33. 疎通
シドは工房からの帰り、屋台の並ぶ通りへ出る。芳ばしい香りが人々を誘う場所である。
(これはリュシアンが好きそうだな…)
一つの屋台の前で立ち止まると、シドはフカフカした甘い香りのする菓子を購入する。それを手に宿へと戻った。
夕方、リュシアンは宿へと戻りシドの部屋へ行く。
コンコン
「シド、居る?」
「ああ」
入ってきたリュシアンは、部屋の香りに気が付いたらしく、にんまりと笑った。
「何か良い香りがするわね」
「そうかもしれないな、コレだ」
シドはテーブルの上に置いてあった紙袋を指さす。
「もしかして、“スフーレ”?」
そんな名だったか…シドは知らなかった。
何も言わないシドを気にする事なくリュシアンは、シドの座っているテーブルまで来ると、自分もイスに座って袋を開けた。
「食べて良いの?」
「いいぞ」
言うが早いか、リュシアンは嬉しそうに菓子を食べている。
「今日は剣を出して来た」
リュシアンに剣を修理に出したことを伝える。
「そう。ビリーは修理を受けてくれたのね」
「いや、断られた」
「え?…何処へ出したの?」
「作った者の処だ」
「そうなのね。で、誰?」
「確か…オーツ・ノウェインという人物だ」
「あら?シドの剣はオーツの剣だったの?」
「そうみたいだな」
「…ちょっと、本当に何も知らないで持っていたのね。オーツの剣だったらオーツでないと、修理が出来ないのは当たり前だわ」
「そうか…」
「オーツは武器職人だけれど、錬金術師でもあるの。彼は凄い技術を持っている人なのよ?だから彼の作った物は、彼でないと直せないわね」
「そうなのか…普通のおやじだったが、見かけに寄らないんだな」
「では彼に会ったのね?元気だった?」
「ああ」
「私の会いたい人は彼なの。すごく面白い人で優しいのよ。私も会いたかったわぁ」
「それなら修理が済んだら、この宿へ連絡がくる事になっているが。一緒に行くか?」
「行くわ!」
シドは嬉しそうなリュシアンに目を細めた。
「それでね、明日は私、ダンジョンの様子を見に行く事にしてあるの。まだ立入禁止だけれど、ギルドに許可を貰ったから。シドも行く?」
「そうだな。俺も確認したい」
「では明日は<ドュルガー>ね」
「ああ」
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翌日、昼前に2人はダンジョンの前にいた。
入口の前では数人の冒険者が立って、勝手に入ろうとする者を見張っている。リュシアンはギルドに許可を貰ってある旨を伝えると、2人で中へ入った。
ここのダンジョンの壁には、魔石灯の柔らかい光が間隔をあけ、所々に灯してあって足元も見易くなっている。今回、魔物達に少し壊されてしまったが、上層階はカンテラを出すほど暗くはなっていなかった。
「ここは16階層まであるのよ。1階層ずつが広いから、下層へ行くのには少し時間が掛かるわ。慣れている人ならある程度の道順を決めて、速く進む事が出来るけれど不慣れな人には、時間が掛かるダンジョンね」
「そうか」
シドは余計な事は言わずにただ黙って聞いている。
リュシアンが折角教えてくれているのだ。実は “迷宮再生” で “内部構造を全て視て知っている” とは、口が裂けても言えないのである。
ダンジョンの1階層へは魔物が溢れて来なかった為に異常はない。これから2人は2階層へ下りる。そして2人の足音だけが洞内に響いている。
「静かね」
「ああ」
「今日は魔物が全く出てこないけれど、一気に放出したから今は魔物がいないのかしら?」
「どうだろうな…」
そう答えたものの、シドには<ドュルガー>が、今は魔物を抑えてくれているであろう事が何となく分かっていた。
「でも魔物が出て来なくなってしまうと、ドロップとか魔石とかが取れなくなってしまうわね…それではダンジョンでは無くなってしまうわ」
「それは…まぁ大丈夫だろう、多分な」
「ふぅん。シドはダンジョンの気持ちが、解かるみたいな言い方をするのね」
「思ったことを言ったまでだ。他意は無い」
「そう…あっ、あの辺りね。私達が居た場所は」
リュシアンがそちらを指さす。
「そうだな。あの奥が狭くなっているお陰で一気に溢れ出なかったから、助かったな」
「本当よね。広い所から集団で来られると、対応が出来なかったかも知れないわね」
そう言って2人はその場所に立つ。シドとリュシアンは辺りを見回して頷き、奥へ入って行く。
