27. 南下する道
シド達は林の中で野営した翌日、街道の十字路からブルフォード領へ入る。
そしてこのまま領内を南下する道を辿ってギャヴィンの街へ出ようと、昨日シドとリュシアンは話し合っていた。
ネッサまでの選択肢は二つある。
一つは、南下してから左回りにネッサへ行くルート、もう一つは北上してから右回りに南下し、ネッサへ行くルートである。
北上する場合は、ブルフォード領の都“タルコス”を経由する事になる為、大きな街を避けているシドは、南下を選択したのだ。リュシアンもその方が、都合が良いとの事だった。
「ここから先、ギャヴィンまでは街がない。野営になるが良いか?」
「大丈夫よ。問題ないわ」
2人はここから街道を外れ、森の中から進むことにした。街道を通っても何もないのだから、森の中でも良いだろう、と言う事である。シドとリュシアンは方角を頼りに、森へと入って行った。
この森は密林と言う訳でもなく、適度に空が見える森だ。
むしろ街道を通るよりも、涼しく爽やかな風も吹き抜けて、思いのほか快適である。
「シドは何でネッサに行くの?」
リュシアンは、とうとう我慢が出来なくなった様で、気になっていたであろう事を聞いてきた。別に隠している訳でもないので、伝える事は構わない。
「この前のアーマーベアで、剣が折れた。その修理でネッサに行く」
「…。何だか申し訳ない気もするわね」
「いや、別にリュシアンのせいでは無いから、気にしなくて良い。俺もまさか、折れるとは思ってもいなかったしな」
「その剣は、ネッサでないと修理できないの?」
「そうらしい。コンサルヴァの武器屋のおやじが、そう言っていた」
「どこで買ったものなの?」
「ネッサだ」
「そうなのね…もしかして、ビリーの武器屋?」
「あぁ確か、店主がそんな名前だったかな」
「なるほどね。それではその辺の街の武器屋では、修理は無理だと思うわ」
「そうなのか?」
「シド、買うときに何も聞いてないの?」
「ん?何か注意事項でもあるのか?」
「……何とまぁ。ビリーも何考えているのかしら…」
「 ? 」
「知らないなら良いの。ビリーに聞いてちょうだい」
「…ああ…」
何だかモヤモヤしたシドであった。
「今日はこの辺りで野営だな」
夕方、シド達は森の中の、川の近くで野営する事にした。
ここは川沿いの木々が少し開けている場所だ。そして近くの木にタープを張り、雨に備える。
手荷物をそこへ置き、川の近くで火を熾す。2人共冒険者である為、野営は慣れている。先日心配していたシドも、リュシアンに不都合がない様子を見て、取り越し苦労だったと認識を改めた。
「今日は、後で水浴びがしたいわ」
野営2日目という事もあり、女性は色々と気になるらしい。
「そうだな。少し暑かったし、俺もあとで水を浴びる。川もそこまで深くはなさそうだから、大丈夫だろう」
まずは、シドの亜空間保存から夕食を出す。なるべく調理がいらない様にと色々と買い込んできてあるので、リュシアンはご満悦である。
各々が食べたい物を取り出し食べる。何故かリュシアンは菓子が多い様だが、流石のシドも敢えて、突っ込まずにいた。
「私は水浴びをさせてもらうわ」
食事が終り、リュシアンから水浴びへ行くようだ。
「水辺では、焚火の灯りが届く処までにしてくれ」
「解ってるわよ。覗かないでね?」
「…ああ」
返事を返したシドは、川に背を向けると、剣を鞘から出して手入れを始めた。それを見たリュシアンは一つ頷くと、鞄を手に取り川へ行った。
パシャリ
パシャッ
時々川の方から水音がする。
いつもは集中している剣の手入れにも、何故か雑念が入る。
「…むぅ」
小声でシドが唸った。
リュシアンはシドと行動を共にしている時、割と無防備である事が多い。シドを信用してくれて、気を許してくれているのかも知れないが、シドも男なのだ。少々辛い事もある。
