68. 少年
「やっぱり、今日の結果はこれだったね…」
店主がポツリと言った。
シドとリュウはその言葉を拾い、何の事か分からずに顔を見合わせた。
すると店主は、カウンターに置かれた布から視線を移して、2人の顔を見る。
「私はね、占いもやっているの。毎朝、今日の出来事を占う様にしているのよ」
そう言って微笑む。
「今朝の占いは“希望”と出た。そしてそれと“出会い”も絡んでいたの。占いなんて、それが出ただけでは意味が分からないでしょう?だから私は、その日の行動から意味を探す事にしているのよ」
と2人を真っすぐに見る。
「今日は今まで、店には顔見知りしか来ていないの。そして先程手紙が届いた後に、初めて見掛ける人達が入ってきたの。だから私は、貴方達が希望ではないかと思って、手紙の事を話したのよ」
ここで店主は一つ、頷く。
「私はいつもあんな風に、知らない人にホイホイと業界の話しはしないのよ…謂わば“賭け”ね」
「賭け…」
リュウが小さな声で繰り返す。
「そう。私は自分の占いを疑っていない。だから自分の直感を信じたの。この人達なんだろうなって」
店主は布に包まれている物に、視線を向ける。
「中を見なくても、これはその“種”だと判る。占いには“希望”と出ていたからね」
そう言うと店主は視線を2人に戻して、晴れやかに笑った。
「買い取らせて貰うわ。金貨30枚ね?それで良いの?」
「ああ。これを王都に送るにも費用が掛かるだろうし、あんたにも取り分は必要だろう。これは“商売”だからな」
そう言ってシドは口角を上げた。
「ほほほっ。真っ当な人だねぇ。私は貴方みたいな人は嫌いじゃないよ」
と店主は笑う。
「それで、渡す前に一つ伝えておく。コレは取り扱いに注意してくれ。とても危険な物の様だ」
「そうね、何だか嫌な感じがするものね…承知したわ」
店主は頷く。
「それと、俺達から買った事は言わないで欲しい。だから俺達は名乗らない。別にコレは盗品でもないから、そこは安心してくれ」
「良いのかな?名前を出せば、冒険者としての名前が、王家にまで伝わるのよ?」
そこでシドは渋面を作る。
「……絶対に、出さないでくれ……」
「ほほほ。その条件で飲むわ。では買い取らせて貰うわね」
そう言うと、店主は奥に一度引っ込んでから、袋に入った少し重そうな物を持ってきた。
「40枚入っているはずよ、これ受け取って。今日は何かあるかも知れないと、手元に置いておいたのよ」
「…俺は30と…」
「いいのよ。数えるのも面倒だし、私はただ物を流すだけなんだからね」
そう言って人好きのする笑みを浮かべた。
シドとリュウは顔を見合わせて苦笑する。10枚抜けば良いだけなのに、どうやらここにも“お人好し”がいるらしい。
「分かった。心遣いに感謝する。だがこちらの中身を、本当に確認しなくて良いのか?コレが偽物なら、カモにされているという事だぞ」
「これで騙されれば自分のせいよ。それに、後でちゃんと中は見るわよ。一度布の中を確認したら私は多分、そこから目を離せなくなるの…集中し過ぎてしまうタイプなのは、自分で理解しているからね。ほほほ」
そう言って店主は高らかに笑った。
やはり薬師だけあって素材には興味深々だが、集中し過ぎて周りに人がいる事も忘れてしまうのだろう。
では、後で存分に観察してもらおう。
「それに貴方も、この袋の中身を数えなくて良いのかしら?」
「ああ、俺も騙されていたら“自己責任”だな」
そう言って、シドは有難く金貨の入った袋を受け取ると、リュウと視線を合わせて頷き合った。
「では、後の事はよろしく頼む。くれぐれも俺達の事は、内密にしてくれると有難い」
「承知したわ。後は私が手配しておくわね。これで王都も落ち着くでしょう。貴方達のお陰ね」
そう言って店主は、2人を真っすぐに見る。
「私が言うのも変だけど、薬師の一員としてお礼を言わせてもらうわね。ありがとう」
そう言って頭を下げた人物に、シドとリュウも頭を下げた。
そして2人は店の扉に向かうと、ベルを鳴らして扉を潜った。
“カララ~ン”
ベルの音が止んでも薬屋の店主は、暫くそのまま扉を眺めていたのだった。
薬屋を出た2人は、又街の中を歩き出す。
歩きながらの会話は、今はない。2人は考え事をするように、黙って並んで歩いていたのだった。
