39. 手掛かり
「これから、こいつの腹を切って異物を取り出す。直ぐに解毒と治癒をすれば命は助かるとは思う。だが俺達には医療の知識がない。助かってもその後どこまで回復するかは分からないが、それでも良いか?」
シドの話を聞いたトワは、力強く頷くと「それでも良い」ときっぱりと返答する。
シドはリュウを見る。
「すぐ行けるか?」
「うん。大丈夫」
「ではこれから始める。ここが少し汚れるが構わないか?」
「構わない」
シドは、トワの顔からフェンリルへ視線を向けると、腰に差してあるナイフを出し、一度手を止めた。
「悪いが2人共、顔に布を巻いて、なるべく香りを吸わない様にして欲しい。処置が終ったら窓を開けて、換気を頼む」
「何をするんだ?」
「眠り香で、こいつを一旦眠らせてやる。今意識があるかは分からないが、寝ている間にしてやりたい」
「分かった。助かる」
シドは2人の準備が整うと、亜空間保存の間口を、腕1本分程の大きさで開き、中に入れてある白い花の袋から片手で掴めるだけの量を取り出すと、フェンリルの鼻先に置く。
そして、位置の確認の為もう一度走査を入れると、続けて集中を入れる。そして再度、フェンリルの顔をみてからナイフを鞘から抜き、その腹へ突き刺した。
シドの額から汗が落ちる。
救命が目的であり今は神経を張り巡らせ、異物を取り除く事に集中し刃物を入れている。出血を最小限にするため余計な所を傷つけない様、細心の注意を払い手を動かしていた。
あとどれ位で集中が切れるのか…間に合うだろうか、後もう少し…。
コツン
その時、手先のナイフから、硬い何かに当たった振動が来た。やっとそれに辿り着いたのだ。
シドはナイフを腹から抜くと、今度は自分の素手をそこへ差し入れ、その異物を掴むと力の限り引き抜いた。
「トワは、窓や扉を開けて換気を頼む。リュウ、頼んだ」
「うん」
シドは置いてあった花を掴み取り、異物を握ったまま後退すると、リュウと場所を変わる。
リュウはそこへ膝を付くと手を添えて詠唱する。
「解毒」
フェンリルの全身に行き渡るよう、しっかりと魔法を巡らせる。そして一つ息を付くと、背筋を伸ばす。
「全回復」
淡い光がフェンリル全体を包み、染み込む様に消えていった。
シドは治療が完了した事を見ると、開いている扉から外へ出る。
「リュウ、水を掛けてくれ」
続いて出てきたリュウに声を掛けると、言われた者はすかさず魔法を放つ。
「流水」
リュウは、シドの血まみれの両手を洗い流すと、シドの隣に立った。
「それは何?」
シドの手にする丸い塊を見て問う。
「俺にも判らない、初めて見るな。走査で分かるのか?」
シドはそう言うと、その手に持つ塊をスキャンする。
「………種子?何かの種か?」
シドはスキルを切ってそう呟く。
「種なの?そんな大きな種は、今まで見た事がないや」
「そうだな…その上、とても嫌な感じのする物だ」
一旦それを布に包み、2人は家の中へ戻る。家の中ではトワがフェンリルに寄り添って、首元を撫でていた。
「様子はどうだ?」
「呼吸は落ち着いている。まだ目は覚まさないが顔も穏やかになった様だ、ありがとう。もう大丈夫そうだ、本当に有難う」
そう言ってトワは2人へ向かって立ち上がると、頭を下げた。
「頭を上げてよ、トワさん。僕たちは出来る事をしたまでだから」
リュウの言葉にトワは顔を上げると、その目には涙が光っていた。
「少し話を聞かせて貰っても良いか?」
シドが何かを聞きたがっていると分かったトワは、2人をテーブル席へ座らせる。
「一応、茶を入れるから少し待ってくれ」
そう言ってすぐ先に見える台所へ向かうと、トワは手早くお茶を入れ、3人で席に着いた。
「今日、俺達が来た本来の目的は、冒険者ギルドへ出した依頼の件だ。あれはどういう事だ?」
「その件か…。自分で依頼を出しておいて言うのも変だとは思うが、魔物の指定が出来ない討伐依頼だ。本当なら魔物を確認してから依頼を出さなければならない事は解っているが、それが分かってからでは遅い様な気がする…」
「どういう事だ?」
「実を言えば、あのフェンリルを傷つけた、魔物の討伐依頼を出したいんだ」
「フェンリルをあそこ迄追い込んだ魔物を、D級冒険者に討伐させようとしているのか?」
「俺も色々と考えた。フェンリルに付いていた歯形から、小さくない魔物である事は判った。でもそれ以外に何も分からない魔物の討伐を、上位冒険者には頼めなかった。それにフェンリルの事を出す訳にも行かず、冒険者ギルドにも相談出来なかったんだ…」
トワの言っている事も判る。
フェンリルの名を出さなければ、何も先に進ませる事は出来ないが、それも又出来ないという事だったのだろう。