今も見るつもりもないのだが、何だか気もそぞろになってしまう。悲しい男の性である。
それを何とか耐えきり、剣の手入れを終えたところへ、リュシアンが川から戻ってきた。
シドは何気なくリュシアンの姿を見る。
流石に外なのでスカートではないが、着替えたのであろう柔らかそうな服を纏い、マントも外している。髪は濡れて焚火に煌めき、編んでいた髪も下ろしてあった。
「………」
シドは声が漏れそうになるのを抑え、自分の鞄を手に取ると、入れ違う様に川へ向かう。
「俺も浴びて来る」
リュシアンに声を掛け川へと歩いた。
そして岩の陰になった場所までくると、鞄を地面に下ろし一つ息を吐いた。
「はー」
顔に掌を当ててため息を漏らす。
「わかってないだろう…まったく…」
シドは切ない言葉を吐く。
リュシアンは皆に対してああなのだろうか。だとすれば、討伐で一緒に野営に入った奴らにも拷問だな。などと、いらぬ他人の事まで心配するシドであった。
シドも服を脱いで川へ入る。これから夏になるところではあるが、朝晩はまだ冷える。少し長い時間、冷たい川の水で火照った身体を鎮めたシドは、ようやく落ち着きを取り戻すと、リュシアンの居る焚火まで戻った。
「長かったわね。そんなに汚れていたの?」
何とも返しようのないシドである。
「まぁな」
「そう。じゃあ、サッパリ出来て良かったわね」
「…そうだな」
とは言ったものの、ちっともサッパリ出来てはいない、シドだった。
「今日は私が先に番をするわ。まだ髪も乾いていないから」
「そうか、では頼むな」
そう言ってからシドは鞄を持ち直し、亜空間保存を開けると、毛布を2枚取り出す。そして1枚をリュシアンへ渡した。
「風邪を引く。くるまっておくと良い」
「ありがとう」
リュシアンが受け取り、体に沿わせた事を確認すると、少し先にあるタープの下へ入る。
「3時間したら起こしてくれ」
「了解」
その会話を最後に、シドは目を瞑った。
リュシアンは、シドが眠った事を感じると、火に向かって枝を入れる。パチッと枝の弾ける音がする。
その音を聞きながら、今の自分の思考に少し戸惑っていた。
川から上がってきた時、なぜシドは私の髪に触れてくれないのだろうか…と思ったのだ。
何故そんな事を思うのか、自分でもよく解らない。そんな事を考えながらリュシアンは、思考の波に飲まれていった。
それから3時間もすると、シドは目を開けた。
焚火はまだ付いているし、リュシアンもそこに居る。シドは木に預けていた背を離し、剣を手に立ち上がると火の傍へ行く。
「交代する」
そう声を掛け、見ればリュシアンは眠っていた。
苦笑しつつシドは手に持っていた剣を地面に置くと、眠っているリュシアンを抱上げ、タープの下で横に寝かせる。その上からシドが使っていた毛布を掛け、顔にかかる髪をどけてやる。そして踵を返し焚火まで戻ると、そのまま朝まで過ごした。
「おはよう…ご免なさい、寝てしまったみたいね」
「問題ない。異常もなかったしな。では飯でも食べるか」
「顔を洗ってくるわ」
「ああ」
シドは目を細めてリュシアンを見送ると、亜空間保存から朝食になりそうな物を出しておく。戻ってきたリュシアンと食事を済ませると、火の後始末をし身支度を整えたリュシアンと共に出発した。
シド達は森の中を抜けると、昼前にはギャヴィンへと到着した。
ギャヴィンの街の規模は、タルコスには適わないものの、割と大きい。そしてネッサから運ばれてくる金属製品も多く流通している為、それを入手しようとする商人達の出入りも多い街だった。
2人はまず宿をとるため、街の中を歩く。
入ってきた北門からは、中心へ向かう道が続いている。
シドは一度、旅の途中で立ち寄った事がある程度で、ギャヴィンの街は良く知らない。ブルフォード出身のリュシアンがすいすいと進んで行く所を見る限り、何度も来た事がある街なのだろう。
シドは何も言わず、ただ黙ってリュシアンに付いて行った。




