56. 対価の意味
やっとモリセットの街に到着しました。この辺り、小休止的なお話となっています。
お付き合いの程よろしくお願いいたします。
「これは魔道具との事です。これを押すと家の中の者に、来訪者がある事を知らせるらしいのですよ」
“凄いですねぇ”とカトリスは、皆に説明している。
言われてみればここでノックをしても、家の中までは聞こえないのだろう。確かに凄い道具である。
少しすれば中から門が開き、女性が顔を出した。
その女性は、肩までの長さのふわふわした柑色の髪に、茶色のクリッとした眼をした30歳位の、可愛らしい感じの女性だった。
「やぁパティ。今回も世話になるよ、よろしく」
カトリスは先程までと違い、砕けた口調で話し始める。
「カトリス、いらっしゃい。今回もお世話させて貰うわね」
そう言い合って、2人は笑う。
「ああ、こちらの方々は、私の護衛をしてもらっている冒険者達で、7人居るんだ。大丈夫だろう?」
「ええ。部屋は足りるけど、今回は随分と大所帯なのね」
「そうなんだ、色々とあってね。それは又後で話すよ」
カトリスはそう話すと、冒険者達を振り返る。
「彼女は、私の友人の奥さんで、私と幼馴染の“パティ”」
そう言われて紹介された者は、皆に“よろしくね”とお辞儀をする。
皆も、それぞれが自己紹介をしてから、門の中へ通された。
門を潜ると広い庭が目の前にあって、その奥に大きな家とそれよりは小さな建物が、隣に並んで建っていた。
馬車は、店の従業員らしき者に引き渡され、建物の奥へ消えて行く。シド達はパティに連れられて、小さな建物へ向かって歩いて行った。
「ここは、店の従業員用で使っている建物なの。今は使っている者はいないから、貴方達に使ってもらうつもりよ」
そう説明すると、パティは扉を開けて、建物に入る。
「どうぞ」
皆は促され、パティの後ろに続く。
「手前が2人部屋、一番奥が大部屋と、その間にある部屋が1人部屋ね」
と説明しながら廊下を歩く。それを聞き、エリオンが声を出す。
「俺達は大部屋で構いません。5人居ますから」
「あら?全員一緒ではないの?」
とパティが不思議がる。
「パティ、後ろの彼らは別のパーティで兄弟なんだよ。だから2人部屋の方が良いと思う」
カトリスが間に入って、説明してくれた。
リュウもいる事であるし、部屋を分けてくれるなら有難い。
「あら、そうなのね。ではそうしてもらって構わないわよ。お2人は、そちら側の部屋を使ってね」
パティはそう言うと、入口近くの部屋を差した。
「ありがとうございます」
リュウがペコリとお辞儀をして、シドが会釈した。
「あらっ可愛い子ね。ふふふ」
「おい、パティ。若人に色目を使うんじゃないぞ、“インギィ”に言いつけるからな?」
「あらやだ、ただ愛でているだけじゃないの。愛してるのはインギィだけよ?」
何だか2人で楽しそうである。
「あら、ごめんなさいね。部屋はこれで良いわね。カトリスは、この後はどうするの?何か用事はあるのかしら?」
「私とこちらのお2人は、これから冒険者ギルドに行ってくるから、その間に彼らを少し休ませてあげて欲しい。寝ていない様だから疲れていると思う」
そう言ってカトリスは蒼い炎のメンバーを見た。
「わかったわ。では夕食は部屋に持って行きますね。それまでは休んでもらっていて構わないわ。カトリスと2人は、これから出かけるのよね?では2人の夕食は、戻ってからで良いかしら?」
「いえ、僕達はギルドの後、少し外を歩いてきます。その間に夕食は済ませてきますので、お気遣いなく」
「そうなのね、わかったわ。では後はよろしくね、カトリス」
「ありがとう、パティ。また後で」
そう話すとパティは離れを出て行き、カトリスは冒険者達を振り返った。
「では、エリオンさん達は奥で休んでいて下さい。夕食は運んでくれる様なので、それまでごゆっくり。私はこちらには泊まりませんが、何かあれば母屋まで来てくださいね。明日は8時頃に出発しますので、朝までは自由にしていて下さって構いません」
「はい、ありがとうございます。そうさせて貰います」
エリオンが代表して答える。
「では、シドさんとリュウさんは一緒に、冒険者ギルドへ行きましょう」
「はい、お願いします」
