48. 腑に落ちる
2人は宿を出て町の中心へ向かい、南へ歩く。
道中にある食堂からは、美味しそうな匂いも漂ってくる。早くギルドの依頼傾向を確認して、しっかりと美味しいご飯を食べたいところである。
シドとリュウは、町の中心より更に南に冒険者ギルドを見付けると、その分厚い扉を開け中へと入った。
今の時間、ギルドには雑多な様子はない。本日の依頼も終わり、ギルドの奥の席には酒を飲んでいる者もいる様だ。
2人はそちらには目もくれず、受付横にある掲示板のみを注視する。やはり掲示板には、紙が殆ど貼られていなかった。
ここもF級・E級と、B級の物が数枚あるだけだ。
分かってはいたが落胆を隠せない2人は、顔を見合わせると早々に踵を返し、今来たばかりの扉へ向けて歩き出した。
その時その2人に向かって、近付いてくる気配があった。
シドは目線だけでその気配の元を捉えると、リュウの肩に手を回し足早に扉へと進んだ。
「おい、ちょっと待てや」
その気配の主が声を発したらしく、仕方なくそこで足を止めてリュウを背に庇うと、シドは左を振り返り、無言でその者を見る。
「おい、お前達どっちから来た」
「……」
“どっち”とは、考えるに“北からか、南からか”とか、その辺りの事だろう。何故それを言わなければならないのか。妙に上から目線な奴だなと、シドは思った。
「おい、聞いてんだよ。聞こえないのか?」
俺は酔っ払いに絡まれやすいらしい、とシドは顔を赤らめて話している相手を見た。
面倒臭い。
「北だ」
そうとだけ答え、踵を返すとリュウを庇いつつ扉へ向かう。
「そう急ぐなよ、ちょっと話を聞きてーんだ。一緒に飲もうぜ」
チラリと不安気に目線を上げて、リュウがシドを見た。
「悪いが急いでいる。失礼する」
シドがそう発すると、その男がグイッとシドの左肩を掴み、自分の方へ向けさせた。
「お?隣の奴はカワイイな。一緒に飲もうぜぇ」
その男はシドの隣にいたリュウが見えたらしく、そう言って、ねっとりとした笑いを浮かべる。
「手を放してくれ。悪いが急いでいると言っている」
男の目的が分からず警戒するシドに、リュウがしがみ付いた。
「ああ?俺達はC級だぞ。逆らえばどうなるのか解ってるのか?」
男はそう言って、奥の席の者達が見える様に顔を傾けた。
本当に、面倒臭い。
こちらも、言いはしないがC級とB級だ。だが今まで、そんな風に人に言った事はない。
「解らないな。何かあるのか?」
この時シドは、思った事を言っていたのだが、無意識に煽っていた。
それに気付いたリュウが、小声で言った。
「兄さん、それは“油”だよ…」
キョトンとしたシドは、リュウの顔を見る。
それが更に気に障ったらしい男は、ブチ切れた。
「てめーふざけやがって!」
そう言うと、身に着けていたナイフを抜き、シドへ切りかかった。
シドはそれを気配で捉えると、身体強化と硬化を入れてリュウを胸の中に抱き寄せる。
「うりゃぁー!」
―― サシュッ ――
その動きを見ていた奥の席の者達も、これはやり過ぎだとばかりに走ってきた。
「おいボン!やめろ!!」
切り付けた男は“ボン”と言うらしく、仲間に止められている。
シドはと言えば、背側の左肩の服が切られ、皮膚からは一筋の血がスーッと流れていた。
「兄さん!」
リュウはシドに強く抱えられている為、動けない。その耳元にシドは小さく声を掛けた。
「問題ない。スキルが入っている」
強張っていたリュウの体から、それで少しだけ力が抜けた。リュウが一つ頷く。
その時ギルドの奥の扉から、その騒ぎが聴こえたらしき50代位の男が飛び出してきた。
「おい!!何をしている!!」
その男の体は大きく、2m近くありそうな長身から怒号が飛ぶ。
それを見た者達は、顔を引きつらせて小さくなった。
「「「ギルマス……」」」
数人の口から、この人物の事らしい肩書が出て、その場にいた全員の動きが止まった。
「何をやっている」
ギルマスと呼ばれた男は全員を一瞥すると、状況を理解した様にシドに声を掛けた。
「大丈夫か?」
「…ああ」
遅れて、奥の扉から数人のギルド職員も出てきて、酒を飲んでいた冒険者達を囲む様に立った。
ギルマスは鋭い目線をギルド職員へ向けると「連れて行って聴取だ」と一声発した。
それを受けて、シドとリュウ、ギルマス以外の者達が、ギルドの奥の扉へ消えて行く。
「はーーー」
長いため息を吐いたギルマスは、視線を2人へ戻すと声を掛けた。
「あいつらに絡まれたんだろうとは思うが、一応話を聴くからついて来てくれ」
