53. 残る疑問
まずは枝を出し、焚火を作る。2人は調理で火を使う訳では無いが、謂わば灯りである。
そこまでするとシドとリュウは、周辺の確認へ向かう。野営地の周りの木立の中を一周しその奥、西へ行けばそのまま森と繋がっている様で、木々以外に見える物はない。
チロチロという音が聞こえてくるので、近くに小川があるのだろう。
「水の音がするね」
リュウも小川の水音に気付いているらしく、シドに話しかける。
「ああ。旅人が良く使う休憩広場の様な所には、近くに水場がある場合が多い」
「最初にこの場所を見つけてから、どれ位の人達が使っているんだろうね」
リュウの素朴な疑問は、シドにも分からない事だった。
「この道は物流の為に商人もよく使うらしいからな。想像もつかない数が、ここを利用していると思うぞ」
「そっか」
小川の傍まで行ってみると、本当に小さな川がチロチロという音を立てて流れていた。
「僕、ちょっと体を拭いて行っても良い?」
リュウが上目遣いに聞いてくる。
「ああ。俺は周辺を見て来る。人の気配には気を付けろよ」
「うん。ありがとう」
今日は蒸し暑かったので、体を拭きたい気持ちは分かる。流石に人の前では脱げない事もあり、リュウの好きなようにさせてやることにした。
シドは小川から離れ、更に周辺を歩く。
この辺りは高低差も少なく、木々が続いているのみである。この周辺は特に異常はなさそうだ。人も良く通る場所だからか、獣達の気配も少し遠い。
その後、シドとリュウは小川で合流すると、野営場所へ戻る。
先程の者達は既に食事をしている様で、火を囲んで話している声が途切れ途切れに聴こえてくる。
2人も火の傍へ戻り、鞄に入れておいた食料を出す。
丸めてあるライスの中に、甘辛く味を付けたお肉を入れてある物や、リュウが買った、揚げた小麦粉に砂糖をまぶしてある物、それぞれの食べたい物や飲み物を腹へ入れると、2人は後ろにある樹に寄りかかり一息ついた。
シドは剣を外し手入れを始めながら、リュウと明日の事を話し合ったあと、自分達の火を消して外套にくるまると、そこで眠りについた。
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シドは夜半に目を覚ます。辺りは暗く、向こうにいる者達の焚火だけが明るく灯っている。そこには見張りの者が2人、起きている様だ。
「リュウ」
シドはリュウを振り返る。するとリュウは目を開けていたらしく、シドと視線を交わす。リュウはコクリと一つ頷くと、剣を手に取り腰に差す。シドも立ち上がると剣を背負う。
シドとリュウが動いたことに気付いたらしい焚火の下の2人が、不思議そうにこちらを見ている。あの2人はまだ何も気付いていないらしい。
シドは集中を入れ、周囲を探る。すると西の方角から、かなりのスピードで何かがこちらへ向かっていた。
「リュウ、西だ。数は複数。今は3キロ程先だが、直ぐにここに到着するだろう」
「了解」
2人はそれだけ言うと、焚火の傍へ歩いていく。
「起きろ。少なくない数の魔物がこちらへ来ている。雇い主を避難させて、戦闘の準備を整えておけ」
シドの声に、寝ていた者達が起きた。その中の一人が聞いてくる。
「方角は?」
「西。かなりのスピードで向かって来ている。俺達も対応するが、良いな?」
「頼む」
シドは一つ頷くと、リュウと2人西側の林に向かって立つと、そこでシドは身体強化、風衣と硬化、それに一撃を入れ、剣を構えた。
商人の護衛達も、5人それぞれの得物を構えて、商人を後方へ避難させた様だ。
もう集中を使うまでもなく感知できる距離まで来ている為、集中は切る。
「来る!」
シドが声を発すると、それぞれの持つ武器がカチャリと音を立てた。
その瞬間、林の中の木々を伝って猛スピードで迫って来る魔物が姿を現す。
“シミア”だ。
シミアは猿に似た魔物で体長は1m程、体は黒っぽい毛に覆われていて、知能が高く群れで行動する。普段は森の中にいて木の上で生活し、果物や木の実、小型の生物を捕食している。
人間がこの魔物のテリトリーへ近付けば、物を投げたりして攻撃してくる事もあるが、基本は人に向かってくる事は、まずないはずなのだ。
だが目の前にいる40匹程のシミアは、明かにこちらに敵意を向け、歯を剥き出して襲って来ていた。
この数のシミアだと、D級では複数のパーティでないと討伐出来ない数だ。
原因を今考えても仕方がない。シドは現れたシミアへ向かい、剣を振った。
商人達の護衛は、すばしこいサルに振り回されているらしく、対応に斑があるようだ。
「ハァー!」
「やぁー!」
声を上げている者達の武器は、一人は斧、一人は槍、2人は魔法、一人は後方の商人を守っている盾である。5人共まだ若く二十歳前の外見だ。シドが、彼らをD級と感じた事も間違いではなさそうで、皆がバラバラに動き回り、攻撃にも粗が目立つ。
「盾使いの前を固めろ!両脇は俺達で対応する!」
