2. 迷宮<ハノイ>
今のところ、毎日1話を投稿予定です。
「俺に…何か用か」
中央付近まであと10mといった所で止まる。
咄嗟に出た言葉だったが、それに反応があると思わず次の言葉に少々面くらう。
≪我の再生を希む≫
(……?)
返事があった事と内容に思考が鈍る。
「…どういう意味だ」
そう思ったことを口にすれば、やや間がありそれは答えた。
≪おぬしは再生者であろう?≫
何の事やらさっぱり解らない。確か初めにも再生者と言われた様な…。
「悪いが俺には判らない」
そう言ってみたが“それ”は納得するのだろうか…。
というか気付けば“それ”と会話が成立しているんだが。
≪おぬしは確かに“再生者”だ。だがその様をみるとスキルが出現したばかりか、はたまた……。では我は運が良い。出現が遅れていれば、我は滅びていたであろうからな≫
更に解らぬ事を言っている“ゆがみ”を見ていると、“それ”は徐々に人型に近いモヤとなって地に降りてきた。
≪そう警戒せんで良い。我に害意はない。おぬしに頼みがある、意を聞いてはくれぬか≫
「…俺には全く理解できていない事の様だ。解るよう話してくれ。…それから判断する」
≪あいわかった。まずは我の存在からであるな≫
そう言って薄っすらとモヤの様な影が揺れた。
≪我はこの迷宮そのものであり迷宮として存在するもの。実体は無いがそこに或る者≫
そこでシドは疑問を口にする。
「それはダンジョンマスターとは違うという事か?」
シドが理解できつつある事に、“それ”はそのまま話を進める。
≪ダンジョンマスターとは実体を持つ迷宮のコマ。迷宮の在り様を補助する為の存在。我は迷宮全体を把握する。迷宮を管理し不具合を感知するもの。我は人間に直接干渉はしない。我がこうして出てくる事もまず無い≫
(…という事はコレがダンジョンの精神体の様なもの…か?)
「規模が大きすぎる話だが、大筋は解った。…では“ハノイ”、俺に希む“再生”とは何だ?」
≪ふむ。迷宮は魔素を循環させ生きていると言える。本来であれば迷宮と大地が繋がり、大地より魔素を補填し利用する。
だが現状は大地との繋がりが断たれ不具合が生じておる。その為に魔素が枯渇し迷宮の維持が難しくなった。出現されるものも無くなり、我を保つ事が困難になっておる。迷宮には寿命がないとされているものの、不具合が起きれば遠からず存在は消滅する≫
そこで一度シドを確認する様に影が揺れた。
≪我はまもなく消滅する≫
それが事実であるとハノイは淡々と告げる。
(やはりそうか…)
≪だが“再生者”が手を貸してくれるのであれば、回避される事項。我はそれを希み“再生”と言った≫
そう言ったハノイはこちらをうかがう様に影を揺らす。
「さっきも…初見で俺を“再生者”と言ったが、俺には身に覚えもないものだ。ハノイには俺の何が視えている?」
また影が揺れる。
≪我には、おぬしのスキルが視えておる≫
(やはり…)
≪人間には“スキル”というものがあり、それを保持している者にも、持っている事すら判らぬものもある。スキルとは使用してこそ在り様を知る故に。
身体強化などは判りやすいスキルと言えよう、おぬしも持っているのは判っておるはずじゃ。少しでも高く跳びたい、一刀両断する力を持ちたい、思いを乗せ使用すればおのずと理解し作動することができる。
だが、転移、飛翔、亜空間保存、影移動など他にもまだまだあるが、それらは持っている者すら気付かぬ事が多い。
その中に“迷宮再生”というものがある。人間の中でもごく稀にしか現れぬスキルであるが、おぬしは持っておる。
我は運が良い。再生が叶うやもしれん≫
