35. 始動 【登場人物まとめ・地図】
本日からまた、シドの物語が始まります。
引き続きお付合いの程、よろしくお願いいたします。
※下部に追加の登場人物などのまとめと、略地図があります。
木々は青々と生い茂り、夕方になっても気温は下がらない。涼しくはない風を受け、シドは空を見上げて雲行きを見る。
(夜は雨になるな)
シドはあの日の翌日に、リュシアンはその翌日にネッサを発ち、2人の痕跡はそこで途絶えた。
一応はオーツにだけ、リュシアンが“旅に出るけれど心配しないでね”と伝えてある。2人が何をするのか解っていたのかも知れないオーツは、ただ頷いてくれたとの事だった。
2人は別々にネッサを出発し、トロイヤまで続く道の途中で森へと入り、待っていたシドと合流すると、それからはずっと森の中を移動した。
あれから一ヶ月、今は国の北東にある国境沿い“オロンジェ領”の北部にいた。
「リュシアン、今夜は雨になりそうだ。洞窟を探そう」
「わかったわ」
2人は地図を手に、大凡の現在地は把握しているが、流石に森の中の洞窟までは地図に載っていない。
(洞窟が見付からなければ仕方がない、タープを張ってやり過ごすか)
そうシドが考えていると、リュシアンが言う。
「タープは遠慮したいわね…」
顔を見れば眉間にシワを寄せている。
先日、雨が降った際にタープを張ってやり過ごそうとしたが、思いのほか長雨となり、結局はタープの下まで水浸しになって“雨宿り”の意味がなかった経験がある。
夏のこの時期は篠突く雨となる事も多い為、出来ればゆっくりと出来る場所を見付け、体を休めたいものである。
「向こうにありそうだな」
「行ってみましょう」
人の余り入り込まない森は下草が生い茂っている。足元に気を付けつつ進んで行く。
「そろそろ食料もなくなるのよね?」
「そうだな、近くにある街まで行く必要があるな。明日辺りにでも俺が買い出しに行ってくる」
そんな呑気な話をしていると、洞窟が見付かった。
シドがまず確認の為、入口付近を見る。魔物の気配もないしダンジョンでもないとみると、一つ頷き中へ入った。
2人はもう手慣れたもので、声を掛けずともリュシアンが歩きながら集めた枝で火を熾し、休憩の支度をする。その間にシドが洞窟内を確認しに行くという動作となっていた。
「ここは少し奥が続いている様だ。ちょっと待っていてくれ」
「了解」
シドは、リュシアンが火の準備を始めた事を確認すると、気配を探りながら奥へと入って行った。
(思っていたよりも続いている…どうするか)
今は集中を使い、洞内を探っている。生き物の気配自体は何も感じないが、とにかく奥が深い。
だが、最深部まで確認するつもりもなく引き返そうと、踵を返し歩き出す。
だがその時、後ろに何かの気配がした。
シドは振り返りざま飛び退り、剣を抜く。
見れば魔物が地面から湧いて出たところだった。
(!!)
出てきた魔物はゴブリンである。
(…湧いて出た?)
疑問に思うも、まずは目の前の魔物に集中する。スキルは先程切ったので、身体強化と風衣のみを掛け、ゴブリンに突っ込んだ。
ゴブリンは5匹いたが、シドのスピードの方が速い。瞬く間にゴブリンを倒すと周りを確認する。
(コレだけか?)
そう考えていると倒したゴブリンが徐々に薄くなり、消えた。そしてそこには魔石が5つ落ちている。
この現象は“ダンジョン”だ。だが、入口には名前がなかったはず…。
シドがそう考えていると白いモヤが現れた。
(やはりダンジョンか…)
≪………≫
現れたモヤは何も言わない。言わないので、シドから話しかける事にした。
≪誰だ?≫
シドは精神感応を入れて話す。
≪………≫
いつもならダンジョンはシドを知っており、まるで知り合いの様に話しかけてくるのだが…。
(コイツは無口なのか?)
