20. ギルドの喧騒
ゴードンとシドは店の中へ戻ると、シドは剣の支払いを済ませる。
「安くしといたぞ」とゴードンは笑った。それでも金貨10枚であるのだが。
因みに、この剣も修理は無理だと最初に念を押され “折るなよ” と忠告を受けた。シドも剣を折りたくて折った訳ではないのだが、ここは大人の対応で “大事に使う” と言っておいた。ゴードンも口角を上げ “頼むぞ” と返し、シドは武器屋を出た。
店を出たシドは、少し先の裏道へ滑り込むと、人の居ない事を確認し亜空間保存を開く。中から残っていたアルミラージを取り出し、腰に差していた剣を入れると、亜空間保存を閉じた。
そして、手に持っていた新しい剣を腰に下げると、アルミラージを片手に冒険者ギルドへ向かった。
辺りはもう暗くなり始め、街中では店々の明かりが灯り始めている。人通りの多い道からシドは、冒険者ギルドの扉の中へ入った。
入ったギルドの中は大勢の人で溢れ、奥のテーブルでは皆、酒を飲んでいるらしく騒がしい。人の合間を縫ってシドは受付へ辿り着いた。
「何だ?今日は皆凄いな…」
「シドさん、お帰りなさい。先程、“竜の翼”の方々の昇級試験が終わったので、皆さんそのお祝いで浮かれているようです」
「そうか」
「はい、ギルドマスターも、今日は少し騒がしくても大目にみる様にと、言ってました」
シドは一つ頷く。昇級試験は3人共、上手くいったのだろうと思えた。
「で、忙しいところすまないが、今日の依頼報告なんだが」
「はい、承ります」
それを聞き、シドは手にしていたアルミラージを出した。
いきなりのアルミラージに、目を見張るケイシーも可愛い。
「えっと、シドさんは今日、アルミラージ討伐でしたね?という事は無事に終了という事で宜しいでしょうか」
「ああ、そうなると思う。だがそれについては一つ報告がある。ギルマスの時間をもらえるか?」
「ちょっとお待ちくださいね」
そう言ってケイシーは確認してくれる。
「はい、今は大丈夫の様なので、奥へご案内しますね」
ケイシーと一緒に、シドは奥の扉へ入ると、ギルドマスターの執務室へ案内された。
「こちらへお入り下さい」
そう言ったケイシーは一礼して入室すると、アーロンとシドにお茶を入れて戻っていった。
「ご苦労だったな、シド。何かあったか?」
アーロンが切り出す。
「ああ。一応報告なのだが。
俺は今日、ブリュー村のアルミラージ討伐依頼を受けた。だが、アルミラージが村へ入ったのは、別の魔物に追い立てられたからだった様だ。俺はたまたま村の近くの森でその魔物と、ソルランジュ領から来たという冒険者にあった。それで話を聞いたところ、その魔物にソルランジュの村人が襲われ、討伐依頼が出て追っていたらしい」
「それでその魔物は?」
「アーマーベアだ。その冒険者が討伐した」
それを聞きアーロンは唖然とするも、安堵の息をつく。
「それで俺は、アルミラージの討伐だったんだが、アーマーベアが来たせいで、巣に戻れなくなり村へ来た様だから、アーマーベアもいなくなったし住処に戻ると踏んで、全滅はさせていない」
そう聞いたアーロンは頷く。
「村へは?」
「報告はした。全滅はさせていないが、村に来る事はもうないはずだと、説明はしてある。だが、また万が一現れる様なら、ギルドへ伝えてくれと言ってある」
「解かった。ご苦労だったな。シドの依頼も一応は完了で受けるが、又出る様なら対応してくれ」
「ああ」
アーロンへの報告は終わったが、アーロンはまだシドを見ている。
「シド…剣が違うな」
アーロンには直ぐにばれた。
「ああ…今日、折れた…」
「は?あの剣がか?」
「…刃先にヒビが入った」
アーロンも又、シドの剣が普通の物ではない事に、気が付いていた。その為、あの剣が折れるとは思ってもいなかった様だ。
「何でまた、アルミラージで折れたんだ?」
シドは眉間にシワを寄せ、黙る。
「…おいシド。今度は何したんだ?お前」
これは黙っていても逃がしては貰えそうもないと、渋々、シドの口が開く。
「…アーマーベアの鉤爪で折れた」
