30. 考察と胸騒ぎ
彼らと、無事に接触を免れた2人は、街道へと戻った。
この道を東へ進み、今日は“ベリムの町”へ行く予定である。そして現在地からベリムは近く、1時間も歩けば辿り着くだろう。
「シド。シドはキリルの街のダンジョンの話は、どう思う?」
「どう、とは?」
「ほら、最近はダンジョンが再興したり、発見されたりと続いているじゃない?それについて、どう思うか、よ」
シドは答えに窮する。全部シドのせいなのだから…。
「私はね、サーペントが出たりした事も、何か関連があるのではないか、と思うのよね。全体が少し騒がしいと言うのか、表現が難しいのだけれど…」
「そうか」
「シドはどう思う?」
「俺は、魔物との関係は薄い、とは思う」
「なぜ?」
「ダンジョンはダンジョンで、魔物は魔物だから…だな」
「…シドの言っている事が良く解からないわ。でも、それとこれとは関係ないだろうと思っているのね?」
「ああ」
「まぁ、ダンジョンは昔からあるものだけれど、未だに根本が解ってないものだから、何とも言えないのよね」
「…そうだな」
「ここのところ、ダンジョンの崩壊も減っている様だし、何かの“周期”かしら?」
「……」
「それにしても、キリルねぇ。直ぐ近くが大森林なんだもの、魔物との関連をちょっとは勘ぐってしまう事もあると思うのよね」
「そうだな」
「シドは、ダンジョンに潜らないの?」
「俺は地上が多いな」
「そうね、ソロだと潜れないものね…」
「ああ。ダンジョンはパーティで潜るのが基本だな。下級冒険者の場合は、1人でもどこかのパーティが臨時で入れてくれる事が多い。先輩たちが一緒に潜って、色々と教えてくれるんだ。それで基礎を学び一人前になって行く」
「そんなやり方もあるのね」
「俺もそうやって、駆け出しの頃は学ばせてもらった」
「他の冒険者達の力を借りつつ、色々と経験出来るという事ね。初期育成の良い手段だわね」
「ああ。でも偶に酷い冒険者に当たると、何もできないのだからと荷物持ちにさせられたり、報酬をケチられたりするから、人を見る目も勉強させられる事にはなるがな」
「ふふふ。そうかも知れないわね」
今日も夕陽に背を向けて、シド達は目の前に見えてきたベリムの街へと入って行った。
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キリルのダンジョン誕生に賑わう、隣街のエポで、一人の男が冒険者ギルドを訪ねていた。仕立ての良い服に、髪を綺麗に整え眼鏡をかけた、冒険者ギルドにはそぐわない男だ。
その男は、受付の前まで足を進めると、徐に話しかけた。
「少しお聞きしたい事がありますが、宜しいでしょうか?」
その問いに、受付男性が営業スマイルで対応する。
「はい。どう言った事でしょう?」
その男は、受付が返事をするのを待って一礼した。
「私はグスタフと申します。先日こちらのギルドの依頼で、強盗を捕まえた方々がいたと聞き及び、その冒険者達の事をお伺いしたく参りました」
それを聞いた受付は、『冒険者情報の守秘義務』に抵触すると判断する。
「大変申し訳ありませんが、情報の開示はしておりませんので、お話出来る事は無いかと思います…」
と告げた。
その時、奥の扉からギルドマスターのダリルが出てきた。ダリルは受付職員の困った様子を見て取ると、声を掛ける。
「どうした?」
「ギルドマスター、こちらの方が先日の強盗を討伐した、冒険者達の事を知りたいと仰いまして…」
ダリルは、チラリと仕立ての良い服を着た男を見ると、
「俺が対応するから、下がって良いぞ」
そう言ってから、相手を代わる。
「それで?どういった事を知りたいんだ?」
受付にいた者が下がった事を見ると、ダリルは話し始めた。
「私は人を尋ねておりまして。その捕まえた冒険者の中に “金髪で翠眼、二十歳を過ぎた風魔法を使う男性” は居なかったかと…」
そう聞いたダリルは、あの時にギルドにいた者達から、人相が漏れたのかも知れないと思う。
思い当たる人物がいたからだ。
ダリルは強盗討伐の処理手続きの際、提示されたギルドカードには年齢等、情報の詳細が載っていて、それを見ている。
だが、そいつからは“表に出すな”と言われた。何かの訳アリだろうとは思ったが、まさか貴族に追われているとは思ってもみなかったが。
ギルドマスターは、貴族とも関わりつつ冒険者達も守っていかねばならないという難しい立場でもある。
そんな訳で、当然答えは決まっていた。
「その捕まえた冒険者達は、パーティでな。そのパーティのメンバーには、該当する者はいなかったなぁ」
それを聞いて、落胆した様子を見せた男。
「そうですか。お手数をお掛けして申し訳ありませんでした」
