24. 救命
翌朝、ゆとりを持って起きた2人はのんびりと朝食を摂ると、店が開く頃の時間に宿を出た。
店は宿の近くにある為、そんなに歩き回ることも無い。
リュシアンは、シドが亜空間保存を持っている事も知っている為、食料や飲み物、薬等の足りない物を重量などを気にせず購入し、人の居ない場所で亜空間保存へ入れる。その際、シドは亜空間保存の中に先日の“巨大ハンマークラブの御裾分け”が入っていた事を思い出すも、調理する訳でもないので又、記憶の奥にしまったのだった。
そして途中で手軽に食べられる物を購入する為に、屋台の店先で2人は歩いていた。
「リュシアンは、依頼で遠征に行く時、食事はどうしているんだ?」
「私は普段はソロだけど、遠方に出る時は殆ど、他のパーティに臨時で入る事が多いの。だからそのパーティに合わせているわ。でも野営の時に自炊する人達は、余り居ないから携帯食が多いわね」
そう言って苦笑する。
冒険者達は動きを重視するために、荷物を余り持ち歩かない者が多い。それこそシドの亜空間保存などが無ければ、いくらマジックバッグがあるとは言え自炊の道具も邪魔になる。
(それもそうだな)
シドがそう思っていると
「私は元々余り料理を作らないから、“作れない”って事もあるけどね」
あっけらかんと笑いながら、リュシアンが補足した。
「なるほどな。ではなるべく、すぐに食べられる物を沢山買っておいて、アレに入れておくことにしよう」
「そうね。それが良いと思うわ」
2人共、気が合う様である。
こうして手軽に食べられる物を中心に、果物やお菓子なども忘れずに買うと、2人はヨナを出発する事にした。
そして、町を出る為に通りを歩きながら早速、今日の昼食をどれにするかを話していると、街の端まで辿り着いた。
「兄さん達!待ってくれないか!!」
背後に、遠くから大声で叫びながら、走って来る男性がいた。2人は立ち止まり、確認のために待つ。
そしてその男性が近づいてきた途端、シド達の顔に緊張が走る。
走ってきた男性は、怪我をしているのか、服のあちこちに血が付いていて、走れているのが不思議なほど憔悴している様に見えた。
「兄さん達!冒険者だろう!」
2人共、旅人の格好はしているが、腰に剣を下げているのでそう見えるのだろう。
「ああ、冒険者だ。どうした?」
「良かった!頼む、助けてくれ!!」
「わかった、落ちつけ。血が付いているが、怪我は?」
「俺は大丈夫、かすり傷だ。それよりも魔物が出たんだ!人が襲われている!助けてくれ!!」
男性の話を聞き、シドとリュシアンは顔を見合わせる。
「わかった、場所は?」
「この町の西の森だ!」
「案内は出来るか?」
「ああ!こっちだ!!」
2人は顔を見合わせ、コクリと頷き合うと走り出す。
先行して走る男性は、ここまで走ってきた事もあり速度は遅い。その男性に合わせて走るので、シドもリュシアンもまだスキルは使っていない。走りながらも2人は顔を見合わせる。
「ねぇ貴方。方角と距離を教えて。私達は先に行くわ」
「わかった、すまねぇ。この先に見える森の、西へ約3キロ入った場所だ。まだ2人、そこに居るはずなんだ!頼む!!」
ここまでシド達の居た場所から、真っすぐに西へ向かって走ってきていた。今、少し先には町から続く森が見える。そこから西へ3キロ程の場所らしい。
「わかったわ。貴方はここに残って手当をしてちょうだい」
「それで魔物は何だ?」
「サーペントだ!」
「わかった」
シドがそう答えた瞬間、リュシアンは軽量化を掛け一気にスピードを上げて走り出す。シドも身体強化に風衣を纏い走る。シドの方が少し速いが、リュシアンもぴったりと付いて行く。
2人が風のように森に入って行く様子を確認した男性は、それを見てその場で崩れ落ちた。
