40. 達成
2人がそのまま、ただ大岩の方角を見つめていた時、何かが視界で動いた。
それを注視すれば、まるで空間から溶け出してくる様にして、体長2m程の毒々しい暗赤色をした花の様な物が現れ、そのままドサリと地に横たわった。
シドとリュウは1歩ずつゆっくりとそこへ向かう。
5m程まで近付いてみれば、それは花の形をした物に手足が生えた、見た事も無い姿をした生き物が、敷き詰められた白い花の上で眠っていた。
「何だコレ…」
リュウの呟きだ。
「多分“マンイーター”だろう」
「マンイーターって、動物の姿をしているんじゃないの?」
「一説にはそうあるが、マンイーターは周囲に自分を紛れ込ませる能力を持っている魔物だ。“自分を認識させない”とか“保護色になる”…そういう物らしい。だから見たものの数は少なく、獣の姿をしていると思われているが…コイツは、人や魔物でさえ姿を捉えさせない事をみても、その特徴から“マンイーター”だと考えられる。まぁ俺も、以前読んだ本の知識しかないが」
「マンイーター…」
「リュウ、コイツは今眠っているだけだ。止めは刺せるか?」
「うん」
その返事を聞いたシドは、亜空間保存の中からリュウの“オーツの剣”を出してやる。
リュウはそれを受け取ると、倒れたままのソレに1歩近付き、一飛びすると勢いを付けその“首”と思われる部分に振りかぶった。
―― ザシュッ ――
綺麗に一太刀でマンイーターの首が飛んだ。切れたそこからは、禍々しい緑色の体液が溢れ出し、白い花を汚して行く。
リュウは剣を一振りすると、シドと目線を合わせ2人は互いに頷いた。
シド達はその魔物をそのままに、リュウと2人でトワの家へ戻る。
戻れば戸締りをして、窓も閉めてあった。
コンコン
「いるか?」
「ああ」
すぐに返答があり扉が開く。中からは穏やかな顔になったトワが顔を出した。
「入ってくれ」
そう言って2人を家へ招き入れる。
「さっき目が覚めたんだ。まだ余り動けないが、会ってやってくれ」
「いいのか?」
「ああ。2人の事は話してあるから大丈夫だ」
奥を見れば、横たわったままのフェンリルがこちらを見ていた。
2人が傍へ寄ると、鼻先をヒクヒクさせて匂いを嗅いでいる風を見せてから、大人しくなった。
「触っても大丈夫?」
リュウがトワに聞く。
聞かれたトワはじっとフェンリルを見てから「大丈夫だ」と答えた。
「精神感応…」
ピクリとトワの肩が揺れた。
「お前さん、それをよく知っていたな」
「まぁな」
「…そうだ。俺とコイツは通じ合っている」
「そうか」
「驚かないんだな」
シドがトワと話している間、リュウは優しくフェンリルの首元を嬉しそうに撫でている。流石、マイペースである。
「コイツとはもうここで、16年の付き合いになる。俺は以前街で暮らしていたんだが、ある時、森の方から何か感じるものがあった。他の奴らに聞いても、何も感じないと言う。でも何日もずっと感じているもんで、俺は森へ入ってその元を探した。そうしたらコイツが岩に挟まれて動けなくなっていたのを見付けた」
そう言ってトワは、愛おし気にフェンリルを見る。
「その時はまだ、コイツも小さくてな。それから俺は、コイツとここで暮らす様になったんだ」
リュウも話を聴きながら、フェンリルを撫でている。
「こいつから伝わってくるのは言葉じゃない。漠然とした気持ちの様なものだ。好き・嫌い・良い・駄目等のざっくりとした物だ。俺は以前、他の魔物でも何かを感じられるかを試した事がある。だが他の魔物からは何も感じなかった…だからコイツは特別なんだ。俺を襲う事もない」
「そうか」
「じゃぁ、この子にもスキルの様な伝達する何かを持っていて、トワさんに伝えているという事?」
「聴いてみた事はないが、そうなのかも知れないなぁ」
シドは考えていた。今まで気にした事も無かったが、この世には何かを伝えようとする魔物もいるらしい。
シドが“精神感応”のスキルを<ドュルガー>に付与されてから、森の中で相対した魔物には、それを感じた事はなかった。だが、魔物にも同じような能力を持っているものが居れば、通ずる物があるのかも知れないのかと、心の片隅に記憶しておく。
「それで、森の方はどうだったんだ?大岩は見付かったか?」
「ああ。直ぐに分かったし、そこに探していた魔物も居た」
「あ?何だって?!」
「足があったから移動は出来る魔物の様だったが、あの辺りが縄張りだったのかも知れないな。大岩の所に居た」
「そうか…それで、そいつをどうしたんだ?」
「討伐は完了だ」
「ええ?!今まで何人も気付かなかった魔物を見付けた挙句、もう討伐したのか?」
「ああ、少し厄介な魔物だったがリュウが止めを刺したから、もう大丈夫だ」
「それで、その魔物は何だったんだ?」
「多分“マンイーター”だと思う。周囲に溶け込んで見えなくなる特徴があった。フェンリルもそれで本体を認識できずに、近付いてしまったんだろうな」
