32. 大物
結局シドはリュシアンに、3日も部屋から出してもらえずに大人しく過ごし、今日からやっと通常通り外へ出る許可がもらえたのだった。
次回リュシアンの前で倒れでもしたら、1週間はベッドに縛り付けられるのではないか、そんな不安が過ぎったシドである。
いつの間にか手配をし寝かされていた宿 “郭公の巣” から、街の中を歩く。
宿は西側の街門寄りの区画にあり、冒険者ギルドとは真逆の位置だった。そこからメイン通りである金属加工業の区画へ出る。中央を南北に通る人通りの多い道だ。
シドは以前の記憶を頼りに、ビリーの店を探す。シド本来の目的の為に。
店は、記憶にあった場所にあった。シドはホッと胸を撫で下ろす。
(まだあった様で助かった…)
失礼な事を考えている奴である。
焦げ茶色の重い扉を開き、シドは店に入ってく。だが店主は見当たらない、居ないのだろうか…。
店内を見回せば、様々な武器が壁に掛けてあった。斧・槍・剣、鈎爪、どれも良い品だと判るものだ。シドはその中から1本の剣を取る。鞘から少し刀身を覗かせれば、シドの使っていた剣と同じ感じがする…が、何か違う。
そう考えていると、奥から店主が出てきた。
「いらっしゃい。その剣も良いものだよ。試し切りも出来るから、試したければ声を掛けてくれ」
シドは手にしていた剣を壁に戻すと、店主の前へ行く。
「修理をして貰いたい剣がある。コレだ」
そう言ってシドは、店主の前に自分の剣を置いた。
「おや?お前さん…そうか、この剣を買った奴だったか。雰囲気が変わっているから、分からなかったぞ」
そう言ってシドを繁々と見ている。
この剣を買った4年前、シドにはまだ、顔に髭がなかった。この街で女性に付き纏われる様になり、髭を伸ばし始めたからだ。
店主は繁々と見ていた目線を、下の剣へ移動させた。
「修理と言ったのか?」
「ああ」
「診させてもらうよ」
そう言ってから剣を手に取ると鞘から抜いた。
「………。折れてるじゃないか」
「ああ」
「ああ、じゃねぇよ。何でこの剣が折れてるんだ。ちょっとやそっとで折れる代物でもないんだぞ?」
「そうだな。今までは刃こぼれ一つしなかった」
「…何をした?」
「魔物に折られた」
「普通の魔物の衝撃では、折れはしないはずだぞ?よっぽどの負荷をかけなきゃな」
「そうか…」
この剣を最後に使った時、シドは身体強化・風衣・集中を使っていた。威力を剣に乗せ過ぎてしまったのだろうか。
シドが考え込んでいると、店主のため息が聞こえた。
「俺はこの剣を作った者じゃない。この剣は割と特別でな。作った者が、修理出来るかを判断する。だから、本人の所へ持って行ってくれ」
「…」
折角ここまで持ってきた剣が、修理出来るか判らないらしい。困った。
「作った者に聞けば良いのか?それで、誰に聞けば良いんだ?」
シドの問いを聞いた店主は、売った当時、シドに何も告げずに売っていた事を思い出した様で、額に手を当てている。
「そいつを作った者は“オーツ・ノウェイン”という人物だ。この街にある工房にいるはずだ」
「そうか、わかった。邪魔をしたな」
シドはそう言うと、剣を手に店を出て行った。
それを見送った店主は、オーツの名前を告げて、何の変化も見せないシドの様子に“あいつは大物だな”と、妙に感心していたのだった。
オーツ・ノウェイン。
シドが聞いた、この剣を作った人物の名前だ。さて、この名を頼りに、その工房とやらまで辿り着くのだろうか。
その場所を聞けそうなリュシアンも今日は宿におらず、他の冒険者達も事後処理で忙しそうであった。街の中で人に聞いて、直ぐに、わかるものだろうか…。そうシドは考えていた。
だが本来、この“オーツ・ノウェイン”という人物は、この街では有名であり武器を扱う者ならば、皆知っているというレベルの男だったのだが、“大物”であるシドには、知る由もない。
何の気なしに、シドはギルドへ向かって歩いていた。
やはりギルドの周辺は、人が慌ただしく動いていて忙しそうだ。他の所で聞いてみるか、そう思ってギルドを見れば、ハケットと呼ばれていた男が、扉から出てきたところであった。
向こうもシドに気が付き、こちらへ向かってきた。
「よぉ。確か“シド”と言ったな。もう体は良いのか?」
「ああ、問題ない」
「今日はどうしたんだ?お嬢はここには居ないぞ?」
お嬢と言うのは多分、リュシアンの事だろう。
「リュシアンではない。人を訪ねたいんだが、場所がわからずに歩き回っていただけだ」
それを聞いたハケットが目を細める。
「おや?女か?お嬢に知られると拙いのではないか?」
「…?」
何でリュシアンが出てくるのかは解らないが、そもそも相手は“男”である。
しかもハケットが、シドとリュシアンの仲を勘違いしている事も、シドは知らなかった。