「リュシアン、サーペントと打ち合った事は?」
「いいえ、でも知識としては巻き付かれる事と、毒を注意する事は分かるわ」
「ああ、それに大型の割に動きも速い様だ。俺も打ち合った事は無いがな」
「取り敢えずは、人の救出が先ね」
「ああ。…リュシアン、毒消しは持っているか?」
「いいえ。私は治癒魔法が使えるの、解毒も出来るわ」
「…わかった。もし人が倒れていたら、リュシアンは救命を優先させてくれ。その間は俺が相手をする」
「ええ、私が入るまで持たせてね」
「努力する」
サーペントは森に生息する大型で蛇の姿をした魔物だ。通常は森の奥に居て獣や魔物を捕食しているらしく、人里近くには余り現れない。体の色は生息地により異なり寒冷地では白、乾燥地では茶色等の保護色をしている。
攻撃は主に毒であり、噛みつき牙から出す毒を相手に送り込んで殺す。また力も強く、巻き付き圧迫して殺す事もあるが、巻き付き拘束してから毒を送り込む事が多い。どちらにしても拘束されると厄介な、A級討伐対象での魔物であった。
走りながら話す2人の前に、木々の間から大きな魔物が姿を見せた。
「いたぞ!」
「ええ!」
そこから更にスピードを上げた2人は、一気に魔物の前へ躍り出る。幸いと言って良いのか、サーペントは1匹だ。だが、鎌首を上げた高さは3m程で全長は10mを軽く越えると思われた。
「あそこに人が居たわ!」
リュシアンの言った方角を見れば、2人の男性が重なる様にして倒れていた。
「リュシアン頼んだぞ!」
「了解!」
そこから2人は二手に別れ、リュシアンは倒れた人のもとへ、シドはサーペントへ向かって走った。
リュシアンは2人のもとへ駆け付ける。様子を見れば所々で服が破け、血が滲んでいる。そして一人は足が、もう一人は腕が折れているらしい。きっと、サーペントにつかまり、締め付けられて牙を受けたのだろう。
だが幸い、2人はまだ生きている。手遅れにならぬ様、リュシアンは行動を開始する。
一人ずつ慎重に、毒の解除から始める。
「解毒」
じんわりと魔法が染み込む様に、男性の体に光が広がり…沈む。そして数秒、顔に赤みが戻ってきた。
まずは一人目。
そこでリュシアンは、サーペントが少し遠くへ離れた事に気付く。シドが、こちらから注意を逸らすために、サーペントを離してくれたのだろう。遠くで戦闘する音も聞こえる。
リュシアンはそこから視線を戻し、二人目の解毒に取り掛かる。慎重に、毒が体に残らぬ様に全身に隅々まで魔法を行き渡らせる…。
二人目の解毒も終わり、次は回復魔法を掛けるのだがその前に、リュシアンはカバンから魔力ポーションを出して足元に置く。
リュシアンの魔力量は多くない。その為、前回シドと会った時も魔力が殆ど無くなっていたのだ。
次に掛ける回復魔法でリュシアンの魔力残量は少なくなるはずだ。全回復の魔力使用量は多い。だがもう一人続けなければならない上に、続けて戦闘もある。前もって魔力ポーションを手元に用意しておく必要があった。
「全回復」
一人目を掛けてから、足元の魔力ポーションを一気に飲む。そして二人目に目を向けて続けて詠唱する。
「全回復」
リュシアンは一つ息を吐き、閉じていた目をゆっくり開けると、治療したばかりの2人を確認する。
見れば、傷も塞がり呼吸も安定して来た様だ。2人共まだ目は閉じられたままだが、これで彼らは大丈夫だろう。
そう思ってホッとするのも一瞬、振り返りサーペントを見る…否、見ようとして、サーペントの鎌首を探す…。
やっと数百メートル先に、頭を地面に横たえた大型の蛇が見える。そして次はシドの姿を探すも、リュシアンが今居る場所からは見えない……。
―― !! ――
「シドーッ!!」
