41. 古い噂
今日の報酬は子供のお小遣いの様なものだが、駆け出しの冒険者達はそれを日々熟し、その日を凌いでいる。
だが、シドとリュウは金の心配はない。そもそもシドは、今まで稼いできた金に殆ど手を付けていなかった事もあり、実は結構持っている。2人が一年間依頼を受けずに生活したとしても、全く問題はないのである。
とは言え、これからはパーティとしてやっていく上で、依頼を受けない訳には行かない。少しずつでも依頼を熟して、リュウのランクアップを手助けするつもりである。その為にできれば、D級の依頼を受けたかった。
しかしこの街の冒険者ギルドには、D級依頼が殆ど無かった事を考えると、街を移動した方が良さそうだ。
歩きながらシドが、そんな事を考えていると隣にいるリュウのお腹が鳴った。
“きゅぅ~”
音の主を見れば、顔を真っ赤にしている。
「何か旨い物でも食べて帰るか?」
シドがニヤリと笑い、リュウに聞いた。
「…うん」
小声で返事が返ってくる。
リュウは今日、魔力をかなり消耗した為お腹が空くのは当然なのだが、本人は少々恥ずかしかったらしい。
シドはリュウの頭をポンッと叩くと、2人は食堂が並ぶ通りへ向かった。
そして、いかにも“町の食堂”という雰囲気の店に入る。今は夕飯の時間、店内はほぼ客で埋まっている。
2人は空いている席へ座ると、給仕の女性がすかさず注文を取りに来た。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「リュウ、“お勧め”で良いか?」
「うん」
「では、“お勧め”を2つ」
「はい、ありがとうございます。少々お待ちくださいね」
注文を聞くと、女性は奥へと引っ込んで行った。
それを、目で追っていたリュウがついでに店内を見渡すと、座っている人達は割と冒険者が多い事に気付く。
冒険者達が居るという事は、この店は“当たり”だろう。冒険者達はいくら安くても、マズイ店には入らないのである。
「この店は“当たり”みたいだね」
「その様だな」
シドも店内の客層に気が付いている様だ。
「今日は本当にお腹が空いちゃったよ…」
「あれだけ動けば、腹は空いて当然だろう。いっぱい食べてくれ」
「うん、そうする」
暫くすると、店のお勧め料理が運ばれてきた。
今日は、ライスに黄色いトロリとした汁が掛かった物で、中には大振りの肉と野菜がゴロゴロと入っている。ワンプレートだが、量もたっぷりで腹も満たされそうである。
「少し辛いね。外が暑いから余計に汗が出そう…」
「そうだな。これは少し辛めの物だから、汗が出るな」
「でも美味しい…」
「リュウはこれを初めて食べるのか?」
「うん。南部に、この料理は無かったよ」
「そうか。これは北部で良く出る物だからな。冬の寒い時に食べると、体が温まるぞ」
「そうだね」
「だが、暑い時期で食欲がない時でも、コレは食べられるから不思議なんだ」
「うん。何だかこの辛さが癖になりそう…」
そんな食べ物談義に花を咲かせていると、近くの席の冒険者らしき男が、会話に入ってきた。
「ここの“カルー”は旨いだろう?」
シドとリュウは突然の声にビックリするも、一応は返事を返す。
「ああ、旨いな」
リュウもコクリと頷く。
「ここの店のカルーは、他の店の物より旨いんだ。皆、コレが食いたくて、この店に通っている様なもんだ」
そう言うと、ニカッと男が笑った。
その男をよく見れば、昨日冒険者ギルドで話しかけてきた、20歳代後半に見える黒髪の男だった。
「おや?昨日のお二人さんだったか」
そう言ってこちら側に体を向けてくる。
「俺はC級の“シェンカー”だ。今日は依頼を受けたのか?」
「ああ。俺は“シド”こっちは“リュウ”だ」
「昨日はD級の依頼を見ていた様だが、今日も殆ど無かっただろう?ここはD級が多い街だから、朝一で依頼が無くなるんだ。何か残っていたか?」
「いや、E級の依頼を受けた」
「そうか。残念だったな」
シェンカーが上辺で言っている様なので、さらりと流す。
「別に気にしていない。あんたはソロなのか?」
「いいや、パーティを組んでいる」
「あんたは、メンバーとは一緒に行動しないんだな」
