47. トニーヤの町
街道へ戻る為に又森の中を歩く2人は、戦闘の疲れも見せず足取りも軽い。
リュウはシドの顔を振り仰ぐと、目を合わせて聞く。
「さっき、あの人達には、僕の階級はわざと伏せたんだね?」
「そうだ。リザードマンの討伐は、基本C級以上。その上、リュウの戦闘も見られている。F級にあの動きは出来ないから、F級なんて言おうものなら大変な騒ぎになるだろう?」
シドは口角を上げ、リュウを見る。
「言い訳が面倒だもんね。あの言い方だと向こうが勝手に想像してくれたから、正解だね」
リュウもニヤリと口角を上げた。
「兄さんと一緒にいると、悪知恵が勉強になるよ」
「おい、それは失礼だろう?せめて“世渡り上手”と言ってくれないか」
「え?兄さんは上手なの?」
「……言葉を間違えた様だな」
シドも自分が世渡り下手だと、自覚はあるらしい。変に素直なシドであった。
「せっかくあそこで、美味しいお菓子でも食べながら休憩しようと思ったのに。全く、台無しだよ」
言ったリュウの顔を見れば、口をへの字に曲げている。
「そうだな。綺麗な景色だったから、暫く休憩しても良かったんだが…。魔物が落ちている場所では、情緒もないしな」
シドも苦笑して同意する。
「兄さんは今まで、リザードマンの討伐に参加した事はあったの?」
「ないな」
「そっか。僕も知識としては名前を知っていたけど、南部では見た事がなかったよ」
「リュウの拠点にしていたニールの街の近くには、大きな河もなかったしな。リザードマンは海には出ないものらしい」
「そっか。淡水なんだね。もしかして、しょっぱい水が嫌いとか?」
「そうみたいだな」
2人は笑い、嫌な記憶を塗りつぶす様に話しながら、トニーヤへ向けて街道を目指し歩いて行った。
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夕陽の影が長くなった頃、シドとリュウはトニーヤの町へ到着する。
町中の道にもちらほらと明かりが灯り始め、これから開く店や店じまいの支度を始める店で、賑わっている。
トニーヤの町の大きさはレステの街と同じ位だが、町の外側で畑を営む人が多く、町の中はのんびりとした雰囲気を滲ませていた。
(ここに、本当に冒険者ギルドがあるのだろうか…)
今まで“町”とつく場所には冒険者ギルドがなかった。
冒険者ギルドがない理由は、住人の数が少ないと言うのもあるのだろうが、冒険者達が逗留する場所も少ないから、と言う事も含まれる。
「本当にギルドはあるの?」
「先程のB級パーティの話だと、ある様な感じで話していたな。探してみるか?」
「先に宿では……」
「そうだな…そっちが先か…」
2人して、気分は急降下だ。
無駄だと分かっていても、野営になるかも知れないという事を考えたくない、シドとリュウなのである。
まずは、宿のあるエリアを探さねばならない。
リュウが、通りに居る女性達をつかまえて、毒気の無い笑顔を使って宿の場所を聴いて回る。
ここでシド一人だったら、情報は得られなかったかも知れないな。と、こっそりシドはリュウに感謝したのだった。
「お待たせ。あっちだって」
「助かった」
「ふふ。兄さんは愛想がないからね。こういうのは僕の担当だよ?」
ニカッと笑いシドを見上げる。
「ああ、頼りにしている」
そう言ってリュウの頭をポンと叩く。
「また子供扱いだし…」
やられたリュウは苦笑いするも、まんざらでもない様だ。ただの2人のじゃれ合いである。
聴き取った事を頼りに宿が集まるエリアに着き、取り敢えずは1軒ずつ入ってみる事にした。
「こんばんは。部屋はありますか?」
リュウが受付に居る女性に話しかける。
「おや?泊りかい?…ごめんよ、今日は一杯だね」
「そうですか…」
「他の宿も似た様なものらしいから、余り期待はしない方が良いかも知れないよ」
「わかりました。ありがとうございます」
2人は又、宿の外へ折り返す。そして扉を閉めると、リュウが肩を落とす。
「ああ言われたが、一応全て廻ってみよう」
「そうだね」
それから2人は5軒の宿屋を訪ねるも、やはり何処も満員だった。
「むぅ…」
リュウが唸った。
シドはリュウの頭をポンと軽く叩いて言う。
「まだもう1軒ある。少し離れるがさっきのおやじが教えてくれた宿だ。穴場かもしれないぞ?」
「…そうだね。それでダメなら野営か…」
そう言って見上げた空には、いつの間にか星が輝いていた。
2人は先程の宿で聴いてきた宿へ向かう為、宿の集まるエリアから少し離れて、町の入口近くまで戻る。
近くには店も少なくなってきていて、灯りの数も乏しくなった頃、その宿の前に到着する。
扉の横にある小さな看板らしき物には、“束の間の休息”とそう書いてあった。
シドがカチャリと扉を開けると、小さな受付が見えた。入ってきた2人に気が付いた者が現れる。
「いらっしゃい。泊りかな?」
そう話す人物はいかにも人の好さそうな、おじいさんだ。
「はい。泊まりたいのですが、部屋はまだありますか?」
リュウが心もとなく尋ねる。
「一晩かな?」
「はい」
「ああ。1部屋なら空いてるよ。でも1人部屋だけど、良いかい?」
シドとリュウは顔を見合わせるも、直ぐに返事を返す。
「それで良いです。お願いします」
言ったのはリュウだ。
(…1人部屋という事は、ベッドも1つではないのか…?)