リュウが返事をすると、カトリスはエリオン達を部屋に促して、2人を連れて外に出た。
外に出た3人は、カトリスの先導で門の方角ではなく、離れの裏へ回る様にして横に入って行く。その先には小さな門があり、そこから外へと出られるようであった。
「こっちは勝手口になります。出入りは自由になっていますが、扉の閉め忘れには注意してくださいね」
「了解した」
「はい」
2人は返事をしつつ、戻る時はここからなんだなと、心に刻んだのであった。
3人は並んで歩きながら、中央エリアに向かっている。
シドとリュウは、モリセットの冒険者ギルドの場所を知らなかったのだが、カトリスからは何の問いかけもない。そこでシドは、先に伝える事にした。
「俺達は、冒険者ギルドの場所を知らないのだが、大丈夫か?」
「ええ。私はこの街へは何度も来ていますので、大抵の物は分かります。心配は無用ですよ」
そう言ってカトリスはシド達に笑顔を向ける。
「助かる…頼んだ」
「はい。頼まれました」
軽口を叩きつつ、3人はそのまま中央まで出て商業地区に入ると、カトリスが一つの建物を指差した。
「あそこが友人の店です。大きいでしょう?」
カトリスの指す方を見れば、武器屋が4軒は入りそうな大きさの店が、賑わいを見せていた。
基本、シドの基準は武器屋である。
「大きいな…」
「本当」
2人がそう零せば、カトリスはフフフと笑っている。
「元々、家業で商いを営んでいたのですが、友人が継いで倍に成長させたのです。私の扱う商品も、こちらで仕入れて貰っています。そして、私が王都へ行く時には荷物を預かって届けたりもして、お互いに良い関係を築いています」
その大きな店の前を通り過ぎながら、カトリスは嬉しそうに友人の話をする。
カトリスにとっても、その友人にとっても、お互いが大切な存在なのだろうと思えた。
そのまま3人は商業地区を抜けて、北東方面の道を進む。方角的には<ボズ>のある方向なので、利便性で考えればそうなるのだろう。そして重厚な扉の前で、カトリスが止まる。
「ここです」
そう言ってカトリスは、先に扉を開けて入って行く。2人はそれに続き扉を抜けた。
真っ直ぐに受付へと向かうカトリスを見付けた受付の女性が、それに笑顔を向ける。
「こんにちは。こちらに顔を出されるのは珍しいですね」
「やぁベリンダ。久しぶりですね。後ろのお2人にここまでの護衛を頼んでいたので、今日はその手続きに来たのですよ」
「では、書面はまだ交わされていない、と言う事ですか?」
「ええ。口頭での依頼でしたので、こちらで書面を作りたいのです」
「承知いたしました。今、ご用意いたしますね」
そう言って2人はどんどん進めて行く。シドとリュウはただ後ろで、それを苦笑しつつ眺めていた。
「では後ろのお2人も、こちらへお名前をご記入下さい」
カトリスとの書類を整えた受付の女性は、シドとリュウへ記入を促す。
2人は言われた通り書類の前に来ると、内容を確認した。
『オデュッセからモリセット間の片道の護衛を、D級パーティ“グリフォンの嘴”へ依頼。依頼報酬は銀貨10枚とする。カトリス・リーフリン』
それを読んだシドが、カトリスへ慌てて声を掛ける。
「いくら何でも、これは拙いだろう…」
「おや?少なかったですか?」
「いや、その逆だ。多すぎると言っている」
たった1日の、それも安全な道を一緒に歩いてきただけで、この金額は破格と言っても良い。
「いいえ。これは妥当な金額ですよ。
昨夜の事もありますが、その他にも“先行投資”が入っています。
あなた方は、オデュッセの冒険者達に道を示してくれました。それを受けて、彼らはこれからどんどん強くなっていくでしょう。そしてその彼らに護衛を頼むのは、私達商人です。延いては我々商人の為にもなっておりますので、その分とお思い下さい」
カトリスはそう言って、ニッコリと笑う。これからの彼らには期待をしている、という事らしい。
カトリスも商人だけあって、口の立つ人物であるなと感心する。シドとリュウは再度顔を見合わせると、互いに縦に首を振った。
シドはカトリスと視線を合わせると、一つ頭を下げてから話す。
「では有難く、心遣いを受け取らせてもらう」
「ええ。是非そうして下さい」
そう言ってカトリスは、爽やかな笑顔をシドとリュウへ向けたのだった。




