36. 密談と検証
つい数日前、一日置き宣言したはずが、舌の根の乾かぬうちに
今日・明日・明後日の3連休は連続で投稿いたします。
お付き合いの程、宜しくお願いいたします。
「お帰り。深かったの?」
「ああ、思った以上に大きいなここは」
「そう、もしかしてダンジョンだったりしてね?ふふふ」
大当たりである。
シドは入口付近の壁を再度確認するも、まだ名前は出ていない。では一ヶ月後の活動期に入ってから、現れるのだろうか。シドはそんな風に思った。
それからここへの戻り際、考えていた事を口にする。
「リュシアン、俺の言う言葉は信じる事ができるか?」
「勿論よ。貴方を信用しているわ」
「そうか…。今から伝える事は、他言無用で頼みたい」
「わかったわ」
それを聞いたシドは、リュシアンの直ぐ隣に腰を下ろし彼女を見る。
「俺は、特殊なスキルを持っている。…多分だが、今この国でこのスキルを持っている者は、俺だけだと思う」
互いに見つめ合う2人の内、片方が頷く。
「俺には“迷宮再生”というスキルがあり、今まで出逢ってきたダンジョンと対話をしてきた。ダンジョンには“意思”があり話す事も出来るが、それはそのスキルを持っている者だけが、出来る事の様だ」
リュシアンは黙って聴いている。
「ここもダンジョンだった」
「え?!」
思わずリュシアンから声が漏れる。
「大丈夫だ、魔物はまだ出ない。このダンジョンは俺が来た事により、活性化されてしまった様だ。俺が来た事で起動スイッチを押してしまった…という事らしい」
「それで?」
「ここはまだ生まれたばかりなので、一ヶ月程経たないと迷宮としては働かないという事だ。多分だが、その一ヶ月は迷宮を構築する為の期間…と言う事だろう」
「では今は“安全”という事ね?」
シドは一つ頷く。
さて、ここからが重要な話である。
「俺は今まで、ダンジョンの抱える問題を解消してきた。“迷宮再生”というスキルはダンジョンの為だけにあり、そのスキルによってダンジョンの問題を解消する事が出来た」
シドはリュシアンの、火の光に瞬く瞳を見る。
「だが、その度…スキルが増えている」
リュシアンを見れば“キョトン”としている。リュシアンがすると、とても可愛い。
「スキルが増えるってどう言う意味なの?スキルはその人の持って生まれたものだけよね?人にあげたり貰ったりは出来ないはずだけれど…」
「本来はそうなんだが、ダンジョンには付与が可能らしい」
「…ダンジョンは付与のスキルでも持っているのかしら…」
こっそりリュシアンは、斜め上な事を考えていた。
「ではシドが、4つもスキルを持っているのは、そのせいなの?」
「…俺は本当であれば“身体強化”と“迷宮再生”のみだった」
「はぁー凄いわね、身体強化も持ってるの。人にスキルを付与できるダンジョンも凄いけれど…」
「そして、さっきまた一つ増えた…」
「という事は、今は5つ?」
「いや…8つだ」
それを聴いたリュシアンの目が、零れそうに大きく見開かれた。
「私の知っているものは5つよ?…“亜空間保存”、“集中”、“精神感応”と、さっき聞いた“身体強化”と“迷宮再生”ね」
「ああ。他は“硬化”と“走査”、それにさっき付与された“借受”だ」
「何だか色んな名前が出てきて、面白いわね。知らないスキルもあるし、ビックリだわ」
「俺もビックリだ」
そう言い合って、2人は顔を見合わせて笑う。
「それで、一つ確認をさせてもらいたい事があるが、良いか?」
「なあに?」
「俺に先程付与された“借受”というスキルを、試させてもらいたいんだ」
「それって私が実験台になるという事?」
「まぁ、そういう意味でもある…」
「?」
「借受というのは、俺の近くにいる人物が使える魔法を俺が使える様になる、というスキルらしい」
「ええ?何よそれ、反則よぉ」
「俺もそう思う。だが本当に出来るのかをまだ試していない。だからリュシアンの持っている属性魔法を試させてもらいたい」
「そう言う事ね。それって、私の魔力を使うの?」
「いや、魔力は俺の魔力を使うらしい。それも確認したい」
「わかったわ、良いわよ?私は治癒と水魔法が使えるの」
「リュシアンは水魔法も使えたのか…」
「そうよ。でもあなたの前で使う機会は、今まで無かったわね」
「そうだな」
「私が治癒魔法だけしか使えなかったら、戦闘するときに困るわ。攻撃魔法も使いながら剣を振っているのよ」
「そうだったのか…」
ここにきて、リュシアンの水魔法属性を初めて知ったシドだった。
「どちらにしてみる?」
「そうだな、どうせならリュシアンを治癒してみたいのだが」
「そうね、少し疲れが取れるかも知れないものね。それにしましょう。詠唱は“回復”だけで大丈夫よ。全回復は“全回復”ね」
「わかった。やってみる」
