70. 見えたもの
シドとリュウは開いた口が塞がらなかったが、今は無言を通している。
「そうか…」
そこへカルナイが声を発すると、沈黙が下りた。
ロバートとコナーを見れば、カルナイを嬉しそうに見ている。まるで誉め言葉を待っている動物の様だと、シドは思った。
「それで、“俺達”とは誰の事だい?」
思いの外、カルナイの声は喜色を含んではいない。シドは“おや?”と思い、カルナイの顔を見た。
「もう一度聞く。それは誰の事だ?」
やけに声が重いカルナイに、ロバートとコナーも背筋を伸ばした。
「それは勿論、俺達4人の事です」
ロバートはそう言ったが、カルナイの表情は変わらない。
「私はね。ケチでせっかちなのは自分でも分かっているが、嘘はつかない。そして嘘をつかれるのが、大嫌いなんだ」
そう言ってロバートを見る。
「人は、私にこれまで沢山の嘘を言ってきた。だから私は、人と慣れ合う事をしなかった。だが君達には何度か護衛を頼んだ事がある為、少なからず信用していた。だがやはり、期待は裏切られた様だ」
それを聞いたロバートとコナーは焦りだす。
「待ってください。それはどういう意味ですか?私達4人は貴方の護衛をしていました。魔物を倒したのは、私達護衛です。それの何が嘘だというのですか?」
コナーも必死に話している。
「そう。私は護衛を連れていた。そして魔物を倒したのはその護衛。ただ私が見たのは“その魔物を倒していたのは2人だけだった”という事実。そっちにいる2人が」
そう話すと、カルナイはシドとリュウを見た。
「いいえ!俺達もちゃんと魔物と対峙していました!少し運が悪く怪我をしましたが、それでもちゃんとやり遂げました!」
そうロバートが食らいつく。
「さっきも言ったが、私は嘘をつかれることが嫌いでね。君達の方が彼らよりもランクが上だからと言って、その人達の手柄を奪って良いという物ではないだろう?解って言っているのか?」
それを聞き2人の冒険者達は黙り込む。
やはり自分達のランクが上だからとシド達を黙らせて、この討伐を自分達の経験値に組み入れたかった様だ。
そこでカルナイが声を発する。
「そこの2人は、初めて見る冒険者だ。その為私は、なるべく近付かない様にしていた。まぁ途中の一日、護衛から外れてもらったのは、費用を削減する為だがね」
そう言って苦笑する。
「私は知らない者にも知っている者にも、余り話しかけない様にしている。私が周りにどの様に言われているかも知っていて、行動しているんだ。けれど、こんな私でも、商売では真面目に努めているお陰で、お客様には信頼してもらえていると思っている」
カルナイの言葉を聞き、そこで納得する。
このカルナイという人物は、街の冒険者達からは避けられているはずなのに、良く商いが続くものだと思っていたのだ。
それはこのカルナイが、商いに対して嘘を吐く事無く客と向き合っていたからで、その信用ありきで商売が出来ているのだろう。
人に嘘を吐く事は信用を無くす行為であり、それをしないカルナイは、立派な商人と呼べるのだろう。
商売の本質を辿れば他にも色々とあるのかも知れないが、彼はそれに重きを置いているという事らしい。
「私は馬車の陰から、皆をずっと見ていたんだ。君達は言った通り、魔物に向かって行った事も見ていた。しかし、そこの2人がいなければ、今頃私達は全滅していただろう…違うか?」
そこまで言われ、ロバートとコナーは口を閉じた。それは彼らにも理解できたのだろう。
「今回は追加の護衛を入れて、つくづく良かったと思っている。もし今3人だけであれば、今頃は…」
そう言ってカルナイはシドとリュウを見る。
「グリフォンの嘴と言ったか。2人共、ありがとう。助かった」
そう礼を言った。
「俺達は仕事をしたまでだ。礼は要らない」
「そうか。…ではいつまでもここにいる訳には行かないな。ロバートとコナーは、あの魔物達を私の馬車に積み込みなさい。あれも素材になるから金になる」
カルナイは、やはりカルナイであるらしい。言われた2人は、とぼとぼと魔物へ向かって行く。
「俺達も回収する。馬車に積めば良いんだな?」
「そうしてくれ。頼んだよ」
結局は冒険者全員で魔物を回収し、何とか馬車へ押し込むと、それから再び街へ向けて出発したのだった。
今度はロバートとコナーを馬車の後方につけ、シドとリュウが御者席の近くという配置になった。かと言って、シド達はカルナイと話をする訳でなく、ただ並んで進んでいるだけなのだが。
そして日も暮れた頃、一行はラウカンの門前に到着した。
「では今回の護衛、ご苦労様。後で私からは冒険者ギルドへ報告を入れておく。では解散」
そう言うだけ言うと、カルナイは馬車を進めて街の中へ消えていった。
残された4人は動かないまま、ただ馬車を見送っていた。
「俺達も帰るか」
シドはリュウへそう声を掛ける。するとロバートとコナーが、話しかけてきた。
「さっきのあれはどういう意味だと思う?俺達はしっかり仕事を務めたよな?」
ロバートがシドに聞く。
