5. 図書館
回廊を超え、また内廊下に入る。少しして今度の扉の案内板に、探し求めた文字が見えた。
(ここか…迷子になりそうだな)
そう考えつつ扉を開けて入室する。
すると天井高く整列された本棚が目の前に広がっていた。中央部には数席まとまって読書スペースが用意されている。
その奥には階段もあり、そこから見晴らしの良さそうな中2階のテラス通路へ繋がっていて、そこにも壁一面の本棚が見えた。
目的の物を探すのは骨が折れそうで、分類されている一室だけでも相当数の書籍量だった。
(流石に港町で豊かなコンサルヴァだけはあるな。財政が豊富なんだろう。それにしても思った以上だな)
本は決して安いものではない。それが相当数所蔵されている訳で、シドが驚くのも無理はない。
シドは気が遠くなりそうになりながらも手近な本棚へ近寄ると、本の背表紙をざっと見ながらこの本棚にある書物の傾向を見て歩く。
前述したように、文字は皆が読める訳ではない。
しかしシドは、幼少期から冒険者になるまでの間、文字を習い学問を学んでいたのだ。その為に背表紙から本の傾向を推測して読取る事が出来ていた。
ふと気付くと、本棚の棚端に小さな文字が書いてあった。注視すれば、この本棚に並ぶ書籍の種類と番号が記入されており「魔道具1」となっていた。
(この辺りは魔道具関連なのか)
今度はその小さな文字を頼りに進み始めた。確認したところ1階は、魔道具と魔石や魔物・魔獣についての物が並んでいる様だ。
シドは階段を登り中2階へ向かうと、奥まった場所に「スキル」と書かれた棚を見つけた。
その中から『スキル一覧書』という本を出す。分厚くは無いがしっかりとした作りの本だ。
シドはその本を手に、中2階にも設えてあった読書席へ向かう。
表紙から1枚1枚読み込んでゆく。その中の一か所に目を止めた。
【亜空間保存】
『スキルの中でも価値は上位にあたる。国内で確認されたスキル保持者は約100人程度で、血筋などで継承はされない。民間人の保持者は商いに携わることも多く、物品の移動等で重宝されている。
但し、亜空間保存の中に物を入れたままの状態で、保持者が死亡すると中の物は取り出せなくなる。
亜空間保存に入れる事の出来る物は、1つの物の大きさや重量などの制限はないが、生物を入れる事はできない。生物は入れる際に弾かれる。死した生物は“物”として入れる事ができる。
許容量はある程度決まっていて、上位は無限・中位は倉庫1軒分程・下位は部屋1室分程度と推測されている。
スキル保持者の話をまとめると、中位・下位の者達は、許容量の限界になると〔これ以上は入れられない〕という感覚になるようである。また入れた物には“時間停止”が施される為、氷などは溶けずに保ち維持する事が出来る。』
(割と詳細に記してあるな。人数は多い方か。だが許容量で“無限”は解るが“倉庫”と“部屋”は、個人によってイメージする量が違う事にはならないのか?…まぁ使う本人が“入らなくなるまで”という事だから、そこまで追求しなくても良い…のか?)
細かい事はさて置き、まずは知りたかったスキルの1つが解ったので、良しとする。
(んんん?)
よく見れば項目の最後に一文、気になる追記があった。
『亜空間保存は詠唱する必要はない。』
(……はぁぁぁ ……そうなのかぁ)
昨日の使用時に詠唱をしたシドには、勉強になったようである。
亜空間保存のスキルとは大変便利ではあるが、本来、実は無くても困らないものである。
何故なら“マジックバッグ”という魔道具のカバンが存在し、大容量では引き出し3つ分程度まで入れられる便利グッズがあるからだ。購入金額により、容量や時間停止機能の有無の違いはあるが、冒険者になれば多少は無理をしてもコレを買うのである。
その為に、シドが“亜空間保存”を使ったとしても、“マジックバッグ”のせいにして大量の荷物を持ち歩く事ができるのである。…シドの荷物は少ないけれども。
余計なことを考えつつ続けて本を読み進めて行くと、あった。
“迷宮再生”である。
【迷宮再生】
『ダンジョンを再生させる。
スキルの保持者は、今まで確認できた者で2人とされている。一名は300年前、一名は200年程前に居たとされ、動作や方法は未確認の為、詳細は不明。
分かった者たちについては、その者が生活していた場所に隣接した、低迷したダンジョンが活性化された事案が報告された為に、そう推測された。確認は本人達の死後、家族等に聞き取ったもので“迷宮再生というスキルである”という事しか解っていない。』
シドの“迷宮再生”は<ハノイ>に付与されたものではなく、あくまでシド自身に発現したスキルだ。
(3人目? いや、それ以外にも居たかも知れないが、認識されなかった…させなかった?…だろうか)
迷宮再生は少し扱いが難しそうなスキルだった。
(は~…面倒事が増えたな)
念の為にそのスキル本を全て読み、シドは席を立った。
(ここまでの情報で大丈夫だろう)
欲を言うなら他の本も読みたいところではあるが、もう昼過ぎの時間となっていたために退館するべく動きだした。
