23. 分岐路
<ヘルメス>からニール側へ森を下り山道へ戻る。
だがもうその先は、山道から街道になっていて、整備された道が見える。今度はしっかりと歩きやすい道を進みニールを目指した。
ニールの街へは昼食を買いに寄るつもりである。街道を1時間程歩くと、街の隔壁が見えてくる。
そしてシドは止まる事無く、ニールの西門から街の中へ入って行った。
まだ朝の8時頃だが、街中には人が多い。
冒険者達はギルドで依頼を受けて、出て行く時間だ。冒険者達も、屋台で朝食を摂ったり昼食を買ったりしているはずで、店は既にやっているだろう。
シドは以前、ニールの街に立ち寄った事がある為、屋台が並んでいた通りを目指す。
微かに美味しそうな匂いがし始め、先程トムトを食べたはずが、お腹の虫が騒ぎそうになる。
喧騒を含み始めた通りを進み、屋台を見て回る。
その中で1つの屋台が目に留まり、シドは店の前に立つ。
丸い白パンの真ん中に切れ目を入れ、その中に茶色のソースが絡まった分厚い肉が挟んである。その茶色のソースだろうか、香ばしくてスパイシーな香りに、シドは吸い寄せられた。
「いらっしゃい!兄さん、どうだい?旨いよ!」
「ああ、貰おう。種類はいくつあるんだ?」
「まいど!この茶色のソースと白いソースの2種類ある。白いソースは少し酸っぱいが、卵で作ってあるから味が濃厚だ。茶色は甘辛いが、ハーブが入っていてさっぱりしているぜ。どっちも旨いぞ!」
「では2つずつ。昼にも食べるから、味違いで2つに分けてくれ」
「あいよ!今用意するな」
そう言った店主に金を渡してパンを受け取ると、広場になっているところで座り、味違いの2つを食べる。どちらも旨い。
そして下げていた鞄に残りを入れ、水を取り出して飲む。一息付いた所で立ち上がり、一つ伸びをするとニールを出る為、門へ向けて歩き出そうとした。
「ちょっと、貴方」
誰かが近くで話している。だがシドは、この街に知り合いも居ないので、そのまま通り過ぎようとする。
「ちょっと…貴方…シドさんでしょう?」
今度は名前で呼ばれたので、自分の事だと認識したシドは、声の主を探す。
すると、マントのフードを被った小柄な少年…ではなく、先日会った“リュシアン”が立っていた。
「ああ、君か。無事に街まで戻れたんだな」
「ええ。帰りは魔物にも遭わなかったし、ちゃんと帰れたわ」
「そうか。で、何か用か?」
「先日の件だけど、貴方の事もギルドへ伝えておいたわよ。その後、何か言われていない?」
「いや、特には」
「そう…変ねぇ」
リュシアンが伝えたニールの冒険者ギルドからは、当然コンサルヴァのギルドにも話が入っていたが、ギルマスのアーロンが曖昧にしてくれていたという事は、シドは気付いてもいない。
「それで貴方は、何でニールに居るの?」
「俺は移動中だ。もうニールを出るところだ」
「そうなのね。私も今から出掛けるの。途中までご一緒しても良いかしら?」
「ああ」
2人はニールの北門へ向かい、歩き出す。
「貴方、コンサルヴァの冒険者ギルドに所属しているの?」
「いいや俺は、固定のギルドには所属していない」
「そう、フリーの冒険者なのね」
リュシアンがそう返したところで、街の門へ到着する。北門からの道は一本、北上し途中で北へ行く道と、東へ行く道との分岐路がある。
「俺は東へ向かっている」
「あら、私もよ」
リュシアンも、どうやら東へ行くらしい。
「今日は“依頼”か?」
「いいえ、ギルドの依頼ではないの。他の用よ」
シドは頷く。
2人はニールの街を北上しながら、他愛もない話で間を繋ぎ進む。そして2時間程歩くと分岐路へ辿り着いた。
ここまでで実は内心、シドは感心していた事がある。
シドは歩くのが速い。その速度を落とす事なく、ここまでリュシアンは文句も言わずに付いて来ていたのだ。
だがスキル等の、人に言いたくない物を使っている可能性もある為、直接には聞かない。人は話したくなった時に話してくれるだろうと、シドは思っている。
そのまま2人は東へ向かい、途中で休憩や昼食を摂りつつ、歩き続けた。