「その“迷宮再生”というスキルをまだ使った事がないのだが、使えるのか?俺に」
≪問題はない。スキルとは明確に“使う”意思を持って思考すれば、おのずと何をするか解るものであろう。伝え継ぐものがおらずとも、スキルは失われぬもの故に≫
(…取り敢えずは 出来るはずだからやってみろ という事か。このままでも埒が明かないしな。)
「承知した。希み通りに進むかは判らないが、やってみよう」
シドはゆっくりと中央付近まで歩き、<ハノイ>から5メートル程手前で止まる。
左手で腰から鞘を抜き手にしていた剣を収める。
そして片膝をつき剣を地面に置いた。
冒険者であればダンジョンで剣を手放すなど死に直結する行為である事は承知しているが、何故かこれからのものが神聖な儀式のような気がして手を放す。
そして掌を地面に付け目を閉じる。
(“迷宮再生”というスキルを使うという事は、この言葉通りならこのダンジョンを活き返らせるという事)
そう思ったとき、シドの体から魔力が蜃気楼のように沸き立つ。そして脳裏にダンジョンの詳細が浮かび上がる。
(立体イメージだな。<ハノイ>の内部構造か。これを活き返らせる)
「聖魂快気」
無意識に言葉を発すると、脳裏に浮かんだ迷宮を根本からほぐし直すかの如く、周囲と混ぜ合わせ耕す、と言って良いものか。そんな形容しがたいイメージの後、元の形状に落ち着く。
要は“ダンジョンをこねくり回して戻す”感じ、と言ったら身もふたもないのだが。
それは時間にして1分も満たない程度。
シドの纏う魔力も消えゆっくりと目を開ける。
「…できたのか?」
自問するも答えは判らない。
薄っすらとモヤの様な影が揺れた。
≪ああ。…感謝する…≫
「…何も…変わっていないが。大丈夫なのか?」
≪つつがなく。我は再生される≫
「そうか…」
そう言って立ち上がろうとするも、立ち眩みの様な不快感が襲い再び膝を突く。
(?!)
≪大事ないはずだ。“再生”におぬしの魔力の殆どを使ったようだ。少し休めば魔力は回復するであろう≫
そういう事か。俺の魔力量は多い方であるはずだがギリギリだったとは…。
「はぁ…」
溜息とも返事とも取れるものが、口から溢れてしまった。
≪我は人間の時間で1ヶ月ほど眠る。さすれば魔素は循環され、元の体に戻るであろう。おぬしは回復が必要であるから入口付近へ戻そう。休まれてより戻るが良い≫
この最深部まで3時間程歩いてきた事を思い、帰りが不安になっていた。…助かる。
「ああ。頼む」
とてもダルイ、と苦笑する。
≪それとおぬしに些少の恩を返そう。“亜空間保存”をスキルに追加した。利用すると良い≫
さらっと言われた言葉に固まるシド。
(はぁ?!)
「…ハノイ… スキルの追加が出来るのか?」
≪うむ。ある程度のスキルであれば可能だが、本来であれば人間に付与はせぬ。
己の身を与える様な行為であるとともに我と対話する者はおらぬからの≫
軽く言われたが、内容が重かった。
「なるほど……。助かる、感謝する」
シドはそう答えるので精いっぱいである。
≪なに。礼には及ばん。我からの礼であるからの≫
少し機嫌のよさそうなハノイの声が返ってきた。
(あぁ、そう言えば...)
「名を名乗っていなかったな。 俺の名は“シルフィード”という」
≪…風精霊の名か…≫
シドは苦笑する。
「ああ。俺が生まれた時に風魔法が発動したから…らしい。大それた名を付けられて、名前負けしているから“シド”と名乗っているが」
そう伝えれば<ハノイ>が笑った気がした。
≪では“シド”、入口まで送ろう。 此度の事、感謝する≫
その言葉を最後に次の瞬間、シドはダンジョンの入口が見える場所まで、剣と一緒に転移していた。