76. アンガスの街
「それでは…リュウさん、でしたね。準備が出来ましたので中へどうぞ」
先程の職員が戻ってきて、リュウへ声を掛ける。
「はい。じゃあ兄さん、行ってくるね」
「ああ。頑張れよ」
「うん」
リュウは元気な返事と共に、職員に続いて奥の扉へ入って行った。
リュウはこれからD級の昇級試験を受けるのである。その背中を見送りシドは踵を返すと、多数の目がシドを見ていた。
そして1人の男がシドへ声を掛ける。
「おい、あんちゃん。オークを倒してくれて、ありがとうな。助かったよ本当に…。あー俺は“エッジ”という者だ。C級でな」
そう言って頭を掻いている男は藍色の髪に藤色の眼、そばかすを付けた顔に苦笑を浮かべている180cm位の人物であった。年齢はシドより少し上位であろうか。
「俺はシドと言う」
シドはそう挨拶を返す。
「本当はオークを俺達が受ける予定だったんだが、何せ人数が揃わなくてな。どうしようかと思っていたんだ」
「そうか。アレは匂うからな…」
「そうなんだよ…今回は人的な被害が出ていなくて、然程緊急と言う訳でも無かったから皆、及び腰でな」
そう言って、エッジという男は苦笑する。
「俺達は、偶々目に付いたから対応したまでだ。それにあれは繁殖が早いから、放っておくと後が大変になる」
「そうそう。アレは“面倒臭い”の最大級なんだよなー。はっはっは」
そうエッジが返すと、周りの者達も苦笑の声を上げた。
「「「助かったよー」」」
「「「ありがとうな」」」
続々と周りから声がする。
「いや…」
これには少々、シドも困惑する。本人は、そんなに大した事をしたつもりもないのである。
この街の冒険者達は人懐こいのかも知れないなと、人に囲まれているシドは斜め上に思考を飛ばしていたのだった。
「そう言えば、あんちゃんの連れは昇級試験か?何級に昇級するんだ?」
「D級への試験だ」
「は?オークの群れは2人でやったんだろう?なのにE級だったのか!そりゃ凄いな。じゃぁあんちゃんは、B級か?」
「いや俺はC級だ」
「…おいおい。そりゃー大変だったろう…オークを押しつけちまって、すまなかったな」
「いや…」
シド達の話を聞いていた周りの者も含め、皆今の話でしんみりしてしまった。
シドがC級である事は事実だが、リュウは本来B級である為そこまで大変では無かった。しかしそれを知らない者達からすれば、心配させてしまう事なのかも知れない。
「大丈夫だ。アレはそこまで強い群れではなかったからな。俺達に怪我もない。心配させてすまないな」
「そうかーそれなら良かった!じゃあ詫びに、酒でも驕るぞ?何でも飲んでくれ!」
エッジはそう言ってくれたが、まだ朝であるし、シドは酒を飲もうと思ってもいないのである。それに苦笑してシドは返す。
「気持ちだけ有難くもらっておく。それより皆、出掛けなくて良いのか?」
と、話の矛先を変えるシドであった。
「そうだな。もうダンジョンにも潜れるし皆、出掛けようぜ」
「「「おお、そうだな」」」
それを聞き、やっと解放されたと安堵の息を吐いたシドである。
シドは皆が出掛けるのを見送ってから、ギルド内の飲食スペースで茶を飲んでいる。リュウが奥に入ってから1時間を過ぎているので、そろそろ戻って来る時間であろう。
そう思って顔を上げた時、ギルドの奥の扉が開きリュウが出てきた。足取り軽くシドの下まで来たリュウは、ニッコリと笑顔を浮かべてシドを見た。
「終わったか?」
「うん。D級に昇級してきました」
「そうか。おめでとう」
「えへへ。ありがとう」
リュウは嬉しそうに笑う。そして受付に出てきた職員に呼ばれ、D級のカードを交付してもらうと、2人は職員に挨拶をしてギルドを後にしたのだった。
「これで次は、俺に追いつくな」
「でもC級はちょっと経験値が必要だから、大物を仕留めないと駄目だね」
「D級パーティに、大物依頼は出ないと思うがな」
シドがリュウに突っ込みを入れ、口角を上げる。
「あはは…そうだった…」
シドとリュウは話をしながら、アンガスのメイン通りを歩いて店々を覗いている。
「それで、どんな試験だったんだ?」
「他のギルドと一緒で、剣の扱いが主かな。剣の構えや受け流し方、回避方法とかのチェックだね。僕がサラリとやっちゃって、ちょっとビックリさせちゃったよ」
と笑いながらリュウは話す。
「そうだな。それらはリュウが身につけている事だから、簡単だったろう。C級は、それにもう少し踏み込んだ試験だったはずだが…随分昔の事で、俺は忘れたな」
と、シドは苦笑する。
「兄さんは、いつからC級だっけ?」
「んん…5年位前だったか?もう余り覚えてないな」
「え?カードに書いてなかった?」
「カードも見ないな…そう言えば」
シドが答えると、2人は顔を見合わせて笑う。
「兄さんは、そういう所は無頓着だよね…」
「まあ、人に話す事でもないし、一々見ないだろう?」
「そうだけどね」
と、リュウは呆れた顔をシドに向けた。
シドは自分の強さにも頓着せず、いつも今を全力で生きているのだなと、リュウは心の中で納得したのだった。
