50. それぞれの想い
シドは2本の剣を取り出し、1本ずつ丁寧に手入れを始めた。今日も良く働いてくれたので、しっかりと労ってやる。そしてシドは、思考に沈む。
先程ギルマスの話を聞いた事で、依頼が少ない事や冒険者達が多い理由は判明した。
もし<イーリス>の準備が整っていたならば、そちらの情報を開示して、冒険者達を誘導する事も出来たかも知れないが、あれからまだ1週間も経っていない為、時期尚早なのだ。
流石にまだ<イーリス>の情報は伝えられないと、残念にも思う。
だが<ボズ>ダンジョンは“ドロップラッシュ”だと言う。
シドは初めて聞いた言葉だが、言い得て妙とはこの事か。その言葉を聴けば、皆が行きたくなるのも当然と言えば当然だろう。
仮令<イーリス>の事が明るみに出たとしても、<ボズ>が平常に戻らない限り、冒険者達の分散は望めそうにはないのかも知れない。
それにしても、ダンジョンのドロップ率が上がるとは、正常な事なのだろうか。
それに付随して、高値の付く物も出ていると聞く。今まではダンジョンマスター位でしか得られなかった物が、それ以外で手に入るとなれば、皆の目の色は変わるだろう。
俺の持っているこの剣も、どうやらそれにあたるらしい。コンサルヴァに行き着いた時期から考えても、その可能性は非常に高いと言える。
やはり<ボズ>には、どうあっても行かねばならない様だと、腹を括る。
しかし、街に泊まる場所もないとは…。
モリセットはそんなに小さな街でもなく、したがって宿屋の数も、少なくはなかったはずである。
元々が、リーウット領から王都までの、物流の中継地点の役割を担う街だった事もあり、商人達の出入りも多い街なのだがその者達も多分、宿に泊まれずに大変な事になっているのかも知れない。
全く質の悪い…。
思考から浮上したシドは、剣の手入れを終えると切れた服を着替え、腹を括ってリュウの眠るベッドの隅に潜り込む。
体を横に出来るだけで多少は疲れが取れる為、リュウに背を向ける様にベッド際に落ち着いた。
そのまま一つ息を吐き、そしてゆっくりと瞼を閉じると、シドは直ぐに暗闇の中に引き込まれていった。
温かくやわらかなものが背中に当たり、シドの意識は浮上する。
少しは眠れた様だ。
ゆっくりと瞼を開けば、どうやらシドの背中には、ピタリとリュウがくっついているらしい。まだ部屋は暗く、窓から入る街灯の薄明かりが室内を照らしていた。
(…参ったな…)
しかもリュウがシドに抱き付くようにして腕を回している事で、リュウ自身の花のような甘い香りも鼻をくすぐる。
上着を脱いでいる為、互いに服は薄い物しか身に着けておらず、背中に神経が集中してしまっているかの如く、意識してしまう。
回している腕の細さ、背中に当たる小さな存在は、温かく柔らかくシドを包み込んでいる。
あらぬ事を考えそうになって、シドはその思考を遮断する。
だめだ。
リュシアンは、シドが気軽に手を出して良い相手ではない。
もしも何かしてしまえば、リュシアンが実家に戻った後に結婚の話が出た時、その事は障害にしかならないだろう。
今のところリュシアンと離れるつもりはないが、いつ何時、何があるか分からないのだから、シドが自分を律するしかないのだ。
「ん…」
声と共にリュウが手を離してくれた。
そこでシドはゆっくりと、ベッドから降りる。
“キシッ”
小さな音を立てて苦行を抜ければ、リュウは無防備な顔で眠っていた。
「……」
シドは自分が乱した物をリュウに掛け直すと、そっと小さな唇に一度触れた。
そして指の背で柔らかな頬をひと撫でしてから、椅子に座りそこで瞼を閉じると、ゆっくりと眠りに引き込まれていった。
シドがそこで眠りについた頃、ベッドの中の者が薄く目を開く。それから少しの間、暗闇を見つめていたが、またゆっくりと瞼を閉じたのだった。
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部屋の中が明るくなった頃、ベッドで眠っていたリュウが目を覚ました。リュウが視線をテーブルへ向ければ、シドは座ってお茶を飲んでいる。
「おはよう」
