37. ウェヌスの街
リュシアンは茶色く染めた髪をバサリと自分で切った。
元々は胸程の長さだった髪を肩の上で切ったのだが、流石に毛先が不揃いな為に、シドが丁寧にハサミを入れて揃える。
「シドは器用ね」
「そうか?何でも自分でやる様になれば、こうなるだろう?」
「そんな事は無いわよ。私は自分で言うのも何だけれど、不器用だもの…」
「ではこれからは、自分で色々と熟さなければならないから、器用になるかも知れないな?」
「そうだと良いわね…」
「まぁ俺の場合、髭を整える為に器用にならざるを得なかった処が大きいな。髭はただ伸ばせば良い物でもなく、毎日の手入れも大変なんだ」
「え?そうなの?私はただそのまま伸ばしている物だとばかり、思っていたわ」
「そうだな。女性はそう考えていてもおかしくはない。今回俺が髭を無くすつもりなのも、その手間を考えての事でもある。剃った方が楽だからな」
「では何で伸ばしていたの?」
「変装の意味もあるが…以前ネッサに行った時に、少し女性に付き纏われてな。あそこは押しの強い女性が多いから、それで面倒になって伸ばしたんだ…」
「モテモテだったのね…」
「そういう事でもないと思うが」
「じゃぁシドがお髭を剃ったらマズイという事になるじゃない…」
リュシアンがブツブツと何かを言っていたが、シドには聞こえなかった。
それから今度はシドが髪色を変えて髭を剃った。それを見たリュシアンが固まる。
「何か変だったか?」
「…いいえ…年齢相応に見える様になったわ…」
「そうか。では“年齢詐欺”は撤回だな」
そう言ってシドは哄笑する。
それを何とも言えない顔で見ていたリュシアンは、小声で呟く。
「これは逆に目立ちそうかも知れないわね…」と。
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その後2人は<イーリス>を出発してリーウット領へ入り、“ウェヌス”という街へ行った。
そこでまずは宿を取りそれから冒険者ギルドへ、という話になった。
見付けた宿には“金の鳩”という看板が掲げられていて、冒険者ギルドにも近い場所にある。
「ここで良いか?」
「いいよ」
リュシアンは今日から名前を“リュウ”にして、シドの弟という設定である。少々慣れるまでは大変そうだが、こればかりは早く慣れるしかない。2人は金の鳩へ入る。
「泊まりたいのだが、部屋はあるか?」
「いらっしゃい。まだ部屋はあるよ、2人だね?1部屋で良いかい?」
「…ああ」
リュシアンは今、少年の様な姿をしている。その為、保護者と同室となるのは当たり前なのである。
素直に鍵を受け取り、2人共部屋に入る。
「ふー。バレなかったわね…」
リュシアンの心配はそっちだった様だ。リュシアンは“リュウ”になってもリュシアンである。
入った部屋には運よく浴室も完備されていた為、リュシアンは大喜びだ。ここ一ヶ月程は川などで体を洗う事しか出来なかったので、やっと本当にさっぱり出来そうである。
「私、先に入浴してくるわ…じゃなくて、コホン。…僕、お風呂に入ってくる」
シドはクスリと笑い一つ頷く。これからは色々と気を引き締めなければならないな、と剣を取り出し無心に手入れを始めたシドであった。
結局、2人で決めた設定はこうだった。
2人はファイゼル領のホロン村から来た。リュシアンは“リュウ”という名でシドの弟、16歳。
これから冒険者になるので、兄であるシドとパーティを組む。問題のパーティ名は“グリフォンの嘴”になった。当然リュシアンの命名である。
そして先日オーツから受け取ったリュシアンの剣は使わずに、シドの亜空間保存へ入れる事にする。2人きりの時は使う事も出来るが、人の手前、駆け出しの少年には優美過ぎる剣の為に“リュウ”はリュシアンがいままで持っていた軽めの剣を、引き続き使う事にした。
そしてシドの“剣問題”は、今は解消している。
あれからオーツの剣とボズの剣を背に背負い、2本とも両手に持って戦える様に鍛錬をしてきた為、問題の“焼きもち”は発生しないはずである。2本とも重くはなく、風衣を纏わせれば更に軽くなる為、片手でも使う事ができるのだ。
2人は入浴を済ませてさっぱりとしたので、今から冒険者ギルドへ行って“リュウ”の登録とパーティの申請をする。
この街は、コンサルヴァよりは小さいが、今の2人には十分大きな街だ。冒険者ギルドはこの街の北部にあって、宿はそれよりも南で街の中心に近い場所だった。近くに見える店々を覗きながら、冒険者ギルドの看板が出ている建物へ入った。
