18. 魔物討伐
シドが気配を頼りに辿り着いた先に居たのは、アーマーベアと小柄な人物だった。
アーマーベアは褐色をした体毛を持つ巨大な熊型の魔物で、目の前に居る個体の体長は4m位あると思われた。
手の先には長く鋭利な鉤爪を持ち、獰猛で気性も荒く、一度目の前に立てば執拗に狙われ続け、逃げる事も困難な冒険者泣かせの魔物である。
その近くに立つ者は、フードを頭から被った少年の様だ。
その少年は、アーマーベアにも怯まずに立ち向かっているが、手に持つ剣が届くまで近付かせてはもらえず、間合いを取りながら応戦している。
(逃げれば良いものを…)
シドは堪らずそう思ったが、一度対峙してしまえば見逃してはもらえぬものと、シドも解っていた。
(何故こんなに村の近くに、アーマーベアが居るんだ)
この場所は地図に当てはめると、ブリュー村からは森へ入り、北東へ向かって1時間もかからず辿り着く場所だ。よく、人への被害が出ずに済んでいたなと、違う方向に意識が向かっていた。
その時、フードの少年が動く。
一気にアーマーベアへ突っ込み、剣を突き入れた様に見えた。
(まずい!)
シドは、身体強化と風衣を掛けて、集中を入れる。
そしてその場から掻き消える様にして、アーマーベアと少年の間に移動した。
だがその時にはもう、少年はアーマーベアの鉤爪に当たって左腕から血を流し、飛ばされて10mほど先の木に当たって倒れていた。
(チッ 遅かったか)
シドは、援護するタイミングを見誤ったと悟る。もう少し早く割り込んでいれば、少年は怪我をしなかっただろう。
シドはそう考えつつも、目の前のアーマーベアに意識を集中させる。対峙するものは大きく、腕のリーチも長く鉤爪は鋭い。
アーマーベアもシドが自分の標的になったと認識した様で、シドへ、血の様な紅い目をひたと向ける。
アーマーベアが先に動く。
2本足で立ち上がり咆哮を一つ上げると、シドへ向かって腕を振り回す。大きいくせに動きも素早い。ヒュン ヒュン と風音を立てながら腕が迫って来る。集中を掛けているのにコイツは対応してくる。
シドはその鉤爪を剣で受け流し、間合いを詰める。アーマーベアの力を受け流してはいるが、それでも一撃はとても重い。間合いを詰めつつ、少しずつ魔物に傷を負わせてゆくが、浅い。まともに対峙していれば、こちらが力負けし、限界が来るのかもしれない。
シドは剣を振りかぶり、一撃を入れようと懐へ入る。だが振り下ろした剣を鉤爪で弾かれた。
「ぐっ…」
思わずシドから声が漏れた。
この4年、一度も刃こぼれする事もなく使ってきたシドの剣、その剣先にヒビが入ったのだ。
(拙いな、剣が耐えきれないかも知れない…)
シドは間合いを取る為に後退すると、風衣に流していた魔力を止めた。
そこで、すかさず詠唱する。
「爆風」
その魔法はアーマーベアヘ当たり、爆風を起こす。
―― ドォーン! ――
アーマーベアを中心にして周辺の物を巻き上げ、辺りが土煙に埋まる。この爆風の風圧程度では、この魔物は倒れない事は解っている。
シドは再び風衣を掛けると、その土煙の中へ突っ込んで行った。
アーマーベアは視界を塞がれ、シドへの対応が遅れた。一気に迫ったシドの剣が現れ、アーマーベアの首を撥ねる。
―― ザシュッ ――
シドは、切ったと同時に退避する。
土煙が納まってきた頃にアーマーベアが倒れ、また土煙が立つ。
―― ドーーンッ ――
シドは魔物が動かなくなった事を確認すると、剣を納め少年の方へ向き直った。
「…うぅ…」
気を失っていたらしい少年が、気付いた様だ。
シドは近付く事なく、そこから声を掛けた。
「生きてるか?」
「…ええ。助けられた様ね、ありがとう…」
そう掠れた声を出し、剣にすがって立ち上がった時、少年のフードがハラリと落ちた。
フードの中からは、新緑色の長い髪をサイドで編み込み、蒼眼がぱっちりと開いた柔らかな、形の良い顔が出てきた。
シドは目を開く。
(女だったのか…)
小柄な少年に見えていた人物は、どうやら女性だったらしい。
女性に怪我をさせてしまった、と少し心が痛んだ。ちょっと思考がずれているシドである。
その女性は、腕を押さえながらこちらへ歩いて来た。
「あなた一人で殺ったの?」
「あぁ、そうだ」
「本当に助かったわ。ありがとう」
「…礼はもう聞いたから、いらない」
それを聞き、女性は苦笑する。だが、シドの言葉だけで苦笑した様ではない様だった。
