75. 歓声と加算
「…全く想像もつかないスキルだが、それはどういう物だ?」
≪ふむ。このスキルは稀少での、知る者もおらぬやもしれん。仮令己が持っていたとしても、一生気付かぬ者が全てであろう。我もこのスキルの存在は知っておるが、発動したという話は終ぞ知らぬからの。従って、ただ持っているだけのスキルになるやもしれん、未知なる物≫
「未知なる物…」
シドは言葉を重ねた。
≪然様。このスキルはいつ発動するか分からぬ。そしてこれが発動する時、自身の持つ全ての物の全身全霊を伴った時間となろう≫
「……」
≪ふむ。理解は出来ぬ様じゃの。我も伝える事が難しい物。…これを持つ者が心の全てを掛けて想いを込めた時、己の全ての力が奇跡となりて現れるもの…と言って理解は出来るか?≫
「では…これがもし発動すれば倒せぬ強敵も…。不可能が可能になる…と?」
≪そうとも言えるが、これは無い物と思った方が良かろうて。先程も申したが、我は此れが発動したという話を聴いた事がない。故に此れを当てにし生命を掛けて無謀な事をすれば、おぬしは消滅すると心得よ。これは“神の慈悲”故、その心から祈りが届かねば、永遠に発動はせぬであろう≫
「そうか…」
≪なれば“無い”と思い、お守り代わりとしておくが良い。そして常に入れておいても支障のないもの故、そうすると良い≫
「わかった…礼を言う」
≪礼には及ばん。ただのお守りじゃからの≫
そう言ってモヤが揺れた。
それに一つ頷くと、シドは話を切り替え、疑問に思っている事を聴く。
「そう言えば、ダンジョンに魔物が入り込む事は、普通に起こりうる事なのか?」
≪否。我は初めての事であるし、他でも聴いた事はないの。今回のアレは余程の事があったのか、我の居心地が良かっただけか…。アレとは疎通出来ぬで、聴く事も叶わなんだ≫
「そうか。俺も初めて見た事だったので、聴いてみただけだが」
≪うむ。不可解な事もあるものよの≫
「そうだな」
シドはそう言ってリュシアンを見た。
その視線に、リュシアンはシドの隣に来ると頭を下げる。
≪リュシアンと言ったな。此度の事、その者も手を貸してくれた様じゃの。礼を伝えておいてくれぬか≫
それにシドは頷くと、リュシアンを見る。
「<ストラマー>が、リュシアンにお礼を伝えてくれと言っている」
そうシドから言われたリュシアンは、“お役に立てて光栄です”と話す。
≪ふむ。2人共、良好の様子で何より。つつがなく過ごすと良い≫
「ああ」
その言葉に、シドは一つ頷いた。
「そろそろ外も暗くなっているだろうから、今日は入口付近を貸してもらえないか?アレも後始末をしなければならないし、ここで野営をするつもりだ」
≪その匂いとやらが取れていれば、我の入口を使うとよかろう。おぬしらは“臭く”は無かろう故に。クククッ≫
今のは<ストラマー>の冗談であるらしい。
だがその言葉に反応したシドは、こっそり自分の服を顔に寄せた事は、秘密である。
≪では入口まで送ろう。良い旅を続けると良い≫
「ああ。<ストラマー>も快適に過ごしてくれ」
そう伝え、シドがリュシアンの肩に手を添えると、2人の姿は入口まで戻っていたのである。
やはりすっかり外は暗くなっていた。ダンジョンに設置してある照明はオークに壊されていたらしく、ダンジョン内は更に真っ暗であった。そこに、壁にある名前だけが明るく光っている。
「匂いは無くなったみたいだね。良かったよ」
「ああ。あのままだと誰も入れないからな」
シドとリュウは苦笑する。無事に役目を果たせて、ホッとした2人である。
続けてシドは暗闇の中、リュウに声を掛けた。
「リュウ、亜空間保存を開くから少し離れるぞ」
