63. 日課と依頼
シドとリュウは、湖畔の木々の中を、周回するようにして毒草を探している。ついでに薬草があればそれも摘む。
一般的な“オトギリソウ”や“シラン”等の薬草は、依頼として受けていなくても買い取ってくれる事も多く、いわば“いつも募集中”だ。
ポーションという便利な物もあるが、それなりに高額な為に町人や下級冒険者達は、軽い怪我などに薬草を使った塗り薬を使っているのである。そういう人達にとってポーションは、所謂“お守り”の意味合いが強いのかも知れない。
「この辺りにトリカブトが生えているよ」
リュウが見付けた様で、シドに声を掛ける。
「ああ。こちらにも少しあるぞ」
2人はそんなやり取りをしつつ動いている。
「これは“根”を使うらしいけど、紫の花ごと全部摘んでおけば、問題ないよね」
「ああ。欲しい部位は使う方に選んでもらえば良いからな」
話す内容は、何とも大雑把な会話なのであった。
「そろそろお腹が空いたね」
「ああ、そろそろ昼だな。湖の傍で昼食でも食べるか」
「うん!」
やっとリュウの希望の時間になり、2人は湖岸へ出る。ここは先程いた場所とは大分離れていて、太陽は左手の頭上から影を作っていた。
リュウは目をキラキラさせて湖を見ている。
湖の中には“レモラ”も居るはずだが、それは今見えないので気にしない事にした。それを今口に出せば、又リュウの気分は台無しなのである。
2人は木陰を見付けてそこへ腰を下ろすと、今朝仕入れてきた物を出す。
リュウは、クリームと果物が挟んであるパン、シドは揚げた分厚い肉が挟んであるパンだ。それとカップに入れてもらった白いスープにも、たっぷりの野菜が入っていて量は申し分ない。
涼しい風に当たりながらの温かいスープは、体に染み込む様に喉から入って行く。
何とも贅沢な時間だなと、目の前の景色を見ながら、シドはそう思った。
「ねぇ、さっきのグリフォンって、北の山岳地帯に住んでいるんだよね?ここら辺だと、その辺りしか生息域がないよね」
「そうだろうな。ラウカンとオデュッセとの間にある山辺りに住んでいるんだろうな。さっき飛んで行った方角も、そちらだった」
「そうだよね…あの子まだ小さかったけど、親と一緒に住んでるのかな?」
「俺も、親子関係は詳しく調べた事がないから解らないが、多分、独立しているのではないか?」
「そうかな?」
「もし仮に親と行動しているならば、子供が親元から居なくなった時点で、親は探し回るはずだ。あいつは最近ずっとこの辺りに隠れていたみたいだから、ここへ親が探しにくれば、見付かって大騒ぎになっていただろうしな」
「そっか。そうだよね…又怪我しない様にして、頑張って大きくなって欲しいな…」
「ああ、俺もそう思う」
2人は湖の景色に目を向けると、グリフォンの姿を探しでもする様に、そのまま空を見上げたのだった。
シドとリュウは昼食と景色を満喫した後、又採取に取り掛かる。そして依頼分の採取を終えると、ラウカンへと戻った。
今日もそろそろ陽が沈む時間となり、冒険者ギルドで報告を済ませると、街中で夕食を摂ってから宿へと帰った。
ラウカンで取っている宿は“雀のお宿”という名で街の北側にある。街の北側は“熱いお湯”が出ている場所が近い為、この街の宿屋は北側に集まっているのである。この宿でも2人部屋を取っているが、長期滞在の為、多少自分達の使いやすいように、部屋の物を動かしている。
2つあるベッドの間に間仕切りを置いて、多少のプライベート空間を作っていた。
これで着替え等をいちいち浴室まで行ってする事もなくなるし、シドも多少は意識がそれるという物である。
部屋に入ると、早々にリュウが呟く。
「ああ、忘れてた。鞄に入れたままだった…コレ、亜空間保存にしまっておいてくれる?」
そう言って手に取った物は、今日拾ったグリフォンの羽根である。その羽根の長さは30cm位あり、純白で艶々と輝く様子は、装飾品とも言えるほど美しい。
「鞄に入れたままだとボロボロになりそうだし、折角だから、逢った記念に大切にとっておきたいんだ」
嬉しそうに話すリュウに目を細め、シドはリュウからそれを受け取ると、亜空間保存の中にそれを仕舞った。
「ありがとう」
リュウは笑顔を向けながら、テーブル席に座る。
「そう言えば、リュウはそろそろD級になりそうか?」
「そうかもね。D級の依頼ばかりを受けているから、普通に昇級するよりは早いからね。何だかズルをしているみたいで、申し訳ないけど…」