そう言ってゆっくりと体を起こしたリュウは、そこで大きく伸びをする。
「おはよう。よく眠れたか?」
「ええ。お陰様でぐっすりよ」
口調の戻っている事に苦笑して、シドは一つ頷く。
「そうか。まだ朝食には間があるから、ゆっくりしていても良いぞ」
「いいえ。もう起きるわ」
そう言ってベッドから出ると、その端に座り直す。この部屋には椅子が1つしかないのである。
「何か飲むか?」
「お水が欲しいわね」
「了解」
シドは亜空間保存を小さく開くと、中から水差しとコップを出し、注いだ。
「ありがとう」
リュウはそれを受け取って一気に飲み干すと、コップをテーブルに戻した。
「まだ飲むか?」
「いいえ。もう大丈夫よ、ありがとう」
そう言ってニッコリ笑う。
シドはここで、少しの違いに気付く。
何故かリュシアンの機嫌が、少し悪いのではないかと。だが、ここでそれを口にすれば逆効果になりそうな気がして、シドはそのまま気付かない振りをしたのだった。多分、それが正解である。
そしてすかさず、話を切り替える。
「今日からの事だが、少し良いか?」
「ええ」
「この町を出れば、次の街はモリセットになる。モリセット迄は約2日。朝にここを出れば、次の日の夜までには到着する。
だが、宿が無い事を踏まえると、モリセットの手前でもう1泊して、明後日の朝からモリセットへ行く事も選択肢として出てくる。
まぁどっち道、街へ着いても野営になる事にはなると思うが、リュシアンはどうしたい?」
「……。まだ考え中。先に聞くけど、兄さんは<ボズ>に潜る予定?」
シドの問いかけに、何かに気が付いたリュウが、口調を戻して答える。
多分本人は、自分の変化に気付いていなかったのだろう。それを聞いたシドはニヤリと一つ笑ってから返答する。
「俺は、昼間には入らない予定だ」
「え?じゃあ、いつ潜るの?夜間は封鎖してあるって聞いたけど」
「そうだな。俺の勘が間違っていなければ、何とかなるはずだ。まぁ行ってみないと判らないが、一応<ボズ>の確認はするつもりだ」
「…わからないけど、分かったよ。兄さんの動きに合わせるから、選択肢は任せる。食料をこの町でも補充しておけば、後はどうとでもなるからね」
「そうだな。では今日は、食料の買い出しをしたら、直ぐに出発する。明日の夜までにはモリセットに入って、先に街の下見だ。その後は又考えよう」
「わかった」
2人がこれからの予定の話を終えた頃、扉がノックされた。
コンッ コンッ
「食事を持ってきたけど、良いかい?」
その声にリュウが扉を開けた。
「おはようございます。お願いします」
リュウは言ってからベッドの脇に戻ると、入ってきた店主は、今日も人好きのする笑みを浮かべている。
「おはよう。よく眠れたかな?」
そう言って店主は、トレーに乗せたままの朝食を、テーブルへ置く。
「はい。よく眠れました」
リュウの返事に店主は一つ頷くと、笑みを浮かべたまま告げる。
「狭いからこのまま置いておくよ。食べ終わったら、このまま置いておいて良いからね」
ニコリと笑みを浮かべ、店主は戻って行った。
出された料理は、狭い部屋でも食べ易い様にだろうか、パンに肉や野菜がぎっしりと挟んである物と、カップに入ったクリーム色のとろみのあるスープだった。
2人は有り難くそれらをいただくと、荷物を持って部屋を出る。
今の時間にはもう、屋台などの店は開いているはずだ。受付まで行って食事代を支払うと、シドとリュウは店主に向き直る。
「お世話になりました。又トニーヤに来たら、寄らせてもらいます」
リュウが敬意をこめて伝える。
「今度来た時は、ちゃんとベッドを2つ用意するからね。又おいで」
「はい」
「気を付けて行くんだよ」
「ありがとう」
リュウが笑みを浮かべ、シドは会釈をする。
店主はそれに、にっこり笑って一つ頷く。
踵を返して宿屋の扉を開ると、シドとリュウはゆっくりと町の中へ消えていった。
「彼らは何かを抱えているようだね…」
真顔に戻り独り言をつぶやいた“サンボラ”は、閉まった扉をしばらく眺めていたのだった。
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