28. 懸念事項と白い花
リュシアンがギャヴィンの街中、道の途中で立ち止まる。
ここに何か気になる店があっただろうか。
そう思いリュシアンを見れば、前方の1点を見ている。視線の先を追えば、前方には手を上げた冒険者が、こちらへ近付いて来ていた。
「おお!久し振りだな、リュシアン」
リュシアンは眉根を寄せる。
「何でここにいるのよ、ディーコン。あなた達はタルコスに居るはずでは無かったの?」
「そうなんだが、先日ソルランジュ南部で大型の魔物が出た事は、知っているだろう?だからブルフォード南部の見回りを、一時的に強化しているんだ。俺達はそれの要員で、ギャヴィンに派遣されたって事だ。それよりもリュシアン、そちらさんは?」
「この人は、C級冒険者のシドよ。今一緒に行動しているの」
「ほう?ヨナから一緒に?」
そこでシドが声を発した。
「いいや、違う」
ディーコンが頷く。
「そうかい…それでリュシアンは、冒険者ギルドへは顔を出しているかい?」
「いいえ、依頼は今受けてないから、ギルドへは行っていないわ」
「では、新しい通達を知らないのだな?」
「…そう言う事になるわね。何かあったの?」
ディーコンは、リュシアンとシドの顔を見る。
「キリルで新しいダンジョンが発見されたと、通達が出た。それで冒険者達は活気付いている様だ」
「そうなの、知らなかったわ。最近、変化が多いわね…」
「そう言う事だ。リュシアンはギャヴィンに暫く居るのかい?」
「いいえ。長居しないわ」
「なるほど。俺達は“夕陽の丘”に泊まっているから、何かあればいつでも来てくれ」
「わかったわ」
「ではな、リュシアン」
ディーコンはそう告げると、一緒に居たパーティメンバーと共に去って行った。
「はー」
リュシアンからため息が漏れる。
「どうした?リュシアン」
いつになく冴えない顔をしたリュシアンに、シドが声を掛けた。
「ちょっと、会いたくない人に会ってしまったなぁと、思ったのよ。あの人面倒なのよね」
「そうなのか」
2人は又歩き始める。
「さっきは滞在の事、勝手に決めてしまってご免なさい。あの人達がこの街に居る事が判ったから、長居したくないと思ったの」
「それは構わないが」
「ねぇシドはさっき、“ヨナの町から一緒か?”と聞かれて“違う”と言ったわね?そんなにあの件の事、知られたくないの?」
シドはリュシアンの顔をみて、片眉を上げて見せる。
「まぁ知られたくないというのもあるが、俺は事実を言っただけだ。俺はリュシアンと“ヨナから一緒”ではなく“ヨナの前から一緒”だったからな」
シドはニヤリと笑って見せた。
「ふふふ。シドは面白いわね」
「そうか?」
「ええ」
それから2人は取り敢えず宿をとる事にして、“夕陽の丘”を避けた事は言うまでもない。
翌日、店で食料の買い出しをしてから、早々にギャヴィンを出発した。
「昨日のあの人ね、ディーコン。親戚なのだけれど、私の事を家に色々と報告しているみたいなのよ。それに、あの人のペースに巻き込まれると碌なことが無いから、なるべくなら会いたくはなかったのよね」
親戚付合いが面倒であるのは、何となくだがシドにも解る。
「あの人達、あれでもA級パーティでね、普段はタルコスにいるのだけれど、この前のサーペントの出現で周辺の街が警戒している様ね。南部では殆ど出た事がない魔物だから、何か起こるかも知れないって。だからあの人達が派遣されたみたいだわ」
ソルランジュ領の北には広大な大森林が広がっており、大型の魔物も多数存在するとされているが、今まで南部地方で、サーペント等の大型の目撃情報は皆無だったという事だろう。A級冒険者は、アルトラス国内にも数える程しか存在しない。そのA級冒険者を派遣させている事を考えると、警戒レベルも高そうである。
「ディーコンには会いたくなかったのに…タルコスを避けていた意味がないじゃないのよ…」
リュシアンの関心事は彼の事であるようだ。ブツブツと独り言を言っていたが、シドは聞こえない振りをして前を見ている。
「ねぇシド。貴方、恋人とか許嫁とかは居ないの?」
「ん?何だ? 俺にそんな奴がいる様にみえるのか?」
「……見えないわね」
シドはニヤリと笑い「そう言う事だな」と付け加えた。
