52. 紹介と娯楽
黒いモヤは揺れる。
≪勿論、構わぬ。今のやり取りを視た限り、その者は魔法での防御を使っておったのじゃろう。魔法での防御は、それなりに魔力を放出して使う物。
だがこの“防楯”は魔力そのものを利用しはするが、少量の利用で、掌の前に自身の大きさ程の防御幕を張る事が出来る。
一度張れば魔力の継続は要らぬ為、その間も魔法を使う事が出来る。まあ、片手は塞がるがな。クックック≫
なるほど。今の説明を聞いたシドは使えるスキルだな、と思う。
≪スキルは入れておいてから、“使う”と言う意志を込めさえすれば、その都度出現し時間の制限もない。消す時はその逆をすれば良い。その者は中々良いスキルを持っておるの≫
「それで掌の前に出るとの事だが、その手を動かせばどうなる?」
≪その手の前に出るもの故、手と一緒に移動はするが。従ってこれは、多方面からの一斉攻撃には向かぬ。余程、その都度に反応すれば別であるが、人の身ではそうも素早く反応する訳にも行かぬであろう≫
「そうなのか。その防楯の防げるものは…物理攻撃だけか?」
≪否。魔法と物理が防げる。部分的な防御ではあるが、魔法での“障壁”の効果が得られると思えば、想像しやすかろうて≫
「そうか、解かった。助かった<マーキュリー>」
≪ククッ。これ位は造作もない。今まで知識だけは蓄えてあるからの≫
そう言ってモヤは、シドの傍まで移動する。
≪それではおぬしの番だ。礼として“一撃”のスキルを追加した。使うと良い≫
<マーキュリー>も唐突である。だがシドも慣れてきたので、気にしない事にした。
「それはどんなスキルだ?」
≪一撃、大きなダメージを与えられるという物だ≫
それは何となくだが解かっていた…。
「そのスキルを入れたまま戦えば、ずっと大ダメージを出せる事になる、という事か?」
≪クックック。おぬしも面白い事を考える。それでは“ズル”ではないか≫
「………」
先程の説明からすれば、そのように考えてもおかしくはないはずだったのだが…。<マーキュリー>の笑いのツボも良く分からないシドである。
「ではその大ダメージとはいつ出るものなんだ?」
≪我にも分からぬ≫
「………」
意味が分からない。
「どう言う事だ?」
≪そのスキルは、決まった法則は無く出現するもの故、我にはいつそれが出るかは分からぬし、知らぬ。スキルを入れていても、一度も出ないかも知れず、はたまた連続して出るかも知れぬ、という物≫
「では、この“一撃”というスキルは所謂“クリティカルヒット”を発生させるものだが、いつ出るかはその時次第、という事か?」
≪然様。正解だ≫
ふむ、なるほど。そもそも、そのスキル無く今までやってきた事を考えれば、“一撃”が出れば儲けもの”位で捉えておいた方が良さそうである。使えるスキルかもしれないが、無くても支障はなさそうな…。
そうシドが考えていると、<マーキュリー>の音が頭に響く。
≪身体強化と集中を併用して使えば、出力も上がるであろう。そうよの…発動すればおぬしの攻撃力は、普段の併用時からの10倍になりうるやもしれん。硬い物も“スッパリ”よ。クックック≫
シドにはもう、意味が分からない。は?10倍?という事は、シド本来の倍の10倍……?。
そこで深く考える事を止めた。
このスキルはランダムに発動し、当たればラッキーという事にしておく。
「何となくだが、イメージは掴めたと思う。助かる、感謝する」
<礼には及ばぬ。我も今までになく“廻る” 魔素が心地よいでの。クククッ≫
シドはリュシアンを振り返って見ると、じっとシドを見ている眼差しと交差した。
その意を受けて、壁際に居たリュシアンはシドの隣に立った。
「<マーキュリー>、紹介する。俺の連れの“リュシアン”だ。今後も一緒に旅をする予定なので、よろしく頼む」
紹介されたリュシアンは、何も見えず聴こえもしないが、シドの向いている方を向いて頭を下げた。
≪ふむ。迷宮と接点はなかろうが、覚えておくとしよう。機会あればまた、姿を視る事もあろう≫
そう言って、モヤは揺れる。
「一つ聞くが<マーキュリー>の事は、皆に知らせた方が良いか?」
≪否。このままで良い。我は少ししてのち活動を始めるが、ここにもよく人間が来るでの。その時に来た人間が驚くのを視るのも、又一興というものよ。クックック≫
100年以上居て、余程娯楽に飢えているのか。シドには良く分からないが、このまま知らない振りをしていて良いらしい。
