55. 憧れ
朝食が済むと、皆手早く広場を片付けて街道へ戻り、モリセットへ向け出発した。
馬車にはカトリスが乗って、自分で手綱を引いている。冒険者達は勿論、徒歩である。
シドとリュウは馬車の後方に居たのだが、エリオンはリュウが気になるらしく、一人リュウの隣に下がってきた。
他のメンバーは、馬車の両わきに並んで歩いている。
「リュウ君は、歩くのも速いんだね。俺が若かった頃は、先輩達について行くのが大変だったよ。本当に凄く修行をしていたんだね」
突っ込み処が満載な発言にはどうかと思うが、取り敢えずは彼の好きな様に話をさせる。
「そうでもないよ…」
対応に苦慮しつつも、リュウも何とか返事を返している様である。
「俺はさ、斧使いなんだけど、そもそもが冒険者の斧使いの人に憧れて、冒険者になったんだよ」
先程の自己紹介の後からはすっかり口調も砕けていて、まぁ馴染んでくれたと良い方に解釈すれば、微笑ましいのかも知れない。
「その人はさ、本当に凄い人で、今はA級パーティのリーダーをしているんだ」
エリオンはキラキラした目を空に向けて話している。
この国のA級冒険者は今、数えるほどしかいなかったはずである。何だか嫌な予感がして、黙っている事にしたリュウだった。
「ディーコンさんって言うんだ。その人」
「うげ…」
リュウは思わず声に出してしまった様だ。シドはフォローの為、口を挟む。
「その人はこの領にいる訳でもないのだろう?良く知っているな」
「有名人だし、当然知っているよ。それに俺は元々、ブルフォードの隣のオロンジェ領に住んでいたんだ。俺はディーコンさんに憧れて、斧使いになった。俺もあの人の様に、格好良い冒険者になりたいんだ」
はにかんだ笑みを向けて、エリオンは話す。
やはり話をしていると、まだ10代という感じがする青年である。
「そうか。では、これからはもっと経験を積まないとな。A級まで上がるのは、大変な事だと思うぞ」
「はい。早く追いつけるように、頑張ります!」
元気の良い返事が返ってきた。
そっとリュウを見れば、ゲンナリした目をして馬車に視線を固定していた。
シドはリュウの頭に手を乗せると、わしゃわしゃと撫でる。
リュウはディーコンの親戚であるし、彼の事は幼い頃から知っているのだろう。彼に関わると碌な事がないと言っていたから、“憧れの人”という位置にいる彼を、複雑な想いで思い出していたのだろう。
「うちのメンバーのロジャーも、槍使いの人に憧れて冒険者になった、と言ってるんだ」
エリオンがそう話すと、会話が聞こえていたらしいロジャーが、後方へ下がってきた。
「何だよ、俺の話を勝手にするなよ。恥ずかしいだろうが…」
そう言って馬車の後方に、4人が並んだ。
「ロジャーはいつも皆に話してるんだから、良いじゃないか」
「自分で言うのと人の口から言うのじゃ、違うんだって。人の口から聞くと客観的に聴こえて、恥ずかしいんだよ…」
頭をポリポリと掻きながら、ロジャーが反論する。
そう言われれば、そうかも知れない。
自分の事を他人の口から言われれば、やはり気恥ずかしいものだろう。
「じゃあ、自分で言えよ。ロジャー」
「なんで俺が、憧れている人の話をする事前提になってるんだよ…」
そこで、馬車の周りの皆が笑った。
皆、それぞれが冒険者になろうとするのには、理由がある。
単に、稼ぐためになった者もいれば、強くなりたくてなった者、人の助けになればと考える者、そして他の誰かに憧れてなる者。
シドも子供の頃に会った冒険者に憧れて、冒険者になったのだ。ここで話している彼らにも、シドは通じるものがあった。
「俺は“ケディッシュ”という人に憧れて、冒険者になったんだ」
ロジャーが照れくさそうに話す。
「ケディッシュさんは、A級の槍使いなんだ。長槍を巧みに操る姿は、男の俺でも惚れ惚れする程、格好良いんだぜ…」
「そうなんだね。その人はソロ?」
リュウがやっと、話に入ってきた様である。
「いいや、A級パーティのリーダーをやってる」
「へー。A級のパーティって、国内に8組しかいないんでしょ?凄いんだね」
「リュウ君は良く知ってるね。そうさケディッシュさんは、国内にいる数少ないA級パーティの、リーダーなんだよ」
「ディーコンさんも、そうだってーの」
「あ~そうだったな」
何だか漫才でも見ている様な2人は、パーティとしても相性が良い証拠だろう。
