57. 円を描く街
こうしてシドとリュウは、カトリスとの護衛依頼の書面を交わすと、念の為に掲示板も確認する。
そこにはF級・E級・D級の依頼書がそこそこの数貼ってあり、この街にいる下級冒険者の数が少ない事が窺われた。C級ばかりが居るらしい、アンバランスな街となっている様である。
「そちらの方達は、カトリスさんとご一緒にお泊りですか?」
受付けのベリンダがカトリスと話をしている。
「そうですよ。ここの街には取れる宿がないですから、私と一緒に個人宅に泊まります」
「それなら良かったですね。今この街には泊まる宿もありませんから、冒険者が外から来ても、その日の内に街を出て行ってしまう位です。街の外側で一部、野営をしている人達もいるようですが、ここは冬には雪も積もりますから…。早くこの状況が、改善されると良いのですが…」
「そうですね。流石に商人達も、伝手がない人達はこの街を避けていますし、余り良くない傾向ですね」
受付け前にいる2人の会話が聴こえ、シドとリュウは顔を見合わせる。
今日の夜<ボズ>に行ってみるつもりではあるが、それでこの状況が解決出来る事を願うしかない。
そうこうしていると、ギルドの入口の扉が開き、ゾロゾロと冒険者達が戻ってきた。もう皆が戻って来る時間になった様だ。
カトリスと2人は受付のベリンダに挨拶をすると、忙しくなるギルドから退出した。
扉の外に出れば、道の北側からパラパラと冒険者達が歩いてくるのが見える。本日の<ボズ>は、そろそろ封鎖の時間になるのだろう。
その者達に背を向け、シド達は又、街の中心方向へ戻る様にして歩き出す。少々素行が悪そうな冒険者達も見受けられる為、近寄らぬ方が良さそうだ。
「何でこの街に入れなかった冒険者達は、南下しないで北上するんだろう…」
リュウも思う処があったらしく、歩きながらも“思わず”と言う風に声が漏れる。それが聴こえたらしいカトリスは、リュウに話しかける。
「おや?皆が何故リーウットに北上するのか、知らなかったのですか?」
独り言を呟いたつもりが、カトリスからの問いかけに、リュウは有難く乗る事にした。
「はい。知りません」
聴いていたシドも勿論、理由を知らない。
それを聞いたカトリスが、一つ頷くと話し始める。
「私は王都まで行く途中、ファイゼル領内を通っています。ここモリセットから南下する形で、ファイゼル領を通過するのですが、モリセットより南の街の冒険者ギルドは、他の街の冒険者の受付を停止しているらしいのです」
そう言ってカトリスは、遠い眼をする。
「何だそれは。随分と横暴だな」
「ええ。ただ、南下するに従って王領にも近付きますから、その王領への混乱を避ける為の一時的な処置として、行っている様です。ここからは私の想像ですが…だからもし、ファイゼル領内にやってきた冒険者達が南の街へ入ったとしても、その街に所属している冒険者しか依頼が受けられませんので、素通りするしかなくなりますね」
「じゃあ、その街に所属している冒険者だけに依頼を出している、という事ですね?」
「その街にも少なくとも護衛依頼等はあるでしょうし、そこはそうなるでしょうね」
カトリスは苦笑いを浮かべながら話している。
商人達には商品を流通させるという大切な仕事がある。その為には、自分自身の安全を確保する事も重要で、護衛を雇うのは必須なのだ。カトリスは、自分の立場にも当てはめて、話してくれているのだろう。
「そういった事で、ファイゼル領内に留まる事も出来ず、かと言って<ボズ>ダンジョンの近くを離れたくはない、と言う冒険者達がリーウットへ入って来ているようですね。多少はこれでも、他領にも流れている様ですけれど」
なるほど。そういう事情で冒険者達は北上している様だ。納得は出来ないが、ある意味では腑に落ちたシドとリュウだった。
であれば、何としても早急に何とかしない訳には行かないなと、2人は顔を見合わせ頷き合ったのである。
「それはそうと、シドさん達はこれから街を歩かれるとの事でしたね?」
「ああ。初めて入った街だから、少し見て回るつもりだ」
「そうですか。今は治安が余り良くありませんが、お2人なら大丈夫でしょう。私はこれから友人の店に行って荷物の話もありますので、ではこの先の中央地区で別れましょう」
