72. 落としどころ
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。
この辺りはサクッと進めたいので、本日は2話を投稿予定です。
次話は、本日の20時過ぎの更新となります。
お付き合いの程よろしくお願いいたします。
シドと別れたケルベロスの尾の2人は、足取りも軽く冒険者ギルドの扉を開くと、中に入って行った。
ロバートとコナーは、昨日報告した依頼の入金を確認する為に来たのである。
2人は笑顔を浮かべて、受付に行く。
「やあ、俺達の報酬を貰いに来たんだが、“ケルベロスの尾”の金額は確定しているかい?」
ロバートはそう受付に話す。
それを聞いた受付職員は、即座に浮かべていた笑顔を消した。
「お二人には、ギルドマスターからお話があるとの事ですので、どうぞご一緒に来て下さい」
そう言って歩き出した職員の後ろを、ニヤニヤしながら2人は付いて行く。
コンッ コンッ
「おう、入れ」
ギルドマスターの執務室に案内された2人は、ソファーへ促されそこへ座る。
「C級“ケルベロスの尾”のロバートとコナーだな」
ギルマスの声に嬉しそうに2人は返事をする。
「はい。今日は報酬を貰いに来たのですが、わざわざ執務室にまで通して貰えるとは、思ってもいませんでした。そんなに喜んで貰えたんですか?」
ロバートはそう言って両手を揉んでいる。
だが、ギルマスには笑顔は一つもない。どう思ったらそんな勘違いが出来るのかと、ギルマスは頭を振った。
「今日は、賛辞の為に呼んだ訳ではない、その逆だ」
「はい?逆とは何ですか?」
「…お前さん達の行動を、改める為に呼んだと言っている」
「えーと…意味が分からないのですが…」
ロバートの隣でコナーが声を出す。
「お前達は、今回の依頼主に対して失態を演じた。その為、依頼主はもうお前達には金輪際、仕事を依頼したくないそうだ」
「はえ?何でです?俺達は任務を真面目に果たしました!」
「本当に無自覚なんだな。いいか良く聴けよ?帰りに出た魔物は、お前達は1匹も倒していない。その魔物はヘルハウンドらしいから、元々がお前達C級では無理な魔物だったんだろう。だが、あろう事かD級パーティに始末をさせたらしいじゃないか。お前達はC級パーティなのに何をしていたんだ?」
怒るでもなく怒鳴るでもなく、ギルマスに淡々と言われる言葉は、普通は心に染みるはずである。
が、しかし。
「俺達護衛全員で対処したんです。4人で対応した事に間違いはありません」
そう言い切る2人だった。
ギルマスは、これは何を言っても無駄であると即時に判断し、説明を止めた。
「お前達は普段から、酒を飲むと問題を起こしていた。そして今回は、他人の手柄を自分達の物にしようとしている事が分かった。従って、C級“ケルベロスの尾”はD級へ降格する。そして今回の報酬の金は、依頼主からの希望で、一人銀貨5枚から3枚へ減額して振り込まれるから、後日確認する様に」
「「は?!」」
2人はギルマスの言葉で固まった。
「あのD級の2人が何か言ったんだな?俺達の手柄を横取りしようとして…」
ロバートがポツリという。
「いい加減にしろ!あの2人はそんな事はしていない。これは今までにも同じ事があったと判断し、他の者達への聞き取りをした結果と、今回の依頼主からの話を吟味しての事。他の冒険者に因縁をつけるのはやめろ、これはお前達の行いの結果にすぎん。他人をどうこう言う前に、自分達の行動をしっかり考える事だ」
そう言ってギルマスは、目の前の2人を睨め付ける。
「それから当分お前達には、護衛依頼は無いと思え。信用を回復させてからでないと、受ける事は出来ん。以上だ」
「そんなぁ…待って下さい!」
「以上だ、と言っている」
ギルマスの念押しに困惑しつつも、2人はギルマスの執務室を後にした。
扉が閉まった音を拾ったギルマスは、ソファーの背もたれに背中を預けて一つ息を吐く。
「はーーーー。めんどくせー」
重い声と一緒に一気に脱力する。
ギルマスは、今朝受け取った依頼主からの連絡を受けて矛盾に気付き、数組の冒険者へ聞き取りを行っていたのであった。朝一から今まで、とても頑張っていたのである。
そして“ああ”と言って
「あのD級には、ちゃんと詫びを入れなきゃいかんな…」
と呟き、項垂れたのだった。
どうやらここのギルマスも、相当な苦労人の様である。
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シドは甘味を片手に、リュウの待つ“雀のお宿”へ戻る。
コンコン
「はーい」
「俺だ」
カチャリと扉が開き、リュウが顔を出す。
「おかえり」
「ただいま」
何だかこのやり取りは、新鮮である。
「どうだった?」
「報告は済ませたから問題ない」
シドが返事をすれば、リュウの目線はシドの手に向けられていた。シドは一つ笑うと、その箱をリュウへ渡す。