途中、道沿いにある村々を通り過ぎ、更に4時間も経つ頃にまた分岐路に出る。
シドは、リュシアンとは話しやすいと感じていた。
特に込み入った話をする訳ではないが、シドは割と自分からは必要以上に話さない方で、その為女性には“つまらない”と思われがちであったのだが、リュシアンは特に気にする様子もなく、感じの良い間合いで話が進むのである。
それにリュシアンの外見は “可愛い” と表すのがピッタリな容姿をしているが、本人はそれを鼻にかけることも無く、気さくであったから、かも知れない。
「このまま進むと“ヤリフの街”ね。南下すると“ヨナの町”よ。貴方はどっちに行くの?」
シドは特に“どの街を経由する”とは決めていないが、今の気分は“南下”に軍配が上がった。
「南下する」
「そうなのね…。私も宿を取っている訳でもないから、同じにするわ」
リュシアンも適当だった。
ここから東へ真っすぐ行くと、2時間位で“ヤリフ”に着く。一方、南下する“ヨナ”は3時間程かかるが、ヨナの町はヤリフの街と比べると、こぢんまりした規模の様であり、大きな街は避けようと思っての事でもあった。
そして南へ向かって歩きながら、シドは気になった事を聞いてみる。
「今日は1日歩きっぱなしだが、まだ大丈夫なのか?」
どうやらシドなりに、女性の足を気遣っているらしい。
「ええ、問題ないわ。一応これでもB級冒険者だし、私、歩く時は“軽量化”のスキルを使っているの。だから体への負荷も少ないし、長距離は得意なのよ」
そう言って笑顔を見せる。
なるほど。歩きが速いのも軽量化のスキルだった様で、本人はそのスキルを特に隠してもいないらしい。
「そうか」
シドは納得した。
空がオレンジ色になった頃、シドとリュシアンは“ヨナの町”へ到着した。
「決めている宿はあるの?」
リュシアンに聞かれるも、シドはヨナを訪れるのは初めてだったので、特にない。
「ない」
「そうなのね。じゃぁ私の泊まった事のある宿はどう?」
「構わない」
話の流れから、同じ宿に泊まるんだなと理解したシドは、特に抵抗する事も無くリュシアンについてゆく。
ヨナの町は大きくない事もあり、端から10分も歩けば中心地に出る。この中心地周辺に宿などの店々が集まっている様だった。
リュシアンは、その中の一軒の宿へ入った。 “人魚の涙” 看板にはそう書いてあった。
「こんばんは。部屋は空いているかしら?」
リュシアンが受付らしき場所へ行き尋ねる。
「ああ、いらっしゃい。2人かい?空いてるよ」
そう言った店主は、シドに目を止める。
「…1部屋で良いのかい?」
「2部屋だ」
即答する。しかもシドに聞かないで欲しい。
「…何で1部屋なのよ…」
隣でリュシアンが何かブツブツ言っていた。
こうして2人は当然、別々の部屋を借りた。
「食事はどうするかい?」
そう宿の店主に問われる。
「あれば欲しい」
急に来て、食材が無い場合もあるが、先に聞いてくれたので大丈夫という事だろう。
「後で、部屋へ持って行くよ」
こうしてカギを受け取り、2人は部屋へ向かった。
「食事は、貴方の部屋で一緒に食べても良いかしら?」
「ああ」
「では、荷物を置いたら伺うわ」
そう言ってリュシアンと別れ、部屋に入ったシドは、今日は1日、リュシアンのペースだったな、と1日を振り返った。
コンコン
「入っても良いかしら?」
「大丈夫だ」
シドが返事をすると、リュシアンが部屋へ入ってきた。
よく見れば、リュシアンは服を着替えたようである。先程まではフード付きのマントを着て、裾からズボンが見えていたのだが、今は部屋着であろうか、飾りのないワンピースを着ていた。
ふむ。シドは何か言った方が良いのかと思案する。そして声を発した。
「スカートだな」
と。
「ええ、着替えたのよ。この方が楽だしね」
リュシアンは流してくれたようで、何よりである。
そこへ、店主が夕食を持って入ってきた。
「こっちに2人分で良いかい?」
「ああ、それで頼む」
店主はチラリとシドを見ると、終わったら廊下に出しておいてくれと伝え、部屋を出て行った。