「ああ。色々と助かった」
「いえいえ。私の方こそ色々と学ばせていただいていますので、これ位はお安い御用です」
そう言ってカトリスはニッコリと笑う。
カトリスは商人だけあって、自分が受け取った物には見合った対価を支払う、という持論でもあるのだろう。
それを有難く思いながら、友人の店の前まで来るとカトリスとはそこで別れ、シドとリュウは街の中へ消えていった。
モリセットの街は大きく、人通りも多い。もう一日も終わる黄昏時となり、魔道具の街灯も灯り始めた。
道行く者はそれぞれの思惑を持ち歩いている。笑顔を浮かべている者、しょげている者、疲れている者、怒っている者と、種々雑多な様子を示していた。
2人はあれから、中央地区の中を練り歩いていた。
モリセットの中央部の商業地区は円形の“層”の様な造りになっていて、一番内側は食料を扱う店が主になっている。その1本外側は雑貨や衣料品等のファッション関連、その外側には食器や家具などの生活を彩る物。
そしてその外側には、女性が接待する様な飲み屋があったりと、食品関連を中心として、円を描くようにして広がっている街であった。
因みに、武器屋や防具屋などは、中央から北東に伸びている冒険者ギルドがある通り側に集まっている様である。
「僕達はこれから食事だね?」
リュウがシドの顔を見上げ、聞く。
「そうだな。何か食べよう」
シド達がこれから行こうとしている食べ物屋も、その中心部に散らばっている。
2人は脇道を練り歩きながら、中心部へと進んで行ったのだった。
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食事を終えたシドとリュウは今、街の北東にある門を出た。この門は“ボズ門”と呼ばれていて<ボズ>へ行く為に造られた門だ。
そこを道なりに進めば、間違いなくダンジョンへ辿り着くのである。
空には星が瞬く頃となり、街から一歩外へ出れば周りは真っ暗だ。
だが、この<ボズ>へ繋がる道には一定の間隔で、ポツンポツンと柔らかな魔道具の灯りが道の両脇に灯り、足元を照らしている。
シドとリュウはその照らされた道を歩きながら、道の先に目を据えていた。
今の時間はダンジョンも封鎖されていて、潜っている者はいない。
そしてこの道を通る者も2人だけである。
シドは先程の食事の時から険しい顔をして、考え込んでいた。
リュウはそれを特に何を言うでもなく、ただ一緒に時間を過ごしている。リュウにはシドの緊張が、痛いほど伝わって来ていたのだから。
食事中、食堂には冒険者達もいたが、皆イライラした雰囲気を醸し出していて、お世辞にも冒険者達のイメージは良さそうではない。ちょっと肩が触れようものなら、殺し合いの喧嘩でもしそうな程であった。
だがシドが緊張しているのは、その者達を警戒して、という事ではないことは確かだ。シドはその冒険者達の事すら見えていない様に、考え込んでいたのだから。
今日、モリセットの街に来る事になったのは、いわばリュウが言い出したからである。そこは何故かシドが躊躇している風ではあったが、リュウの話に乗る形で進み、今ここにいるのだ。だからシドに迷惑が掛からない様に、リュウはシドの思考を止めないのだった。
シドがリュウに顔を向ける。
その意図を察し、リュウも道の先に見えてきた土が盛り上がっている箇所を見る。
少し小高い丘の様になっている箇所が、その<ボズ>ダンジョンなのだろう。
今まで見たダンジョンは森の中や山肌であったが、このダンジョンは平地にポツンと存在を表していた。
そしてその前には、何人もの人々が野営をしているらしく、互いに少しずつ距離を開けて焚火の火が見える。
今歩いている道の両側に沿う様にて、10か所程の灯りがあった。
「ダンジョンの前で、寝泊まりしている奴らもいるな」
「そうだね。街に行っても宿もないし、ここだったら朝一から潜れるもんね」
「合理的というか、雑というか…夜中に喧嘩が起きなければ良いがな」
シドとリュウが話しているそばから、何やら大きな話し声が聞こえ出した。少々近付きたくない、雰囲気である。
2人はその前を何気なく素通りすると、ダンジョンの入口が見えてくる。
入口には簡易の門が設置されていて、そこにはしっかりと、閂が掛けられていたのだった。




