71. 我が道を行く
「ごめん!」
少しすれば、しっかりと服を着たリュウが浴室から出て、声を発する。
「体は大丈夫なのか?」
シドは体調をまず確認する。
「体は何ともないよ。昨日は、お風呂で寝てしまっていたんだね…」
「ああ。長い時間出てこないから見に行けば…寝ていた様だな。危ない所だったぞ」
「うう…ごめん。…それで、見た?」
「何を、だ?」
「えっと…体…」
「体はいつも、見ているぞ?」
「違うよ…はだか…よぅ」
音量を下げつつ、でリュウが呟く。
「まぁ見ない訳にもいかないからな。有難く拝見させてもらったぞ?」
そう言って口角を上げる。
「大丈夫だ。それ以上は何もしていないから、安心してくれ」
シドがそう伝えると、リュウは複雑そうな顔をする。
「私って魅力がないのかしら…」
そう呟いて、もっと色々と育てないと駄目なのかも知れないわね。と、違う方向に向かうリュウは、やはりリュシアンなのである。
それが聴こえていないシドは、話を続ける。
「リュウは依頼の疲れも出たんだろうし、今日は休みにしよう。一日のんびりしていて良いぞ?その間に俺は、ギルドに依頼の報告へ行ってくる」
そう言ってリュウの顔をしっかりと見る。
「この街には少し長居をし過ぎたようだ。それで、そろそろ移動しようと思うが、良いか?」
シドの真剣な顔を見て、リュウはしっかりと頷く。
「いいよ。ここのお風呂は、眠りこけてしまう可能性も出てきたしね」
そう言い訳して、ニッコリと笑う。
「はは。では俺が戻ったら、打合せをしよう。それまで部屋で休んでいてくれ」
「分かった。帰りに甘い物を買って来てね」
「ああ、了解だ」
2人はそこまで話してから、宿の朝食を摂りに食堂へ行く。
朝食は白く柔らかいパン、崩してふわふわにまとめてある卵と、茶色のスープにサラダである。
茶色のスープを一口飲んでみれば、澄んだスープからは想像以上の奥行きと、ほんのりとした甘みを含んだホッとする味で、口の中から鼻に抜ける香りが、何とも食欲を誘う。
「旨いな…」
「美味しいね」
2人は顔を見合わせてから、ゆっくりと美味しい宿の朝食を楽しんだのだった。
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その後、シドは1人で冒険者ギルドへやってきた。冒険者ギルドの使い古した重厚な扉を開け、中へと入る。
今日は、朝の混雑時間を疾うに過ぎた為、今は人も疎らとなっていた。シドはそのまま受付へ直行する。
すると受付の女性が、シドへ笑顔を向けた。
今日はどうやらソフィーではないらしい。
「おはようございます」
「おはよう。すまないが、依頼の完了報告に来た。手続きを頼む、D級のグリフォンの嘴という者だ」
シドがそう告げると、受付けの女性はパラパラと書類を捲った後、該当書類をカウンターの上に出した。
「こちらですね」
そう言って、書類へ視線を向けている。
「今朝、依頼主から依頼終了報告があり、C級ケルベロスの尾からは既に昨日、報告を受けていますが…」
そう言って受付職員は、眉を下げる。
「どうも、“依頼主”と“ケルベロス”の報告とでは、少々食い違いがある様で、“グリフォン”の報告を待って精査する様にと、ギルマスから指示がでています」
そう言ってシドの顔を見た。
「最初の報告は“ケルベロス”で、完遂報告だったのですが、今朝届いた依頼主からの連絡では、“ケルベロス”は減額、そして“グリフォン”に対しては…討伐した魔物を売ったお金から出た取り分を加算する、との事で、一人当たり事前の報酬である銀貨3に、銀貨3枚を足される事となっている様です」
そこで一度、ため息を吐いた。
「それに追記で、“ケルベロス”にはもう依頼を受けさせないでくれとまで、書かれていまして、“ケルベロス”と“依頼主”との内容を見比べても意味が良く分からず…。何かお分りですか?」