シドの部屋の、大きくはないテーブルに2人の食事が並ぶ。
「食べましょう」
リュシアンが促して、2人の夕食が始まった。
「貴方、年はいくつなの?」
「俺は、23だ」
「はい?サバを読んでないかしら…」
「…23だが」
リュシアンが渋い顔をする。
「…老け顔なのね」
「ああ、らしいな」
「……」
「……」
食事の出だしからの沈黙である。そして2人は黙々と食べる。
「俺に敬語は、使わなくていい」
そう言って切り出してみたものの、リュシアンは初めから敬語ではなかった事に後から気付く。
「そう。では“シド”って呼ばせてもらうわね。私の歳は21よ、そんなに歳は変わらなかったわね。私の事も呼び捨てで良いわ」
「ああ」
「生まれは何処なの?」
「ファイゼル」
「ファイゼルのどの辺り?」
「端の方だ」
「そうなのね。私の生まれは、これから行くブルフォードよ」
リュシアンは、シドが向かっている“ブルフォード領”へ行こうとしているらしい。では明日も一緒、という事になる。
「そうか…」
「シドは何処へ行く予定なの?」
「俺は…ネッサだ」
「あら…私と同じだわ。ではネッサまで一緒に行けるわね」
「……」
「ね?」
「……そうだな」
シドは、押し切られてしまった。
「そう言えばシドはC級だと言っていたけれど、貴方の強さなら、B級に上がっていてもおかしくはなさそうなのに、何でC級なの? 前科でもあるの?」
シドと会話が出来ているリュシアンも、どうやらマイペースな人であるらしい。シドも気兼ねなく楽に話せるはずである。
「…前科はない」
「そう…試験の案内が出ないのかしら?何でB級に上がらないの?」
「C級でいたい、からだな」
「え?勿体ないわね。シドならA級まですぐに行きそうなのに」
高評価されている気もするので、少々嬉しい言葉だが。
「俺は、昇級するつもりはない」
「ふぅん、そうなのね…」
リュシアンもそれ以上は、突っ込まないでくれるらしい。
やはりリュシアンは、女性の割に気を回さなくても良さそうで、今回の旅の同行についても(シドのスキルについては別にして)何とかなるかも知れない、とそう考えたのだった。
「では私は、そろそろ部屋へ戻るけど、明日は何時頃に出発する予定なの?……時間を聞いておかないと、何時に起きれば良いか、わからないでしょう?」
シドのキョトンとした顔を見て、リュシアンは途中で止まりそうになった話を続けた。
「何故、俺に聞く?」
「だって、私が貴方に同行させてもらうのだから、貴方に合わせるのは当たり前でしょう?私も急ぎの旅でもないから、貴方に合わせても問題ないわ」
シドはまだリュシアンに、いつ頃までにネッサへ行くのか、何の目的で行くのか、詳しくは何も、一言も教えていない。それなのに“シドに合わせる”とはどう言う事か。
「リュシアン、俺は旅の期間を決めていない。途中の街で少し留まるかもしれないし、強行でネッサへ行くかも知れない。だから、俺の事に合わせる必要は無い。リュシアンの都合でネッサへ行ってくれて構わない」
そうシドが言うと、リュシアンは少し考え込んだ様だ。それで良い。
そしてリュシアンは顔を上げると、真っすぐにシドを見た。
「問題ないわ。貴方に同行する」
そう告げた。
ここまで伝えたのだから、シドも頷くしかない。
これから暫くは、2人で旅をする事が正式に決まった様だ。
「わかった。だが途中では野営になる事もある。旅の準備はしっかりとしておいてくれ。明日はこの町で少し買い物をしてから出よう。だから朝はゆっくりで構わない」
「わかったわ。ではお休み、シド」
「お休み」
そう言うと、リュシアンは部屋へ戻っていった。
やっぱり一日中、リュシアンのペースになってしまったなぁと思いつつも、リュシアンの同行は、そんなに悪い物でもないのかも知れない、とも思っていた。
この回から何故か、旅の同行者が出ました。
シドのスキルの事もあるので、これからは慎重に進んで行きたいと思います。笑
引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。