「そしてイケメン…最高さ」
もうこうなると、ロジャーの恋人の話でもしている様である。
「ディーコンさんも、だ!!」
2人の漫才を見ながら、シドは昔懐かしい面影に想いを沈ませていたのだった。
こうして一行は、昼休憩を挟みつつ何事もなく街道を南下する。
途中ですれ違う人は、疲れた顔をした冒険者らしき者達もチラホラと見受けられる。想像するに、噂を聞きつけわざわざモリセットに行ったは良いが、早々に追い出された冒険者ではないかと思われた。
それらがまた北上すれば、リーウットは冒険者達で溢れかえる事となる。
だが何故、それらがファイゼル領に留まらず、リーウットへ流れて来るのかという疑問は残るが、モリセットに行けば解るのであろうか…。
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それから陽が傾いてきた頃、モリセットの街が見えてきた。
彼らも今日はここに寄る予定だった様だが、宿はあるのだろうか…。
シドは馬車の御者席へ近付くと、カトリスに尋ねる。
「街には宿が無いと噂で聞いているが、皆はモリセットに入って泊まる所は大丈夫なのか?」
シドの問いに、前を見ていたカトリスがシドに視線を向ける。
「あぁご心配下さっているのですね、ありがとうございます。我々商人は、もう何ヶ月もモリセットの状態を見てきていますので、ある意味、商人間での助け合いが生まれているのです。取引先の方だったり、知り合いの伝手を頼ったりして、モリセットで我々商人は、個人宅を間借りさせて貰っているので、大丈夫なんですよ」
そう言って、カトリスは苦笑する。
やはり商人達は逞しくも、物流を止めないよう頑張っている様である。
「そうか。それならば良かった」
シドの一つの心配は、杞憂に終わったらしい。
「そう言うシドさん達は、どうされるのですか?」
「俺達は近場で野営をするなり、何とでもなる」
「…という事は、宿はないという事ですか?」
「ああ。空きがあれば別だろうが、当然、野営の心積もりはしてある」
と言って、シドは苦笑する。
「それではご一緒に泊めてもらいませんか?今日は私個人の友人宅に泊めてもらう予定になっているのですが、そこの“離れ”も借りるので、まだ部屋に空きもあると思いますし。お二人位なら大丈夫そうですよ?」
「勝手に決めて良いのか?」
「ええ。私の我儘はいつもの事ですし、それに、シドさん達は私の護衛なのですからね?」
そう言ってカラカラと笑う。
シドはリュウに確認の言葉を送ると、後ろでリュウが頷いた。
「では大丈夫であれば、という前提で、よろしく頼む」
「はい、承知いたしました。では、明日の出発まではご一緒、という事でよろしくお願いしますね」
2人はこうして、モリセットでも屋根の下で眠れそうだと、胸を撫で下ろしたのだった。
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馬車はモリセットの北門を潜り、街中へ入った。
この街は中心部に商業地区があり、その中心から放射状に、外へ向かって道が伸びている造りになっている様だ。
北門から入ったシド達は、そのまま街の中心へ向かう道を進むと、途中で南西へ道を逸れた。
進んだ先はどうやら居住地区らしく、少し大きめの家が建ち並んでいた。
「この辺りは、商業地区で店を出している人の家が多いので、日中は静かなのですよ。まぁ商業地区でそこに住んでいる人も多いですが、ある程度店が大きくなれば、こちらで居を構えるのがステイタスになっているらしいです」
そう言って笑っている者の友人もこの地区に住んでいるとの事なので、大きな店を営んでいるのだろうと思えた。
「ああ、この家です」
そう言って示された家は、しっかりとした門が備え付けてあり、高い塀に囲われた場所だった。
ここからでは建物が見えないので、庭も広そうである。
カトリスはその門の前で馬車を止め、馬車を下りて門の前に立つと、横にあるボタンの様な物を押したのだった。
◇ディーコンについての補足
ディーコンは、リュシアンに対してだけ面倒な人になります。
いつもは普通の人なのですが、リュシアンの親の部下の様な事をしているので、リュシアンの事を告げ口したり、リュシアンに干渉したがります。それがリュシアンにとって“絡むと碌な事がない”という解釈となっています。