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シドはリュシアンから別れると、彼らから距離を取る様に、サーペントの頭を反対方向へ誘い込む。リュシアン達は左手にいる。なればと、右側からサーペントに回り込み誘いをかける。
サーペントはシドに気付き、縦に裂けた黒い眼をギロリと向ける。シドに狙いを定めた様だ、これで良い。
シドは、身体強化・風衣に硬化を掛け、集中を入れた。
今のシドの持つ、戦闘で使う事の出来るスキルの全てである。
彼らから離す為、剣で打ち込みを入れながら、少しずつ距離を取って下がってゆく。そしてある程度、彼らから距離を取ると、一瞬にして首を上げたサーペントの頭上まで跳び上がり、首元に振りかぶった一撃を入れる。
―― カキンッ ――
弾かれる。硬い。鱗が鎧の代わりになっている。サーペントは、その一撃が気に障ったのか、大きく口を開け鎌首をシドの頭上へ向けると、一気にシドへ迫って来た。思っていたよりも動きが速い。
シドは辛うじて剣で鼻先を打つが、自分がその衝撃で後方へ飛ぶ。だがサーペントは、バネで跳ね返ってきたように次々と連続してシドへ迫る。
何とか剣で対応しながら、狭い木々の隙間を縫うように、サーペントの攻撃を防ぐ。それでもサーペントに再度一撃を加えようとした時、横から現れたサーペントの尾がシドを叩く。
―― ドォーン ――
木々にぶつかりながら、何とか止まったものの、シドの硬化を掛けた体でさえ、衝撃に軋んでいる。硬化を掛けていなければ、危なかったかも知れない。
本来ならばここで、サーペントに魔法を打ち込みたいところではあるが、今は風衣を切る事は出来ない。風を体に纏っていても、速度は互角に近い。それに、もう少しすれば集中も切れる。シドの体も限界に近いという事だ…。
「くっ…」
シドの口から声が漏れる。もしかすると何処か折れたかも知れない。これは本気でどうにかしないと、まずい事になる。
(これは一か八か、賭けに出る必要があるな…)
どこか遠くの意識がそう告げた。
その瞬間、シドはサーペントに向かい突っ込んで行く。そこへ反応したサーペントの尾が迫り、シドに巻き付いてキリキリと締め上げられる。
「ぐ…ぅ…」
そして尾に持ち上げられたシドの前に、“つかまえた”とばかりにサーペントの顔が迫り、口を開けシドの左肩へ噛みついた。
―― ガリッ ――
( !! )
シドの左肩に激痛が走る。硬化のお陰で深くはないが、牙が皮膚に食い込んだ事で、毒を入れられた様だ。
シドは奥歯を噛み締め、巻き付かれずにいた剣を握った右腕に渾身の力を籠め、目の前に迫るサーペントの顎の下から一気に突き上る。そして続けざま、頭の中まで貫通するよう剣を奥まで押し付ける。
―― グサッ ズズズンッ ――
一瞬、動作の止まったサーペントだが、声を上げる事も無くシドの剣を差し込んだまま、スルスルと崩れ落ちる。
巻き付かれたままのシドも、その流れに流され地面へ投げ出された。
「くはっ…」
高い位置から落ちた衝撃で、肺の中の空気が一気に漏れた。
サーペントの急所は頭。それを貫かなければならず、眉間から剣を刺すか、顎の下から貫くか…。
そこでシドは自分を囮にして噛みつかせ、無防備になった顔の下から顎に剣を突き入れる方法を取ったのだ。
但しこの場合、噛みつかれれば毒を受ける事になるのは分っていた為に、最後の手段の様なものだったのだが…。
地面に落ちたシドは、自分のカバンから毒消薬を出すため手を伸ばそうとするも、既に毒が回り始めているのか腕が折れているのか、体は動かない。
これは本気でマズイ...な。
シドは遠くなって行く意識の中で、こんな最期もありかも知れないなと、呑気に思ったのだった。
 