「私もそう言うのは興味が無いし避けてきたのだけど、年齢的にも色々と話が出る様になってきてしまったの…出来る事ならそういうのは遠慮したいのに、ディーコンが色々と報告するから、余計に私の事を心配してしまって悪循環だわ」
リュシアンは、道の遠くへ視線を添えた。
「なるべくなら私、冒険者を続けたいと思っているの。何もせず家でのんびりしているなんて趣味じゃないし、人の役に立った方がよっぽど有意義に生きていけると思うのだけれど…。
そんなの親は許してはくれない事だって、解ってはいるの。でも、出来る限りその期間を延ばしたくて今までやってきたのだけれど、そろそろ連れ戻されてしまうのかしら…」
リュシアンの話を、シドは黙って聞いていた。
彼女は自分に課されたものと、やりたい事の折合いを付けようとしている様だが、シドはそれをしなかった人間だ。彼女に掛ける言葉を、シドは何も持っていないのだから。
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それから2人は東へ向かって進み、少ししてから又街道から離れて森へと入る。
道なりに進んでも良かったのだが、リュシアンが周辺を気にしている風だった事もあり、道を外れたのだ。
「この辺りには、薬草が採れる場所があるの。ギャヴィンの冒険者達は皆、知っている場所なのよ」
歩きながらリュシアンが話す。
「それに噂では、その辺りから更に奥に行くと、幻と言われている花が見られるらしいわ。数年に一度しか開花しない花みたいで、余り見た人はいないらしいけれどね」
シドはリュシアンの顔を覗き見る。
「行ってみるか?」
「私、実は場所をよく知らないの。大体の方角しか聞いた事がないのよ?」
「急ぐ旅でもないし、そちらへ行ってみるだけ行ってみよう」
「そうね」
曖昧な記憶を頼りに、2人はその方角へ向かう。ギャヴィンの街から2時間ほど南東へ進み、少しずつ森の中に岩が目立ち始める風景に変わってきた。そろそろ引き返そうかと、リュシアンが話し出そうとした時、どこからか風に乗って漂ってくる暗香に、2人は顔を見合わせて頷くと、それを辿って進みだした。
たまたまシド達が居た場所が風下だったらしく、そこから1キロ程歩き、やっと香りの元らしき白い花が咲いている場所へ着いた。
「幻の花はコレなのか?」
シドは聞く。
「分かりません」
リュシアンは分らなかった。
「その花の名前は?」
「…知りません」
2人して顔を見合わせる。まぁ良いか、と。
ここには、名も知らぬ花が一区画ひっそりと咲いている。その花の香りはとても豊潤で、引き込まれそうな程である。近寄ってみると、それは1本の樹であり、その樹全体に白い花が付いていたのだった。それも、この1本だけ。
「凄いな…」
シドから言葉が漏れる。熟れたような香りとその姿に対してだ。
少しして、シドはリュシアンの反応が無い事に気付く。姿を探せば少し離れた、シドの後方で倒れていた。
( ?! )
何が起こったのか分からず、駆け寄る。リュシアンを抱き起すと、息はある様だ。続けて周辺を確認し、異変は無いか気配を探るも、何も感知できない。
では何だ? もう一度周りをみる…もしや“花”か?
でもシドには一切、意識に干渉される気配は無いが、まずは一旦ここを離れる事にする。
リュシアンを抱上げ風上へ歩き出すと、数百メートル先に岩陰があった。
一度そこでリュシアンを下ろし、首の脈をとる。少し速いが他に影響はない様なので、このまま様子見で大丈夫だろうか…そう考えていると、リュシアンが身動きをした。
「……ん……」
「リュシアン、大丈夫か?何があった」
問いかけてもリュシアンの瞼は閉じたままで、まるで眠っているようだなと思う。
その時、岩陰の奥に光るものが見えた。それは先日、シドが見たものと、酷似している光だった。
(こんな所に…ダンジョンか?)
シドはリュシアンを再度抱えると、光の方へ向かっていく。
岩場の影だと思っていたところには隙間があり、その中に光はあった。
迷いなく光のもとへ行くと、リュシアンをその脇へ座らせ壁に寄り掛からせてから、改めてその光っている“名”を読む。
「“マイトレイヤ”」




