19. ブリュー村と剣
シドは、アーマーベアと対峙した場所から南へ下り、少し遠回りに回り込む様にして村へ向かう。
いくらアーマーベアの気配が無くなったと言えど、アルミラージもまだ警戒して、先程の場所の近くには出ないだろう。そう考えての行動である。
そして村に近くなった辺りで、薄い気配が広がっている事に気付く。アルミラージだ。大型の気配が無くなったので動き出したのかもしれない。低木や草に隠れる様にして群れている。
シドは気配を殺し近付いて行く。しかし、シドはその手前ではたと立ち止まる。
そこでやっと思い出したのだ。“剣は使えない”のだと。
(仕方がない。魔法でいくか)
握っていた剣から手を離し、再び歩み寄る。アルミラージが魔法の射程圏内に入り、シドはそこで詠唱する。
「礫の風」
礫の風は威力は小さいが、風に砂利や小石を含ませて放つ魔法で、広域に効果が出る。今の場合は小さい魔物で数が多い為、威力よりも範囲に重きを置き使用したのである。
「ピキー」
「キキー」
あちこちでアルミラージの鳴き声がする。
ここにいるアルミラージを、元々全滅させるつもりはない。ある程度の数を減らしここに“敵がいる”事を認識させて、元居た生活圏に戻ってくれればそれで良いと考えての事だ。
このアルミラージ達も、アーマーベアから脅威を受けただけであるのだから、村への被害が無くなればそれで良いと、そう思っていた。
気配を探れば、今の一撃で少数が倒れたらしい。シドは、アルミラージ達に気付かれる様に姿を見せると、歩き出し、今度は風の道を木々に当てた。突風が木々を揺らし木の葉が舞い落ちる。
アルミラージ達は、更なる危険が迫った事を察知し一斉に北へ向かって走って行く。走り抜けた直後、その風圧で木の葉が舞い上がった。まさに“脱兎の如く”である。
シドは倒れているアルミラージを回収すると、村へ向かった。
森から畑に出た。村は然程の大きさでは無いようだが、畑がきれいに並んで広がっていた。その畑に、作業中であろうか、人がちらほら立っている。シドが畑の畦道を歩き村へ入ると、近くの畑にいた者から声が掛かかった。
「何か用か」
不審者として警戒されている様だ。それはそうである、シドはちょっとばかり怪しい。
「俺はギルドの依頼で来た。ここはブリュー村だろうか」
「そうだ。アルミラージの件か?」
「ああ、その事で話があるのだが、誰に話せば良いんだ?」
「そうか…一人か?」
「ああ」
男は一つ頷いた。
「村長に話してくれ。俺が案内する」
「頼む」
一応は話が通ったらしく、村長の所へ案内してくれるらしい。
「こっちだ」
首から手拭いを垂らしている男が、畑から出てシドの隣に並んで歩き出した。
「兄さんがアルミラージをやってくれるのか? 3日位前から畑に現れてな。追い払っても又来やがる。山側の畑がやられちまって困ってるんだ。 何とかしてくれ…」
どうやらこの男は、これからアルミラージの討伐をすると思っているらしい。
「そうだったのか、だがもう来ないと思うから大丈夫だ」
「え??…もう討伐してくれたのか?」
「ああ」
「そりゃー良かった。…ここだ。村長を呼んでくる」
男は、村長の住まいであるらしい家に勝手に入って行くと、すぐに一人の男を連れて戻った。
「話は少し聞きました。私はブリュー村の村長をしているポールです。昨日出したアルミラージ討伐の件とか…」
「ああ。冒険者ギルドの依頼で来た。俺はシドと言う。今しがた、山の中を探ってアルミラージの数を減らして来た。全滅はさせていないが、もうこちら側へ来ることも無いだろう」
「あの…全滅していないのであれば、また村へ来てしまうのでは…」
シドは一つ頷く。
「確約は出来ないが、それは大丈夫のはずだ。アルミラージは他の魔物が居たから、巣に戻れなかったらしく、それで村へ近付いた様だった。その魔物は対処したから巣へ戻れるだろう」
「え?アルミラージを追い立てる魔物が、森に居たのですか?」
「アーマーベアがソルランジュ領から侵入してきていた。ソルランジュの冒険者がそいつを討伐したから、アルミラージも巣へ戻ったはずだ」
「何と!」
そう言って村長は言葉を失った。
村の近くに、知らぬ間に危険な魔物が来ていた訳で、何もしなければ、今頃はこの村が襲われていたのだ。
「そうですか…それを討伐して下さったのですね。それではアルミラージも、もう大丈夫かも知れません。有難うございました」
「いいや。でもまたアルミラージが出る様なら、冒険者ギルドへ連絡してくれ。俺の方からもギルドには伝えておく」
「はい。そうさせて頂きます」
話は終わった。だが、シドは動かない。
まだ何かあるのか、と村長が声を掛けようとした時…
「村長、肉はいらないか?」
シドも、いきなりである。空気も前置きも何もない。
だが、この村の畑に被害が出ていると聞いていたので、アーマーベアの肉をこの村へ渡そうと、先程もらっておいたのだった。これを是非に渡したい。不器用なシドの心遣いなのだ、許してほしい。
「あの…肉ですか?」
村長が顔に“?”をくっつけて聞いてくる。
「ああ。まだ血抜きをしていないので手間は掛けてしまうが、村の皆には行き渡るだろう」
そう言ってシドは、村長の返事も聞かぬ内に亜空間保存を開き、アーマーベアを取り出した。
村人達は、2重の意味でビックリである。
