60. 希み
その時、話していた2人の下へ<ボズ>である黒いモヤが現れる。
≪シドよ、礼を言う≫
「<ボズ>が来た」
そうリュシアンに伝えると、リュシアンは頷いた。
≪そこの者も良く働いてくれた。礼を伝えておいてはくれぬか≫
シドは頷いてリュシアンに伝えると、リュシアンは、はにかんだ笑みを浮かべた。
黒いモヤが揺れる。
≪その者には、そこにある物が良いじゃろう。我の加護がついた物が入っておる。おぬしの剣と同じく、所持すれば薄く保護の纏いが着く。毒の霧や魅惑の香り程度の物を阻止できる位の効果はあるはずじゃ。使うと良い≫
言われてシドは、サラマンダーが消えた辺りを見れば、宝箱が一つ落ちていた。
「分った。有難くもらっておく」
≪それは、おぬしらが倒して現れたもの。礼は要らぬぞよ≫
「そうか…」
そう返事をしてからシドは、徐に魔力ポーションを出して飲んだ。
「では続けるが、良いか?<ボズ>」
≪我の希み故、頼む≫
それを聴き、シドはリュシアンを見る。
「これから迷宮再生を使う。少し下がっていてくれ」
「わかったわ」
そう言ってリュシアンは、5m程シドと距離を取る。
シドは剣を外し片膝を突くと、剣を脇に置いて掌を地面に添えた。そこで一息吐くと目を閉じる。
シドから魔力が立ち昇り、脳裏に<ボズ>が浮かび上がる。<ボズ>は大型だ。内部には所々に蠢く気配も感じられた。
シドは集中を入れると、言葉を発する。
「聖魂快気」
<ボズ>の根本から耕し、混ぜ合わせてリセットさせる。大地からも新しい魔素を取り込む様に攪拌させ、元に戻す。
シドの纏った魔力が消えスキルを切ると、ゆっくりと立ち上がった。
「どうだ?<ボズ>」
≪我は再生された。礼を言う≫
「もう大丈夫なのか?」
≪うむ。だがこればかりは管理者にも制御できぬこと故、また起こりうるやもしれん。これは、どの迷宮にも起こりうる事であり、それを危惧して憂いてばかりではいられぬ。スタンピードと同じ事よ≫
「そうなのか…」
≪だが、今回の事案の方が確率的には珍しい事。コマが“覚醒種”同等にならねば起こらぬこと故に≫
「100年以上前にも、似た様な事があったと聞いたが、そのダンジョンはどうやって止めたんだ?<ボズ>は知っているか?」
≪我の記憶には新しい事、それは覚えておる。その迷宮は“止めた”のではなく“止まった”事で、暴走は終了した≫
「やはり、自力では無理だったのだな…」
≪是。己の力では何も出来ぬ。ただ蝕まれるのを見ているのみ…≫
「……」
≪その迷宮は人間が殺到し、それによりどんどんと魔素の利用を増して行った事で、魔物の出現は唐突に終わり…後には朽ちた≫
「そうだったのか…」
≪うむ。我も同じ途を辿るかに思われた。だが“再生者”が現れたと知った。…我は運が良い。我は再生されたのだから≫
「そうか…」
≪迷宮再生は、その時代に一人は居るとされるスキル≫
シドは<ボズ>が何か重要な事を話し始めたのかと、姿勢を正す。
≪いつの時間にも迷宮と対としてある者。だが、そのスキルを持つ者が、必ず迷宮と出逢うとは限らん。従って、その者が迷宮再生を持っておる事に、一生気付かぬ者もおる…という事≫
そこまで言われて、シドも<ハノイ>に潜ってから自分にもそのスキルがあると、そこでやっと解った事を思い出した。
≪迷宮再生のスキルの保持者は稀である。保持者が気付かねば、迷宮はそのまま活きるのみ。当然として滅びる迷宮は多くなる、という事よ≫
「やはり迷宮再生は、迷宮の為だけにあるスキルなんだな」
≪そうなるの。だが、そのお陰で迷宮の不具合は治り、また活きて行く事が出来るのじゃ。再生者の存在は迷宮の“希み”であるからの≫
「…では、俺はまだまだ迷宮に逢いに行かねばならない、と言う事だな?」
シドは口角を上げて<ボズ>に聞く。
≪ほっほっほ。そう言う事の様であるな。おぬしの気の向くままに迷宮を訪ねてくれると、有り難く想う≫
「そうか…」
≪迷宮も人間と同じく、何故今ここに或るのかは解らん。何の為に活きておるのかも、また謎である…だが、今を活きる為に迷宮は苦悩し、楽しみ、そうして何時かは終わって行くものとして、それを受け止めているのみ…≫
「そうだな…」
≪我はまた、この行く末を楽しみながら活きて行く。おぬしも時間を慈しみながら、過ごすと良かろう…≫
「ああ…」
≪我はこれから眠りに入る。目覚めれば本来の迷宮に戻るであろう≫
「まだ暫くは冒険者達の出入りで、煩いとは思うがな…」
シドは表にまで居た冒険者達を思い出し、<ボズ>にそう告げる。
≪人間とは愚かなものじゃ。我が眠れば魔物も出なくなろう…その時には、己の愚かさに気付き、我に返るものもいる。時間が経てば、大人しくなろう程に≫
「そうだな。人は愚かな生き物だ」