シドはリュウへ声を掛けると、10歩ほど離れてから亜空間保存を開き、カンテラと薪を取り出した。
それを確認したリュウは、カンテラで照らされたシドの下へ行き、薪を受け取って外へ出ると、入口付近で火を熾し焚火を作った。
シドは外に散らばるオークを、ダンジョンから少し離して積み上げると、リュウに声を掛けた。
「リュウ、魔法を借りるぞ」
「いいけど、何に使うの?」
「こいつらは匂うからな…氷漬けにしておこうかと思っている」
「なるほどね、それは良いかも」
2人は苦笑すると、1つだけ耳を切り取ってから魔物との距離を取った。
「氷結かな。魔力を多く使えば、カチコチになるはず」
「分かった」
そう言ってシドは、それらに向け詠唱する。
「氷結」
シドがそう発した途端、魔物の山が凍って行く。
それらを全て固く凍らせてから、念の為、辺り一帯に“送風”を掛ける。すると大量の風が吹き抜けて、彼方へと消えて行った。
「「はーーー」」
2人は大きく息を吐く。やっと真面に息が出来る様になったのである。
「これが依頼に出ていたら、やっぱり受けるのは躊躇するよね…」
「ああ。俺も出来る事なら遠慮したいな…」
そう言ってため息を零した、シドとリュウであった。
それから2人は野営の準備をすると、<ストラマー>の入口を借りて、一夜を過ごしたのだった。
翌日は空が明るくなり始めてから、このダンジョンを管轄しているアンガスへと向かった。2人は森の中を通り、街の方角へ進む。そしてそれほど時間は掛からずに、アンガスの街へと到着した。
アンガスは<ストラマー>のある地点よりも北にあり、酪農の盛んな街である。
アンガスを含むサトリアーネ領は、農作物を栽培できる土壌が少ない為に、ブウやメエ等の家畜を飼養し、それらの肉などを流通させて栄えている土地なのである。
そのアンガスの南門を潜れば大きな建物はなく、全体的にこじんまりとした街に見える。
ウィルコックという大きな街を見た後という事もあるが、のんびりとした雰囲気の、のどかな街の様であった。
2人は今、南北に通った道を歩いている。どうやらそこに賑わいが集まっているらしく、人の通行も多い。
「すみません。冒険者ギルドは何処にありますか?」
リュウが道を歩く女性に声を掛けた。
可愛らしい外見をしたリュウに話しかけられた女性は、ふくよかな顔に笑みを浮かべて教えてくれる。
「冒険者ギルドね。それは街の西側でこの道の1本裏にあるわよ」
そう言って、リュウの左側を指した。
「わかりました。ありがとうございます」
ニッコリ笑ってリュウが答えれば、“お安い御用よ”と笑顔を乗せて、手を振りながら女性は歩いて行った。
流石、“人たらし”なリュウである。もとい、“レディーキラー”である。
「1本裏だって」
そうリュウはシドに伝える。
「ああ。では行ってみよう」
2人は西側の道へ入ると、早速冒険者ギルドを見付けて扉を開けた。
中を見れば、今は依頼の受付時間であるのは確かだが、それを加味しても沢山の冒険者達が居る様だ。
2人は顔を見合わせて肩を竦めると、人の間を縫って受付へと進んだ。
だが人がいる割に受付は混んでいる訳でなく、すんなりと受付職員の前に出る。
「すまないが、コレの件で、話しておきたい事がある」
シドは徐に鞄から紙に包んだオークの部位を取り出すと、受付台の上に置いた。
それを見た受付の女性は、驚いた表情を見せる。流石にギルド職員は、耳だけで何だか判ったらしい。
「これは何処に居た魔物ですか?」
そして少し大きな声で、その職員はシドに話す。
「これは<ストラマー>に巣を作っていた物だ」
シドの答えに、更に大きな声が返ってきた。
「ではダンジョンに居たオークを、討伐して下さったのですね!?」