シドはどうした物かと思いつつも、帰りにあった出来事をそのまま伝える事にした。
シドからの話を聞いた受付職員は、渋面を作った。
「大筋は理解いたしました。そういう経緯で依頼主からの話に繋がるのですね…。この件は上に報告して対応させていただきます。ですが、“グリフォンの嘴”の方への報酬は、この依頼主の内容のまま進むと思いますので、後日こちらへ入金させていただきますね」
「わかった。よろしく頼む」
こうして報告を終えたシドは冒険者ギルドを出ると、リュウから頼まれている“甘い物”を探すために、南側の商店通りを歩いて行った。
暫く歩くと甘い匂いが何処からともなく漂ってくる。
シド自身は甘い物も嫌いではないが、1つか2つ摘まむ程度しか食べない物の為、この匂いだけで腹がいっぱいになりそうだなと、眉を下げて笑った。
そして人が並んでいる様子の、1軒の店に入る。
シドはこういう類の店に詳しくない為、人の多さを見て入店したのである。
ここの店内のケースには丸い物が沢山並び、その前に立つ店員は買い求める為に並ぶ女性達を、次々と手際よくさばいて行く。
多少人は並んでいるが、この様子では然程時間は掛からなそうだなと、シドはその列の後ろに並んだ。
すると1人の店員が近付いて来た。
「いらっしゃいませ。お客様には先にお品書きをお渡しておりますので、この紙の中から選んでお待ちになって下さい」
シドは、その手渡された紙を見た。
するとケースの中の丸い物の、種類や味の説明がされている紙だと分かった。
なるほど。並ぶ人達の流れが速いのは、この紙を見て先に買う物を決めているからなのかと、感心したシドであった。
その紙を読んでみれば、この店の商品は全て“シクリーム”という物らしい。
同じ形でも色々と味がある様で、“プレーン”に始まり、“チーピ”・“ストベリ”・“ナババ”・“チヨコ”の5種類があると書いてあった。
“プレーン”は、手の平サイズの丸い物に白いクリームが挟んであり、他はそれぞれ、そのプレーンにカットされた果物が一緒に挟んであるらしい。“チヨコ味”には“おとなの味”と書いてあったので、シドはコレを自分用に一つ多く買おうと心に決めたのだった。
結局シドは全種類の味と自分用を一つ買い、四角い紙の箱に入れて持って帰っている。
何だかんだ言いつつも、リュウに甘いシドであった。
シドは宿屋へ戻る為、北へ向かって歩いている。すると前方から昨日見た2人組の冒険者が、こちらへ向かって歩いてくる姿が見えた。シドは嫌な予感がしたが、既に向こうも気付いたらしく薄ら笑いを浮かべている。
顔を合わせたくはなかったが、ここはこのまま進む事にした。
「やあ、奇遇だね」
そう言ってコナーはシドへ声を掛けた。やはり話しかけられてしまった様だ。
仕方なくシドは会釈をする。
「あぁそれでね。昨日の魔物の代金を貰える場合は、俺達に入れる様にギルドに伝えてあるから、そのつもりでね。俺達皆で倒したんだから、先輩に譲るのは当たり前だろう?」
言われた言葉の意味が良く分からないシドは、そのまま黙っている。
「聴いているのか?」
「ああ」
「全く最近の若い者は口の利き方もなってない。まあ、俺達は器が広いから、怒りはしないけどな」
そう言ってロバートが笑う。
2人は絶妙な加減で、交互に話している。
この2人は随分と長い付き合いなのだろうなと、シドは全く関係ない事を考えていた。
「じゃあ俺達は、これからギルドに入金を確認しに行く所だから、忙しいんだ。また一緒に仕事をしような」
そうコナーが言うとシドの返事も待たずに、2人は脇をすり抜けて冒険者ギルドの方へ去って行った。
「何だったんだ?」
シドは頭を傾けつつ、大事そうに箱を抱えてリュウの待つ宿へと戻ったのだった。