そう言って、先に奥の扉へ歩き出す。2人は顔を見合わせて、それを追った。
連れられた部屋はどうやらギルマスの執務室の様で、招き入れた者は、書類の積まれた机の脇にあるソファーへ、2人を促した。
「君達は、どうしてこの時間にギルドへ?」
これに答えたのはシドだ。
「俺達は“モリセット”へ向かっている途中で、先程この町に着いた。依頼書の状況を確認をする為に、ギルドへ来た」
「そうか、話の筋は通っているな。宿は取れたのか?」
「ああ。“束の間の休息”に泊まる予定だ」
「そうか、おやじさんの処か。ならば問題ないな。おっと悪い、お前さん怪我をしていたな。ポーションは持っているか?」
「ああ」
そう言って、昼間に使った残りのポーションを鞄から出すと、リュウに渡した。
「すまないが、掛けてくれ」
シドは切れた肩をリュウに向けると、受け取ったリュウが静かにそこへ掛けた。
見る見る間に切り傷程度だった傷も消える。
シドは目線で感謝を伝え、リュウから瓶を回収し鞄へ戻すと、ギルマスへ向き直る。
「待たせた」
「いや、良い。で、俺はギルドマスターをしている“テイラー”だ」
そう言って片眉を上げると、シド達に目線で促した。
「俺はシド、C級だ。こっちは弟のリュウ、F級だ」
「そうか……。で、何でああなったんだ?」
「俺達がギルドを出ようとした時、奥の席から人が出てきた。どこから来たのか、とか一緒に飲まないか、とか言われたが、急いでいるからと断っただけだ」
「…そうか。単に絡まれただけなんだな?」
「そうだな」
「ったく奴らも態度が悪い。あれでは一生B級には上がれないだろうよ…」
2人は黙って聞いている。
「最近、この辺りの冒険者の質が落ちていてな。皆、荒れていやがる。まったく、面倒ばかり起こしやがって、こっちの身にもなれっていうんだよ…」
これはもう、テイラーの愚痴の様である。ここの管理職も大変そうだ。
シドはこの際、気になる事を聞いてみる事にした。
「リーウットにはC級D級が多い様だが、何かそれに関係があるのか?」
「そうだな、無くはないだろう。<ボズ>ダンジョンに行きたい奴らが大勢いるが、そいつらがモリセットの街に入れなくて、リーウット領内に居座っている。これじゃあ依頼の奪い合いで、真っ当な冒険者も育たない。皆それで苛立っている為か、悪循環だ」
「何故そんなに皆、<ボズ>に行きたがる?」
「おや?お前さん達は、知っていて行くんじゃないのか?」
「いいや、知らない」
「そうだったか…」
そう言ってからテイラーは、改めてシドの顔を見た。
「モリセットのギルドの話では、どうやら<ボズ>のドロップ率が上がっているらしくてな。それに、出てくる物も高値が付く物が出ているらしい。それで皆、目の色を変えて潜っているという事だ」
「………」
「もう5ヶ月位はその状態が続いていて、所謂“ドロップラッシュ”ではないか、という事だ」
シドとリュウは顔を見合わせる。“ドロップラッシュ”とは初めて聞く言葉である。
「俺はそんな言葉を知らなくてな、少し記録を遡って調べた。そうしたら、150年位前にもドロップ率が上がったダンジョンがあった様で、その時も冒険者達が殺到して、大変な騒ぎになったとあった」
そこで一つ、テイラーは息を吐く。
「まぁ“ラッシュ”といっても、高額な品物のドロップ率が、今まで1%だったものが5%程度に上がった位で、100体倒して1つ出た物が、5つ出る位の差なんだが、冒険者達は“金を稼いでなんぼ”だからな。皆、目の色を変えて潜りたがっているらしい。そんな奴らだから昼夜問わず潜るもんで、モリセットでは今、夜は<ボズ>に入れない様に封鎖しているらしいぞ」
テイラーの話を聴き、シドは今までの疑問が解消した。リーウットに冒険者が多いのも、これで頷ける。
だが、まだ一つ不明なものがある。
「モリセットは治安が悪いのか?」
「ああ。B級はある意味では街に縛られているが、C級までは自由に動ける。どうやらモリセットにC級冒険者が殺到して、今までそこに居たD級以下が酷い方法で追い出されたりして、治安は良くないらしい。宿泊場所の奪い合いも酷いみたいだぞ」
なるほど。それでさっきの男が言っていた“C級に逆らうと”という言葉が出てきたのか。多分その噂を知っていて、わざと使った言葉なのだろう。
シドはやっとその意味が解って、スッキリしたのだった。
追記
少し感じの悪い人が出てきました為、
ご不快になられた方がいらっしゃいましたら、何卒ご寛容下さい。
引き続き、お付き合い下さいます様、よろしくお願いいたします。