そう言ってシドは借受入れると詠唱する。
「回復」
シドが唱えるとリュシアンを淡い光が包む。どうやら魔法は無事に発動した様だ。
「魔力は減っているか?」
「いいえ。変わってないわ」
「では検証は出来た様だな」
「そうね。体も軽くなったし、スキルは無事に使えたという事ね」
「ああ」
「シドの魔法属性はなに?」
「俺は“風”だな」
「貴方が剣以外で戦っている処を、私は見た事が無いわね…その前に貴方が風魔法を使っているところを、見た事がないのかしら?」
「そう思うかも知れないな。俺は戦闘時に風魔法も使っているが、殆どは自分に魔法を載せて使っているから、風魔法としての発動を見せる事は余りないかも知れない」
「魔法を載せる?」
「ああ。風衣という風魔法を使って俺自身を軽くしている」
「私の軽量化と同じね」
「俺は軽量化を使った事がないから確かな事は言えないが、結果的には似た様なものだとは思う」
「風魔法には、そんな事も出来るのね」
「多分これを使えるのは、俺だけかも知れない」
「そうなの?」
「ああ。風魔法を使っている者が風衣を使用している処を、見た事がないからな」
「ふぅん。シドって“素”でも凄いじゃないの…」
「そうでもないが。これは必要に駆られて、というところだな」
「そうなのね。私ももっと頑張らなくちゃ」
「リュシアンは、ちゃんと頑張っていると思うぞ?」
「…ありがとう」
そう言ってリュシアンは、シドにもたれかかる。
「最近、ダンジョンが発見されたり再興したりしたのは、俺がした事に関係がある」
「貴方が世間を騒がせているという意味?」
「それは当たらずとも…という奴だな。別に俺が新しいダンジョンをギルドへ報告した訳でもないから、俺が世の中を騒がせた訳ではないぞ?」
シドは目を細めて口角をあげる。
「それはある意味“屁理屈”とは言わない?」
「ははは。リュシアンに言わせれば“屁理屈”だろうな?」
「もう…」
リュシアンは頬を膨らませて口を尖らせる。
シドはリュシアンの肩を抱きながら、その肩を撫でる。
「<ハノイ>へ行った時だ…俺に“迷宮再生”というスキルがあると分かったのは。ダンジョンは人のスキルを視る事が出来るらしく、俺にそんなスキルがある、と突然そう言われた。その出会い頭に、それを使って<ハノイ>を治してくれと言われてな。持っている事も知らなかった物を“使え”と急に言われてもと、ただ困惑しかなかったな…」
シドは<イーリス>から覗く外を見る。
湿気を含んだ風は雨を運んできていて、静かに雨粒が葉を揺らしていた。
それからシドはポツポツと、今まで出逢った迷宮の事をリュシアンに語ったのだった。
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翌日、朝から近くにある“パルテの町”で食料等を買い込んだシドは、リュシアンの待つ<イーリス>へ戻る。
そして町で食料と一緒に買ってきた髪染めで、シドとリュシアンは茶色く髪を染めるつもりでいた。
「シド…お髭はどうするの?」
「次に行く隣領では、俺を知るものはいないはずだから、髭は剃る」
シドの今まで巡ってきた街は、主に国の西部から南部にかけてであった為に、北部の土地ではシドの外見を知る者がいない事で、名は変えずとも姿を変えて活動する事にしたのだった。
「リュシアンは髪色だけにするか?」
「そうねぇ…私にお髭はないから変えられないけれど、髪は切るわ」
「いいのか?」
「ええ。特に私自身は拘ってもいないし問題ないわ。どうせなら短くするつもりよ?」
そう言って屈託なくリュシアンは微笑む。
「そうか。では諸々支度を済ませたら隣領の“リーウット領”の街へ行って、またギルドで依頼でも受けよう」
「そうね。そろそろ私も活動したいと思っていたの。それでね、シド。私、名前を変えてギルドに登録し直そうと思っているのだけれど、良いかしら?」
「俺は構わないが、良いのか?」
「ええ。一から又始めようと思って。一応B級までは行けたけれど、それって私が“貴族だから”という事も含まれていたと思うのよね。…だから今度は私の力だけで頑張ってみるつもりよ?」
「そうか」
「だからシドは、私とパーティを組んで一緒に頑張ってね?」
「そう来たか…」
シドは苦笑いを浮かべリュシアンを見る。確かにリュシアンを見守る為にも、一緒に行動した方が良いだろう。
「それでは“自力”ではないと思うが、了解した」
「もー。細かい事は置いておいて頂戴」
「ははは。それで、パーティ名はどうするんだ?」
「シドは何かある?」
「…ない。俺にネーミングセンスを求めないでくれ」
「ほほぅ。シドにも苦手なものがあったのね」
「それはあるだろう…」
そんな呑気な話が進み、2人は変装の為に準備を始めたのだった。
 




