42. レステの街
一方、ウェヌスの街を出発したシドとリュウは、街道を北上していた。
「北部領は、南部領とは雰囲気が少し違うんだね」
歩きながらリュウは話す。
「そうだな。北部は冬に雪も多く降るから、街道の造りも少し違うな」
そう言ってシドは歩いている道を指さす。
「南部の街道は、敷き詰められている石畳の1つ1つが、大きい物だったろう?」
「大きい物が隙間なく、敷き詰めてあったね」
「だが、北部では大雪が降る。雪が解けた後に水分が速く土に浸透する様、北部では少しだけ隙間を空けて、小さめのレンガを敷き詰めて道を造っているんだ。だから街道一つ取っても、北部と南部では印象が異なるのだろう」
「そっか。そういう工夫もされているんだね」
「家の作りも雪の対策の為に、少し造りが違うと思う。微々たる差だがな」
「へー。気が付かなかったよ」
「ぱっと見で気付く者は少ないだろうな。本当に少しの差だ」
「そうなんだね。兄さんは北部にも詳しいね」
今、この街道にはすれ違う者もいないが、リュウの“兄弟設定”の練習の為に“兄”と言っているのである。
「一応、生まれがこっちの方だからな」
「そっか」
そう言いつつ、リュウはキョロキョロと周りを見ている。ここには道以外は何もないが、他の違いを探しているらしい。
「そう言われると、木の種類も違うね」
少しの違いに気付いた様で、リュウは嬉しそうにそう言った。
「そうだな。旅をする時にそんな事を考えながら見ると、割と感心するんだ。街々で違った特徴があったりするからな」
「なるほどね。僕はまだまだ知らない事が多いや」
「これからいくらでも、知る事が出来るぞ。と言っても、知る必要のない事かも知れないがな」
シドはそう言ってリュウの頭を一つ撫でる。
「もー子供扱いしないでよ」
プクリと頬を膨らませたリュウが、上目遣いにシドを睨め付ける。
「ははは。弟だからな」
シドはそう言ってから、口角をニッと上げた。
2人は急ぐ訳でもない為、こうしてのんびりと景色を見ながら歩いている。
多少変装している事で、又森の中を歩く必要もないのだ。
「次の街で、先にギルドに寄ってみる?」
「そうだな。ギルドを見てから宿を決めてもいいな」
次に寄る予定の街はリーウット領の北、“レステ”だ。シドも訪れた事がない街である。
「兄さんは、リーウット領に詳しい?」
「詳しくはない。今までリーウットには来た事がない」
「兄さんはこっちの方の、出身だったよね?」
「ああ。だが子どもの頃はファイゼル領を出た事が無かったからな。冒険者になってからは、移動する中で色々な領地へは行っているが、こちら側には来なかった」
「そっか。兄さんにも知らない事があるんだね?」
「俺を何だと思っている…」
眉間に皺を寄せるシドを見て、リュウが笑う。
「ふふふ。面白い」
笑った口調が、微妙にリュシアンだった。
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夏になり陽も長くなってきている為、昼過ぎにウェヌスを出発しても、レステには明るいうちに到着する距離である。途中でのんびり休憩をはさみつつ、2人はレステの街に到着した。
この街も、大きい街ではない。東門から西門に繋がる1本の道を中心にして構成されている街で、門から門までは歩いて40分程。メインの通りが商業地域となっている様で、初めて訪れる者にも分かり易い街の造りである。
冒険者ギルドは、そのメイン通りの1本北寄りの奥にあった。まずは様子見で、2人はギルドの扉を開けて入って行った。
まだ早目の夕方である為、若い冒険者達の依頼報告時間の様だ。まだまだ元気そうな者達が多い。
シドとリュウはギルド内の様子を確認しつつ、依頼の貼ってある掲示板を覗く。
残念な事に、ここもどうやらD級の依頼が少ない様だ。シドがリュウの顔を見てみれば、リュウは眉をハの字にして掲示板を見ていた。
「ここもだね」
「その様だな…」
2人は顔を見合わせると、ギルドを出ようと踵を返す。
だがその時、中にいる者よりも少しランクが高そうな冒険者達が、ぞろぞろと戻ってきた処だった。
(D級からC級の冒険者達か?)
