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【書籍化決定】シドはC級冒険者『ランクアップは遠慮する』~稀少なスキルを持つ男は、目立たず静かに暮らしたい~  作者: 盛嵜 柊 @ 書籍化進行中
【第二章】動き出す者達

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26. 馬車

「俺達もそろそろ出るか」

シドは、治療院から彼を見送った後、リュシアンに告げる。


「貴方は大丈夫なの?」

「ああ問題ない」


近くで話に付き合っていた薬師も片眉を上げたが、諦めた様に一つ息を吐くと頷いてくれた。

「十分に礼を出来なくて、すまないね」

「いや、一晩泊まらせて貰っただけで、十分だ」

シドの隣でリュシアンも頷く。


今回は、依頼を受けて金の為にやった討伐ではないし、特に不満もない。


そこでリュシアンが、薬師に向かって話す。

「では貴方にお願いがあるのだけれど、良いかしら」

「んん?なんだい?」

「森に置いてきたサーペントは、ヤリフの街から回収が来ると思うの。サーペントはこの町の好きなようにして構わないから、後はよろしくお願いするわね。町の代表にもその旨伝えておいて欲しいの」


ヤリフの街の冒険者ギルドに、サーペントが出た旨の伝言を送ってある。ヤリフの冒険者ギルドからは、サーペントの素材回収時に報酬が出るだろう。それを町のお金にしてくれと、リュシアンは言っているのだ。


シドも頷く。

「この町の魔物だからな」

ニヤリと笑い薬師を見ると、苦笑された。

「分かったよ。私から町長に伝えておくよ」

「あぁそれと、今回の件は町の人達で対応した事にしてくれ。リュシアンは、ギルドと連絡を取ったから名前は出ているだろうが、俺の名前は出さなくて良い。頼むぞ」


薬師は怪訝な顔をして聞く。

「いいのかい?」

報告すれば昇級に役立つぞ、と言ってくれている様だ。

「出さなくて良い」

「そうかい」

そう言って了承してくれた。聞いていたリュシアンはムッとしていたが。


それから薬師は、店の方から旅に役立ちそうな薬をいくつも出して来た。

「持って行っとくれ」

それだけ言ってニッコリ笑う。圧が強い…。

有難くリュシアンが受け取って、2人は治療院を出た。


治療院は町の中心から少し離れた、西の森の近くだった。森からシド達を運び出してから近い場所だった事も、運び込まれた一因だったのかも知れない。

治療院からの道は町の中心へと続いている為、シド達は中心部を通って町を出る事になる。


店が並ぶ通りまで出ると、店々の店頭で次々に声を掛けられる。ヨナは大きくない町の為、皆昨日の顛末を知っているのだろう。感謝の言葉と共に、お菓子や果物、飲み物まで「持って行ってくれ」と渡され、シドとリュシアンは顔を見合わせて苦笑した。

町の皆に手を振るリュシアンと、両手にお土産を持たされたシドは、こうしてやっとヨナの町を出発した。



シド達が発った日の午後、ヤリフの街の冒険者ギルドから人が送られてきた。

連絡を受けたヤリフの冒険者ギルドは、町への被害も出ていると考えていたらしく、B級冒険者を入れた10人程が訪れ、その者達は、怪我人もおらず(治療済み)町への被害もなくサーペントを討伐していた事に驚き、翌日、事後処理でサーペントを回収するだけで引き上げていった。

そして後日、素材の代金として、ヨナの町に金貨10枚が渡された。当然、サーペント討伐に参加した冒険者として、リュシアンの名前は報告されたが、シドの名前は無事に回避できた様であったとか。




町を出発した2人は、ヨナの町を北上しブルフォード領へ繋がる街道を目指して、歩いていた。

この道はヤリフの北まで真っすぐ続いており、この道の先にヤリフからの合流地点がある。ブルフォード領へ行く時は、本来ならばヨナに行かずヤリフを経由した方が早かったのだが、先日はシドの気まぐれで遠回りとなるヨナへ南下したのだ。一応はそのお陰で、ヨナの町の危機は回避できたのだが。


こうしてシド達は今、ヤリフの東側を通る道を歩いていた。


「私、ネッサに知り合いがいるのよ」

リュシアンが唐突に話し出す。

「そうか」


「子供の頃からちょくちょくネッサに行っていたから、その時に知り合って…その人は、今ではネッサでの父親みたいな人なのよ」

どうやらその知り合いは年配の男性らしい。


「と言っても、初めは私がその人に付き纏っていたから困っていたみたい。それで余りに私がしつこいから、根負けしたんでしょうね…」

そう話しつつもリュシアンは微かな笑みを浮かべている。仲の良い知り合いなのだろう。


「最近もう何年も会ってなくて。他にも理由があるけれど、ネッサに行くのはその人に会いたくて行く事も目的の一つなのよ」

そう言ってリュシアンは、シドに向かって爽やかな笑みを浮かべた。


「そうか」

シドも、そう言う人付き合いも良いものかも知れないなと思う。

そして少しの間があり、リュシアンはまた話し出す。


「ねぇシド。今日のお昼は何を食べましょうか」

急に話が飛ぶリュシアンだったが、彼女の頭の中では多分繋がっているのだろう。

「私、食べるのが大好きでね、お菓子が一番好きなのよ」

どうやら食いしん坊の様だ。


「昼食が菓子と言うのは勘弁して欲しいのだが」

「違うわよ、お菓子は食後のおやつか、間食で食べるのが美味しいんだから。昼食は昼食、お菓子は間食ね」

リュシアンは今日もマイペースだった。


それに苦笑してシドは一つ胸をなでおろし「そうしてくれ」と言った。

どうやら“昼食が菓子”というのは免れたらしい。


今歩いている道は、大きな街とは直接繋がっておらず、村々の脇を通る道だ。街道よりも細いが、割と歩きやすい。時々、旅人や村人らしき人達とすれ違いながら歩いている。

道の途中に街がない為、今日は自ずと野営となるだろう。シドは、女性の居る冒険者パーティと遠征に出た事がない。だから女性と野営する事に、少し不安があった。女性は色々と大変だろうから、と。