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部屋を出てまた廊下を戻る。入口まで向かって歩きながら、中庭のある回廊までついた。
「……ぇ……ぅ……ぇ」
小さな声が聞こえ、何事かと思い中庭を見回した。
確認すると庭の端の方に小さな少年が一人、蹲っていた。
シドは少し考えてから、少年に声を掛けるため庭に降りる。ゆっくりと、しかし足音は立てながら近づく。
「坊主…どうした? 迷子か?」
そうシドが声を掛ければビクリと少年の肩が揺れた。
「……」
一度ちらりとシドを見た途端、後ずさってシドに背を向けた。
シドは気にしていない事であるが、シドの第一印象は“ちょっと怖そう”なのである。
無造作に束ねた長髪に、切れ長の眼、顔半分を髭で覆われている為、シドはパッと見は30過ぎのむさ苦しい外見なのだった。
それに加え子供からすれば近くで立っている為に威圧感があり、“関わりたくない怖いおっさん”にしか見えないのである。
そんな事を思われているとはつゆ知らず、シドは再び少年へ語り掛ける。
「まぁ、図書館は似たような場所が多いからな…少し移動しただけで元の場所が分からなくなる事も、ままある」
シドは今日初めて図書館へ来たのだから、こんな風に知ったかぶりな言葉を言えるはずもないのだが。
そんな言葉に、少年は顔を上げて振り向く。大きな目に涙を薄っすらと溜めていた。
見れば少年の服は仕立ては良さそうだが、庭にしゃがみ込んでいたせいあろうか、土と涙で少し薄汚れていた。
やや間があり、少年は言った。
「ちょっとほかのところへ行ってみただけなんだ…すぐにもどったんだけど、母さんがいないんだ。だから母さんが“まいご”になっているから、ボクが母さんをさがしてるんだ…」
ちょっとこじ付けの様な気もするが、少年の気持ちもわかる。“自分が迷子になった”と恥ずかしくて口にしたくないのだろう。
目を細めてシドは、それに合わせて続ける。
「そうか。お母さんが迷子になったので探していたんだな? では俺も一緒に君のお母さんを探そう」
シドの申し出に少年はパッと目を開くが、その眼が揺れる。
「おじさん……こわい人?」
すっかり泣き止み元気を取り戻した少年の、素直過ぎる問いかけにシドはニヤリと笑ってみせる。
「さぁ…どうだろうな」
少々大人げなく問い返す。すると少年は素直に考え出したようだ。
「ん~。…顔はこわいけど、声はやさしそうだから、こわいけど、こわくない!」
その返答に、苦笑する。
「じゃあ、そうなんだと思うぞ?」
会話が出来ているのかは不明であるが、少年が気を許してくれた様なので良しとする。
「ではお母さんを探しに行くか、坊主」
「ボクは“ぼうず”じゃなくて“デュラン”いう名前だよ、おじさん!」
「……そうか、デュラン。俺は“おじさん”ではなく、“シド”と言うんだ」
「シドおじさん?」
「いや、“おじさん”は付けなくていい…」
シドに向かって言葉の刃を振り回している少年は、少々やんちゃそうだ。
そんなやり取りをしつつ、少年を連れ立って入口へ向かって歩く。どうせシドは入口へ戻る予定だったのだ。
(入口まで行けば司書が居たから、そいつに預ければ良いか)
探すと言ったのだが、広い図書館を歩き回る事ははばかられる。少年が疲れてしまうからだ。
司書に預けるつもりではあるが遠慮のない言葉のナイフを振り回す少年に、シドは司書の身を案じるのだった。
「こんど、父さんといっしょに、他のまちにいくんだ。それでべんきょうするようにって、としょかんに来たんだよ」
「他の街? 引っ越すのか?」
「ちがうよ。父さんはしょうにんだから、おしごとにつれていってもらうの!ボクはじめてついていくんだ!」
デュランの声が少々大きくなる。興奮しているらしい。
「そうか。それで勉強は進んだのか?」
「……むぅ……」
デュランの顔を見れば、そっぽを向いてる。
返事がないところをみると、早々に飽きて歩き回ったのだろう。やんちゃ坊主である。
やがて入口が見える廊下へ出た。
「デュラン!!」
向こうから女性が、小走りでやって来る。
「かあさん!!」
隣にいたデュランも駆け出し、母親のスカートにしがみついた。
「デュラン、心配させないで。勝手に動いてはダメって言ったでしょう!」
「………ごめんなさい」
母親には素直なんだなぁと、見守りつつシドは近づいてゆく。
「連れてきて下さってありがとうございました」
シドが近くまで来た事に気付いた母親が、頭を下げた。仕立ての良い服を着た上品そうな母親だ。
「礼には及ばない。たまたま見掛けてここまで一緒に来ただけだ」
「ほらデュランも、ちゃんとお礼を言いなさい」
「…シドさん、ありがとうございました」
ペコリと頭を下げたデュランに、しっかりと名前呼びを躾けたらしいシドだった。
「今度は迷子になるなよ、じゃぁな」
シドは目を細めデュランの頭を一撫ですると、親子を残し図書館を後にした。