74. 清掃と浄化
念の為、お食事中の方は食後にお読み下さる事をお勧め致します。
(匂いの話がありますので。笑)
「オーク…」
リュウが困惑を含む声色で呟く。
オークとは、ゴブリンの上位種の様な物で、体長は2m前後あり体は緑色をしている。人よりも長い腕と鋭い牙を持ち、筋肉質で獰猛、好戦的な魔物である。それが10体程の群れで巣を作り、人や獣を襲い森や山に生息している。
だが町や村にも出没する事もあり、見付ければ討伐対象として上る事も多い。そしてこの魔物の討伐は、C級パーティ以上となっているのである。
但しこの魔物は、生ごみが腐った様な悪臭を放っている為に、受けたがる冒険者が少ない事が難点であった。
「ああ、オークの様だな。どうも少し匂うと思ったんだ…」
シドが鼻に皺を寄せている。
「確かに…」
リュウも気のせいか、鼻声である。
2人は見なかった事にしたいと思いつつも、ここがダンジョンの入口である為、様子を窺っている。
「スタンピードみたいに、中から溢れてきている…とかでは無さそうだね」
「ああ。普通に出入りしている所を見ると、ダンジョンから“出てきた”訳ではなさそうだな…」
オークの様子を観察すれば、ダンジョンの中に入ったり、入口付近でウロウロしたりしている。
ここから溢れて動き出すと言った様子は、全く見受けられないのである。
「ダンジョンはここだったよな…」
流石にシドもダンジョンの場所を疑い始め、手元の地図で確認しているが、やはりここがダンジョンで合っている様だ。
「集中で視たところ、人間はいないみたいだな」
「そうだね。人がいたら手遅れになっているかもね…」
2人は顔を見合わせる。
「どうするの?」
「まぁ見ていても仕方が無いから、アレをどうにかするしかないな。リュウ、準備は良いか?」
「いつでも大丈夫だよ」
「よし。では行くか」
シドがそう声を掛けると、2人は木々の合間を走り出してダンジョンの入口へ向かった。
距離にして30m程、2人が走ってきた事に気付いたオークが『ゴォウ!』と仲間に知らせた。
するとシド達がそこへ着く頃には、ダンジョンの中から10体のオークが姿を現していた。
シドは身体強化と硬化、借受と一撃、転移を入れてそれらに対峙する。リュウも並んでそれに続いた。
「水刃」
リュウが放った魔法はオークに当たり、次々と皮膚を裂いて行く。
『ゴキャー!』
続々と、オークの叫び声が響く。
シドも間合いを詰め相手へと打ちかかるも、オークも武器を手にそれに応戦する。
シドはそれらを往なしつつ、2本の剣で捌いて行く。
『グギャー!』
刃が当たったオークは、痛みに怯み声を上げる。
だがそれが落とした武器を拾い、別の個体がシドへ向かって襲い掛かって来る。それを軽く転移で避けると、オークの背後に回り込んで片手を横なぎに振る。
『ギャアアー!』
リュウも防楯を展開しつつ、剣を捌きながら魔法を打ち込み続ける。
やがて表に出ているオークがいなくなると、穴の中から咆哮が聴こえた。
『ゴォアォーオ!!』
怒気を含んだ大声と共に、先程の物より一回り大きなオークが6体出てきた。
「少し大きいね、6匹だよ」
「その様だな」
2人は淡々と状況確認をし、そして又、向かうだけである。
「水槍」
リュウは、先程よりダメージが大きい魔法に切り替え、シドは又剣を手に、突っ込んで行く。
―― ドーンッ!! ――
大きな物が倒れた音と共に、立っている全てのオークがいなくなった。
シドは両手の剣を鞘に収めると、リュウを振り返る。
「怪我は?」
「ないよ」
2人は手際よく、16体のオークを地に沈めたのだった。
「リュウは腕を上げたな」
「そう?それがお世辞でないなら、嬉しいよ」
とリュウは晴れやかに笑う。
シドと出会った頃よりも、魔法のタイミングや剣の使い処などが、格段に進歩しているなと、感心したシドである。
「兄さんと連携を取っている事で、前より視野が広くなっている事は、自分でもわかるんだ」
「そうか。ではそろそろD級になりそうだな」
「あはは」
転がっているオークをよそに、2人は呑気な話をしていた。
「それで、コレはどうするの?」
「一応、一部を切り取っておいて、このダンジョン管轄の“アンガス”へ持って行こう。オークは端に積み上げておいて、その街に処理してもらおうと思う。ダンジョンからは少し離しておくが…」
「…了解」
