64. 勉強の日々
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。
この辺りはサクッと進めたいので、本日は2話を投稿予定です。
次話は、本日の20時過ぎの更新となります。
お付き合いの程よろしくお願いいたします。
「依頼主を見て、納得いたしました」
ソフィーはそう言って、又声を落としてから話し出す。
「受付日を見たところ、この依頼を受けてから4日程経っています。実は、依頼主のカルナイ商会さんは、ちょっと…ケチ…と言いますか、お金に執着されている事で有名なのです」
そう言ってソフィーは苦笑する。
「それなので移動を強行日程で進めて、ウィルコックに着いてからのお2人分の報酬も、カットされるという事みたいですね。初めは護衛も2人で進めようとして思い直し、冒険者のランクを下げて安い報酬の方を追加されたみたいですね…」
「もしこれを、俺達が断ったら?」
「多分、依頼を受けてくれる冒険者はいないかと…ラウカンの冒険者達は、このカルナイ商会を皆知っていますから、受けたがらない可能性が高そうです」
そう言ってソフィーは眉を下げる。
では、シド達がこの依頼を受けなければ、どうするのだろうか…。そう思っているとソフィーが話す。
「カルナイ商会さんの護衛は時々出される依頼で、そんなに頻繁にある訳ではないのです。その為シドさん達の様に、この街の外から来た冒険者達が受けてくれる事が多いですね…今回は、何度か受けてくれている冒険者が、先に手を上げてくれたようですけれど」
なるほど。その商会を知らない者しか受けたがらない依頼…という事か。それにしてもそのカルナイ商会の者は、余程面倒な奴なのだろうと思える。
「もし俺達が、その依頼を受けたとする。2日目は自由行動でも良しとする。その間の宿はどうなっている?」
「えっと…宿は自分達で取るように、と書いてありますね…」
書面に目を落としながら、ソフィーが話す。
「それで、その依頼の報酬はいくらだったか?」
「報酬は、1人当たり銀貨3枚…ですね。ははは」
そう言ってソフィーが乾いた笑い声を出した。確かに“ケチ”である。
3日拘束だから銀貨3枚と思いきや、その中の1枚は2泊分の安宿代という事だろう。結局は実質、往復道中の分で1人銀貨2枚という事になる。日給で換算すると銀貨1枚か。そう思って、オデュッセの商人“カトリス”の事を思い出したシドは悪くないと思う。
さてどうするか…。そう思いリュウを見れば、リュウも渋面を作っていた。
話を聞く限り遠慮したい案件だが、だが話も聞いてしまい、何だか断り辛くなっている。
まぁ宿も別だから例の冒険者とも会わなくて済むし、道中のみの護衛と思えば、割り切れぬ事もない。それに移動先のウィルコックに着いてから、向こうで別の依頼を受ける事も出来るだろう。そう考えたシドである。
「どうする?リュウ」
「微妙だね…だけど僕達が受けないと、この依頼は消化されないんだよね…。半分ボランティアみたいなものだけど」
そう言ってリュウは、シドの顔を仰ぎ見た。リュウの顔には“仕方がない”と書いてある。
それが解ったシドは、承諾の旨をソフィーに伝えたのだった。
「お受けいただいて、ありがとうございます。それではよろしくお願いいたします」
申し訳なさそうな顔でソフィーに言われた2人は、苦笑いを浮かべつつ冒険者ギルドを後にして、明日の用意の為、買い出しへと向かったのであった。
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翌朝7時半に、2人は街の西門へ来ていた。近くに2人冒険者らしき人物がいるので、多分この2人が“ケルベロスの尾”という冒険者達だろう。
シドがそう思っていると、街の中から1台の馬車が現れた。
余り大きくはない馬車には、1人の男が手綱を引いて乗っている。その馬車は向こうの2人の近くで停まると、馬車の上から男が話し出す。
「やぁ、ロバートとコナー。今回もよろしく頼むよ」
そう言って、辺りをキョロキョロと見てからこちらに目を止めると、笑顔とも見えるものを浮かべて手招きをした。
2人がそれで近付けば、その者は50歳位で生地の薄くなった服を着た、黒眼黒髪の男性である事が分かる。
「こっちが残りのD級冒険者かな?私はカルナイと言う。よろしく頼むよ」
そう言ってシドとリュウに、馬車の上から話しかけた。
どうやらこの人は馬車から降りないらしい。
「…D級の“グリフォンの嘴”です。よろしくお願いします」
シドが何も言わないので、リュウがそう返事をした。
「そうかい。今日と帰りの道中は頼んだよ。では出発しようか」