シドはそう思ったのだが、リュウは気が付かなかったのだろうか。
「はいよ。じゃあ1人部屋だから料金は1人分で良いよ。その代わり食事は別料金にさせてもらうよ」
「はい。大丈夫です」
そう言うが否や、リュウは部屋の代金を支払ってしまった。余程ベッドで眠りたいらしい。
「じゃあ、案内するよ」
そう言って男性は、2人を連れて移動する。
「部屋があって良かったね」
リュウがシドに向けて話す。
「そうだな…」
シドには思うところもあるが、そう答えるに留める。
「あー。やっぱり他の宿は一杯だった様だね」
先頭を歩く男性が、振り返り話しかける。
「はい。他は全滅でした…」
リュウが苦笑して答える。
「うちは大きな宿ではないから、部屋数も少ないし人をみて貸していてね。断っているお客もいるんだよ」
そう言ってニッコリ笑う男性は、ただ優しそうな訳でもない様だ。
「うちは儂と妻と2人で切り盛りしているからね、変な人は泊めたくないんだ。だから大々的には宿として謳っていないんだよ。こうして他の者から教えられた人が泊まりにくる位だね」
君達もだろう?と男性は笑った。
「はい。この先の宿屋で教えてもらったんです」
「そうかい。あぁここだよ」
1階の奥にある部屋の前まで来ると、扉を開けて2人を促した。
「狭いが勘弁して欲しい。食事はどうするかな?」
「これから外に出るつもりだから、今日は何か食べて来る。明日の朝は頼みたい」
「分かったよ。そうしたら、明日は、8時頃には食事を持ってくるからね」
「ああ、頼む」
シドがそう返答すると、鍵を置いて“ごゆっくり”と男性は戻って行った。
案内された部屋には、ベッドとテーブル、イスが置いてあるだけで、後は人が1人通れる位のスペースしかない。本当に1人部屋だ。
それを気にした様子もなく、リュウはベッドに腰かけた。
「ふー疲れた…これは気疲れだよ」
リュウの言にシドは苦笑いする。
「そうだな。今日も色々と大変だったな」
2人で森の中に居た時よりも街に出てきてからの方が、色々と疲れる気がするのは何故だろうか。そんな事を考えながら、シドもイスへ座った。
「何か飲むか?」
リュウがいる方とは反対側に、小さく亜空間保存を開くと、そこから果物のジュースを取り出す。
2人共疲れているので、酸味のある物を選ぶ。
「ありがとう」
そう言って受け取ったリュウは、ごくごくと飲み干す勢いで飲んでいる。余程喉が渇いていたらしい。
「ぷはー。生き返った」
すっかり少年に成りきっているリュウである。
それを眺めながらシドは、チビチビと飲みつつ話しを切り出す。
「これからギルドだな?」
「そうだね…一応見ておかないと、だよね。何だか部屋から出たくなくなったけどね」
眉を下げてリュウはシドを見た。
「…では行くか」
「…うん」
取り敢えず、と重い腰を上げた2人はため息を吐くと、宿を出てギルドへ向かう事にしたのだった。