シドが斜め上の事を考えているとモヤが揺れた。
≪ワ…ワタ…≫
≪ん、何だ?≫
≪ワタ…ワタシ…は、迷宮≫
≪迷宮?≫
≪そう…迷宮、お前が来た…事で目覚めた≫
(――!!――)
≪どういう意味だ?俺が何かしたとでも?≫
≪お前が“迷宮に入る”という出来事を起こした事により…ワタシは目覚める事が出来た≫
≪では迷宮は、たった今生まれたと?≫
≪そうとも言う≫
(……)
今度はダンジョンを生み出してしまった、迷惑なシドである。
≪お前の考えている事は、必ずしも正解ではない。迷宮はいつも生まれており、その上で何かの切っ掛けを得て目覚め、迷宮として活動を始める≫
≪俺が来た事により、それが引き金となって迷宮として始動した、という事か?≫
≪正解だ≫
何とシドは、ダンジョンの誕生に立ち会ってしまったらしい。しかも、シドのせいで生まれたダンジョンだ。
(ここでは休めなくなってしまったではないか…)
シドはまた、あらぬことを考えていた。
≪そう案ずるな。今出た魔物は、ワタシの目覚めの反動の様なもので、もう出ては来ぬ。ワタシはこれから迷宮としての成長を始める。よって今すぐ魔物が湧き出ることも無い。1日・2日は全く問題ないはずだ≫
≪そうか≫
≪それにしても、ここは静かで良い場所だ。迷宮としてやっていくのが楽しみであるの≫
<イーリス>は、結構やる気に満ちているらしい。
≪迷宮として落ち着いたら、冒険者を入れたいか?≫
≪そうよの。折角だ、楽しく過ごしたい由に、人間と遊ぶのも良さそうだ≫
≪では俺から冒険者ギルドへ迷宮の事を伝えておく。その後は国中から、冒険者が来る事になるだろうから、賑やかにはなるだろうが≫
≪おお、そうか!それはそれで楽しみである≫
≪いつ頃、準備が整う?≫
≪そうよの。一ヶ月程あれば調整はできる≫
≪分かった。それ位にギルドへ連絡を入れる。楽しみにしていてくれ≫
≪それは感謝するぞ。ところでお前は只人ではないな?≫
≪…俺は“シド”という“再生者”だ≫
<イーリス>は迷宮として生まれたばかりの為か、知らなかった様だ。
≪そうか、再生者であったか。お前がここに入るという事が、重要な意味を持っていたのだな。再生者は迷宮とある意味、繋がっておるからな≫
≪そうか…≫
≪シドよ、感謝の意を伝える。“借受”のスキルを追加した。使ってくれ≫
今回の<イーリス>も問答無用である。
≪それは何だ?聞いた事がないので分からないのだが…≫
≪“借受”は文字通り“借りる”スキル。近くにいる人間の持つ魔法属性を、借りる事が出来る≫
≪すまないが…それでは意味が分からない≫
≪言葉とはもどかしいものよの。例えば、今入口におるお前の番である者の魔法属性を火種と例え、お前も自分の魔力を使いそれを発動させる事が出来る。と言うものだ≫
≪では、俺は風魔法しか発動出来ないが、彼女を介して彼女が持っている魔法を使う事が出来る、という事か?≫
≪そうだ≫
その答えを聞いたシドは、物は試しとばかりに借受を入れる。
彼女は回復を使えるはずなので、それを自分に掛けようとするも何も起きない。
≪今やってみたんだが、何も発動しなかったぞ?何が悪いんだ?≫
≪ああ、それは距離だ。“近くにいる人間”と言った通り、対象はお前と“半径50m程までの距離にいる者”という事だ。それ以上離れれば使えん。そのスキルは、近くに魔法を使える人間がいる時のみ活用できるものだ。大したスキルではなくて、すまないな≫
距離の制限はあれど、それでも“大したスキル”の様な気もするが、有難く言葉のまま受け取っておく。
≪充分だ、感謝する≫
≪なに、ワタシを起こしてくれた礼だ。気にせんで良い。それにしてもこの世は楽しそうだな≫
白いモヤが機嫌良さそうに揺れている。
≪では一ヶ月後を楽しみにしている。近日はゆるりとして行くが良い。シドよ、また会おうぞ≫
≪ああ。準備も程々にな≫
シドは手を上げてイーリスを見送ると、踵を返し思考を巡らせながら、リュシアンの元へ戻って行った。
――【追加・登場人物等のまとめ】――
▶主人公「シド(シルフィード)」…頑なにC級ソロ冒険者として活動する剣士、189cm、スラリとしているが筋肉質、くすんだ金髪を後ろで束ねている、切れ長の翠眼、顔半分が髭で覆われている、23歳、年齢詐欺、出身ファイゼル領
<魔法=風魔法、スキル=身体強化・迷宮再生・亜空間保存・集中・硬化・走査・精神感応・借受>
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・B級冒険者「リュシアン」…貴族令嬢、シドとはアーマーベア討伐で出会う、21歳、ソロの剣士、160cm、新緑色の長髪をサイドで編込んでいる、蒼眼、シドの彼女?<魔法=治癒魔法、スキル=軽量化>
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●ニールの街(近くに迷宮<ヘルメス>があるが、人々には知られていない)ソルランジュ領の南西
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●ギャヴィンの街(迷宮<マイトレイヤ>→消滅)ブルフォード領の南西
○冒険者
・A級冒険者「ディーコン・ホーラント」…タルコスの街所属・A級パーティ天馬の眼のリーダー、37歳、斧使い、195cm、金髪で蒼眼のイケメン、リュシアンの親戚
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●ネッサの街(迷宮<ドュルガー>)ブルフォード領の南東
○冒険者
・B級冒険者「ハケット」…B級パーティ“緋色の流星”のリーダー、剣士、190cm、碧色の髪に薄茶色のつぶらな瞳、34歳、リュシアンの知人
○街人
・武器屋「ビリー」…武器屋の店主、4年前シドに何の説明もなく“ハヤブサ”を売った
・ノウェイン工房「オーツ・ノウェイン」…名の通った武器職人、錬金術師、62歳、シドの剣“ハヤブサ”の製作者、修理して“ハヤブサ・改”を渡す、リュシアンに懐かれている<スキル=錬金術・対話>
▼シド達の現在地は、地図右側のオロンジェ領北部のダンジョンの所です▼
(見え辛くてすみません)
いつも拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
誤字報告も併せて感謝申し上げます。
また、“ブックマーク・☆☆☆☆☆・いいね”を頂きます事、モチベーション維持に繋がりとても感謝しております。
これからは一日置きの投稿とはなりますが、これからもC級冒険者シドを見守って下さると幸いです。
盛嵜 柊
10月20日修正:作中の“借受”の距離制限を、半径100mから半径50mに変更いたしました。
 