戻ってきた者達は、続々と受付に並び始める。
「街の規模の割に、ここも冒険者が多いね」
隣にいるリュウが小声で話す。
「そうだな」
一つ前のウェヌスも、D級の依頼が殆ど掃ける程D級冒険者が居たし、ここも冒険者が多い。
「何だろうな…」
その時近くにいた冒険者達の会話が聞こえてきた。
「<ボズ>には皆、いつまで居るんだろうな。俺達も潜りたいのに、C級が幅を利かせているから嫌になる」
「ああ<ボズ>に入りたいのは、皆一緒だってーの。C級の奴ら、威張り腐りやがって…」
ここでも<ボズ>の話だ。
<ボズ>は大人気だなぁと、シドはあらぬ方向に考えていた。
「兄さん、一旦出ようよ」
「ああ。そうだな」
2人は混み合うギルドを出て、道を歩き出す。
「ここの街も変な感じだね」
リュウはこれでも、元B級冒険者だ。経験者の勘とでも言うのか、何かが引っかかる様だ。
「ここも、どの道依頼はなさそうだな。今日はここに泊まって、明日また移動するか」
「うん。その方が良さそうだね」
2人共同意見だった様で、明日また移動する事になった。
「宿を探さなきゃね」
「そうだな。さっきの具合を見た限り、宿が残っていればいいが…」
定住している冒険者でもない限り、大体はみな宿を取って依頼を受けているのである。先程見た感じでは、宿が取れない可能性も出てきている。しかし今“もしも”の事を考えても仕方がないので、2人は取り敢えず宿を探す事にした。
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「やっぱり宿も無いな…」
「街が小さいからね。宿の数も少ないみたいだし。どうする?」
道を歩いている途中リュウにそう問いかけられ、シドは空を見上げる。空は夕陽に染まり赤い時間を迎えていた。
「どうしたね。道の真ん中に突っ立って」
ここは街の中心から少し外れているとは言え、立っている場所は道の真ん中だった。通行人の邪魔になってしまったのかと、2人は声の主を振り返る。
見れば、40歳位で小ざっぱりとした、赤い髪を1つに括り橙黄色の眼をした女性が、呆れた顔でそこに立っていた。
「往来のお邪魔をして、すみません」
リュウがすかさず、馬鹿丁寧に謝る。
「ははっ、良い子だね。それで、そんな所に突っ立って、どうしたんだい?」
その問いかけに、シドとリュウは顔を見合わせた。
「俺達は今日この街に着いた冒険者なんだが、宿がどこも一杯だった。それでここに立ち止まってしまっていた」
「ごめんなさい。少し話し込んでいたから、お邪魔してしまいました」
シドとリュウはそう話すと、道の脇に移動しようと歩き出す。するとその女性が、又声を掛けてきた。
「うちに泊まるかい?部屋はあるから泊まっていきなよ」
思わぬ申し出に2人は顔を見合わせる。
「うちは宿屋じゃないからもてなせないが、それでも良ければ来ると良いよ。あぁうちは薬屋だから、少し匂うがね」
そう言って女性は笑う。
為人を見る限り悪い人ではなさそうで、2人はお言葉に甘える事にする。
「良いんですか?」
「いいともさ」
「ではお願いしたい」
女性は一つ頷くと、ついてくる様にうながした。
女性の家は店舗と兼用らしく、メイン通りから1本奥の通りにある薬屋へ入って行った。扉を開ければ薬草の香りが吹き抜け、ある意味フレグランスな空間だった。
「この匂いは平気かい?」
「大丈夫です」
リュウが答え、シドが頷く。
「では問題ないね。入っておいで」
「おじゃまします…」
リュウを先頭に店に入る。店内は所狭しと薬瓶が並び、少しだけ見える奥の部屋には、大鍋や撹拌機などの備品が置いてあった。
「2階に部屋があるんだ。用意するから少しここで待っててくれるかい?」
「はい」
リュウが元気よく答える。それを笑顔で一つ頷いて、女性は2階に上がって行った。
「助かったね…」
「そうだな」
そう話しながら、リュウは店内の様子に気が行っている様だ。
「たくさんあるね」
「薬屋だからな」
「もーそう言う風に言わないで欲しいんだけど…」
「ははっ」
2人はすっかりくつろいで、そんな会話をしていた。
すると1階の奥から、藍色の髪をお下げにし、青い眼をした、まだ二十歳前の若い女性が顔を出した。
「あら?お客様でしたか?」
「いいえ、僕達は今一緒に…」
リュウが言いかけたところで、2階から降りてきた人物が口をはさむ。
「客じゃないよ。今日、うちに泊めてやる2人なんだ」
「…ナンナさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよね?」
聞かれたナンナは、今度はシド達に振った。
シドとリュウは顔を見合わせて苦笑すると、リュウが返答する。
「ご迷惑は、掛けない様にします」
「ほらね?大丈夫だってさ」
何ともあっけらかんとした返しを、若い女性にしたナンナである。
「も~ナンナさんってば…」
「ははは。いつも真面目だねぇキャルは」
2人の会話を聞いていたシドは、自分達の自己紹介もまだだったと、切り出す。
「俺は“シド”で、こっちが弟の“リュウ”。2人共冒険者だ。今日はよろしく頼む」
リュウが隣でペコリとお辞儀をした。
「ああ、私も名乗ってなかったね。私は“ナンナ”で、こっちが助手の“キャル”だよ」
キャルもナンナの隣でペコリとお辞儀を返す。
こうして2人は、今日の宿を無事に確保したのだった。
次話の更新は10月17日です。
引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。