昨日といい今日といい、他にメンバーらしき人物は周りにいない様だ。
「いつも一緒とか肩が凝る。俺は仕事中だけだな、一緒にいるのは」
「そうか」
世の中には、色んな考え方をする者がいるので不思議ではないが、だったらソロでも良さそうなのに、と思うも、パーティの方が依頼を熟す上で、効率が良いのは確かである。
「そう言や、兄さんの眼は翠色なんだな」
「何だ?急に」
「あーいやぁ。もう何年も前だが、この街で人を探しているという噂があったんだ。それも貴族がな」
ニヤリと口角を上げてシドを見る。
「それが、翠色の眼で金髪の若い男だという話でな。どうやら何処かの貴族が、若いツバメに逃げられでもして探しているんだろうって噂だった。兄さんの眼が翠色なもんで、少し思い出しちまった。そいつは金髪だって事だから、兄さんとは別人だがな」
シェンカーはそう話すと、グイッと自分のグラスに入っている酒を飲んだ。
「それはどれ位前だ?」
「えーと、確か6年位前だったかな。今も探しているのかは知らないけどな」
「そうか…」
「お?兄さん、自分がイケメンだからって取り入ろうとしても無駄だぞ?」
「…それは無い」
「ははっ!そうだよな」
シェンカーの話を聞きながら、シドは半分上の空だった。その頃には既に食事も終わっていた為、リュウが呼びかける。
「兄さん、そろそろ戻ろうよ…」
「ああ、そうだな」
「おや?君は弟だったんだな。兄弟揃って顔が良いとか、親の顔が見てーわ。はははっ」
「じゃあ俺達は先に失礼する」
そのコメントは、思いっきりスルーしたシドである。
「それじゃーな」
と男がひらひらと手を振った。
リュウもペコリとお辞儀をすると、2人はそそくさと食堂を出て行った。
≪リュウ、明日はもうこの街を出よう≫
精神感応を入れ、シドは話す。それにリュウは一度頷くと、2人は足早に宿へと戻った。
部屋に戻った2人は、しっかりと扉の鍵を閉める。
「ふー。お腹が一杯だわ」
以前の言葉遣いに戻っているリュウが、お腹をさすりながら満足そうに話す。
「悪いな。さっきの話は多分、俺だ」
「そうなのね。でも“燕”とも言っていたけれど、燕も一緒に逃がしてしまったのね」
シドはリュウの顔を確認するも、リュウは真面目な顔で話していた。
「……。そうだな」
そう一言だけ返すシド。
リュウは本気で、鳥の話もしていたと思っている風だった。わざわざ説明するつもりも無かったシドは、“リュシアンだしな”と言う事で終わらせたのだった。
「明日はまた移動だ。今日はゆっくり風呂に浸かって、明日に備えてくれ」
「そうするわ」
すっかり口調がリュシアンだったが、今は2人きりだ。咎める事無くシドはそのままにしておいた。
そして2人は翌日食料を買い込むと、昼前にはにウェヌスの街を出発したのだった。
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シド達が街を出たその頃、ウェヌスの街の冒険者ギルドには、トワが依頼の取り消しに訪れていた。
「すまなかったな。面倒をかけた」
トワは、受付で処理に対応していた女性に話す。
「いいえ。取り下げという事は、解決できたのですか?」
「ああ。俺の勘違いだった様だ」
「そうですか。はい、こちらは処理いたしました。また何かあればご利用下さい」
そんな会話をしてトワはギルドを見回すと、一つ息を吐いて帰って行く。
受付の職員は思う。
この件を気にしていた2人組の冒険者達は、今日は現れなかった。D級の依頼が少ないので、もしかすると彼らはこの街を去ってしまったのではないか、と。
「は~。また来てくれないかしら…」
そんな独り言を、言ったとか言わなかったとか。
★曖昧な討伐依頼についての補足
自分が住んでいる場所に魔物が出たという体で、トワは冒険者ギルドへ駆除依頼を出しました。曖昧な依頼ではあるが、人に被害が出ている事でギルドは特例で承諾したという所で、落としどころとして頂けると幸いです。
次の更新は10月15日の日曜日です。
引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。