先程案内してくれた男も傍で話を聞いていた為、これがアーマーベアだと気付いたらしく話に加わる。
「村長、皆で分けよう!畑の収穫も減っちまったし、こいつのせいで畑が荒らされたんだ。美味しく頂こう!」
首から手拭いを下げた男は、顔を赤らめ興奮している。
村長はチラリとその男を見ると、シドへと向き直った。
「お気持ち、有り難く頂戴いたします」
と頭を下げた。
「貰ってくれ。あぁ後、アルミラージも少し狩ったから、置いていく。これも貰ってくれ」
シドは無造作に、10匹のアルミラージを取り出す。
またまた目を丸くした村長を気遣う事無く、シドはブリュー村を後にしたのだった。
-----
村からの帰りはのんびりと歩き(それでも普通の人よりは速いが)コンサルヴァへ戻った。
数日かかると思われたアルミラージだが、割とすんなりと終った。だが、今はもう夕方で、遅くなると店が閉まってしまう。
シドは街へ戻ると、真っすぐに武器屋へ向かった。
(やはり予備の剣は買っておくべきだった)
4年間つかっていた剣は、気持ちよく働いてくれていた為に、予備の剣を持つという事を疎かにしてしまっていた。
だが、これでも一応は街々で武器屋も覗いていたのだが、やはりコレと言う物がなく、購入には至らなかったのだ。
しかし、贅沢を言ってはいられなくなってしまった。シドの剣は使えない。これ以上無理をして使えば、刃先が完全に折れてしまうだろう。
この剣を修理に出すにしても、その間を手ぶらで過ごす訳にも行かず、武器屋を訪れる。
武器屋は、冒険者ギルドへ続く通りにある。
この辺りは武器屋や防具屋、道具屋や薬屋など、冒険者に必要な品が揃う店が並ぶ。
シドは通い慣れた道の、一軒の武器屋へ入った。
この店は、シドも良く利用していた。
剣は買わずともナイフや他の物を購入していたので、店主の顔も名前も知っている。
「おーシドか、どうした?」
店の扉を開け入店すると、それに気付いた店主から声が掛かる。
途端、シドの眉間にしわが寄る。
「剣が折れた…」
「はぁ?? お前の剣が折れたのか!?」
ここの店主ゴードンには以前、剣を見せた事がある。こんな感じの剣をもう一本欲しい、と相談したのだが、“こんな剣はここにはあるはずが無いだろう!”と、何故か怒られたのも、良い思い出だ。
ゴードンの前に、シドは剣を置いた。
「ゴードン、修理は出来るか?」
「……。この街じゃ無理だな」
「そうか…」
「その剣は作った処へ持って行かなければ、修理できないだろうよ。ったく、その剣を折りやがるとは…」
「アーマーベアの鉤爪にやられた…」
「ほえ?お前さん、アーマーベアと遊んできたのか?」
「…ばったり会った」
「そりゃー気の毒になぁ…」
2人の会話はいつもこんな感じであった。
「そーか。それじゃその剣は使えんなぁ。だが、お前さんの気に入る様な剣は………」
そう言ってゴードンは黙り込んだ。
だがすぐに、ポンと手を打つと
「そういや先日、他の街のダンジョンで出た剣が、回ってきたんだった。シド、見てみるか?」
「ああ、見せてくれ」
そう言うとゴードンは、一度店の奥へ入ってすぐに戻った。
「コレだ。ファイゼル領の<ボズ>ダンジョンで出たらしいんだが、変わった奴でな。いくら研いでも切れ味が悪いと言うんで、誰も欲しがらずに流れてきたんだ。ちょっと持ってみろ」
シドは言われた通り鞘をつかむと、店主から離れて剣を抜いた。
―― シュリーン…ッ ――
抜いた剣が鳴く。刃先は光を受けてキラリと輝き、角度を変えると虹色に見える。
「キレイだな…」
シドは思わず呟く。
「そうだろう?見た目は美しいんだが、切れ味が悪いってんで買う者がいないんだ。この前も冒険者が見せろと言って出したんだが、使い物にならねぇ屑だと言ってやがった。自分で見せろと言ったくせに…」
ゴードンの後半は愚痴になっていた。
シドはそれを、聞くともなく聞きながら剣を見ている。
(手に馴染むな。刃も綺麗だ。そのうえ軽い…)
「ゴードン、ちょっと振ってみていいか?」
「ああ。だが周りには気を付けてくれよ」
コクリと頷いたシドは、更に店の中央まで下がると、剣を振った。
―― シュンッ ― シュンッ ――
「いい感じだ」
シドは気に入った様だが、まだ切れ味の問題が残っている。それを見たゴードンが声を掛けた。
「裏へ廻れ」
ゴードンに促され、試し切り場になっている店の裏へ出る。そこには丸太、矢の的や藁を十字に立てた物などが、試し切り用に並んでいる。
シドは、そこから丸太を1本、腰ほどの高さの台の上に立てると、剣との間合いを取って剣を抜いた。
「切れるか判らんが、試してくれ」
ゴードンからの言葉に一つ頷くと、剣を構え横なぎに払う。
―― スコーーン ――
丸太の半分が飛んだ。
シドは、剣を確認するも傷が無い事に安堵し、丸太を乗せた台へ近付く。丸太は綺麗な切り口をして、負荷がかかった様子もない。
「切れたなぁ…」
ゴードンが後ろで呟いている。
「どうだ?シド」
「ああ、いいな。こいつにする」
「そうか…。この前の奴は丸太に剣が半分埋まってな、抜くのが大変だったんだが…」
ゴードンは眉毛を下げて、困ったように笑っている。
この剣で、当面の問題はなくなった。
シドは一つ懸念事項が減った事に気を取られていたが、ゴードンは“この剣は人を選んでいる”と、はっきりと確証し、コイツは大物かよと、C級冒険者のシドを呆れた顔で見ていたのだった。