「う…」
女性から声が漏れる。
しゃべっているだけでも傷に響いたのかも知れない。傷は深そうで、まだ血も流れている。
「ポーションは持っているのか?」
「いいえ、もう使い切ってしまって、無いわ」
「そうか」
シドは自分のショルダーバッグからポーションを取り出すと、女性へ突き出した。
「…飲め」
そしてシドはもう1本ポーションを出すと、徐に自分で飲んだ。
「俺は、疲労回復用に、だ」
女性は少々面食らった顔をし、シドの顔をもう一度見てからそれを受け取った。
「ありがとう。いただくわ」
そう言ってから、一気にポーションを飲む。
すると流れていた血が止まり、傷は塞がった。女性は左の掌を何度か開閉させると、1つ頷いた。
「もう一度言わせてもらうわね、ありがとう。私はソルランジュ領から来た“リュシアン”。これでもB級冒険者なのよ…一応」
シドは一つ頷き返答する。
「俺は“シド”。C級だ」
そう発すると、リュシアンの目が更に大きくなった。
「え?C級ですって?本当に?」
「嘘ではない」
「…そう。では私が驕っていたという事ね、もっと精進するわ…」
リュシアンの声が小さくなっていったので、魔法とスキルを解除したシドには、何を言ったのかは聞こえなかった。
「…?」
キョトンとしても、シドはむさ苦しかった。
リュシアンは落ち着いたのか、ここへ来た経緯を説明した。
「私はソルランジュ領の、ニールという街にある冒険者ギルドの依頼で来たの。ここより東にあるソルランジュ領の山間にある村で、人がアーマーベアに襲われて、その討伐依頼よ。村から辿って来てここで遭遇したのだけど、こいつ、随分と広範囲で動いていた様ね。ここまで結構な距離だったわ…」
「この先に行った所にも村がある。こいつは、次はそこへ行くつもりだったのかも知れないな」
シドは南西を指さし言った。
「俺はその村に出てくる、アルミラージの群れの討伐で来た。最近になってアルミラージが、村の畑に出てくる様になったと。もしかすると、アーマーベアが移動してきたから、逃げ出して村へ行った…?」
「その可能性はあるかも知れないわね。では貴方はこれから村に?」
「ああ、森側から村へ行ってみるつもりだ」
「そう…」
リュシアンは一言呟くと、考え込んでしまった。
「で、このアーマーベアはどうするんだ?」
とシドが聞く。
「え?討伐したのは貴方でしょう?貴方がギルドへ報告するんじゃ…」
「俺はたまたま通りかかっただけだ。依頼を受けたのは君だから、君の好きにすると良い。俺はアルミラージの討伐があるしな」
「へ?」
リュシアンから変な声が聞こえてきた。
「何言ってるのよ…この人」
少々呆れているらしい。少し間があってからリュシアンは伝える。
「では、このアーマーベアの討伐は、私の方でギルドへ報告させてもらうわね。それで良いかしら?」
「ああ、頼む」
「じゃあ、討伐の証として耳は貰うわ」
冒険者ギルドへ報告をする際の完了の証として、魔物の一部を持って行く決まりがある。
リュシアンは、アーマーベアの片耳を切り落とすと、何かで包んで鞄へしまった。
「肉はいらないのか?」
「持って行ける訳ないじゃない……」
リュシアンにジト目で見られ、バツが悪くなったシドは頭を掻いた。
「では肉は貰っても良いか?」
「ええ、好きにしてくれて良いわ」
返事を聞いたシドは、横たわるアーマーベアに近付き身体強化を掛けると、無言で亜空間保存を開き、その中へアーマーベアを放り込んだ。
「…貴方、亜空間保存持ちなのね」
もう会うことも無い者だからと、目の前で亜空間保存を使用したのだが、驚かれてしまったようだ。
「ああ…小さいヤツだ」
適当な事を言っておいたシドである。
これでこの場所に何もなくなった。
「では俺は村に行く。気を付けて帰れよ」
「ええ、色々とありがとう。シドさん」
そう言って2人は別れると、シドはブリュー村へ向かい歩き出したのだった。
スキルについての補足です。
前回スキルについて記述していますが、迷宮再生については触れておりませんでした。何となくご理解下さっていらっしゃるかも知れませんが、それについてです。
このスキルは魔力を使って発動するスキルで、魔力を纏う事によりオン、魔力を消すとオフと言う感じです。その時に詠唱する言葉は、待機からの実行Keyの様な物だとお考え下さると助かります。
色々と粗はあるかと思いますが、笑って流して下さると幸いです。




