46. 水面の煌き 【地図】
※お待たせ致しました。下部に略地図を掲載しています。
それから歩き続け街道から2時間近く離れた頃、木々の間にキラキラ光るものが見えてきた。
「あ!あれだね」
「ああ」
近付けば、林の途切れた先には小さな町ほどの広さを誇る、湖が現れた。
「やっぱり海よりは小さいんだね」
「まぁ、海と比べては全てが小さくなるな」
中々に、リュシアンらしい突っ込みだなと、シドは小さく笑う。
「そうだね、海より大きい物はないよね。でも綺麗……」
そのまま2人は歩いて湖の畔へ出る。夏の太陽を受けた湖面には、風が通るたびに煌めきが広がって行く。
「わぁ…」
リュウの声がそこで止まる。
顔を見れば大きな眼を更に大きく見開き、瞳の中には水面の光が映し出され輝いている。小さな唇を薄く開き、頬は薄っすらと赤味を帯びて一心に湖を見つめていた。
シドはそっと視線を逸らすと、集中を入れて周囲を窺う。
すると遠くに一箇所、左岸の林の方角に人の気配を捉え、人数を確認する。
(4人…暫く様子をみるか)
景色を楽しんでいるリュウにはその事は告げず、2人は暫く湖面を見つめていたのだった。
「もっと近付いても、平気かな」
魅入っていたリュウが、シドを見上げて問いかける。
「足場に気を付ければ、大丈夫だろう」
そう言うと、シドもリュウと一緒に歩き出す。
近くに寄れば水際は、海岸の砂浜の様になっていて、風に立ったさざ波が打ち寄せている。
そこは緑に囲まれた空間に、ぽっかりと出来た水たまりの様に、空と太陽が映り込んだ湖面が辺りを調和させていた。
シドは集中を入れたまま、湖面を見ていた。
と、不意に何かが引っかかる。
瞬時にシドはリュウの腕を掴み、抱き上げて林の中へ走った。何が起こったのか分からないリュウは、ただシドの顔を見て目を見開く。
林の中へ5m位まで後退してから、やっとリュウを地に下ろすと、シドは湖面を睨みつけたまま警戒を見せる。
「どうしたの?突然…」
リュウは困惑気味に問う。
「あの中に何かいる」
「それは湖だもの、生き物くらい居るんじゃない?」
「……」
シドは黙ったまま視線を外さない。シドの余りの警戒ぶりにリュウも異変がある事を感じると、湖へ視線を向けた。
「私には分からないわ。説明してよ」
口調が戻っているが、今は気にする時ではない。
「多分…魔物がいる。それも複数…」
「え?湖の中にいるの?」
「ああ、あの中にいる様だ」
2人はその場で気配を消して、真っすぐに湖を見る。
すると、湖の中央付近の水面がさざめき、何かが姿を現す。シドはスキルを使っているので、辛うじてその姿を捉える事が出来た。
「…リザードマン…」
“リザードマン”は二足歩行をする両生類の魔物で、群れで行動する。水陸どちらでも活動ができ、水中はエラ呼吸、陸上は肺呼吸となる。主に水辺に生息するとされ、体長は1.5mで然程大きくは無いが、群れで連帯して人々を襲う事がある為、少数の群れであればC級の討伐対象、大きな群れとなればB級対象へと上がるのだ。
目の前のソレを見れば、数は15~20。それなりの数になっている。その物達が起こす波濤は、真っすぐにこちらへと向かってきていた。
「は?リザードマンと言ったの?」
「リザードマンだ。こちらへ向かって来ている」
「……何てこと」
折角の景色が台無しだわ…。リュウは気分を害しそう思った。
「20体位は居そうだが、どうする?」
「面倒ね」
「ああ。だが一応戦闘の準備もしておいてくれ」
「そうね…」
2人共、余りやる気が起きない様で、リュウは渋面を作っている。
綺麗な景色を楽しむためにわざわざやってきたのに、また戦闘になるとはついてない。
「ただ、左岸に人が居て、それらもこちらへ向かって来ている」
「冒険者?」
「そこまでは分からないが、その可能性は高そうだ」
「そう…じゃあ、口調も戻さないといけないね」
ニッと笑ったリュウは、口調を戻す。
「F級のくせに余裕だな?」
「兄さんも、C級のくせに余裕だね?」
クスリと笑うと2人は目を合わせた後、顔を引き締め湖へと視線を戻した。
シドとリュウは動きやすい様、林を出てその境に立つ。
湖のリザードマンと左岸から来る冒険者達とのスピードは、ちょうどこの辺りで三つ巴になりそうな感覚だ。
左岸の冒険者達もリザードマンを感知したらしく、スキルであろう物を使って、猛スピードで移動してくる。
「来るぞ。水中に引き込まれるなよ」
「うん」
リュウは軽量化を、シドは身体強化と風衣を入れて剣を抜き、構える。シドの両手に持った2本の剣が、風衣を帯びて鳴いた。
リザードマン達が上陸した。体を煌めかせ、続々と陸に上がって来る。
そこへ間髪入れず、シドとリュウは突っ込んで行く。
左側から少し遅れて、4人の冒険者もリザードマンへ打ち掛かる。
