54. 無知であるという事
シドとリュウは思考に沈みながらも魔物の回収を終えると、広場の隅に積み上げられた魔物に火が放たれる。
「炎踊」
山とは言えぬが、それでも小さくはない炎が、空の白み始めた広場に明るく灯った。
火の周りに集まっている冒険者達も、疲れが出ている様で、会話もなくそれを見ている。
シドはリーダーのエリオンに聞く。
「何故シミアが襲ってきたか、解るか?」
「いいや、全く解らないな…。森の中しか出ない魔物だと思うんだが…ああ、途中の道では一度見たな」
シドは炎から視線を外して、エリオンを見る。
「いつの事だ?」
「この場所に着く前、オデュッセからの道の途中で、少し森の中を歩くんだ。ほんの少しだが。その時にシミアが2匹出たんだ。1匹は逃げられたが、1匹は仕留めたぞ」
そう言ってエリオンは誇らしげにシドを見た。
「………」
シドは言葉に詰まる。
リュウの顔を見てみれば、リュウもゲンナリした顔をしていた。
「何だ?1匹逃がしたのがまずかったのか?」
不思議そうにエリオンが尋ねる。まぁ、そうとも言えなくもないが…。
「…シミアは討伐対象になっている時しか、普通は殺さないらしいぞ」
シドは、自分が今まで見聞きした事の中から、該当するものを話し始める。
「シミアは普段は森の中にいて、人との接点は殆どない。それにシミアが人を襲う事は稀で、こちらから手を出さない限りは、襲ってもこない」
シドは、エリオンが理解しているかを確かめる様に、視線を合わせる。
「シミアは群れで生活し、群れを大切にしているらしい。…お前等なら、自分の仲間を殺されれば、どうする?」
「……復讐を…考える」
ここまで話して、エリオンも何となく話の流れが解った様だ。
「そうだな。シミアは先程の戦い方を見ていても分かると思うが、知能が高い魔物だ。という事は…」
「俺達をめがけて、報復の為に襲ってきた…」
「のだと思うが、どう思う?」
シドはそう言うと、他のメンバーの顔も見る。すると5人が5人共、気不味げな顔をしていた。
「お前達はD級だな?それが上がればC級・B級へと続いている。冒険者とは、魔物をただ殺せば良いという物ではない。もっと勉強をして臨機応変に対応できるようにしないと、一生B級には上がれないだろう。実際今回の事では、雇い主を危険な目に遭わせているんだ」
今の会話は幸い、雇い主には聞かれていないと思える位の、距離は取っている。集中や盗聴等のスキルでも持っていない限り、聞こえていないだろう。
「今回の事は、俺からは雇い主には伝えないでおく。後は自分達で考えて、行動すると良い」
そう言ってシドはパーティを見渡すと、“火の始末を頼むぞ”と言ってリュウと2人、先程眠っていた場所へ戻った。
2人は無言で腰を下ろす。
「はー」
小さなため息がシドの口から洩れる。流石のシドも、疲れてしまった様だ。
「まぁ、襲われた原因が分かって、スッキリした…という事で」
リュウが、フォローになっていないフォローを入れてくれた。言ったリュウの顔も、見ればゲッソリしている。
「まだ彼らは10代な様だし、気持ちが先走ってしまう事も解かるが…。今回の事で、これからはもっと色々な角度で物事を捉えられるようになれば、シミアも無駄死にでは無かったという事になる。彼らがこれを糧にしてくれれば良いがな」
「そうだね。一つ一つが勉強だもんね」
「ああ」
「…そう言えば兄さん、さっきの戦闘では一撃を使った?」
「ああ」
「どうだったの?」
「不発だ…」
「そっか…」
そう話して2人は軽く目を閉じる事にした。
それから1時間もすれば雇い主も起きてきた様で、焚火の周りに皆が集まっている。それを確認してから、シドとリュウもそこへ合流する。
「おはよう」
「おはようございます」
シドとリュウが皆に声を掛ける。
「おはようございます」
カトリスもシド達に挨拶を返す。顔色を見ればカトリスは、あれから少しは眠れた様だ。
だがその脇のエリオン達の顔を見ると、皆顔色が悪い。どうやら眠っていないらしかった。
奥の燃やしてあった箇所を見れば、煤も見えない様に綺麗に均されている。誰かが土魔法でも使って、整えた様だ。
シドとリュウが一旦そこで腰を下ろすと、恐る恐ると言う様に、エリオンが話し出した。