2人は揃って受付へ行く。時刻は昼を過ぎた頃だが、まだ少し冒険者達も中にいた。
「こんにちは。何か御用ですか?」
受付の女性は、初めて見る2人に満面の笑みで声を掛ける。
「ああ、こいつの登録を頼みたいのと、パーティの申請だ」
「畏まりました。こちらの方は15歳以上でしょうか?」
「ああ」
「では冒険者登録は出来ますので、こちらの用紙に必要事項をご記入下さい」
そう言って女性はカウンターへ登録用紙を出した。
「わかった」
小さな声で“リュウ”が答え、記入をしていく。
「それで、こいつとパーティを組みたいのだが、その申請も頼みたい」
「はい。ではこちらの用紙にメンバーのご記入をお願いします」
今度はシドに、申請用紙を渡す。
「わかった」
2人は記入を終えると受付へ用紙を戻す。
「ありがとうございます」
受け取った女性は記入内容を確認すると、パーティのランクを記入した。
「ではF級のリュウさんとC級のシドさんとのパーティですので、C級が援護する形でパーティはD級となります」
「わかった」
「ご不明な点がございましたら、又お聞き下さい」
「そうさせてもらう」
「それから、依頼書はあちらに随時貼り出していますので、D級以下の依頼をこちらにお持ち下さい」
「了解した」
こうして“リュウ”とのパーティ登録は無事終了したので、念のために依頼書を見る事にする。
ざっと見渡すと、ロンデの<ハノイ>とキリルの<ウラノス>の告示も貼ってあった。2人は顔を見合わせて肩をすくめる。それだけで意味が伝わった様である。
そして依頼書の確認も勿論する。だが、F級・E級の薬草採取やC級の護衛依頼ばかりで、D級は殆どない。
その唯一のD級依頼は“森に出る魔物の討伐”と書いてあるだけで、何の魔物かの指定もなく、割と雑な依頼内容だった。
それを不思議に思い繁々とシドが見ていると、横から声を掛けられる。
「その依頼は受けない方が良いぞ」
横を見れば年齢は20歳代後半位、黒髪で紺色の眼の男が立っていた。
「そうなのか?」
その男にシドは聞き返す。
「お?兄さんはイケメンだなぁ。この街は初めてだな?」
「そうだが」
「隣の可愛い少年は、連れかい?」
「ああ」
「そうか」
男は頷くと、その依頼書を再度見る。
「この依頼は、貼り出されて2ヶ月は経っている。貼り出された最初の頃は受けた奴もいたが、そいつの話では“割が合わない”と言っていた」
「割が合わない?」
「そうだ。まず、場所が“森”というのはこの街の東側一面の森の事だ。そこの何処かに出る魔物という事らしく“何の魔物か”という指定がない」
「では何でも良いのでは?」
「いいや、そうではないらしい。試しにアルミラージを狩って持って行った奴がいたが、“それは違う”と言われて報酬も出なかったらしい。何人かD級の冒険者の奴らが受けたみたいだが、皆同じ対応だった様だ。“もっと大きい魔物だ”とも言われたらしいぞ」
「大型の魔物でD級依頼とはおかしくないか?」
「ああ、おかしいともよ。だから皆、その依頼書は見ない事にしている」
「…どういうことだろうか…」
「わからんな。では、俺は伝えたから後はお前さんたちの好きにしてくれ」
男はそう言うと、冒険者ギルドを出て行った。
残されたシドとリュウは顔を見合わせると、一旦宿へ戻る事にした。
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「リュシ…リュウ、さっきの話はどう思う?」
「あの森の魔物の話?」
「ああ、D級依頼で報酬は銀貨10枚。そして、大物でエリアも広い。何の魔物かも分からず森の中を探すだけでは、報酬も出ないな。一体依頼主は何をさせたいのか…」
「兄さんに分からないなら、僕にも分からないよ。不思議な依頼だなぁとは思うけど」
「D級のめぼしい依頼はあれ位しか無かったからな…。一度あれの依頼主に話を聞きに行ってみるか?受けるか受けないかは別として」
「僕は別に構わないよ。何だったら、薬草採取の依頼を受けるついでに寄っても良いしね」
「そうだな。話を聞きに行くついでに薬草でも取りながら行くか」
言っている事は同じ様だが、目的が真逆だった。だが2人はこれで問題はないらしい。互いに一つ頷いて、この街周辺の地図を確認する。
先程リュウは、薬草採取の依頼を見てきた様で、街の東側にある森に薬草が採れる場所もあるらしいと聞いて来ていた。
こうして明日は、朝から薬草採取依頼を受ける事に決まったのだった。




