44. 拾いモノ
ナンナに連れられた3人は、店の勝手戸を抜けた先の裏庭へ出る。
そこは庭の所々に明かりが灯り足元も見易くなっていて、広さも剣の素振りが出来る程十分に広い庭だった。そしてその奥には小さな建物が一つ建っている。多分、妹がいる建物だろう。
「ここで良いよ。出してごらん」
ナンナに促され、シドは亜空間保存を開く。そこへ手を入れるとズルリとソレを出して、目の前に置いた。
“ズサッ”
重たい音と共に気味の悪い魔物が出てきた。
「ひっ…」キャルは一目見て悲鳴を上げると、1歩後ずさりする。ナンナは平気だった様だ。
「……本で見るより気持ちが悪いね……」
これの姿はお世辞にも、褒められたものではない。
「どうだ?」
「ああ。マンイーターだね」
「では使えるな?」
「ああ。だがこれを燃やすにも、燃やす手段がないね…どうするか」
「誰か火魔法を使える人は、居ないの?」
リュウが疑問をぶつける。
魔法であれば火力も問題ないはずだ。
「私が火魔法を使えるわ…でも私は魔力が殆ど無くて、焚火の火種位にしかならないの。こんなに大きな物を燃やす事は出来ないわ…」
悔しそうにキャルが言う。
「では問題ないな」
そうシドが話し、それを聞いたリュウも一つ頷いた。
「何か良い方法でもあるのかな?」
ナンナがニヤリと笑い、シドを見た。
「ああ。問題ない」
「…そうかい。まぁ分からないが任せるよ」
呆れた顔でナンナが付け加える。
「ここでやって良いのか?」
今は日も暮れて、辺りは暗くなっている。今からやるのか?という意味も含め、シドは聞く。
「お願いします!」
それに答えたのはナンナではなく、キャルであった。確かに、目の前に妹を治せる材料があるのだ。それをお預けにされるのも酷である。
シドがナンナの顔を見れば、困った様に目じりを下げて頷いた。
「何かあったらリュウ、火を消してくれ」
「わかった」
それだけ言うと、シドは皆を壁際に下がらせてから、詠唱する。
「炎踊」
シドは火魔法を使った事がない。だが、人の放った火魔法を見た事はある為、詠唱は知っていた。
シドの放った炎は魔物を一瞬で包み、赤く踊っている。
「すごい…」
見ていたキャルが思わず、といった風に呟いた。
「火力はこれ位で良いか?」
「そうだね。これ位ならすぐに灰になりそうだね。というか、火魔法を使えたのかい?」
「いいや。俺は風魔法しか持っていない」
シドとナンナは普通に事務的な会話をしているが、他の2人はその火の行方を見つめている。
「これでやっと、お薬が作れるのね…」
キャルがポツリと言う。
確かに、必要な材料としてマンイーターが入っていた事は不幸だっただろう。シドもリュウも何年も冒険者をしていて、初めて見た魔物であるし、フェンリルの事でもなければ、気が付きもしなかっただろう。
本当は近くにいるかも知れないが見えない魔物とは、とても厄介な奴である。
「これを灰にしたものは、今回の事で全て使い切るのか?」
シドはナンナに尋ねる。
「いいや。これは10人分位あるだろうさ。だから全部は使い切らないね」
「残った分はどうするんだ?」
「時間停止がついた収納箱に入れとくよ。又何かあるといけないからね」
それを聞いてシドは頷いた。
火をつけてから20分程で火は消え、足元には大量の灰が出来上がった。
「キャル、回収するよ」
「はい!!」
ナンナとキャルは大切そうに、マンイーターの灰を回収していく。それをただ、シドとリュウは眺めていた。
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家に入ると、シド達の前を歩いていたナンナが振り返る。
「あんた達はもう休んどくれ。後は薬師の仕事になるからね」
そう言って一つウインクする。
その申し出を有難く受け、シドとリュウは2階の部屋へ入る。
「お薬、ちゃんと出来ると良いね」
「ああ。あの2人なら問題ないだろう。だがあれは、徹夜覚悟だな」
シドはニヤリと口角を上げる。
「少しでも早く、飲ませてあげたいもんね」
「そうだな」
今日彼女たちは、薬が出来上がるまでは眠らないのだろう。薬師の仕事の詳細は良く分からないが、少しの分量も間違えてはならず、神経をすり減らす作業となる。
そんな2人を案じつつ、シドとリュウは就寝したのだった。
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翌日シドは、早朝に目を覚ます。リュシアンはまだ眠っている。起こさない様に身支度を整えると部屋を出て、階段を下りた。