「カトリスさん、申し訳ありませんでした。
昨夜シミアが襲ってきた事は、俺達が先に森の中で、奴らに手を出した事が原因だった様です。危険な目に合わせてしまい、本当に済みませんでした」
蒼の炎のメンバーが皆立ち上がると、カトリスに向かって頭を下げた。言われたカトリスはそれに驚いて、言葉を失っている様である。
「………。そうでしたか…。それは何故、解ったのですか?」
カトリスはエリオンと視線を合わせ、尋ねた。
「それは…。そこに居るシドさんに、シミアという魔物の知識を教えてもらい、奴らはわざわざ人間を襲って来る様な魔物では無いと、仲間を殺された為の報復であると、分かりました」
「そうなのですね…。私も知らなかった事です。ではそれを何故、私に話しましたか?私は知らなかった事ですし、それは私の態度を見ていれば判った事でしょう?」
「シドさんには、自分達で考えて行動しろと言われました…先程メンバーで話し合い、俺達は、失態を恥ずかしいからと隠すよりも、無知である事を隠す方が恥ずかしい事であると思い至り、カトリスさんには正直に話す事を選びました」
「そうですか。話は解りました。では貴方達はこれから、学んでいく事にしたのですね?」
「はい。これからは色々な意味で、もっと勉強して行きたいと思います」
「うん、それが正解でしょう。では今回の事は水に流します。第一、貴方達に護衛を頼んだのは私です。そういう意味では、私にも責任があります。同じ過ちを繰り返さない様に、これから頑張りましょう」
「はい。申し訳ありませんでした。ご配慮下さり、ありがとうございます」
エリオンがそう言うと、皆が又頭を下げた。
ここで雇い主から叱責を伴えば、この依頼の成否に関わる。ここでカトリスが猶予を与えてくれ、これから挽回しなさいとも、言ってくれている様であった。器の広い雇い主である。
これで昨夜の件は何の蟠りもなくなり、シドとリュウも胸を撫で下ろした。
「ではこれから朝食を摂って、出発しましょう」
そう皆に声を掛けると、カトリスは亜空間保存を開き食べやすく作ってある料理を、人数分出した。どうやら彼も、スキル持ちであるらしい。
「シドさん達もどうぞ。またモリセットで買い出しはする予定なので、遠慮は無用ですよ」
そう言って2人にも手渡してくれる。
「ありがとう」
「助かる」
シドとリュウがそう返すと、“おや?”とカトリスが呟いた。
「シドさん達は亜空間保存に、驚かないのですね?」
と、2人の顔を見て残念がっている。
「俺は前に、商人の護衛に就いた事がある。その時の商人も“亜空間保存”持ちだった」
それを聞いたカトリスが、納得した顔をした。
「そうでしたか。商人は持っている人の割合が多いみたいですからね。驚かなかったのは残念ですが」
そう言って笑った。
カトリスは今の重たい雰囲気を、改善しようとしてくれているらしい。
「ああ。残念だったな?」
シドも口角を上げて返すと、リュウもハハハと笑う。
このやり取りで、エリオン達の固さも少しは取れたようなので、それからは多少なりとも会話を交わしながら、食事をする事が出来たのだった。
そこで“蒼の炎”のメンバーが、自分達の自己紹介をしてない事に気付き、それぞれが名乗り始めた。
「俺は昨日話したが、リーダーの“エリオン”。得物は斧、歳は18」
彼の背は180cm位で、蒼色の短髪に水色の眼をした体格の良い青年だ。
「俺も18で、火魔法を使う魔術師の“ユング”だ」
そう言って昨夜、火付け役を買って出てくれた者は、橙色の髪を肩まで伸ばし茶色の眼をした、178cm位の人物である。
「俺は“ジョエル”で土魔法を使う魔術師、歳は19だ」
そう言った彼は、淡い金髪に薄茶色の眼をした青年で、175cm位の身長である。
「俺は“ロジャー”だ。槍使いで19だ」
そう伝えたのは、黒眼に焦げ茶色の長髪を一つに括った180cm位の、こちらも体格の良い青年だ。
「俺は“プラント”、18歳で盾使い」
そして刈上げた黒髪で黒眼の、盛り上がった筋肉を付けた身長185cm位の青年は名乗った。
この5人が“蒼の炎”の、パーティメンバーである。
「俺は“シド”、こっちが弟の“リュウ”だ。後一日だがよろしく頼む」
そう言ってモリセットまでの人員は、やっと挨拶を済ませたのだった。