その奥は下層へと繋がっており直ぐに道が枝分かれしている。シドはその1つに入る。そしてリュシアンは別の道を確認しに行った。
≪再生者よ。礼を言う≫
姿は見せていないが、頭の中へ声が響く。
「ドュルガー、調子はどうだ?」
≪ああ。あれからはつつがなく。面倒をかけたの≫
「気にするな。<マイトレイヤ>も気にしていた様だったから、間に合って良かった」
≪そうか≫
「もう皆を入れても大丈夫か?」
≪問題ない≫
「そろそろギルドも許可を出すと思う。又皆をよろしくな」
≪承知した。ところでシドよ、礼として“精神感応”を付与した。迷宮と話す時、使うと良かろう。他の人間がいても怪しまれず済むからの。切り替えてみると良い≫
シドは言われた通り“精神感応”を入れた。だが、どう使うのかがわからない。
≪おや?使い方がわからぬと?今使えておるぞ。特に何をする訳で無く、意識した相手にのみ繋がる。我の使っておるのもソレじゃの≫
≪なるほど…これで対話になっている…という事か≫
≪然様≫
≪これは迷宮にしか使えないのか?≫
≪否。人間に対しても使えるはずである。但し、相手は口でしか返答できんがな。フォッフォッ≫
≪大凡の理解は出来た。礼を言う≫
≪我こそが礼を言わねばならん事であった。魔物の大量放出を感知出来てもそれを吸収し戻す事は我には出来ん。何故かそれは理に触れるようじゃ≫
≪そういう物なのだな≫
≪おや?人間がおぬしをさがしておる様だの。ではな、シドよ。再生者に幸あらん事を≫
<ドュルガー>はそう言うと、精神感応を切った様だ。
「ドュルガーにもな」
シドが呟いて踵を返した時。
「シド!」
道の先からリュシアンが飛び出して来た。
「呼びかけても返事が無いから、何処かへ行ってしまったと思ったわ!」
そう言って、シドに抱きついた。
また心配を掛けてしまった様だ。
「すまないな。こちらの確認をしていただけだ。異常はないから問題なかった」
そう伝えながら、抱きついているリュシアンの背を軽くたたいた。
「目が離せないから困るのよ…」
顔を上げたリュシアンの瞳が灯りに照らされ、シドをまっすぐに見つめている。
少しの沈黙…
リュシアンの顔にシドの影が重なった。
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ダンジョンから戻った2人は冒険者ギルドへ顔を出した。
すると受付の女性がシドへ話しかける。
「貴方がシドさんですか?今回のスタンピードにご助力頂きましたので、報酬をお受け取りいただきたいのですが、書類にご記入いただいて宜しいでしょうか」
リュシアンと一緒に入ってきたので“シド”と認識された様だ。ハケットからも報告が入っているのだろう。
隣を見るとリュシアンも頷いた。
「俺はたまたまで、だから…」
シドが遠慮しようと言葉を発すると、横から肘鉄を食らった。
「うっ……。わかった…」
それから書類の手続きを済ませ、ダンジョンの安全も報告する。
「はい。ではこちらはギルドマスターに報告いたしまして、再開目安の検討材料とさせていただきます」
そう言って、受付の女性は一礼した。
報告も終わり冒険者ギルドを出たシド達は、いま街を歩いている。
スタンピードの夜、一度は避難した住人達だが被害もなく、たったの数時間で恐怖が去った事に安堵し、街には笑い声が戻っていた。
その街中を、ニコニコしながら歩いているリュシアン。皆の笑顔が嬉しい様だ。
「本当に、一時はどうなる事かと思ったけれど、私達も間に合って良かったわ」
「そうだな」
「シドは何か分かっていて急いでいたの?」
「いや、そういう訳でもない。少し胸騒ぎがしていたが、具体的には何も分からなかった。もしかするとネッサに来る途中で何かあるかも…とも思ったが。その程度だ」
「そうなのね。でもシドのお陰で私も駆け付ける事が出来たもの。ありがとう」
「それは、リュシアンが強行日程でも文句を言わず、付き合ってくれたからだ。だから、それは自分に向けると良い」
シドはリュシアンに向かって目を細める。
それはダンジョンから戻っても、変わらない2人の距離感だった。
いつも、拙作をお読みいただきありがとうございます。
そして誤字報告をいただき、重ねて感謝申し上げます。本日、ご報告いただいた該当文字を修正いたしました。
こうして皆様に支えていただき、このお話は進んでおります事、感謝申し上げます。
これからも引き続き、C級冒険者シドを見守って下さると幸いです。
追伸.キーワードを修正しました。