「リュシアン、今日は野営になると思うが、大丈夫か?」

「ええ。食料をいっぱい買い込んであるから、問題ないわね」

リュシアンはマイペースだった。


シドはその答えに苦笑する。

「そうか。それならば良かった」

そういう意味で聞いた訳ではないのだが、問題ないと言うのなら大丈夫だろう。

こんな感じでのんびりと、2人は進んで行った。


夕方、陽も長くなってきているが、そろそろ野営の場所を決めなければならない、と考え出した頃、道の分岐路に着いた。

この分岐路は、ソルランジュ領内を北上する道と、シド達が来た南東へ続く道、南西のヤリフへ行く道、そして東のブルフォード領へと続く道で十字路となっている。


今日はこの辺りで1泊だな、そう思い周辺を見回すと、北からこちらへ馬車が走って来るのが見えた。2人は邪魔にならぬ様、道の端へ寄って馬車が通りすぎるのを待つ。


その馬車が近くなった時、リュシアンが呟いた。

「ソルランジュ伯の馬車ね」

近付いてきた馬車の側面には、見れば紋章が入っている。それを見たリュシアンはそう判断したのだろう。


「良く判ったな、ソルランジュ伯の紋章だと」

「ええ、ソルランジュ伯の紋章は見た事があるのよ。だから判ったの」

「そうか」


馬車はそのままヤリフの街へ続く道を入って行く。

見れば、馬車の後ろには馬に乗った騎士も数人、追随していた。


(領主か…)


視察か何かだろうが、シドには関係のない事だ。


「リュシアン、向こうで野営の場所を探そう」

そう告げたシドは、十字路から離れ森の中へと入って行った。



-----



シド達とすれ違った馬車は、その後ヤリフの街へ入って行った。

そして冒険者ギルドの前で止まると、馬車の中から一人の紳士が降り立つ。騎乗していた者達も馬を降り、その人物の周りを固めると、紳士はギルドの扉を開け、中へ入って行った。


ギルドの受付は、入ってきた人物を見るなり他の職員にギルマスへの伝言を頼むと、その男性の傍まで行って出迎える。

「ようこそいらっしゃいました、ソルランジュ伯。ギルドマスターは奥におりますので、ご案内いたします」

ソルランジュ伯と呼ばれた男は一つ頷くと、ギルド職員に付いて奥へ向かった。


夕方の時間、ギルド内は冒険者達で賑わっていたはずが、その人物達が入ってきた途端静まり返り、皆その者達の行動を固唾をのんで注視していた。そして、それらが奥へ行った事を確認すると、興味深げに一気に騒がしくなったのだった。


奥へと案内されたソルランジュ伯は、応接室へ入る。

ギルドマスターが既に入口近くで立っており、2人がソファーへ座るとソルランジュ伯が切り出す。


「連絡をくれて感謝する、マックス。それでサーペントによる被害状況は?」

「…それが…本日、ヨナの町へ向かった冒険者の一報によると、幸いにも被害は無いと…」

ギルドマスターは言い辛そうに話す。


その報告を聞いたソルランジュ伯は黙り込む。A級の魔物が出て、被害が無いとはこれ如何に。

「…亡くなった被害者も、いなかったんだな?」


「はい。怪我人は出た様でしたが、たまたま居合わせた冒険者が治癒魔法も使えたとかで、怪我人も治した様です」

「そうか…それは助かったな。で、その冒険者は?」

「こちらから派遣した者が、町に着いた時にはもうおりませんでしたが、B級冒険者の“リュシアン”です。それに、こちらへ連絡をくれたのも彼女の様でした」


ソルランジュ伯はそれを聞き、一つ頷いた。そしてポツリと呟く。

「リュシアン嬢か…うちの息子の嫁に欲しいな…」


貴族との付き合いもあるギルドマスターをしているマックスも、当然の様に、リュシアンの本来の身分は知らされている。

そしてソルランジュ伯の言葉を聞いて、苦笑した。


確か、ソルランジュ伯のご子息は4人。長男は、既に結婚し子供もいて家を継いでいる。次男も結婚して子供もいる上、王都で騎士団に入っていた。三男は30歳位でまだ独身、この領内にいたはずである。四男は隣領のスワース領にいて、リュシアンとも顔見知りだったはずなので…。

と、ここまで考えてマックスは思考を止めた。


「まぁ何はともあれ、被害が無くて良かった。私は明日、ヨナへ行ってくる。今日また何か報告があれば、私はいつもの宿にいるから、来てくれ」

「承知致しました」



そして翌日、ヨナの町へ行ったソルランジュ伯は、冒険者達から、このサーペントが“覚醒種”であった事が報告された。通常のサーペントより一回り大きくて鱗が硬く、解体が大変であると。

それに付随して、討伐に参加したリュシアンの株が上がった事は、言うまでもない。


こうしてヨナのサーペントは、思いのほか大事となって領内に伝わっていったのだった。

だがそれは、シド達には知らぬ事である。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] “リュシアンの本来の身分”か…実はやんごとなき生まれの二人?…色々考察出来ますし…楽しく読めます。 …広げた風呂敷は気をつけて畳んで下さいね~!
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