フェンリルに傷を負わせる事の出来る魔物が、この森の何処かにいるという事だ。只、まだ幸いにも人的な被害は報告されていない様ではあるが…。
「そうか。ではその魔物を調べる為にも、先に手掛かりから当たってみるか」
シドはそう話すと、先ほど布に包んだ拳大よりも大きな丸い塊を、テーブルへ置いた。それは、見掛けは石に似ているが色は赤黒く、石ほどは重くなく薄っすらと嫌な気配を漂わせている。
「さっき取り出してくれた物か?」
「そうだ」
「見ただけでは何だか判らないな…」
トワはそう言ってじっとソレを見ている。
「どうもコレは何かの種の様だ」
「種だと?」
「さっき少し調べてみたのだが、これは中心に軸の様なものがあり、その外側に胚乳部分の様な役割を持つ部屋があって、そこへフェンリルの血肉を取り込んでいた様に感じた。そしてこの外側が種皮に当たり、その種皮から宿主を弱らせる為か、毒が出ていたらしい。その構造を鑑みると、種ではないかと思う」
「コレが種だとすれば、その魔物は植物という事になるよね?」
「そう言う事になるな」
リュウの問いかけにシドも同意する。だがその魔物がなぜ、見付からないのか。
「こんな大きな種を持つ魔物は、やはり小さくはないね。それなのに仮令植物であっても、ある程度の大きさがある魔物を、誰も見つける事が出来ないってどういう事?」
リュウの問いは、皆と同じ問いであった。3人は自分の知識の中からソレを探そうとするも、何も思いつかないのである。
「一応は“植物系の魔物”である事は判明したのだから、後はそれを基準にして、見回るしかないだろうな。せめてフェンリルのやられた場所がわかれば…」
「やられた場所なら分かる。あいつがやられた時に、血の跡をたどって行ったんだが、そこにはもう何も居なかった」
「その場所はまだ覚えているか?」
「勿論だ。ここから南へ30分程歩いた所だ。近くに大きな岩があるから、直ぐにわかる」
「そうか…リュウ?」
「うん、行ってみよう」
シドの呼びかけに、それは行くか行かぬかと聞かれた事と理解したリュウが、即答する。
「では俺達は、これからそこへ行ってみる。何か手掛かりがあるかも知れない」
「わかった。気を付けてくれ」
「ああ」
「行ってくるね」
それから2人はトワの家を出て、言われた事を頼りに南へと進む。リュウは軽量化を掛け、シドに付いて行った。
「リュウ、これを飲んでおいてくれ」
シドはリュウへ魔力ポーションを渡す。
「そうだね、ありがとう」
そう言って念の為に、リュウは魔力を回復した。
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そろそろ該当エリアに入る頃、教えられた大きな岩が見えてきた処で、足場を見ながら西側から回り込む。そしてリュウが大岩の方へ駆け出そうとした時、シドの足が止まった。
「どうしたの?」
「何か感じないか?」
「ちょっと粘り付くような気配はあるけど、何も居ないみたいだし、もっと近付いてから確かめよう」
「いや……これ以上は迂闊に近付かない方が良いかも知れない。さっきの種と同じ嫌な感じがする」
シドがそう告げれば、リュウはパッとシドを振り仰ぐ。
「じゃあ、あの魔物が居るって事?」
「多分…」
2人は、大岩の方角の気配を探りつつ目視でも捕えようとするが、動く物一つ何も見当たらない。シドとリュウは顔を見合わせる。
気配はするが何かわからず、それは多分フェンリルを傷つける事が出来る程の魔物だろう。2人は動けずにただ、思考は空回りする。
その時、西から東へ風が吹き抜けた。その風は2人の髪を乱して大岩の方へ流れて行く。
それを見たシドは、リュウに伝える。
「リュウ、これから白い花を出す。リュウは念の為、鼻と口を布で塞いでくれ」
シドが何かを考え付いた事に気付いたリュウが了承する。そして顔の半分を布で塞ぐとシドに一つ頷いた。
それを確認したシドは亜空間保存を開くと、そこから白い花を袋ごと取り出し身体強化を掛け、大岩の方角へ向けて高く放った。
そしてその袋へ向け、魔法を放つ。
「風の刃」
シドの放った魔法は、その袋を切り裂き中身が暴かれると、辺り一面に白い花が落ちてゆく。
それはただ見ているだけならば、とても美しい光景だった。
深緑の木々が並び立つ合間を抜ける様に、青い空から白い花がハラハラと降り注ぐ。大岩の周辺に、それはまるで雪の様に舞い落ちていった。
追伸.
フェンリルの鼻先に置いた白い花は、回収したシドが外に出てから処理した様です。細かい描写は邪魔になるので省きました。読者様任せですが、宜しくお願いいたします。




