58. 真相の深層
「おぃおぃお前ら、今からじゃぁ潜れねーぜ」
シドとリュウの後ろから、そんな声が聞こえた。
2人がその声の主を振り返ると、目つきの悪い大柄な冒険者達が3人、傍に立っていた。
「ああ。夜間は封鎖だと聞いているから、潜るつもりではない」
「じゃあ何しに来た。ここで野営するなら、俺達の許可を取ってからにしろ」
大柄な男はそう言うと、口角を上げて繁々と2人を見る。
ここは街の外であって、誰の土地という訳でもないのだが、野営するにはこの者達の許可がいるらしい。
「別に野営をしに来た訳でもない。どんなダンジョンかと思って、観光に来ただけだ」
シドも適当な事を言っているなと、リュウは内心ヒヤヒヤしていたが、案外大丈夫そうだった。
「そうか。じゃあ思う存分“外から”見て行けよ」
そう言った大柄な男の周りで哄笑が起こる。だがシドは、それを気に留める事も無く返事をした。
「ああ、そうさせてもらう。ではな」
シドはリュウの肩に手を乗せると、踵を返してダンジョンの周回を歩き、裏の方へ回る。
シド達の後ろでは、先程の者達がまだ笑っていた。
このダンジョンは、地面が隆起してできた様になっており高さは10m位、横幅は20m程の“丘”になっていて、木も草も生えておらず、ただポツンとそこに在る様は、孤独というよりはどっしりとして存在感もあり威厳すら放っていた。
シドとリュウは歩いてそのダンジョンの周りを回る。
入口付近には人が居たが、こちら側、ダンジョン入口の裏に当たる場所には、灯りも届かず人もいなかった。
ここから1キロ程奥へ行くと、木々が立っていて更に深い闇を作っている。
今日は月もあり星も出ていて、暗いといってもシド達の足元には薄っすらと月明かりの影が出来ている程で、暗闇に目が慣れれば、物の形が分かる程度には周りが見えていた。
シドはダンジョンの真裏辺りで立ち止まると、集中を入れて周辺の気配を確認する。
今感知できる気配は、入口側にいる者達だけだった。
そこでスキルを切ったシドは、徐にリュウへ手を出した。
「手を繋いでくれ。これから<ボズ>と話に行く」
小声で言われたリュウは、何をするのか分らないまでも、言われた通りに手を出してシドの手の上に乗せた。
シドは<ボズ>であるはずの丘に手を添えると、精神感応を発動させる。
≪ <ボズ>話がある≫
シドがそう伝えると、一瞬にして2人の姿は闇に溶けたのだった。
2人は浮遊感を抜けると、明るい空間に出た。
この空間は道が繋がっていて、後方には何処かへ続く穴が見える。そして目の前にも下階へ続く道が見えた。
今までの迷宮で転移させられた場所は孤立した空間だったのだが、ここは明らかに迷宮の内部構造の一部に見える場所だ。その証拠に、魔道具の灯りが壁に灯されていた。
そしてシド達の近くに、黒いモヤが現れる。
「<ボズ>が来た…」
シドは小声でリュウに伝えると、リュウは首を縦に振る。
≪来てくれたか、再生者よ…≫
「俺を待っていたのか?」
≪その剣には、我の想いを込めて流した。受け取れば此処へ興味を惹かれる様に、我の加護も付けてある≫
「そうだったのか…遅くなってすまない」
≪構わぬ。まだ猶予はある故に。だがおぬしが来ても変えられぬかも知れぬが、それも運命よ…≫
「何か…変事があったという事か?」
≪ 是 ≫
「俺は何をすれば良い?」
≪我に力を貸してはくれぬか?≫
「“力”とは“迷宮再生”の事か?」
≪それもある。だがそれだけでは、迷宮は終わりを迎えるであろう≫
「何があったんだ?」
≪我は迷宮の“管理者”。だがその管理をはずれ、暴走している物がおる。その元を正さねば、いくらおぬしのスキルを使おうとも、我は同じ途を辿る事になるだろう≫
「その元凶のせいで“ドロップラッシュ”も起きているのか?」
≪その言葉の意味は我には解らぬが、その物が今ドロップを操っておる。己が狙われぬ様、他の魔物のドロップ率を上げておる様だの。我はただ魔素の流れをこれ以上奪われぬ様にしておるのみ…≫
今<ボズ>の中にバグが発生していて、それを己で修正する事も叶わず、手に余っているという事なのか。
「その元凶とは、何だ?」
≪おぬしの目の前の通路を抜けた先にある、最下層にいる“ダンジョンマスター”だ≫
それを聴いたシドは驚愕する。何と、ダンジョンマスターが暴走しているらしい。
「ダンジョンマスター…?」
≪そうだ。迷宮を補助する為の”コマ“であるはずのダンジョンマスターが、起こしておる事よ≫
「何故そのコマに、そんな事が出来るんだ?」
≪我の最下層の物は、ここしばらくは再生されておらぬ。それ故、ある時“覚醒種”へと変化した。それからは、大地からの魔素供給の大半を奪われ、我はある程度の魔素の流れを抑える事だけしか出来ぬ≫
「再生されていないとは…倒されてリポップされていない、同じ個体が居続けているという事か?」
≪然様≫
ではそれはある意味では、冒険者のせいではないのか。面倒だから?…強いから遭遇したくない?