職員がそう発すると、ギルドの中が一瞬にして静かになった。それに気付いたシドとリュウは、顔を見合わせてから、職員へ頷いた。
「ああ、そうだ」
「「うわー!!やったー!!」」
「「えらいぞ!お前達!」」
「「ありがとう!!」」
「「助かった!!」」
シドの言葉に、一気にギルドの部屋に歓声が響く。
2人はビックリして周りを見れば、中にいる冒険者達がみな喜色を浮かべて喜んでいた。
「どうしたんだ?これは…」
シドは困惑気味に職員へ尋ねる。
すると職員は苦笑いを浮かべて訳を話す。
「ダンジョンのオークの話は、昨日こちらに入って来ていたのです。それで、その討伐依頼を出したのですが、中々手を上げてくれる冒険者がいなくて…少々困っておりました。皆ダンジョンには入りたい様ですが、オークの傍に行くのは、遠慮したかったみたいですね…」
「あー確かにな。あれは酷かった…」
シドとリュウは遠い目をして、鼻に皺を寄せた。
そしてシドは続ける。
「一応討伐は済んでいるが、まだ魔物はあそこに置いてあるぞ。俺達は火魔法を使えないから氷漬けにしている状態なんだ。その処理は頼みたいと思っている」
「はい。事後処理はこちらで手配いたしますので、大丈夫です。オークの討伐をして頂き、ありがとうございました」
そう言って職員が頭を下げた。
<ストラマー>ダンジョンの管轄はこのアンガスである事から、その討伐依頼はアンガスの冒険者ギルドから出していた物なのだろう。
「いや、俺達は通りかかったついでだからな」
そう、シドは伝えた。
「それでも助かりましたので。ではこちらから出していた依頼を、受けていただいたという形にさせて頂きます。この書類にご記入いただいてもよろしいでしょうか」
そう言って1枚の紙を台の上に置いた。
その紙には、
『<ストラマー>ダンジョンのオーク討伐。C級以上の冒険者に依頼する。魔物1体に付き銀貨1枚を報酬とする』
と書かれていた。
その紙を覗き込んでいたリュウが、何とも言えない顔をする。それはそうであろう。リュウはE級で、パーティはD級なのだから。
そのリュウを見たシドは苦笑すると、黙って用紙に記入をする。
書き終わった紙を職員に返せば、それを見た者は目を大きく開いた。
「D級の方達だったのですね…お怪我はありませんでしたか?」
「ああ、問題はない。C級ではないが良いか?」
「はい、勿論です。この依頼は安全を考慮したうえでの依頼ですし、もう討伐はして下さっています。必ずしもC級でないと駄目という事ではありませんので、ご心配なく」
「そうか」
それを聞いたリュウも、ホッと胸を撫で下ろした。
「では…ええ?16体も居たのですか?」
「ああ。一応、置いてきた物でも、数を確認しておいてくれ。間違いはないはずだ」
「そうですか…それは大変でしたね。本当にありがとうございました。これで皆、またダンジョンに入る事が出来る様になりました」
「ああ。皆が喜んでくれれば、討伐したかいもある」
そうシドが告げれば、職員はニッコリと微笑んだ。
「それで、そちらの方はE級との事ですが、今回の討伐を含め、D級への昇級試験が受けられますが、いかがいたしますか?」
どうやら、リュウが出したギルドカードの情報に、この討伐を加算して話してくれている様だ。
その声に、リュウは目を輝かせてシドを見ている。
「受けたいんだろう?」
「うん!良いかな?」
「ああ。ではその手続きを、頼んでも良いか?」
後の言葉は職員へ向けて、シドは伝える。
「はい、畏まりました。ではご用意いたしますので、少々お待ちください」
そう言って女性職員は、受付けの奥の扉に入って行ったのだった。