「頼まれていた甘味だぞ。“シクリーム”だ」
「わー!可愛い名前、ありがとう!」
もしリュウに尻尾があれば、今頃はブンブンと振っていただろう。満面の笑みを浮かべたリュウは、“超”が付くほどご機嫌に見える。
「食べて良い?」
「ああ。その為に買ってきた」
シドの答えにテーブル席へつくと、早速箱の中身を覗き込む。
「あっ、お茶を入れなきゃね。兄さんも座って」
リュウはそう言うと、テーブルの上のポットから、お茶を2人分注いだ。
シドはリュウの前に座ると、それを有難く受け取り飲む。リュウを見れば箱の中から1つ、丸い菓子を取り出していた。
「プレーンと果物、それとチヨコと言う大人の味がある」
「ほぉ、チヨコもあるんだね。楽しみ」
流石にリュウは名前だけで、味のイメージが付いた様だ。そして、その手に持っている丸い物に一口齧りついた。
「んん~!おいひぃ!」
どうやらリュウの口に合った様で、何よりである。
「これはチーピが入ってるよ。香りが良いね」
リュウは菓子に夢中だが、シドはそこへ声を掛けた。
「リュウ、もう体調は問題ないか?」
「ん、らいじょうぶ」
もぐもぐと小さな口を動かしながら、リュウは返事をする。
それを、目を細めて見ながらシドは話す。
「急だが、今日の夕方までにはここを出る予定にするが、良いか?」
シドの言葉に、リュウは顔を上げた。
「それは急だね…」
「ああ、すまない。本当は“後数日は”と考えていたんだが、例の冒険者達とギルドの帰りに又会った。奴らとは遭遇率が高い気がして気が休まらない。出来ればもう会いたくないタイプの人間だ」
「そう言う事ね。その気持ちは解るよ…。この街の人達も大変だね。今まで良く一緒にやってきたよ…」
リュウの言葉にシドは苦笑する。
「まあ、そう言う事で出発したいんだが、良いか?」
「いいよ。少し早目に出て、買い出しだね?」
「はは。そうしよう」
2人は甘味で小腹を満たすと、借りていた部屋を片付けて、荷造りをした。
「では行くか」
「うん」
こうして、少しの間滞在していたラウカンの街を、後にしたのだった。
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シドとリュウは西へ向かって歩いていた。昨日歩いたばかりの道である。
その道なりにある隣町は、歩いて約5時間であった事から、それを踏まえてリュウはシドに尋ねる。
「今日は野営になる?」
リュウはシドを見上げて首をかしげている。確かにまだ陽は出ているが、後5時間も経てば、すっかり夜の帳が下りているだろう。
「いや、今日も宿に泊まるぞ。リュウも、体調が万全ではないしな」
シドの言葉にリュウは瞬きをする。
「道の途中に、宿ってあったっけ?」
リュウは昨日の道中の事を思い出しているらしく、難しい顔をしている。
「そんなに考える事でもないだろう?“飛べば”良いんだからな」
「大丈夫なの?魔力量とか、まだ長距離の確認はしていないんでしょう?」
シドの言葉にリュウは顔を上げるが、心配そうな顔である。
「ああ。だが今まで使ってみた感じで、何となくだが魔力量と距離の感覚は掴めたみたいだ」
そう言って、リュウに微笑みかけた。
「街中での転移であれば、俺の魔力量の1/5程。先日の<ガニメテ>からの転移は1/3位の使用量だった。だから集中を掛ければ、街2つ分程の距離は約1/2の魔力使用量になると思う」
シドは今まで何度か使った転移で、その度に使用魔力の量を確認していた。大凡の目安としては、そんな感じになるはずだと、そう考えている。
「ほ~。やっぱり魔力量が多いと、出来る事が多くなるんだね…」
そう言ったリュウの魔力量は、シドの見立てではシドの魔力量の約6割の保有量と見ている。魔力保持者全体の平均に近い値であるが、貴族の中で見ると本人の言う通り、確かに少ないのかも知れない。
シドはリュウに顔を向けて伝える。
「この先の林に入ってから、転移しよう。転移先を先日のウィルコックの森の麓にすれば、人にも会わずに済むしな」
「わかった。じゃあ今日は、ウィルコックに泊まるんだね?」
それを聞き、シドは口角を上げる。
「ああ。また同じ宿に泊まるか?」
「え?昨日の朝、発ったばかりの人が又来たら、変じゃない?」
「当然、ビックリするだろうな」
「そうだよね~」
2人は何でもない事の様に普通に会話をしているが、もしこれを人に聞かれでもすれば、きっととんでもない話に聞こえる事は間違いないだろう。
だがシドとリュウには、それは些細な事なのである。
追記:ヘルハウンドの設定について
14話(報告と報酬)に登場していたヘルハウンドが、今回では若干設定が異なっておりましたので、69話(ベテラン冒険者)と14話の設定を統一し、ヘルハウンドは「B級討伐対象・外見は犬に似た姿」とさせて頂きました。
こちらをお借りして、お詫びと訂正をさせていただきます。