本来ならばF級であればF級の依頼、E級ならばE級かF級の依頼しか受けられない。だがリュウはシドとパーティを組んでいる事で、D級の依頼を受ける事ができ、その分の実績が大きくなる為に昇級が早いのである。
「まぁ他の奴も、上のランクの者とパーティを組むことが出来れば、皆同じ条件だ。リュウが気にする事でもないぞ」
「まぁ、そうだね」
2人は宿の備品で借りているポットから、お茶を注いで飲む。
仕事終わりのまったりした時間を過ごすのは、毎日の日課になっている動作である。そして今日も何事もなく…では無かったが…過ごしたのであった。
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それから数日、今日もシドとリュウは朝から冒険者ギルドで、依頼書を眺めていた。2人は1枚の依頼書に目を止めると、顔を見合わせて頷き合う。
リュウはそれを手にすると、受付へ持参する。
「おはようございます。この依頼書はまだ受け付けていますか?」
そう聞いたのは、決まっていても未回収な依頼書も、偶にあるからである。
今日の受付もソフィーだ。
「おはようございます。リュウさん、シドさん。こちらは…はい。まだ受付可能となっていますよ。こちらになさいますか?」
シドがそれを聞き、口を開く。
「他のパーティと合同との事だが、他のパーティはもう決まっているんだろう?」
「あ、はい。先に受けたパーティがC級の“ケルベロスの尾”という2人組でしたので、こちらは人数調整の為の追加募集となっています。こちらのパーティは…C級のベテランパーティですね…」
そう話したソフィーが少し笑顔を崩して苦笑する。
C級のベテラン?…という事は、ずっとC級でいる冒険者という事か?ある意味ではシドと同じである。
「ここだけの話ですが…」
そう言って、ソフィーは声を落として話す。
「その冒険者の方々は悪い方達ではないのですが、少し酒癖が悪いみたいでして、お酒を飲んでは時々問題行為を起こすので、それで…らしいですね」
と、彼らの情報を教えてくれる。
それでは、この依頼は止めておいた方が良いかも知れないと考えていたシドに、リュウが声を掛けた。
「僕はコレで良いよ?普段は普通の人達なんでしょう?」
「ええ。普段はこれと言って、問題はありません」
ソフィーが説明する。
だが、この依頼は商人の護衛であって、ラウカンからウィルコックまでの往復となっている。日中だけ同行するならまだしも、期間は往復で3日間となっているのだ。
シドはリュウへ顔を向けると、確認する様に話す。
「もしこれを受けるなら、夜は絶対にその2人とは接触禁止だ。酒を飲んでいない場合は除くが…それでも極力だ。約束できるか?」
「うん。勿論自分から、面倒事を招くつもりは無いからね。それは約束するよ」
リュウからその返事を聞き、シドはソフィーへ向き直る。
「では、これを受ける事にする」
「はい、承知いたしました。ではこちらの依頼の詳細をお伝えいたします。こちらは商人の護衛依頼ですね。」
そう言うとソフィーは、詳細の載った紙を出す。
「出発は…明日の朝ですね。集合場所は西門で、時間は朝の7時半。それまでに御自分の荷物は整えて置いてください。日程は3日間…」
内容を確認していたソフィーの声が、そこで止まる。
「どうした?」
「あ、いえ。日程内容を見たのですが、少々詰めて組まれているというか何と言うか…私も詳細は、初めて目にしますので…」
そう言って一度、書類から顔を上げる。
「朝の7時半に出発をして、その日の夜にウィルコックへ入る事にしています。本来ならばもう半日、余裕をもっても良さそうですが…。それに到着の翌日に一旦、お2人は護衛から外れる様なので、その日の報酬は発生しませんね…」
そう言ってソフィーは渋面を作る。
「何て細かいの…」
説明しているソフィーが呆れている。
「えっと、すみません。それで3日目は帰る日で、朝の7時半に入場した門へ集合して戻る…みたいですね。ああ、なるほど。依頼主が“カルナイ商会”さんですもんね」
聞いていたシド達にはよく意味が分からず、少々困惑している。2人は顔を見合わせると、肩を竦めた。
そして分からないまでも、どうやらこの依頼は相当面倒臭い物だと思った2人だった。
この辺りのお話から、少々モヤモヤ感が続くかも知れませんが、何卒ご寛容ください。
そして、いつも誤字報告をいただき感謝申し上げます。
セルフチェックに“脳内変換”というルビを振りたくなる、今日この頃です。苦笑