「オーツ・ノウェインという人物を探している。工房へ行けば居るらしいのだが、場所がわからず困っている」
それを聞いたハケットは、つぶらな瞳を大きくする。
「お前さん、オーツ爺さんと知り合いかい?」
「いいや」
シドの答えを聞いたハケットは思案する。
オーツ・ノウェインという人物は、この街では知らぬ者が居ない程の有名人だ。素晴らしい武器を作る事も然ること乍ら、なかなかの変わり者である事も良く知られていた。
知り合いでもない旅人が行って、ほいほいと会ってくれるかは分らないが、一応場所位なら教えておいてやろう、と完結したのだった。
「俺も移動するから、ついでに途中まで案内する」
「よろしく頼む」
こうして工房近くまで案内してもらい、シドはオーツ・ノウェイン問題を無事クリアする事が出来た。
コンッ コンッ
シドは扉をノックする。
「何だ、今忙しいんだ。手が離せねぇから勝手に入ってくれ」
中から男性の声がする。勝手に入って良いらしいので、扉を開けて中に入った。
そこは小さく区切られた間仕切りの隙間の様な場所で、テーブルとイスが置いてあるだけの場所だった。
間仕切りの隙間から見える奥は広く、あちこちに色々なものが積み上げてある。その荷物の奥から、男が顔を覗かせた。
「誰だ、お前さん。製作依頼なら受け付けてないぞ。帰ってくれ」
そう言って顔を引っ込めてしまった。
「製作依頼ではない。修理依頼だ」
見えない相手に、シドはそう返す。
「あん?修理だと?儂の作るものは壊れないはずだ。作者が違う様だぞ、帰れ」
取り付く島もないとはこの事か。シドは嘘を言っていない。だが、相手をしてくれそうもない様である。
「……」
シドは無言で腰に差していた折れた剣を、近くのテーブルへ置いた。
“ゴトリ”
その音が聞こえたのか、男が再度顔を見せた。
「まだ居たのか。忙しいんだ、早く帰っ……」
そこで声が途切れる。
奥でガタガタと音がしたかと思えば、男はこちらへやってきた。
「ハヤブサじゃねぇか…お前が持ち主だったんだな…」
どうやらこの剣は“ハヤブサ”という銘らしい。4年間使ってきたシドが初めて耳にした剣の名前である。
その男(多分オーツ・ノウェイン)は、シドの剣を手に取ると鞘から抜き、刀身を見る。
「…折れてやがるじゃねぇか…」
「ああ。アーマーベアの鉤爪でやられた。俺も力を入れ過ぎたかも知れないが」
「…折れてるじゃねぇかよ…」
オーツには相当ショックであったらしい。
「すまない。大事に使ってきたんだが、折れてしまった。修理をして欲しいのだが、頼めるか?」
「…無理だな」
「無理なのか?」
「あぁ。こいつは素材を錬金術で加工している。その加工に使う素材を切らしている」
「いつなら出来る?」
「その素材次第だ。今、冒険者ギルドへ発注を掛けているが、この辺りでは獲れない物だから、いつ頃になるかはわからん」
「そうか…」
「だが、この前コンサルヴァで大量に出たらしいからな。運が良けりゃ直ぐに手に入るだろうよ」
オーツの言葉の中にシドが先日まで居た街の名前が出てきた。そして何かが引っかかる。
「因みに、その素材とは何だ?」
「ハンマークラブの甲羅だ。それを強化加工に使っている」
「…」
その魔物は先日見た気がする。そしてシドの亜空間保存に何やらあった気がした。
そしてシドは思案する、ここで亜空間保存を開くのは狭すぎるなぁと。
「少し外へ出るがすぐ戻る。ちょっと待っていてくれ」
シドはそう言って扉の外へ出ると、周りに誰もいない事を確認し、亜空間保存から“ハンマークラブの御裾分け”を取り出して、工房へ戻った。
「これで良いか?」
シドはテーブルへ、はみ出す程のハンマークラブの鋏を置いた。
しかもこれは“覚醒種”の物なのでとても大きい。これも大物である。
「まだ中身も入っているから、食べてもらって構わない」
シドはそう言ってからオーツの顔を見ると、オーツは口をパカリと開け、ハンマークラブを凝視していた。
「ん?コレではやはり駄目か?」
シドの声に目を瞬かせたオーツが声を発した。
「コレで良い!通常の物よりデカイな!素材の量としてはお釣りがでるぞ!」
「ああコレは覚醒種らしいからな。少しデカイかも知れない。使ってくれ」
「ちゃんと金は払うぞ。鮮度も問題ないし、良い素材だ」
そう言ってオーツはシドを見る。
「儂の事は分っているだろうが、儂は“オーツ・ノウェイン”という。修理するから剣を預からせてくれ」
「俺は“シド”だ。ハンマークラブの金は要らないから、しっかり直してやってくれ」
「分かった。では修理代金と相殺させてもらう。この素材は特級品だ。修理代の方が安く済むが良いのか?」
「ああ、問題ない」
「数日で出来上がる。出来たらどこへ連絡する?」
「郭公の巣という宿に居る」
2人はそこで握手を交わすと、笑顔を見せるオーツに見送られ、シドは工房を後にした。
 