≪うむ。従っておぬしがそこまで按ずる必要は無い…という事よ。おぬしはおぬしの事を一番とすれば良いのじゃ≫
「そうだな…わかった」
≪此度の事、何度でも礼を言わせてもらう。再生者に幸多からん事を祈っておる≫
「ああ。<ボズ>にも幸多からん事を」
シドはそう伝えると、リュシアンを見る。
「リュシアン」
呼ばれたリュシアンはシドの隣に立つと、シドの向いている方を見て、頭を下げた。
≪うむ。その者…“リュシアン”といったか。2人でつつがなく過ごすと良い。その者にも幸多からん事を≫
「伝えておく」
≪では外まで送ろう≫
「ああ、頼む」
≪ではな、シドよ。又会おうぞ≫
「ああ。又な」
そう話し終わると、シドとリュウは<ボズ>の丘の裏へ戻っていた。
そして気付けば、シドの手の中に何かが入っている。
シドは自分の手を目の前に出すと、その手をゆっくりと開く。すると手の中に納まっていた物は、細身の腕輪であった。
そう言えば先程<ボズ>に、ドロップを貰って行けと言われていたなと、思い出す。
という事は、この腕輪は<ボズ>の加護が着いたリュシアン用の腕輪だという事になる。
「リュウ、左手を出してくれ」
言われたリュウは“何をするのか”という顔をして、左手をシドの前に差し出した。
シドは、リュウの細い手首へその腕輪を着ける。
リュウの目が大きく開く。
今手首に着けた物はリュウにぴったりと寄り添い、薄闇の中でも金色に輝いている。
闇に目を凝らせば、それには細かな幾何学模様が彫り込まれ、繊細な美しさを見せていた。
「…コレは?」
リュウはシドに聞く。
「コレはさっきのドロップだ。<ボズ>の加護が着いていて“リュウへ”と<ボズ>が言っていた。“礼”という事らしい」
「加護…」
「ああ。俺の剣と同じく、催淫の香りなどを防いでくれるらしいぞ。だから身に着けていてくれ」
「…解った。有難く受け取らせてもらうね」
そう言ったリュウは、頬を赤く染めて目を輝かせていた。
「では戻るか…後で話す事がある。まぁ説明も大変そうだがな…」
シドは眉を下げて苦笑する。
「楽しみにしてる。戻ろう」
そう言ったリュウが歩き出そうとした時、シドに手を握られた。
驚いて振り返れば、シドはニヤリと笑って告げる。
「転移で戻ろう。魔力もまだあるし、歩くのも面倒だからな。それに服も酷い有り様だ」
そう言うと、目を見開いたリュウと一緒に、一瞬で姿を消したのだった。
そしてシド達は、泊まる予定の“離れ”の扉の傍に現れた。
折角教えてもらった“勝手口”も、無意味になったようである。
「もーっ」
リュウの口から抗議の声が漏れた。
「はは。では入ろう」
そう言って扉を開けて、シドは建物へ入って行く。
それをリュウは、困った笑みを浮かべて追いかけたのだった。
シドとリュウが転移で戻った後、ダンジョンの入口にいた者達は、いつまでも戻らぬ見学者達を訝しがって周囲を探してみたものの、その者達を見付ける事が出来ずに困惑した。
そしてあれは“幽霊だったのでは”と言う事になって、大騒ぎになったとか、ならなかったとか。
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翌日の朝カトリス達一行は、カトリスの友人であるインギィとパティに見送られ、世話になった家を出発した。
シドとリュウも、もうこの街に留まる理由もない為、一緒に街の門まで同行していた。
彼らはここから南下して、王領へ向かう予定である。
だが、シド達はそちらに向かうつもりはない為に、ここで別れる事となる。
「それでは、お2人共お元気で。また機会があればお会いしましょう」
カトリスが、丁寧に挨拶をしてくれる。
「はい。カトリスさんも、蒼の炎の皆さんも、お元気で」
リュウが挨拶を返す。
「オデュッセに来たらまた会おうな。シドさん、リュウ君」
エリオンが人好きのする笑みを浮かべて、挨拶をした。
シドとリュウが会釈をすると、カトリス達は南へ向けて出発した。
「では俺達も行くか」
「うん」
それを見送ったシドとリュウは、昇る朝陽を背に受けながら何処までも続く道を、
2人並んで歩いて行ったのだった。
【第三章】終了
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いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。
本日の60話の更新をもって、第三章は終了となります。
第一章~第三章までお付合いいただきありがとうございます!
それに伴い、ここで一旦お休みをさせていただく存じます。
次話の投稿は、11/9となります。
“活動報告”に、諸々ご報告をさせていただいております。
まだ2人の冒険は続いて参りますので、引き続きシドとリュウを応援して下さいますと幸いと存じます。
盛嵜 柊