「そうだったのか…」
「俺の勝手な想像なのだが。フェンリルは、あんたの安全を確保する為に、いつも周囲を回っていたんだろう。そこへ嫌な気配を察知して駆除しようとした所、逆に襲われたのではないかと。そして、腹に種を埋め込まれ宿主にされてしまったが、何とかここまで辿り着いた…という事だと思う。どうだ?フェンリル、合っているか?」
シドは精神感応を入れ、尋ねる。
シドの話を聴いているかの様にじっとしていたフェンリルが、瞬きをした。そしてシドの中に、肯定するかの様な気持ちが入ってきた。
シドはフェンリルに一つ頷くと、トワを見て「当たりらしいぞ」と言って口角を上げた。
「お前さん…」
シドはトワを真っすぐに見る。
「これで、あの依頼は取り下げられるな?冒険者達も困惑していた様だから、早目に手続きをしてやってくれ」
「そうだな、そうするよ。だが、お前さん達には依頼を抜きにしても、礼をしたい。何か欲しいものはないか?」
それを聞いたシドとリュウは、互いに顔を見合わせるも、2人共苦笑いだ。
「特に無いからいらないよ」
「だが…」
「じゃあ、その種と魔物を回収して行って良い?そのまま置いておく訳にもいかないしね」
「それは勿論構わないが…」
「ああ、言い忘れるところだった。フェンリルの事は誰にも言うつもりはないから、また一緒に楽しく暮らしてくれ。フェンリル、もうヘマはするなよ?」
シドがそう声を掛ければ、フェンリルはそっぽを向いた。それで皆の哄笑が起きる。
「じゃぁ、そろそろ行くか。今日の依頼の報告へ行かないとな」
「そうだね。そろそろ出ないと、ギルドには遅くなってしまうもんね」
「お前さん達、依頼の途中だったのか?」
「そうだよ?“薬草採取”のね」
リュウがニッコリ笑いトワを見た。
それをトワは、困った様な笑顔を向けてリュウをみる。
「…そうか。それじゃお礼に、俺が摘んできた薬草も持って行ってくれ。もう使わなくても良くなったしな」
そう言ってトワは、自分が摘んできた物をリュウへ渡した。
「ありがとう。貰っていくね」
「助かる」
それから、2人はトワに見送られて家を出ると、マンイーターを回収してから街へと戻ったのだった。
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夕方、街へ戻った2人はそのまま冒険者ギルドへ向かう。
本日の依頼はトワに貰った追加分があって、無事に達成している。もし最後に貰っていなければ、量が足りていなかったので本気で有難かったのである。
2人がパーティになって初めて受けたE級の依頼を、ミスでもすれば目も当てられないという事だ。
ギルドの重い扉を開き中へ入ると、ギルドは冒険者達で溢れている。そのまま2人は報告の為に、受付の列へ並んだ。
「人が多いね」
「ああ。時間が皆と被ってしまったな」
「少し遅くなったもんね」
「そうだな」
気軽な話で時間を潰す。
ここの冒険者ギルドは、ネッサに比べても小さなギルドだ。それなのに、冒険者の人数は多かった。
「また<ボズ>に行ってみるか?」
「いいや、あそこは人が多すぎて駄目だ。行くのはもう少し時期を置いてからの方が良い」
薄っすらと、他の冒険者達の会話が聴こえてくる。<ボズ>ダンジョンの話が出ているが、ここから<ボズ>はそう遠くない。この者達は最近まで<ボズ>に潜っていた様だ。
シドもいずれ<ボズ>には行ってみたいと思ってはいるが、今は未だその時ではない。
他人の会話に気を取られていると、自分達の番が来た。2人はカウンターの前へ出ると、採取してきた薬草を出した。
「シドさんと、リュウさんですね。お帰りなさい、お疲れ様でした。はい。本日の依頼はこれで達成となります。リュウさんの冒険者としてのスタート、パーティとしての初回依頼達成、おめでとうございます」
そう言われ、受付女性にニコリと微笑まれる。
「ありがとう」
リュウが答えると、シドがリュウの頭を撫でる。
「本当に、仲がよろしいご兄弟ですね」
「…まぁな」
そう軽く流し、本日の報酬を受け取る。本日の報酬は80ダラル。2人分の宿泊費用にも満たない金額だ。
だが2人は満足気にそれを受け取ると、ギルドを出て行ったのだった。
作中の“マンイーター”には、ちょっと“帳尻合わせ”になってもらっています。
マンイーターはこんな設定ではないぞ、という読者様もおられるかもしれませんが、そこは流してお読み頂けると助かります。
“フェンリル”も追記いたします。フェンリルは銀色の毛に覆われた狼に似た魔物で、以前シドが倒した事のある“ヘルハウンド”の上位に当たります。フェンリルは単体で行動し、体も大きく成体で3m前後になります。そして知能も高く魔法も使い、本来ならマンイーターより強いのです。A級討伐対象で、冒険者には余り遭遇したくない魔物です。