と言って一礼した後、踵を返し男は冒険者ギルドを出て行った。
ダリルはそれを、思案顔で見つめていたのだった。
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シドとリュシアンは、ベリムの宿に入っていた。そして2人は、シドが取った部屋にいる。
「ネッサまで、あと街が一つね」
「そうだな。ここの次は“トロイヤの街”を経由して、ネッサだ」
ネッサの街は、張り出した山々に囲まれ、道と呼べる物が1本しかない。その道はトロイヤから続いている為、トロイヤは必ず経由すると言っても良かった。
「ここからトロイヤまでは1日掛からない位で着くわね。明日はどうするの?」
「どうするかな…」
ベリムでゆっくりしてからトロイヤへ行くのも有りだが、少々胸騒ぎがする。強引ではあるが、朝早く出て急げば、夜にはネッサへ着くだろう。シドは思考に沈んでいる。
「どうかした?」
リュシアンが気遣わし気に声をかけた。
シドは思考から切り離し、リュシアンを見る。
「明日は早朝から出よう。ネッサには明日の夜に着けるよう調整する。かなりの強行になるが、良いか?」
「良いわ。大丈夫よ」
何も理由を言わないシドに、リュシアンは問いかけない。
「何も聞かないのか?」
「ふふふ、聞かないわよ」
「そうか」
シドのこの“焦り”は言葉で説明が出来ない。だから聞かれても困るのだが、リュシアンは聞かないでくれるらしい。
「それでは早めに寝ましょう。私は昼間寝てしまったから、余り眠くはないけれど。ふふふ」
そう言って、肩をすくめてみせるリュシアンに、シドは目を細めた。
「じゃあね、シド。お休みなさい」
「ああ、お休み」
そう言ったものの、結局2人はこの夜、余り眠れなかったのだった。
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そして翌早朝、空が白み始めた頃に2人は町を出た。
ベリムからトロイヤまでは通常、休憩を取りつつ6時間程かかる所を、4時間で。トロイヤから目的地のネッサまで9時間かかるが、それを7時間で進む。
当然、途中での休憩は殆ど取れない。それでもリュシアンは文句を言う事無く、シドに付いて来てくれた。
そしてやっと、ネッサの街が見えてきた。2人はそこで少し気を緩めると、ネッサの街へと入って行った。
ネッサの街は、中心に1本南北に道が通っており、そこがメイン通りで、金属加工の店が軒を連ねる通りである。そのメイン通りから東西に何本もの道が繋がっていて、冒険者ギルドや食料品店等が、エリア毎に別れて並んでいた。その東側に冒険者ギルドはあって、その奥にダンジョンへと続く道が繋がっているのだ。
街へ到着したシドとリュシアンは、店の軒先に灯る明かりに照らされる道を、中心へ向かって歩いていた。
すると途中まで来た時、東側の通りが騒がしくなっている事に気付く。2人は顔を見合わせると、東へと走った。
この先には冒険者ギルドがある。そのギルドの前に人だかりが出来ている。
リュシアンは駆け寄り、そこに居た冒険者へ尋ねる。
「何かあったの?」
「大変だ…大変なんだ…」
パニックになっているらしい若い冒険者は、青い顔でそう呟くだけだ。
リュシアンは彼を諦め、ギルドの扉の中へ入って行くと、受付に聞く。
「何かあったの?」
その声に反応した受付の女性は、目を見開き返答する。
「リュシアン様!どうしてこちらに…」
その声を聞いたらしき人物が近付いてきた。
「お嬢!何でいるんだ!」
その相手に振り向き、リュシアンが問い詰める。
「ハケット!何なの?何があったか事情を説明しなさい!」
リュシアンに問い詰められた男は、バツが悪そうに話す。
「……スタンピードだ……。ダンジョンで奥から魔物が上がってきている。潜っていた奴らは帰ってきたが、これから俺達が入って行って、どこまで食い止められるか判らん。お嬢は避難してくれ」
それを聞いたリュシアンの表情が険しくなった。
「何言ってるの!私も行くわよ!!」
ハケットと呼ばれた男は、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。この人も守らなければならないが、街を守るには人手が必要だ。
傍にいたシドがリュシアンの隣に行くと、リュシアンに向かって声を掛ける。
「俺も手伝う」
そして2人は頷く。
それを見たハケットも諦めた様に頷き「頼む」と告げると、スタンピードを抑える為の人員は、ダンジョンへ向かって行った。
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盛嵜 柊