シドは彼らに声を掛けるとリュウと視線を交わし、中央を彼らに任せシドとリュウはその両脇に布陣する。逆三角の陣形だ。
商人を最後方に、その前に盾、その両脇に2人の魔術師を配し、3人の前に左からリュウ、斧、槍、シドが並ぶ。
「陣形を崩すなよ!」
「「「「「おおっ!」」」」」
木を伝い飛び回る魔物から木の実が投げられたり、棒を持って振り回しているシミアもいる。
後方の魔術師から、木々にいる魔物へ向けて炎が連射で放たれる。シド達の前に出てきている物は、一撃すると入れ替わりこちら側からの攻撃が入り辛い様に、連携して動いている様だ。
知能の高さが窺える動きである。
リュウも剣を振りながら、隙を見て水槍を放っている。シドは皆の動きを捉えつつも、魔物に向けて剣を薙ぐ。
「とりゃー!」
『キキィィィー!!』
冒険者とシミア、互いの声が途切れると、辺りにはシミアの躯が転がっていた。
それを確認してからシドは剣を収めると、皆を振り返った。
商人は青い顔をしているが、怪我もない様だ。その前方にいる冒険者達は多少の怪我はあるものの、欠損や重篤な者はいない様で一安心である。
「大丈夫か?」
シドがリュウの傍により声を掛ける。
「うん。疲れたけどね」
そう言って苦笑する。
シドはそれを聞き一つ頷くと、他の冒険者達に声を掛けた。
「そっちは大丈夫か?」
「ああ…助かった。ありがとう」
一人がそう言えば、他の者もパラパラと声を出す。
「助かった」
「援護がなければやばかった…」
そんな声が聴こえてくる。
そこへ商人が出てきて、シド達に頭を下げた。
「ありがとうございます。助かりました」
「そうか。怪我が無くて幸いだ」
そう話すと、冒険者が一人加わってきた。
「俺達はオデュッセのD級パーティ“蒼の炎”、俺はリーダーの“エリオン”だ。本当に助かったよ、有難う」
と、シドとリュウに告げた。そう話す彼は、斧を手に持っている。
「俺はシド、C級だ。こっちが弟のリュウ、F級だ」
と、シドは話した。
「え?F級?もう上級者の様だったのに…」
「ああ、弟は冒険者になる前から修行を積んでいるから、堂に入っているだろう?」
そう言っておく。
先日会った冒険者達はB級だった為、リュウのランクを言えば騒ぎになったであろうが、彼らなら騒ぎ立てる事もなさそうで、いつかはバレる事だとリュウの等級を伝えたのである。
「なるほど…俺ももっと頑張らないと、あの人には追い付けないな」
小さな声で呟いている彼を置いて、商人がシドに声を掛けた。
「私はオデュッセの商人、“カトリス”と申します。先程は失礼いたしました。お二人はどちらまで行かれますか?」
それを聞き、シドとリュウは顔を見合わせる。まぁ別に行先を告げる分には構わない。リュウが一つ頷き、それを受けてシドが話す。
「俺達は、モリセットへ向かっている途中だ」
「そうですか…私達はこれから王都へ向かう予定なのですが、出来ればモリセットの街まで、護衛としてついてきて頂けないでしょうか。モリセットに着きましたら、冒険者ギルドを通して、今回を含めた護衛依頼として報酬を出させていただきますので…」
「良いのか?」
ここからモリセットまでは後1日の距離だ。移動は日中のはずで危険も少ないが、その分の護衛依頼も含め報酬を出す、という話に聞こえる。
「はい。宜しければお願いします」
そう言ってカトリスは、頭を下げた。
≪リュウ、受けても良いか?≫
精神感応を入れてリュウに確認すると、リュウは縦に首を振った。
「分かった。後1日だが、よろしく頼む。俺達はD級パーティの“グリフォンの嘴”と言う」
「よろしくお願いします」
「では、俺達はこいつ等を片付けてくる。あんたは休んだ方が良いだろう」
シドがカトリスに言うと、エリオン達も同意した。
「では、そうさせてください」
そう言うとカトリスは、寝ていた方へと離れて行った。
「俺達は、魔物を回収すれば良いんだな?」
エリオンがシドに尋ねる。
「ああ。放置する訳には行かないから、集めて燃やす。火魔法は使えたな?」
シミアは素材としての価値がない為に、処分するしかない。
「俺が使える」
そう言って一人の魔術師らしき男が手を上げた。
「おれは火魔法を使う“ユング”だ。俺が対応する」
「そうか。では頼む」
そう話し、皆は手分けをして魔物を回収して回る。
魔物を回収しながらも、シドは考えていた。
森の中に居るはずのシミアが、わざわざ街道まで出てきて人を襲った。シミアは人間を糧にはしないはずであり、わざわざ襲いに来る理由はないのだが…。
シドが考えつつ手を動かしていると、リュウが寄ってきた。
「どうかしたの?」
「リュウは、シミアの事をどれ位知っている?」
「僕は書物の知識しかないよ。群れで行動するとか、木の実や昆虫類をとって食べるとか」
リュウはそう言うと“あれ?”と言って、シドの顔を見た。
「人間は食べないのに、何でわざわざ襲いに来たの?」
「俺もソレを考えていた。疑問だな…」
そう言って2人は、顔を見合わせたのだった。