そう言ってカルナイは手綱を一つ打つと、そのまま馬車を進めだした。そしてそれを追う様にして、他の2人も歩き出す。
シドとリュウは、それらを見送って顔を見合わせると、馬車の後方から付いて行ったのだった。
道中は、聞いていた通りに強行であるらしく、休憩は殆どない。昼食で一度、途中の町に立ち寄ったものの、又直ぐに出発するという具合で一行は進んで行く。
シドもリュウも、今まで受けた護衛依頼の中では、余り経験のないパターンだなと思ったのである。
途中で他の冒険者2人は、シド達の所まで下がり自己紹介をする。
「俺は“ロバート”だ。“ケルベロスの尾”のリーダーをしているC級冒険者だ」
そう話すのは、裏葉色の髪に蒼色の眼をした177cm程の40代位の剣士である。
「俺は“コナー”。同パーティでC級冒険者だ」
そう言ったのはもう一人の剣士で、こちらは175cm位で少しポッチャリ型、髭を生やした40代位の、赤茶の髪と蜜柑色の眼をした人物だった。
「俺はシド、C級だ」
「僕は弟でリュウと言います。E級です」
シドとリュウがそう返すと、2人はニコニコとして優しそうな笑みを浮かべている。
「そうかい、ではよろしくな」
返された言葉には悪意も見られない。
何か少しの違和感は感じるものの、思っていたよりも普通の冒険者なのかも知れないな、と考えた2人だった。
こうして延々と進み日が落ちてから漸く、馬車はウィルコックの門前に到着した。
そこで一度馬車を停めたカルナイは、シド達を見ると話す。
「私達はこれから3人で行動するので、貴方達は別行動となります。明後日の朝7時半に、又ここまで来て下さい。それでは」
カルナイがそう一方的に告げると、馬車と2人は動き出した。ロバートとコナーは、苦笑しつつ手を上げて“またな”と言っている。
それにシドが一つ頷くと、シドはリュウに向き直った。
「何だかせわしないな…」
「本当に。商人も色んな人が居るんだね。勉強になるよ…」
そう言ってリュウは遠い目をする。
「毎日が勉強だな。では俺達も宿探しと飯、だな」
「そうだね」
そう話してシドとリュウはやっと街の門を潜ると、宿を探すために街に溶け込んで行った。
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ウィルコックの街はバーネット領の都となっていて、この領内では一番大きな街だ。ラウカンの1.5倍とは行かないまでも、領主の館があるだけはあって、大きくて活気のある街である。
シドとリュウにはウィルコックは初めて訪れる街で、右も左もわからない有様である。その為又リュウに頼んで、街の人に宿屋の場所を聞いてもらっている。
「お待たせ。聞いてきたよ」
リュウが道行く女性達に聞いて、戻ってきた。
「助かった」
「任せてよ。…そう言えばさっきのカルナイさんとは、会話しなかったよね?」
リュウが不思議そうに、シドに尋ねた。
「ああ。俺が話すと、ああいった人物は気分を害する恐れがあるからな。極力会話はしない様にしている」
「ははは…そうなんだね」
リュウはその答えを聞いて、乾いた笑い声を上げた。言われてみれば、さもありなん。シドは案外、自分の事を解っている様である。
シドとリュウは街の東門から入り、街中を南下する道へ入る。この街の南側に飲食店や宿屋があるという事である。
宿屋へ向かって店の灯りを見ながら進み、そして1軒の宿屋の前で止まる。
それは屋根が赤く塗装された宿で、“渡り鳥の輪舞”と、看板にはそう書いてある。
「ここに入ってみるか?」
「そうだね」
宿の扉を開けて入る。
この宿は比較的小振りで、簡素な造りをしている。入ると中も実用的な内装で、ある意味落着けそうだ。その受付けに男性を見付けて、2人はそこへ向かった。
「泊まりたいが、部屋はあるか?」
「いらっしゃい。ここは素泊まりになるが良いかい?」
「ああ」
「部屋はあるよ。1人ずつかな?1人部屋は1泊60ダラル、2人部屋なら1泊100ダラルだよ」
「2泊で2人部屋だと?」
「2泊なら、2人部屋で180ダラル。銀貨1枚と80ダラルだね」
それを聞いた2人は、報酬の予算内だと苦笑する。一応律義に、予算内に収めようとする2人である。
「では2人部屋で2泊。それで頼む」
「あいよ。では180ダラルになるよ」
そう言って店主は宿帳に記入をしている。
続けてシドはそこへ2人分の記入をすると、前金で支払いを済ませ部屋に案内してもらう。
「ここだよ。夜は念の為に鍵を閉めておいてね。出発するときは受付に鍵を返してくれるかな。ではごゆっくり」
こうして2人は、予算内で宿を確保する事ができたのだった。