“あれ”とは何だろうか、そうシドは思って言いあぐねる。
「カルナイさんは、俺たち全員を評価してくれているんだろう?まるで俺達が、何もしていなかったかの様に言っていたが、俺達全員で倒したんだよな?」
最後の言葉は“わかってるよな”と聴こえるのは気のせいか。何だかとても面倒な気配がする。
この案件は雇い主より、こっちの方がやはり厄介だったのかも知れないと、シドは思った。
「俺達からは、特に何も言う事はない。雇い主が言った様に、後はあちらからの報告を待てば良いだけだ。では先に失礼する」
そう言ってシドはリュウの肩に手を乗せて、街の門を潜る。
残された冒険者達は何とも言えない顔をしていたが、シド達の知った事ではない。
だが彼らを見る限り、本当に自分達がしっかりと仕事をしたと思い込んでいる様にも見える。
今後は一切関わり合いたくない、C級ベテラン冒険者である。
「あんな冒険者も居るんだね…」
リュウはシドの隣で、感慨深げにそう言った。
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シドとリュウは街中で夕食を摂ってから、宿へ戻った。3日振りの自室とも呼べる空間に、2人はやっと肩の力を抜いた。
「お風呂に入りたい…。先に使っても良い?」
「ああ。ゆっくり入ると良い」
「何だか疲れちゃったよ…。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね」
「ここは疲れが取れる風呂だし、のんびりすると良い。だが、中で寝るなよ?」
「う…多分大丈夫。じゃあ、入って来るね」
そう言ってリュウは、部屋に備え付けてある浴室に消えて行く。
ここは各部屋に、少し広めの浴槽が付いていて、それに“熱いお湯”が引き込まれているのだ。やはりその“熱いお湯”は、入れば他の所の風呂よりも体の芯から温かくなる様で、体の疲れも取れやすく、シドとリュウは大変気に入ったのである。
シドはリュウが浴室に入るのを見届けると、2本の剣を取り出し、丁寧に手入れを始めたのだった。
シドが2本の剣の手入れを終え、お茶を入れて飲んでいるが、まだリュウは浴室から戻らない。
随分とゆっくり入っているなと、考えていたシドだが、少し心配になって声を掛けてみる事にした。
シドは浴室の内扉の前まで来ると、中に向かって声を掛けた。
「リュウ、大丈夫か?」
リュウの返事を待つが、声は聴こえない。
「リュウ!!」
そう声を掛けると“ザブンッ”と中から音がした。
それが聴こえたシドは“入るぞ”と声を掛けると、浴室の内扉の中へ入った。
そこには見慣れた少し大きめの浴槽があって、壁からチロチロと湯が出ている。ここは温度を調節してある湯が、常に流れ出ている風呂である。
その浴槽の中を見れば、リュウが沈んでいた。
シドは慌てて彼女を抱き上げると、脱衣スペースへ出る。そこで彼女を一度椅子へ下ろすと、送風を送って水分を飛ばし、顔を覗き込んで頬を叩く。
「リュウ!大丈夫か!」
「…ん…」
辛うじて返ってきた声に、どうやらまだ水は飲んでいないらしいと知る。先程の水音が、沈んでしまった音だったのだろう。ギリギリ間に合った様だ。
そしてリュウを見れば、顔も体も赤く上気している様子であるから、のぼせてしまったのだろうと思えた。何とも艶めかしい姿である。
シドは布を出してリュウの体を包むと、抱き上げて部屋へ戻る。
ベッドにリュウを寝かせると、亜空間保存から冷たい水を出す。それを自分の口へ含むと、リュウへと飲ませてやった。
リュウの喉がコクリコクリと動いた。それを何度か繰り返すと、冷たい水で布を濡らして、リュウの額へ乗せ布団を掛けてやる。
そこで一旦、シドは冷静に考える。“服を着せる事は出来るのだろうか”と。
だがこれ以上、彼女を見てしまう事はまずい。シドも我慢の限界が近いのである。
先程見てしまったリュウの姿に、割と着やせするんだなと、要らぬ考えが浮かびかけ頭を振った。
様子を見ればリュウの呼吸は落ち着いていて、寝息に変わっていた為そのままにしておく事にする。
「はー。…」
シドは焦っていた訳で、リュウをしっかりと眺めてはいないが、なんとも切ない溜息が漏れる。
シドは苦笑を浮かべると、自分は体を拭くだけにしてテーブル席へ座り、落ち着く為にお茶を飲んだのだった。
翌朝リュウはスッキリと目覚める。少し体のだるさはあるが、概ね良好であった。
部屋を見れば、テーブルの所にシドが座って眠っていた。
リュウはそこで、昨日の記憶が途中からない事に気付くと、急いで布団から出てシドの下へ行った。
「おはよう、ごめんね。昨日の途中から覚えていなくて、多分、又迷惑をかけ…」
シドは目を開けて、途切れた声にリュウを見ればハラリと、体に巻いていた布が落ちかけていたのを知る。
リュウは、真っ赤になってその布の落下を手で押さえ、途中で止めていた。
「服を着てくる!」
そう言って慌てて浴室に駆け込んで行くリュウを、シドは困った笑みを浮かべて見つめていたのだった。