「何だよ、シド。アーマーベアはお前がやったんだな?」
「いや…ちょっと…助太刀で入っただけだ…」
シドの声が小さくなる。
アーロンに睨め付けられ、シドは頭を掻く。
「ああ、そうだ。俺がアーマーベアを殺った。でも俺が受けた依頼じゃないし、その冒険者に報告は頼んだ」
「何やってんだ、お前の手柄だろう…しかもアーマーベアは、B級の討伐対象だぞ」
「別に手柄が欲しかった訳でもないし、たまたま行き当たっただけだ。それに俺はアルミラージの依頼があったから、そちらを優先したまでだ」
シドは開き直った。やけくそと言う奴かもしれない。
「は~~」
アーロンのため息が漏れる。
「そうかよ…。どうせまた、知られると面倒くせーとか思って、黙っていようとしただけだろうが…」
大当たりである。
「まぁいい。アーマーベアは取り敢えず討伐もできた訳だし、な」
アーロンの言葉に、シドは胸をなでおろす。
「それで、臨時の剣か?」
新しい剣を見て、アーロンは言った。
「急きょ、帰りにゴードンの所で買ってきた」
「見せてくれ」
アーロンも元剣士だ。剣には未だに興味がある。
シドは腰から剣を鞘ごと抜くと、アーロンへ渡す。アーロンは渡された剣を鞘から抜くと、キラリと光る刀身を見た。
「キレイな剣だなぁ」
「ああ、俺もそう思う。それに軽くて手に馴染む」
「ん?軽いか?」
アーロンは不思議そうに剣を見ている。
「俺には軽すぎる事はないな。むしろ他の剣より重く感じるぞ?」
「?…そうか?まぁダンジョンから出た剣の様だから、何か不思議な事でもあるのかも知れないな」
「ダンジョンから出た剣か…そうかもな」
そう言ってアーロンは剣を仕舞うと、シドへ返した。
「折れた剣が直るまで、当面はこいつを使うつもりだ。あぁそれで、さっきアルミラージの件を受けたところで悪いんだが、近々、剣の修理でコンサルヴァを出ようと思う」
「この街では修理できないって事か?」
「ゴードンには、買った所へ持って行けと言われた。だから“ネッサ”まで行く」
「そうか、ネッサで買った剣だったか…」
アーロンは思案顔で黙り込んだ。
そしてシドへ目を向けると「わかった」と伝える。
「アルミラージの件は大丈夫だろう。だが一応、出発前にも声を掛けてくれよ」
「了解した」
こうして、執務室での報告の様な雑談を終えると、シドは受付へ戻った。
ケイシーが目ざとくシドを見つけ、声を掛ける。
「シドさん、ご報告は終わりましたか?」
「ああ。だから今日はもう上がらせてもらう」
「はい。お疲れさまでした。気を付けてお帰り下さいね」
そう言ったケイシーに手を上げ、シドは冒険者ギルドの扉へ向かって歩き出した。
するとそこへ声が掛かる。
「あ!お前の剣、あの武器屋のクソ剣だろう!」
そう大声で絡んでくる奴がいた。どうやら酔っぱらっているらしい。
シドはそれを無視して扉へ向かうが、そいつは絡みついて来た。
「そんな切れない剣を持ってどーすんだ? お前そんな剣で魔物が殺れるのか? お飾りの剣か? えぇ?」
こいつは大概である。そう言えば、ゴードンが試し切りをさせた奴がいると言っていたが、こいつの事だったのかも知れないと、思い当たる。
シドは立ち止まると、その男を真っすぐに見て、腰の剣に手を掛ける。
「切れるかどうか、お前の首で試そうか?」
俄かに雲行きが怪しくなってきたところへ、声が割り込む。
「おい!リッコ!やめろ!!」
こいつはどうやらリッコと言う名前らしい。どうでも良いが。
その男は引きずられる様にして、奥へと連れ戻されて行く。
そして入れ替わる様に、奥のテーブルから熊が出てきた。
「悪いシド。あいつ酔っぱらってやがるんだ。ここは引いてくれないか?」
言ったのは、熊ではなくジョージクだった。
その顔を見たシドは、剣から手を離した。
「俺も本気じゃないから大丈夫だ。祝いの席で騒がせて、すまなかったな」
「昇級おめでとう」
そう言ったシドは、奥に居た“竜の翼”の4人に手を上げて、冒険者ギルドを静かに出て行った。
11月8日:前書きの「気分を悪くするかも」という記載は、削除いたしました。




