り出す様に連なっていて、アンガスの真北にある山となっていた。
シドとリュウは互いに頷くと、意識をその山へ向けたのだった。
冒険者ギルドを出たシドとリュウは、もう一度手元の地図を確認する。
サトリアーネ領からその山岳との間には、森があり川も流れている様で、そこを登って行く事は難しそうであった。
だとすると、もう一度バーネット領へ行き、回り込んでその山へ向かうしか道はない。
「遠回りしないとハーピーの所までは行けないよね?それともロペスに行って、又ハーピーが来るのを待つ?」
リュウは、地図から見える選択肢を示す。だがシドは、違う道を示した。
「<ガニメテ>から回り込もう」
「え?<ガニメテ>から?」
リュウはシドを見上げて問いかける。するとシドは口角を上げてリュウを見た。
「…まさか…」
「そう。そのまさか、だな」
その答えに、リュウは呆れた顔をする。
「大丈夫?」
「ああ。問題ない」
“やれやれ”とリュウは頭を振ってから“本当にビックリ箱よね”と呟いた。
その呟きを拾ったシドは一つ笑い声を上げると、2人並んで街の南門へ向けて歩き出したのだった。
そして門を出た2人は、街の南にある林へ入る。
シドは集中を入れると周りの気配を探り、誰もいない事を確認する。
「ねえ、<ガニメテ>はウィルコックのギルドの人達とか、近くに居ないかな?」
リュウの心配は尤もである。だが、シド達の報告から3日経っている事を考えると、調査自体は終わり、後はダンジョンの発表日程を調整している頃と推測出来た。
「まぁ大丈夫だろう。ダンジョンの前ではなく、森の中に出れば」
「そうだね…」
シドの答えにリュウは苦笑する。何とも思い切りの良い人であるな、と。
程なく、2人はバーネット領の<ガニメテ>近くへ転移し、シドは集中を切る。
出た先は、キラービーを討伐した辺りの森の中である。そして足元を見ればそれらの残骸はなくなっている事から、森にいる物達が処理をしてくれたのだろうと、笑みを浮かべる。
それからシドとリュウは、<ガニメテ>の方向へ歩き出す。
その<ガニメテ>の前まで来れば、埋まっていた入口は岩が綺麗に取り除かれ、そこから“ガニメテ”という文字が光っているのが見て取れる。
シドとリュウはその入口まで来ると“良かったな(ね)”と声を掛けた。
≪うむ。希みは叶った。礼を言おうぞ≫
シドの中に声が響く。
「いいや。礼は既に受け取っているぞ。ではまたな」
≪旅の無事を祈る≫
「ああ」
短い会話をした<ガニメテ>とシドはそれで別れると、2人は笑みを浮かべ又歩き出す。
向かうは、この山の西である。
地図から読み取る所要時間は、目算で約5時間。多分、目的地へ到着する頃には、日も暮れているだろう。
奴らは夜目も効かないはずで、多少動きが鈍る事も予想される。だが、シドとリュウも暗闇で見えないのは同じである。
「このまま行くと暗くなるよね。どうするの?」
リュウもこの考えに、思い当っていた様だ。
「目視できる処へ、連続して転移で進む。この崖近くは木々も途切れているから視界も良いし、歩くよりは早く進めるはずだ。目視できる範囲での転移なら魔力は微量で済むし、夕暮れ前には着くだろう」
シドがそう言うと、リュウへ手を伸ばした。すると、心配そうな顔をリュウは向ける。
「大丈夫だ。奴らと戦う前に、魔力ポーションは飲む。そう心配するな」
そう言ってシドは、リュウの頭を撫でる。
「無茶ばかりするんだから…」
呆れた声でリュウが呟くと、シドの手に自分の手を乗せた。
シドはリュウを抱き寄せると、1~2キロ位ずつの距離で転移を繰り返し、進んで行ったのだった。
こうして進んだ山際に、魔物の気配を捉えたシドはそこで転移を終了する。
リュウはシドの胸から解放されると一つ息を吐く。
「はー。何もしてないけど、緊張した…」
「少々強行だったな、すまない。この先に魔物がいる様だ。気を引き締めてくれ」
そう言ってシドは鞄から魔力ポーションを出すと、話した通りにそれを飲んだ。
魔力は最初の転移で半分程使用している事もあるが、これを飲むのはリュウを心配させない為でもある。
それをしっかりと確認したリュウは、安心したかのように頷くと、シドの見ている方角へ意識を切り替えた。
シドは切っていた集中を入れ、その先を探る。すると3キロ先の崖の途中に、それらしき巣穴を見付けた。
「崖の途中、地上から5m位離れたところに巣穴がある様だ。そこに今1匹入って行った」
「当然やるつもりでしょ?」
「当然だな」
「下までおびき出せるかな?」
「ああ。多分俺達が近付けば奴らも気付くから、出てくるだろう」
「そうだね」
今は空がオレンジ色になり始めた頃で、2人は頷き合って歩き出す。これは見付かる為に歩くのであって、気配を隠す事もない。そして暗くなるまでに、全てを終わらせる必要がある。
「奴らの足に捕捉されれば、まず逃げられないぞ。気を付けてくれ」
「了解」
2人は足を止める事無く、目的地へ向かう。
シドは集中を切って身体強化、硬化と借受に一撃、転移を入れて準備をする。リュウも、スキルの準備は整っている様だ。
後は、あの巣穴から何羽出て来るか…翼のある魔物と、どう対応するのかが問題である。
今後“匹”と“羽”が出てきますが、基本シド達は魔物全般を“匹”と言っています。
既にお気付きの方もおられるとは思いますが、他の魔物もその様な感じなので、宜しくお願いいたします。