2人はそう話すと、ダンジョンの入口まで進む。入口には“ストラマー”という文字も見えるが、オークの匂いが籠っていて余り入る気にはならなかった。
「う…くさい…」
「ああ、酷いな」
シドとリュウは顔を見合わせ、どうしようかと考えあぐねる。ダンジョンの中は、外よりも酷い匂いが籠っていたのだった。
だがここに来た目的は、少なくとも<ストラマー>に逢いに来たのであって、このまま逢わずに帰るというのも、何か違う気もする。
「リュウ、隣に来て呼吸を止めていてくれ」
リュウは素直にシドの隣に立って、息を止めた。
シドはリュウの肩を抱きながら、入口から中へ入ると名前の出ている壁に、手を添えて言う。
「<ストラマー>、居るか?」
シドがそう声を掛ければ、2人の姿は入口から消えたのだった。
そしてシドとリュウは、薄暗い空間へと転移した。
≪シド…かの?≫
頭の中で声が響き、目の前に黒いモヤが現れる。
「<ストラマー>が来た様だ」
リュウへそう囁きかけると、シドはそのモヤへ体を向けた。
「ああ、シドだ。一体どうしたというんだ?ダンジョンの入口に、オークが居たが…」
≪アレか…。うむ、我も初めてのこと故、少々戸惑っておった…。今はソレを感知できぬ事から、おぬし達が掃除してくれたのじゃな≫
「入口にいた物は、討伐出来たと思う」
≪では礼を言わねばなるまいて。世話を掛けたの≫
「スタンピードかと焦ったぞ?」
≪そうか、それはすまぬ事をした。アレは2日前の夜から、我の中へ入って来ておった。翌日に人間が来たが、アレらは既に居座っておったでの、人間は中へ入らず戻ってしもうた。我はアレが奥までは入らぬ様、1階層から下を分離した≫
「1階層に魔物を出現させて、対抗させる事は出来なかったのか?」
≪うむ。1階層は大した物は送り込めん。既に出ていた物達はアレ等に排除されてしもうた。我は外から来た魔物を取り込む事は出来んで、ただ封鎖する事しか出来んかったのじゃ≫
話を聞いた限り、突然現れたオークの群れに1階層を制圧され、居座られてしまったと言う事の様だ。このダンジョンを管轄している街はその間、何もしなかったのだろうかという疑問は残るも、今は解らない事である。
ただ、居座られて2日という日にちから、対処が間に合っていなかったのかも知れないが。
「ではもう、いなくなったから大丈夫か?」
≪うむ。これで通常へと戻るであろう≫
「だが暫くは、人は入って来れないとは思うが」
≪それは如何にして?≫
「…中がオークの匂いで…臭いんだ」
≪………≫
シドと<ストラマー>は黙り込む。何とも切ない沈黙であった。
そこへ断片的に聴いていたリュシアンが、声を出す。
「ねぇその匂いって、シドの“迷宮再生”では取れないのかしら?」
シドはリュシアンの言葉に考える。確かに“リフレッシュ”という意味では、魔素を循環させ空気を送り出せば、何とかなるかも知れない。
一緒にリュシアンの言葉を聴いていた<ストラマー>も、そこで声を発した。
≪頼めるか?≫
「そうだな。スキルを使ってみよう。了解した。リュシアン、助言に感謝する」
そう言ってからリュシアンを見ると、笑って一つ頷いてから心得た様に下がると、シドと距離を取った。
シドは剣を外して膝を突くと、剣を脇に置いて静かに目を瞑る。
そして魔力がシドから立ち昇り、脳裏に浮かぶ<ストラマー>を確認するが他の不具合はなさそうで、一先ずリフレッシュさせる為、シドは集中を入れ詠唱する。
「聖魂快気」
大地から魔素を取り込む様に、大きく混ぜ返して攪拌する。新しい風を送り出す様に内部を浄化させて、戻す。
シドの纏う魔力が消えスキルを切ると、ゆっくりと立ち上がる。
「どうだ…と聴いても、多分<ストラマー>では判らないのだろうな」
≪ああ、その匂いとやらは判らぬが、我は再生された事は確かである。礼を言おう、シドよ≫
「俺の出来る事を果たしたまでだ。では俺達が入口へ戻ってから、その匂いについては確認しておく」
≪そうしてくれるかの≫
「承知した」
≪では礼をせねばの。…“神の慈悲”を渡そう。持っておると良い≫
「神の慈悲…?」
シドは初めて聞くスキルであり、以前読んだ書物にも勿論、載っていなかったのである。
≪然様、神の慈悲じゃ≫
<ストラマー>はそう言うと、黒いモヤを揺らしたのだった。
修正:オークとの距離を修正しました。