そして2人は1軒の店の前で止まる。今日は2人の服を、買い足す予定にしたのである。
この街はメエを飼養している事もあり、“メエの毛”を使った服が多く取り扱われていて、これから寒くなる気候の為、温かい冬服を買う事にしたのであった。
“チリン”と扉についた鈴を鳴らし、2人は中へ入る。
店内を見れば定番の形から、少し変わった物などのディスプレイが目に付いた。色も落ち着いた物から明るい色の物まで様々だ。リュウは目を輝かせて、それらを見ていた。
「好きな物を選んで良いぞ」
シドはそうリュウへ声を掛ける。
「こういう店は久しぶり過ぎて、ちょっと興奮するよ…」
「はは。確かに俺と一緒に居ると、こういう店には入らないからな」
シドは苦笑して、内心で謝っておく。女性は服などにも興味があるのだろうが、今までシドはそこまで気が回っていなかったのである。
「今日は存分に見ていいぞ」
「うん。ありがとう」
リュウはそう言うが否や、早速近くの物に手を伸ばし始める。シドはそれを眺めつつ、男物の厚手のシャツを2枚手に取るとサイズを確認し、それを店員に渡した。
もうシドの分は、コレで終わりである。
「あっちと一緒に支払うから、預かってくれ」
「畏まりました」
店員とそれだけ話し、シドはそれから楽しそうに店内を見て回るリュウを、ずっと眺めていたのだった。
その後店内を隅々まで見て回ったリュウは、男物であるが少し刺繍が入った物に決めた様で、それらを購入し店を出た。そして今はもう、すっかり昼を迎える時間だ。女性の買い物は時間が掛かるのである。
2人は昼食を摂る為、今度は食堂へ入る。町の食堂という雰囲気の、元気なおばちゃんが店内を動き回っている店だ。
2人は席に案内されると“お勧め”を頼み、出てきた料理を楽しんでいる。
今日のお勧めは、メエの肉と大きく切った野菜を焼いて盛りつけた“ジンギス”という料理だ。肉の上から甘酸っぱいソースがたっぷりと掛けてあり、そのしっとりとしたソースがそれらに良く絡んで、奥の深いガッツリとした味となっている。
これは冒険者達も好きそうだなと、シドは思いながら舌鼓を打つ。リュウも美味しそうに食べながら、“メエは初めて食べた”と満足そうである。
こうしてこの街の名物料理を堪能した2人は、街の南門へ再び向かうべく、街中を歩き出した。
だが、先程迄ののんびりとした雰囲気とは異なり、何やら落ち着かない雰囲気が漂っている気がする。道行く人も不安そうな顔をして立ち止まり、数人が集まって話し込んでいた。
シドとリュウは視線を合わせ顔を横に振ると、そのまま屋台の方へ進み2人は菓子屋の前で足を止めた。
目の前には、丸く山の様な形で真ん中に穴が開いている、“シポン”というフカフカした菓子が並び、それを切り分けて売っている屋台がある。リュウの嗅覚が刺激され、ここへ辿り着いたのだった。
リュウはシドを見上げ、何か言いたげである。
「おやじさん、これを4切れもらえるか」
「あいよ、毎度あり」
リュウの嬉しそうな顔に、シドは目を細める。菓子も甘いが、シドもリュウに甘々なのである。
店主は商品を用意しながら、シド達に話しかけた。
「お客さん達は冒険者かい?」
「ああ、そうだ」
「だったら話を聞いてるかな?あの話は本当かい?」
シドとリュウは顔を見合わせる。あの話とはオークの事であろうか…。
シドは確認の為の返事をする。
「何の話だ?」
「ああ、この街の北にある隣町の“ロペス”の事だよ」
先に冒険者だと確認をされた事を考えると、その話は冒険者ギルドへ行っている物なのだろう。だがシドとリュウは先程迄ギルドに居たが、そんな話は聞いていない。
「知らないな」
と、シドは慎重に答える。
「そうかい。さっき話が入ってきたばかりだから、知らないのも当然か…。いや、悪かったね。はい、お待ちどおさま」
そう言って店主は“シポン”をリュウへ手渡した。
「情報を持っていなくて、済まなかったな」
「いいや、いいのさ。また買いに来てな」
そう言った店主に見送られ、2人は再び街中を歩きだした。
シポンを抱えているリュウは、隣のシドを見上げる。
「街の雰囲気もそうだけど、さっきの話は気になるよ…何かあったんだろうね」
「ああ。そうみたいだな」
2人はゆっくりと歩きながら考え込んでいる。そしてシドはリュウを見る。
「気になるなら又、ギルドへ行ってみるか?」
「…寄り道になるけど、良い?」
「ああ。別に急ぐ旅でもないからな。構わないぞ」
「じゃあ、ちょっと寄ってみようよ」
「承知した」
こうして歩いている間も、街の雰囲気は不安が見て取れる。隣町の話で持ち切りなのだろう。
2人は先程来た冒険者ギルドの扉を開け、中へと入った。
朝に居た冒険者達はダンジョンに潜りに行った為に、ギルド内は人も疎らになっている。
受付には、先程リュウに対応してくれた女性職員と、他の職員が立って話し込んでいる。その者達には笑顔はなく、真剣な様子であった。
そして入ってきたシドとリュウを見付けた受付職員は、2人へ心もとない笑顔を向けた。
「D級の“グリフォンの嘴”…お2人はまだ街にいらっしゃったのですね…」