店舗から続く奥の作業場らしき所では、まだ人の気配がする。本当に徹夜で作業していた様だ。
シドは足音を消して、扉の無いその部屋の入口まで行った。
「ふー終わったね…」
「はい、出来ました…」
中の人達の顔を見れば、2人共目の下に隈が出来ている事が分かる。
そこでシドが居る事に気付いたナンナが、声を掛けた。
「おはよう。よく眠れたかい?」
「ああ。お陰様で」
2人が作業している間に眠らせてもらった為、何だか申し訳ない気がする。それを分かったかの様に、ナンナが明るい声を上げる。
「そうかい、それは良かった。こっちも今しがた、薬が出来たところなんだよ」
パチリとナンナが、ウインクを付け加える。そして隣でソワソワしているキャルを見て、声を掛けた。
「1日3回、朝昼晩。食後に飲ますんだよ」
「はい!!」
言われたキャルは1包の薬を掴むと、台所の方へ消えていった。
「大変だったな」
「いいや平気さ、これ位はね。そうだ、朝食は昨日作ったカルーで良いかい?」
「疲れているだろう?構わないでくれ」
「だが、私もお腹が空いているし、温めるだけだから手間じゃないよ」
「そうか。では頼む」
「素直でよろしい」
シドとナンナの会話が続いて居た所へ、起きてきたリュウが下りてきて、顔を出す。
「おはようございます。薬はどうなりましたか?」
「ああ、さっき出来たから、キャルがもう飲ませに行っているよ」
疲れは見られるが、ナンナはそう言って爽やかな笑顔をリュウへ向ける。
「良かったですね」
「ああ。お前さん達のお陰だね、ありがとう」
「いいえ。こちらこそ拾って頂いて感謝してるんです。兄と2人、途方に暮れてましたから…」
リュウは苦笑する。
こうして朝の清々しい風と共に、薬屋の時間は過ぎて行った。
その後4人で朝食を摂り、部屋にこっそり銀貨2枚を置いてきた2人は、これから次の街に出発する。
「お世話になりました」
シドが会釈し、ペコリとリュウが頭を下げる。
「こちらこそ、本当に感謝している。お前さん達に会えて良かったよ」
ナンナは爽やかな笑みを浮かべ、2人を見る。
「妹さん、早く良くなるといいですね」
リュウはキャルに視線を向け、笑顔を見せる。
「貴方達のお陰で、妹もこれから元気になるわ。本当にありがとうございました。…あの。コレは少ないのですけど、今用意できるお金です。足りなければまた取りに来てください…」
キャルがリュウに、お金の入った袋を差し出した。
それを見たリュウが困った様にシドを見上げると、シドが代わりにキャルに話しかける。
「あれは拾ったものだから、金は要らない。それは、妹さんの為に使ってくれ」
キャルの目が大きく見開かれる。
「そんな…あれはとても高価な物で…」
「拾ったものだから、俺達に価値は判らないな」
シドはそう言うと口角を上げた。
キャルの横で見ていたナンナが、呆れた様に笑う。
「ははっ拾ったものね…。確かにそう言っていたね。では何の礼も出来ないが、これを持って行っておくれ」
そう言って魔力ポーションを10本程出した。
「こんなに貰えないよ」
リュウが声を出す。いくら薬屋だからと言えど、これは1本銀貨5枚だ。それが10本だと銀貨50枚分にもなる。
「なぁに、うちは薬屋だから、売るほどあるからね」
そう言ってナンナがウインクする。
リュウはシドを見上げると、シドが頷きそれを受け取った。
「有り難くいただく」
「そうしてくれるかい?その方が、私も気が楽になるからね」
ナンナが気を遣って言ってくれている様だ。無下にはできない。
「ああ」
「では、本当にお世話になりました」
そう言ってペコリとリュウがお辞儀する。
「いいや、色々世話になったのはこちらもさ。気を付けて行きなさい」
「はい。ありがとうございます」
シドも会釈を返すと、2人は街の中を歩き出した。
その2人の背中に、キャルはいつまでも深々と頭を下げていたのだった。
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。
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来週の平日(月~金)は、毎日投稿をしたいと考えております。
その後は一日置きに戻す予定ですが、お付合いいただけますと幸いです。
次話の更新は、10月21日です。
引き続き、“シドはC級冒険者”をよろしくお願いいたします。