「そんなに強いのか?そのダンジョンマスターは…」
≪ふむ。強さ…というのであれば、そこそこ強かろう。冒険者達が相対していた時は、30組に1組しか再生させておらなんだ≫
それは、“そこそこ”どころか結構強いのでは…。その冒険者のランクにも寄るが、D級がダンジョンマスターへ挑戦する事は、少ないだろうと思える。となると、C級の冒険者が敗退する程度、B級の魔物が“覚醒種”になった、という事にはならないだろうか…。
シドの思考は空回りする。
≪我は、その“コマ”を再生し直し、全てを再起動する事を希む≫
<ボズ>の願いを聴き、シドは迷う。
ダンジョンマスターという事は、それは戦闘で倒さなければならないという事だ。しかも“覚醒種”を。
シド一人で倒せるかどうかも分からず、かと言ってリュシアンに頼めば、彼女を危険に晒す事になる…。
シドが微動だにせず思考の海に沈んでいた時、横から声が掛けられた。
「どうしたの?<ボズ>は何だって言っているの?」
彼女にはいずれ伝える事ではあるが、今それを伝えると彼女を戦闘に巻き込んでしまう。
「………」
「ねえ、私には話せない事?」
リュシアンが上目遣いにシドを覗く。話せない訳では無い…。
「何があっても、私はシドについて行くわ。だからちゃんと話してほしいの」
そう言われてリュシアンを見れば、彼女は真っ直ぐにシドの目を見ていた。
そうだな…。
「すまない、少し迷っていた。今から話すが、俺に気は遣わなくて良い。それだけは先に言っておく」
「わかったわ」
シドはそれに一つ頷いて、話し出した。
「<ボズ>は今、管理者としての権限の殆どを、ダンジョンマスターに奪われてしまっている状態らしい。<ボズ>を正常に戻すのには、そのダンジョンマスターを倒す必要がある」
「では、これからダンジョンマスターの所に行くのね?」
「そうなんだが…。それは、ここ暫く倒されていない為に“覚醒種”へと変貌している様だ。元々がB級程度の物だったらしいのだが、それが今では少なくともA級にはなっているだろう…」
「A級…?」
「ああ。A級だ」
「それでは私達2人でも、危ないかも知れないわね…」
シドはリュシアンの言葉を聞いて、彼女を凝視する。今さらりと言っていた言葉が引っかかった。
「だからリュシアンが無理だと判断したならば、ここから出ていてくれて構わない。後は俺一人で対応する」
「シド…何を言っているのかしら?私の話を聴いていなかったのね?私は“2人で”と言ったはずよ。2人でも倒せるか判らない物を、一人で倒せる訳がないじゃないの…大丈夫かしら、シド?」
リュシアンはそう言うと、笑顔の中にも緊張を滲ませシドに告げた。
そうだった。彼女は一度決めてしまえば実行する人物だったと、シドは思い至る。
「手伝ってくれるか?」
「ええ、勿論よ。それに私は貴方より上の“B級”なんだからね?」
そう言ってシドの手を握った。
シドは、その気遣いに苦笑する…。
よし、決まりだ。2人は<ボズ>に向き直ると、了承の意を伝える。
≪世話を掛けるが頼んだぞ、再生者よ…≫
「上手く行くかはわからないがな。それで、その魔物は何だ?」
≪“サラマンダー”じゃ≫
「サラマンダー…」
そんな魔物ではC級の冒険者達では、倒す事は難しいだろうな…。
サラマンダーはダンジョン以外で見掛ける事は殆どなく、いたとしても火山の中に住むと言われている。見掛けはトカゲの様な姿をしていて、全長は5m程になると言われ四つ足で歩行し、尾を振り回し攻撃をしてくる。その上、火魔法を使うとされ、口からも直接火を吐く事ができる魔物である。
それがここのダンジョンマスターであるらしかった。
リュシアンの顔を見れば、顔が引きつっている。それはそうであろう。
ダンジョン位でしか出ない魔物で討伐経験もなく、あまつさえ“覚醒種”であるのだから…。
補足1:作中で“リュウ”と“リュシアン”が混同しておりますが、ご了承下さい。
ダンジョンに居る時は基本、リュシアンに戻ると思います。
(以降、これについては補足しませんので、よろしくお願いいたします)
尚、こちらに表示していました「月明かり」の記述は、ご助言を頂き、月明かりでも影が出来るとの事で補足を削除いたしました。ご助言を下さいました事お礼申し上げます。