「あっ!!」
そこへリュウが一声上げる。
「何だ?」
シドが怪訝に思い問うと、リュウから返事が返ってきた。
「ポーション買うの、忘れちゃった…」
2人は顔を見合わせると、やや間があって噴き出す。
“プッ”
「次でいいかー」
「ああ。次な」
そう話して明かりの灯り始めた店の通りを、2人は楽しそうに歩いて行ったのだった。
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やっと日も暮れて、冒険者達も今日の報告に戻って来る時間となった。
街中を歩く者達に冒険者達の姿もチラホラみられる様になると、食堂や飲み屋等も賑わいを見せ始める。冒険者達は一日の疲れと満足感を醸しながら、それらの店に入って行くのだ。
「俺達もそろそろ飯だな」
「そうだね、お腹も空いてきたね。ねえ、帰りに甘いものを買っても良い?」
「食後に腹に入るなら、良いぞ?」
シドとリュウは、賑わっている1軒の食堂を見付けて入る。ここは街人や冒険者達で殆どの席も埋まり、繁盛している様だ。
そしてそこで夕食を摂ると、後から覗きに来る人達の為、早々に店を出たのだった。
結局2人は、屋台で甘い物を買う。
小麦粉に砂糖等を加えて焼いた、手のひらサイズのサクサクとした“ビケット”と呼ばれる物に、リュウの目が釘付けになっていたからである。
それを袋に入れてもらい抱きしめているリュウに、シドは目を細める。リュウは宿に帰ってから食べるのだと、嬉しそうである。
シドは街中に視線を戻すと、シド達が向かう宿の方向から、今回の同行者である2人の冒険者達がこちらへ向かって来ているのが見えた。
よく見れば、今日の護衛任務は終わったのか、顔を赤らめ足元もおぼつかない歩き方をしている。まだ夕方なのにいつから飲んでいたのかと、聞きたくなるシドである。
シドは咄嗟にリュウへ伝える。
≪リュウ、左脇の道に入ってくれ≫
その言葉を受けたリュウは、するりと細い脇道へ身を滑らせる。そしてそれに続いて、シドも入って行った。
ここは店々の間にある路地裏の様な道で、店で出たゴミを入れる箱や、空の木箱などが積んであって少々薄暗い道だ。少し奥へ進んでから、リュウは振り返った。
「何かあった?」
「今の道の先に、同行の冒険者達がいた。リュウ、この依頼を受ける時にした話を、覚えているか?」
「あれね…“夜は接触禁止”というやつだね?」
「ああ。しかも今、彼らは酒を飲んでいる様だから、俺も会いたくない。見付かれば、騒ぎは起こさないまでも、酒に付き合わされそうだしな」
「ははは…確かに。でもいつ通り過ぎるか分からないよね?近くの店に入ったら、通り掛かって見つかるかも…」
「そうだな…では上から帰るか?」
「え?上って何?」
「上は、上だな」
そう言ってシドは指を上へ向ける。
「え?屋根しか見えないけど…」
「そう。屋根だ」
そう言ってシドはリュウを抱き上げると、浮遊を入れてゆっくりと上昇する。
この道には誰もいない為、これを見られる事はない。
「は~?」
リュウが気の抜けた声を出す。ビックリしているらしく、目を見開いている。
「屋根から行こう」
シドはそう言って、屋根の上に降り立った。この建物の屋根から見える景色も中々だな、とシドは思っていたが、リュウはシドの首に掴まったまま、固まっていた。
「シドは“ビックリ箱”よね…」
リュウが小声で言った言葉は、シドにもしっかりと聞こえていた。
「はははっ」
シドは一つ笑うと、リュウに伝える。
「宿屋まで転移する。掴まっていてくれ」
そう声を掛けた途端、2人はそこから消えた。
建物の上には障害物もなく、宿屋の赤い屋根の色を覚えていたシドは、その赤色の屋根まで転移する。そしてそのまま身体強化を掛け宿屋の脇の路地へと降り立つと、リュウを地に下ろした。
「着いたぞ」
「何だかな…もう…」
とリュウは呆れた顔をして、シドを見上げた。
「彼らを回避できたし、浮遊も使えそうだ。感覚はつかめたぞ」
と満足げに話すシドを見て、リュウは一つ息を吐く。
「心臓がいくつあっても足りないわね、これは」
男はいくつになっても少年の様だと、少し中身が崩れてしまった袋を抱きしめながら、リュウは呆れた様に笑った。