「分かった。俺達からは特に知らせは出さない」
≪うむ。それで良い。…おや?おぬし達は“雨凌ぎ”で来ておったの。ではもう大丈夫そうだぞ。雨は過ぎた故、出立できるであろう≫
「そうか。休ませてもらって感謝する」
≪礼は無用。では楽しい旅を続けるが良い。また会おうぞ≫
言われた瞬間、シドとリュウは雨宿りをしていた穴の中へ戻っていた。それに又ビックリしたリュウが、一つ大きなため息を零した。
「はぁ…緊張した…」
どうやらずっと気を張っていたらしい。
確かにシドには多少慣れている事ではあるが、リュウは初めてで、しかも相手が見えず声も聴こえない物が目の前には居るのだ。自分の動きで場を乱してはならないと、気を遣ってくれていたのだろう。
「余計に疲れさせて、すまなかったな」
「いいや、これは貴重な体験をさせてもらったと、捉える事だと思うんだよね」
まだ、顔の筋肉が戻っていないリュウが、ぎこちない笑みを浮かべる。
「それに、ダンジョンに僕の事まで紹介してくれて、ありがとう。何だか不思議な気分だったよ」
「そうか。一箇所のダンジョンに話しておけば、他のダンジョンにも情報が共有されるらしいので、これで“リュシアン”も有名人だな?」
口角を上げたシドが、リュウを見る。
「ちょっと…勘弁してよ…」
リュウはそう呟いた。
2人は話しながら手早く荷物を纏めると、雨の上がった外へ出る。
林の中で風は通り抜けるものの、気温も高く湿度を含んでいる為、さっきよりも蒸している気がする。
シドとリュウはゲンナリした顔で互いを見ると、諦めた様に南西へ向かって歩き出したのだった。
そしてポツリとリュウが言った。
「やっぱり高確率だったね…」
シド達が出発したその日の夜半、穴である入口には“マーキュリー”と言う文字が、染み出る様に浮かんできたのだった。
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シド達は南西を辿り、元の街道へ出た。
「下草で足元が濡れちゃったね」
「そうだな。でもずぶ濡れになるよりは、ましだがな」
そう言ってシドは、リュウの頭に手を置いた。
リュウは少々グッタリしてしまっている様だ。
「この先で今日は野営だ。湿気は多いが、これも野営だと諦めないとな」
その話の後、一時間程街道を歩いている間に、先程の防楯について、リュウに伝える。それを、目を白黒させながらリュウは聴いていたのだった。
そして空が茜色に染まり始めた頃、道の分岐に到着する。
よく見れば、その道を越えた西側の草地には、1台の馬車が馬を外して停めてある。
そこは草地の奥にある木立の様だ。木立の先には休息できそうな広場も見える。
「あそこに休憩できる広場がありそうだ。行ってみるか」
「うん」
2人がそこの広場へ入ると、先に居た者達が顔を向けた。シドとリュウは会釈をしてそこへ近付く。
「俺達は冒険者だ。今夜はこの広場に泊まっても良いか?」
言われた者達は顔を見合わせ、不安げにしつつも頷いてくれた。
「俺達はあちらの奥にするので、こちらには近付かない様にする」
シドは、その人達から離れた奥を差して話す。
多少なりともシドの気遣いに気付いた者が、声を発した。
「すみませんね。最近の冒険者達は少し殺気立っている様で、こちらとしては少々警戒をしているんですよ。こちらに危害を加えないのなら、好きにしてもらって構わないですから」
そう言った人物は30代位で、どうやら商人の様だ。艶やかな栗色の髪に琥珀色の眼をこちらに向け、ズボンにベストを着用していて冒険者の様な装いではない。
その奥には護衛の為か、D級位の冒険者らしき者達も5人いる様だ。
「そうか。感謝する」
シドはそう言って会釈すると、2人は広場の端に移動して、そこで野営の準備を始めたのだった。
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。
誤字報告も、重ねて感謝申し上げます。
本日、評価者様が2,000人を超えました旨、ご報告をさせていただきます。
少しでも“面白い”と感じてご評価下さいました皆様にも、とても有難い事と深く感謝しております。
いつもこのお話にお付合い頂き、本当にありがとうございます。
いつも皆さまが応援して下さって、こうして続ける事が出来ております。
まだまだ未熟な筆者ではございますが、これからもシドにお付合い下さいますと幸いです。