「火球連射」
「ハァー!!」
1人は火魔法で、1人は弓で、2人は剣を使い戦いだす。
シドとリュウは左を任せて右へ流れると、リザードマンを挟み込む様にして戦う。
一瞬、リュウが砂に足を取られて体勢を崩した。それを目ざとく見付けた魔物が襲い掛かる。
リュウの魔法は水。相性は悪く、魔法を放っても効果は薄いだろう。
シドは硬化を追加して肘でリュウの体を押し出すと、自分が入れ替わる様にして盾になる。
「シド!」
押されたリュウは、その意味を捉えると目を見開いた。
―― ガリッ ――
剣を持ったシドの腕を掴み、それに噛みつくリザードマン。
シドは、反対の手で持つ剣でそれを突き刺し薙ぎ払うと、すかさず態勢を整える。
「問題ない。リュウ、油断するな」
「うん!」
そのまま入り乱れた戦闘は続き、暫くすると立っている者は人のみとなった。
それを確認したリュウが、シドへと駆け寄る。
「兄さん!ごめん、大丈夫?」
「ああ。深くないから気にするな」
シドはリュウの頭を撫でると、ポーションを取り出し傷へ掛ける。
「大丈夫か?」
魔物がいる場所に居た冒険者達の内1人が、近付いてきてシドの様子を窺う。
「ああ、大丈夫だ」
「そうか。君たちは何故ここに?」
「俺達は観光だ」
「そうか…災難だったな」
「そうだな」
そこへ残りの冒険者達が近付いて来た。
「グレッグ、大丈夫そうだったか?」
「大丈夫みたいだ」
3人が揃って頷いた。
「俺達はこのリザードマンの討伐依頼で来ていた、B級の“不死鳥の羽”というパーティだ。俺はリーダーの“グレッグ”。こっちはメンバーの“ネルソン”、“ビトー”と“ミック”だ」
言われたそれぞれが会釈をする。
リーダーのグレッグは、銀髪に紫色の眼、シドと同じ位の体格をした剣士。
ネルソンは、碧色の長髪を一つに纏め紅い眼をした180cm位の身長の弓使い。
ビトーは、ローブから黒髪と黒目が覗く175cm位の魔術師で、ミックは195cm程ある長身、茶色の短髪に褐色の眼をした剣士。
皆同じくらいの年齢で、20代半ばに見える4人だった。
「こっちは弟のリュウ。俺はシド、C級だ」
リュウはペコリと頭を下げる。
「そうか。剣を使っているから冒険者だろうとは思ったが、C級ならば良かった。下級の冒険者では、こいつらは対応できないからな」
そう言ってグレッグは、納得した様だ。
「俺達は“オデュッセ”から来たんだ。この湖で少なくないリザードマンの目撃情報があって、その討伐だった」
「わざわざ、オデュッセから来たのか?」
「そうなんだ。この湖に近くても“レステ”や“トニーヤ”だと、対応しきれないと見たのか、オデュッセに依頼が出たんだ」
「そうか…」
この湖は、レステの街とその南にあるトニーヤの町との、中間位の場所にある。
シド達が出てきたレステから、更に真っすぐ西へ行った先にオデュッセがあるのだから、ここからだと少し遠く感じるが、依頼が出たのでは仕方がないのだろう。
「君たちは何処へ行くんだ?」
「トニーヤだ」
「そうか…だが、この辺りの町は宿がないと思うから、そのつもりで居た方が良いぞ」
「やはりそうか」
「モリセットの街からあぶれた者達が結構いるようで、居座っている。オデュッセも冒険者が集まってきている状況だな」
「わかった。情報に感謝する」
「いいや、気にするな」
「では、俺達はこれで失礼する」
「…おい、これを一緒に討伐したんだから、礼をするが」
「いや、俺達は助けてもらったんだ。礼も何もないだろう。だから後は、あんた達に任せる」
それを聞いた不死鳥の羽のメンバーは、顔を見合わせて苦笑している。
「…そうか、わかった」
そう言ったグレッグと、困惑気味な3人に会釈し背を向けると、シドは歩き出す。
リュウも会釈をしてシドの後へ続き、2人は林の中に消えていった。
「何だか良く分からないが、俺達が助けた事になったらしいな?」
「あいつらも半数位を倒していた様に見えたが、そうみたいだな…」
「「……」」
「考えても仕方がないから、魔物を回収して帰るとするか」
「「「そうだな」」」
シド達はただ後始末が面倒なので、押し付けただけだったのだが、不死鳥の羽パーティはこうして、無事にリザードマンの討伐依頼を終えた様である。
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▼略地図▼(名前の出ている街/町までを掲載しています)
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。
誤字報告も併せて感謝申し上げます。
本日より27日まで、毎日更新の予定です。
引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。




